晩酌5 ハイボールと恋心 前編
「おねえちゃん、最近晩酌してないでしょ」
妹は私をびしっと指差してそう言った。
確かに、ティターニアをもてなしたあの日から晩酌をしていない。
何故なら、妹が命懸けで浄化に勤しんでいるというのに、姉の私が城で呑んだくれているのはおかしいと思ったからだ。
だから、積極的に自らお酒を飲むのは控えていた。
飲み友達のティターニアが遊びにくれば飲んだかもしれないけれど、彼女の訪れはあれ以来途絶えている。
「私に遠慮してるのか知らないけど、おねえちゃん……最近肌ツヤが悪いよ」
「ひっ!」
思わず頰に手を当てて悲鳴をあげる。
確かに最近肌はガサガサ、シミも増えたような気がする。この歳になってニキビまでできてしまった。
「目の下に隈もあるし。ため息も多いし。明らかにストレスのせいだよ……このままじゃおねえちゃんがダメになっちゃうよ! 飲みな! 飲んじゃいなよ!」
「ひ、ひより……」
ひよりの言葉に思わず目が潤んでしまう。
なんてうちの子はいい子なんだ……!
姉のことをこんなにまで考えてくれる妹なんてそうはいるまい。妹の笑顔が眩しい。なんだろう、後光が見えるのはきっと気のせいではない。
ああ。天使、天使がいるッッッ!
感動して瞳を潤ませる私に、妹は得意げに親指を突き立て、片目をばちーん! と瞑ってこう言った。
「わたし、お酒飲んでるおねえちゃん、呑兵衛のおっさんみたいで好きだよ!」
「この、堕天使がああああ!」
私は乙女ごころをいっぱいに詰め込んだ正拳突きを、妹の鳩尾に見舞ってやった。
――おねえちゃん。私に必要以上に遠慮するの禁止ね! わたし、おねえちゃんが私のために何かを我慢するの嫌だよ。いつも通りにしてて。
――いつも通り、向こうにいた時と何にも変わらないおねえちゃんのいるこの家が私の帰る場所なんだから。
妹の言葉に、最近すっかり緩んでしまった涙腺から、涙がじわりと滲む。
一生懸命妹を守っているつもりが、逆に妹に心配をかけてしまったようだ。小さい頃から妹は私にとって守るべき存在で、いつまでも子どもだと無意識に思って居たけれど、こちらにきていろんな事を体験して学んだ妹は、私が思っているよりも随分と成長したらしい。
――ああ。空回りしているなあ。
下唇をぐっと噛みしめる。
妹のために何かしたいのに、行動が伴わない。なんとかしたいけれど、どうにもならない。
周りは料理を作って、妹を支えることは私にしかできない事だといってくれるけれど、もっと何かしてやりたいと思うのは私が欲深いからなのだろうか。
――仕方ない。まずは妹に心配を掛けないようにいつも通りに過ごすことから始めよう。
妹に感謝しながら、いつもどおりに思いっきりお酒を楽しもう。そのうち、道が見つかるかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
久しぶりの晩酌。さて、なにを作ろうか。
それ以前になにを飲もうかな、と私は台所で頭を捻る。
最近ビールばっかり飲んでいたから、偶には違うのも飲みたい。――うん、悩むまでもない。暑い夏……。ビール以外で飲みたいものと言ったらアレでしょう。
――ハイボール!
しゅわしゅわの口当たり。強めのアルコール。鼻を抜けるウイスキーの香り。
最近の居酒屋さんだと、色んな味のハイボールがあるけれど、私は炭酸のみのシンプルなハイボール一択。
レモンを入れるかは悩みどころ。ウイスキーの種類によっては、レモンを入れた方が香りが立つものがある。判断は慎重にしなければならない。
それにしたって、居酒屋で追加代金を払ってでも濃いめにしてもらって飲むハイボールは、堪らない美味しさだ。
そのハイボールのおつまみは、某CMでもやっていたように濃い味の揚げ物がぴったり合う。
から揚げ……ではないけれど、私が今日チョイスしたのは手羽先。手羽先をぴりりとしたパンチの効いた味に仕上げる。
――これがハイボールに合うんだなあ。
むふふ、と味を想像してうっとりとしてしまう。
それにもちろん枝豆。枝豆もスタンダードな塩味じゃなくてちょっと変わり種を用意するつもり。
私は材料を調達するために、縁側から庭へ降り立つ。
ジェイドさんは、一旦騎士団の詰所へと戻っているのでまだきていない。
今日は少し風があるし、あんまり暑くもない。
久しぶりに縁側で星を眺めながらお酒を飲むのもいいかも知れない。
我が家の庭には樹齢30年ほどの桜の木が生えている。
今年の春は色々と忙しなく、気がつけば桜の花が散ってしまっていた。出来れば次の春には、みんなで花見をしたいなと思う。
庭先でする花見は、公園などに遠出してする花見と違って、料理は弁当にこだわる必要はないから汁物でも全然いける。前日から煮込んでおいたおでんなんて最高だ。からしか柚子胡椒か――どちらをつけるか悩みながら食べる染み染み大根。日本酒もいいけど、たまにはレモンサワーでも――。
「まめ!」
いつの間にかおでんに気を取られて、目的地に着いていたのに気づかなかったらしい。
ドライアドがごつごつした桜の木肌からひょっこりと顔を出している。
ドライアドはあの日以来、うちの桜の木が気に入ったらしくそこに住み着いてしまった。
特に悪戯をする訳でも、勝手に出歩く訳でもなく、ただ桜の木のうちに籠っているだけのようなので、まあいいかと放置している。
「まめこ、今日も宜しくね」
「えああまめ!」
時たまこうやって訪れては、大豆から枝豆を作ってもらっている。まめこがいれば、枝豆食べ放題。まめこはいい子! 呑兵衛の心の友!
因みにまめこと名前をつけたのは私だ。
とっても可愛らしい、いい名前だと思う。
今日も枝豆をたくさん収穫できたことに機嫌を良くして、鼻歌交じりに台所に戻ろうと縁側に上がった時だった。
「よっ!お嬢ちゃん、きたぜー」
ダージルさんが、笑い皺をいっぱい作ってこちらに近づいてきた。
「あれ、随分とお早いんですね」
「いやー。最近お誘いがなかっただろう? 楽しみでなぁ。朝からそわそわしちまって、書類仕事もいつもの倍の速さで仕上げちまった。いや、副団長の驚いた顔ったらなかったぜ」
「ふ、晩酌のために仕事を早く終える……酒好きの基本行動ですね」
私も元の世界で事務の仕事をして居た時は、晩酌をすると決めた日の仕事の速さは社長に驚かれるほどだった。
「ダージルさん。今日は……楽しく飲みましょうね!」
「ああ! 勿論だ! それと土産もあるんだ」
そう言って、後ろの方を指差す。
すると、桜の木の陰から男の人がひょっこりと現れて、手の中の瓶を差し出してきた。
「10年前の当たり年の葡萄酒でな? それはそれは美味いんだ。チーズも持ってきたから一緒に摘もう。高いんだぞ、これ。俺の給料3ヶ月分くらいするんだからな……楽しみにしてろ」
ダージルさんはご機嫌で葡萄酒の説明をしている。
けれど、私の耳にはその説明は入ってこなかった。
何故なら葡萄酒の瓶を差し出している男性の顔をみて、硬直してしまったからだ。
くすんだ金髪に、見覚えのある眼差しはやっぱり碧眼。あの人が歳をとったらこんな感じになるんだろうな、という渋いナイスミドル。いつも着ている豪奢なマントは何処へやら、黒一色の上下を着込んで、こちらをにっこり柔らかく笑って見つめていた。
「あー……なんだ。茜、どうした?」
「…………私の見間違いでなければ……この人王様ですよね……」
「…………む。もうバレたのか。つまらぬ。気づかないといったではないか、ダージル。話が違うぞ」
ダージルさんは何ともバツの悪そうな顔をしている。
そんな顔のダージルさんとは打って変わって、王様は文句を言いながらも楽しそうに笑っていた。
私と王様は、バレるも何も異世界に召喚されたときにばっちり顔を合わせている。会うのはそのとき以来だけど、見間違いようがない。この国の王様、その人だ。
「今日はお忍びである。私のことは気にするな」
王様はふふん、と腕を組んで得意げにそう言った。
――気になるわあああああ! しかも、ここ、城の中庭! 自分の家の中でお忍びって何!? なんなの!?
思わず心の声が漏れそうになったので、太腿を指で抓って耐える。なんとか引き攣った作り笑いを浮かべながら王様を見ると、我が家が珍しいのかキョロキョロ眺めては、ああでもないこうでもないと騒がしくしていた。
――あれ。またなんか知らないうちに、私の晩酌の時間にとんでもない大物がはいりこんできてませんかね……。
騎士団長に宰相に妖精女王に、終いには王様ときた。
静かな……私の宝物のような秘密の晩酌の時間はいずこへ……。
心を急速に侵し始めた虚無感を感じつつ、私はまた厄介な人を連れ込んだダージルさんに、死んだ魚のような目を向けることしか出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
遅れてうちに来たジェイドさんの顔色は、当たり前だけれど悪かった。
……台所に入るのに、王様がいる居間を通らないといけないからね……。
「ちょっ……茜。我が国の最高権力者が、居間のソファで踏ん反り返っているような気がするのですが」
「ええ、その認識で合ってますよ。ジェイドさん……」
「いやーすまんな! 出掛けに捕まっちまってな! ははは」
軽い調子で、悪びれもせずそう言うダージルさんを睨みつける。
「捕まったってどういうことですか」
「国王と俺とルヴァンは昔からの付き合いでな。所謂幼馴染って奴だ。その縁で今でも仲良くさせて貰ってる。……それで、お嬢ちゃんの晩酌の事も前から報告をしていてな」
「それで。どういう状況になれば、ご本人が降臨される事態になるんですかね」
私がじとっとした目でみると、ダージルさんは目を逸らして頭をぼりぼりと掻いている。……やましいことがありそうな顔だ。
「いやー……ちょっと、自慢を?」
「はい?」
「異世界の酒やつまみは美味いぞー……と、事あるごとに自慢してやった」
「はあ!?」
「いやーつい。出来心で。そしたらあいつ、お前らばっかりずるいぞ! とか言い出してな! いやーまさか、国王が動くとはなあ! 世の中どうなるかわからんもんだな!」
はっはっはっ! と豪快に笑うダージルさんの脇腹を小突く。……鋼のような腹筋に阻まれてダメージは無いようだ。くそう。
「茜、拳を握るときに中指を少し立てて、固めに拳を握って強めに同じ箇所を何度も突くと、ダメージが蓄積していい感じになりますよ」
「アドバイスありがとうございます!」
「こら、ジェイド。それ地味に効いてくる奴じゃないか。お前なあ。上司に対する攻撃のアドバイスしてんじゃねえよ」
頭の上の方から、呆れたような声が聞こえるけれど、無視して何度も小突く。だけれど、「脇腹が赤くなっちまうだろ、やーめーろー」と軽くあしらわれてしまった。
どうやら、肉体に対する直接攻撃は効果を表さないらしい。ならば、と思って私はダージルさんに笑顔でこう言った。
「ダージルさんは、今日はお酒禁止です。水道水をご用意しましょう。お腹いっぱい飲んでいってくださいね?」
「は!?」
「水道から汲みたてのぬるーいお水です。きっとお気に召すでしょう」
「や、やめ……」
酒好きへの攻撃はこれに限る。
予想通り、ダージルさんは涙目だ。
私は夏にふさわしい暑苦しい笑顔を心がけて、半泣きになりながら抵抗するダージルさんを台所から追い出した。
思わず漏れそうになる溜息を堪え、王様問題はひとまず置いておく。料理を始めなければ、いつまで経ってもお酒を飲めない。
「ジェイドさん、枝豆の下処理手伝ってくれますか?」
「はい。いいですよ」
きっと大量に食べるであろうダージルさん対策に、枝豆をどっさりまめこに用意してもらったのだ。まめこが張り切って生やしてくれた枝豆は、今日も鞘いっぱいにむちむちの豆が詰まっている。
それをざるに入れて、ジェイドさんに渡そうとふと横を見ると、蜂蜜色の瞳とばっちり目があってしまった。私の胸の鼓動が一気に早まる。
「お…………お願いします…………」
「はい。どうすればいいですか?」
ドキドキする自分の胸に戸惑いながら、ジェイドさんに手順を説明する。
説明をしながら、隣のジェイドさんを盗み見た。
出会った頃より少し伸びた黒髪。
いつも優しげな視線をくれる蜂蜜色の眼差し。
きりりとした眉に、弧を描いている薄めの唇。
すらっとしているようで、騎士団で鍛えられた身体は、見た目よりはるかにがっしりとしている。身長は、私より頭ひとつ大きいくらい。
枝豆を触っている指はごつごつしていて、剣だこなのだろう。所々皮が厚くなっていた。
――ああ、駄目だ。
――好きだなあ……。
さっきから、心臓が爆発しそうなくらい鼓動が激しい。
こうやって盗み見るぶんには良いけれど、正直まっすぐに目も見られない。
好きになってしまったのは、多分ジェイドさんに抱きついて泣いてしまったあの日だ。あの時は自分に余裕がなくて、直ぐには気持ちの変化に気づかなかったけれど、妹が帰ってきてから暫くして、やけにジェイドさんが気になることに気付いてからは、恋の自覚はあっという間だった。
ついつい何をしていても目でジェイドさんを追ってしまう自分に最初はかなり戸惑った。彼は私の護衛騎士だ。私を守るために、四六時中一緒にいる。
――四六時中好きな人と一緒にいることが、こんなにも辛いなんて。
恋というものは楽しいものだと友人は語っていた。そんなのは嘘だ。
こんなにも苦しくて、こんなにも切ない。
ジェイドさんは、枝豆の両端を鋏で切ってくれている。私の視線に気づくと、「どうしました?」と言ってふっと笑った。
綺麗な蜂蜜色の瞳がうっすら細められる。
優しい視線が私に向けられていることが、どうしようもなく嬉しい。
――けれど。
嬉しいと同時に苦いものが胸の内に沸き起こる。
どうせ浄化が終わったら、元の世界へ帰る身だ。
恋をしたって報われない。
――この気持ち。どうしてくれようか。
いっそのこと封印してしまいたいとも思う。けれどそんなの嫌だと言わんばかりに、きゅう、と悲鳴をあげる心を、私はどうすることもできずに持て余していた。
下ごしらえが終わった枝豆はいつもの通りに、たっぷりのお湯で茹でる。
その間にゴマ油、にんにくのみじん切り、輪切りの唐辛子、醤油を混ぜておく。
茹で上がったほかほかの枝豆を湯切りして、たれに入れて、よく混ぜる。
途端、ふわっと香ばしいごま油の香り。
――うわ。良い匂い。
ごま油の匂いは、なんでいつもこんなに美味しそうなんだろうか。正直私にとっては、そこら辺のアロマオイルなんかよりよっぽど癒される香りだ。流石に香水のように振りかけようとは思わないけれど。
よく混ざったので、仕上げに枝豆に黒胡椒をガリガリとたっぷりとかける。――これで完成。
以前友達の家で飲んだ時に作ってもらって以来、ハマりにハマった変わり枝豆。友人曰く台湾風、らしい。
ハイボールを飲む時は、できるだけ刺激物が良い。
いや、あくまで個人的な意見だけれども。
味が濃かったり、辛かったり、スパイシーだったりするのが最高に合うのだ。
というわけで、次も濃い味の手羽先。
手羽先は、塩胡椒をして片栗粉をまぶす。
油を温めて、投入。
じゅわわわわ……
水分が弾けて、良い音がする。このまま、狐色になるまで揚げていく。
その間にこちらもたれをつくる。
醤油、酒、みりん、はちみつを小鍋で温めて煮詰める。
良い塩梅でとろみがついたら、狐色に香ばしく揚がった手羽先を放り込む。鍋ごと揺すって、たれが絡んだら黒胡椒を振りかける。
狐色だった手羽先は、たれで飴色に艶々としてなんとも美味しそうだ。それをお皿にこんもりと盛ってやる。これで完成。手羽先の唐揚げ。実は名古屋の某お店風。手羽先の唐揚げといったらコレだろう。本場で食べたのは一回しかないけれど。
にんにくをたれにいれても良かったけれど、今回は枝豆に使ったからやめておいた。
醤油とはちみつの甘しょっぱい香りが鼻をくすぐる。
――うう。食べたい!味見したい!
ちら、とジェイドさんを見る。
彼も「美味しそうですね」と、お皿を覗き込んでいた。
……正直、嬉々として味見という名のつまみ食いをする女というのは、男性からみてどうなのだろうか。
そんな事が一瞬頭を過る。
……よくよく考えると、前にガッツリつまみ食いをしまくったような気がする。しかも、食べ過ぎて呆れられた記憶がある。
なんてこった。過去に戻ってあの時の私に説教をかましたい。
ひっそりと絶望していると、ジェイドさんがくすりと小さく笑った。
「茜、味見は作り手の特権でしたっけ?」
確かに前にこんな事を言ったような気がする。
きっとドヤ顔で言ったに違いない。痛い。痛すぎる。恥の上塗りにも程がある。
乙女にあるまじき、つまみ食いに対する貪欲な熱意を、好きな人に語る私!
――うわああああ!出来れば部屋で布団に包まりたい!そして包まったまま引きこもりたい!
あまりの恥ずかしさに思わず下を向いてしまうと、視界に手羽先の唐揚げが入り込んできた。
ふっと視線をあげると、にこにこしたジェイドさんの顔と、山盛りの手羽先の皿。
「熱々のうちに味見しましょう?俺、もう食べたくて堪らないんですよね」
そう言って私の手にひとつ手羽先の唐揚げを押し付けてきた。
揚げたての唐揚げは、ちょっと熱くて素手で持つのは大変だ。思わず両手であちち、と代わる代わる放る。
「熱っ……。さ、食べましょう。いただきます」
「……いただきます……」
ジェイドさんは直ぐに手羽先に齧り付いた。
その様子を見て、私もひとくち齧る。
途端、口の中に広がる黒胡椒のスパイシーさ。たれの甘しょっぱい味が、片栗粉の衣に絡んでとっても濃い味。
そして、ねちっと粘りがある鶏皮を超えると、鳥のとろっとした旨味十分の油とぷりんぷりんの身が口の中に飛び込んできた。
「〜〜〜〜〜うう!」
その瞬間私の頭から乙女云々が吹き飛んだ。
ああ、美味しい!
手羽先の美味さはその身だ。決して多くないその肉は、骨の近くにあるおかげで、旨味をたっぷり内包している。貴重なその肉はすぐに無くなる。けれど、手羽先の軟骨も素晴らしい。こりこりっとした歯ざわりは、純粋に食感を楽しむのに最適。
ちゅ、と指を舐める。
指についた油すら美味しい。ああ、ハイボールが恋しい!早く飲みたい!
「こりゃ、酒が欲しくなる味ですね……」
「でしょう?もー……幸せ」
さっきまでの乙女らしい恥じらいなんてどこかに飛んでいって、口から出たのは心からの本音。
「まったく。そのとおりですね。幸せな味だ」
私の隣で朗らかに笑うジェイドさんを見上げる。
――うん。今この瞬間、とっても幸せ。
しみじみそう思って、久しぶりに彼の目の前で自然に笑えた。