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カイン視点 金髪王子と夏の風物詩と生姜焼き 後編

 馬を走らせ、漸く王都まで半日というところまで来た。その時点で日が沈みかけたために、野営をすることに決めた。

 騎士団の団員が手際よく火を起こし、眠るための簡易テントを建てている。

  私とひよりといえば、特にやることもなく用意された椅子に腰掛け、燃え盛る焚き火をぼうっと眺めていた。

 パチ、パチ……と、木が爆ぜる音が聞こえる。

 夏だから特に寒さは感じてはいないが、赤々と燃える焚き火の発するオレンジの光は、何処か心をほっとさせる。ちらちらと常に形を変え続ける炎は見ていて飽きる事はない。ひよりもそうなのだろうか、彼女は椅子の上で両足を抱えて、焚き火を見つめながら物思いにふけっているようだった。



「ね、カイン」



 ふと、思いついたようにひよりが話しかけてきた。



異世界(ここ)の夏の夜って静かなんだねえ」

「……? どういう事だ?」



 ひよりの言葉を受けて、思わず周りの音に耳をすます。

 夕食の支度をする音。指示を飛ばす男の声。静かに笑いあって雑談する声。風でざわめく草花の擦れる音。

 眠る前の寝室の様な、しん、とした静けさとは程遠い。どちらかというと騒がしいといってもいいだろう。



「私のおばあちゃんの家はね、田んぼの真ん中にあったの。田んぼ――……お米を作る畑のことなんだけど。水が張られた田んぼには、たくさん、たぁっくさん、蛙がいてね。夜になると、光に誘われて網戸にいっぱい蛙が張り付いて、うわあって感じなの」



 ふふ、とその光景を思い出しているのか、ひよりがかすかに笑う。



「それでね、夜になるとその蛙が煩いくらい鳴くのよ。夜中にうっかり眼が覚めると、その鳴き声で寝るのに苦労するくらい」

「それは凄いな」



 私は素直に感心する。それ程の鳴き声を発する様な生き物は、この辺りではいない筈だ。



「それがうちの田舎の夏の夜の風物詩なんだけどね。――だからね、ここにきて時々夜中にふっと目を覚ましちゃった時、夏なのにすごく静かでびっくりしちゃうんだよ」



 遠く異界の故郷を思い出しているのだろう。

 ふんわりと笑みを浮かべて炎を見つめるひよりは、遠い故郷を懐かしんでいる様にも見えるし、寂しさに負けない様に耐えている様にも見えた。

 私は彼女を抱きしめたい衝動をぐっと堪える。

 彼女の想いを、寂しさを共有したい。

 寄り添って――彼女の支えになれたなら。



 その時、とある事を思い出した。

 今、私がひよりにしてあげられる事……それは、安易に触れ合う事以外にもあるじゃないか。

 私はそう思って、ひよりに夕食後に時間を貰えるように話をした。




 ざく、ざく、と足元の小石を踏みしめる。

 野営地の近くを流れる川をひよりと連れ立って歩く。護衛騎士は少し離れた後ろをついてきている。

 雲ひとつない夜空は月が煌々と照り、青白い光に照らされた川面はきらきらとして美しい。



「わ、川。気持ちいいー」



 ひよりは手を川に浸してなんだか楽しそうだ。

 今日は日中が暑かったせいだろう、夜になっても気温は下がらず少し汗ばむほどだ。冷たい川の水は、触れると心地いいに違いない。

 私はひよりに靴を脱ぐ様に促して、自分も旅仕様の脱ぎづらい革のブーツを脱ぎ捨てズボンの裾を捲る。

 靴を脱ぎ捨てた素足で川辺の石を踏むと、石はひんやりしていて足の裏が気持ちいい。

 私は靴を脱ぎ終わり、この後何をするのかわからずに不思議そうにしているひよりの手を取ると、川の中へ踏み込んでいった。



「わ、わわっ。転びそう!」

「ひより、気をつけて」



 水で削られて丸くなった川底の石の上で、安定して歩くのはなかなか難しい。

 ひよりを支えながら、何とか川の中ほどまでたどり着くことが出来た。

 今は雨も少ない時期で、川の水量は少ない。水かさは川の中ほどまで来てもひざ下程度だ。



「カイン、何を……」

「しっ、ひより。静かに。……見ていろ」



 ひよりの言葉を遮って、私は体の中に魔力を巡らせる。そして、巡らせた魔力を喉の辺りに集中させ、ゆっくりと声に魔力を乗せていった。

 そして、歌った。

 ――夏の訪れを喜び、太陽の恵みを糧に生きていく、この国に古くから伝わる歌。

 素朴な、この地に生きる民が作り出した歌を。

 これは同じ歌詞が何度も続く、精霊を賛歌する歌。全ての営みは精霊のお導きの元に。そんな内容の歌だ。

 それを朗々と、高らかに歌い上げる。

 ひよりはこちらをじっと見つめて歌に聞き入っている。そして歌が中盤に差し掛かった頃、私たちの周りに変化が現れ始めた。



 ――くすくすくす。

 ――ふふふふ。



 遠くで、もしくは耳のすぐそばで、複数の女の笑い声が聞こえてくる。

 周りに目をやると、半透明の何かが自分たちのすぐ近くを飛び交っている。初めは一体、二体ほどだったそれは、歌が終盤に差し掛かるにつれて段々と多くなり、気づけば触れられそうな距離にたくさんのそれが飛び交っていた。



 ――おうた。うただわ!

 ――すてきなこえ。すてきなしらべ。



 半透明のそれは、私の歌を気に入ってくれたようだ。小さな体をくるりくるりと、宙で翻し楽しそうに笑っている。

 それは、手のひらほどの大きさの精霊だ。上半身裸の女性を模した水の精霊(ウンディーネ)。私の歌に誘われてやってきたウンディーネは、歌の節にあわせて踊る様に宙を舞う。

 やがて私は歌を歌い終わった。すると、ウンディーネ達は口々にこう言った。



 ――もうおわり? いやよ、いや!

 ――もっと。もっとうたって!



 ウンディーネは歌を好む。そして自身も歌うことを愛する精霊。私はウンディーネ達のリクエストに応えて、また歌い出した。

 途端ウンディーネ達は嬉しそうにはしゃぎだす。



 ――うたいましょう!



 やがて私の歌に合わせて一体のウンディーネが歌い出した。それにつられて次々と歌うものが現れ、連鎖する様にみるみるうちにウンディーネの歌声が大きくなる。そして、やがてあたりは精霊の大合唱に包まれた。



「すごい……!」



 ひよりは興奮気味に、たくさん集まった精霊を眺めている。

 精霊の歌声は続く。それは私が歌うのをやめても止まらない。ウンディーネは楽しそうに隣の精霊と手を繋ぎ、時々ほんのりと発光しながら、くるりくるりと踊る。踊りながら同じメロディを何度も何度も繰り返す。

 ちかちかと点滅するその光をみて、ひよりが小さく「蛍みたい」と呟く。元の世界で似たような光景があるのだろうか。



 そのうち何体かの精霊が、ひよりの周りをくるくるとまわり、何やら精霊同士で話し合いをしていたかと思うとひよりの手を取ろうと近づいてきた。

 ウンディーネは見た目はとても美しく可憐だ。

 ウンディーネに見惚れていたひよりは、何の疑いもなく手を差し出そうとした。



「だめだ、ひより。ウンディーネの手を取ると、精霊界に連れていかれてしまう」



 ひよりの手がぴくりと震えた。そして、自分の胸のあたりに行き場を失った手をやると、服をぎゅっと掴んで少し困惑したようにこちらを見上げた。



「この辺りでは夏の夜、水辺で魔力を乗せて歌を歌うとウンディーネが寄ってくる。きっと水の神殿が近いからだろう。他ではあまり見られない」



 神殿からの排水が流れ込むこの川は特にウンディーネの気配が強い。それも関係しているのだろう。



「ウンディーネの歌声は、(いにしえ)の時から暑さで眠れぬ人々の真夏の夜の慰めだ。涼を求めて、夏の盛りになると住民は精霊と歌を歌いにくる。だが、精霊は自分の欲求に正直だ。気に入ったヒトを自分たちの領域へ連れ去ろうとする。そういう恐ろしい面もある。――けれど精霊と触れ合う時、作法を知りそれを守っていれば、決して精霊は危険ではない。ウンディーネの場合は自分から触れないこと、唯それだけだ。体を動かした弾みでうっかり触れてしまっても大丈夫だ。触れるつもりで触らなければ問題はない」



 ――だから、安心してウンディーネの歌声を楽しめばいい。

 そう言うと、ひよりは安堵したようで表情が緩んだ。



「これがこの世界の夏の風物詩だ。……なあ、蛙とやらと比べてどうだろうか」



 私のその言葉にひよりは一瞬目を丸くした。

 私はなんだか気恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。……なんだか、凄く気障なことをしているような気がする。



「――素敵。こっち(異世界)の夏の夜は歌声が響き渡るんだ……蛙なんかと大違い! アレはたまに怒鳴りたくなるくらいうるさいもの。うん――こっちのが断然いい」



 視線を逸らしてしまったので見ることができなかったが、ひよりの声は上機嫌だ。

 私はその声にほっとして、ひよりへと視線を戻した。

 ひよりはうっとりとウンディーネが歌い踊る様をみつめている。そして、「おねえちゃんにも、見せたいな」とぽつりと呟いた。

 私は微笑んで、ひよりにある提案をする。彼女の大好きな姉への贈り物。それを聞いたひよりは、顔をくしゃくしゃにして笑い、私にぎゅっと抱きついてきた。



「カイン、凄い!ありがとう!」



 そして、明らかに今まで見た中で最高に愛らしい表情で、私を見上げてひよりはこう言った。



「カイン、感謝してる。私あなたのこと大好きよ!」



 ――その言葉を聞いた瞬間。

 ――私の胸の奥底を何かがぎゅっと容赦無く締め付けてきて……酷く、苦しかった。



 ――翌日。

 順調に馬を飛ばして夕方ごろには城へと舞い戻った私たちは、父――国王への報告もそこそこに、城の中庭にあるひよりの家に向かった。

 古びた引き戸の玄関を開けてひよりが元気よく「ただいま!」と声をかけると、彼女の姉が台所の方からすっ飛んできて、ひよりを思い切り抱きしめた。



「おかえり……!怪我は?疲れた?お腹すいた?」

「うん、平気ー。おねえちゃん。お腹すいた!」



 ひよりは蕩けそうなほど顔を緩ませて、茜に夕飯をねだる。

 対する茜も、なんとも嬉しそうに「もう出来てるから、手を洗っておいで」と言った後、準備のために台所へ戻っていった。そして、その場に私と――茜の護衛騎士のジェイドが残された。

 ジェイドは私に一礼をすると、茜を追おうと動き出したが、私はその腕を掴み引き止めた。



「――な、なんでしょうか。カイン王子」

「………………」



 私はジェイドの髪をまじまじと見つめる。

 この護衛騎士の髪色は――黒だ。



「…………。――チッ」

「舌打ち!?」



 ……らしくないことをした。

 私は不用意に部下を怯えさせてしまったことを、その後深く反省した。



 居間へ足を踏み入れると、城に着く前に先ぶれを出しておいたおかげか、既に食卓には料理が並んでいた。



「すまないな。私のぶんまで」

「いえいえ。うちのご飯で良ければ。大したおもてなしも出来ませんけれど」

「おねえちゃん! しょうっがっやきー! 生姜焼きだ! 最高!」



 ひよりは湯気をあげる料理を前に、うきうきしながら箸をかちかち鳴らしている。

 目の前の皿には、薄い肉――恐らく豚肉だろうか。それが千切りのキャベツと一緒に乗っていた。

 同じ皿の上には、この前の弁当にも入っていたポテトサラダにくし切りのトマト。側にはぽってりとマヨネーズが添えてある。そして、かき玉の味噌汁に真っ白いご飯だ。

 料理から立ち昇る、甘くてしょっぱい、なんともそそる匂いが部屋いっぱいに立ち込めていた。



「ひより、お行儀悪いよ。じゃあ――いただきます!」

「いただきます!」



 ひよりは元気にそういって、大きな口を開けて肉に齧り付いた。



「ああ!幸せ!」



 肉に続いて口いっぱいにご飯を頬張るひよりは、言葉通りとても幸せそうだ。

 私も箸を手に取り、肉を持ち上げる。薄いが手のひらほどある大きさの肉だ。肉に絡んだたっぷりのタレが滴り落ち、生姜だろうか、独特の香りが食欲を唆る。

 一口かじると驚くほど柔らかい。香ばしい風味――ああ、これは茜の手料理では定番の醤油の味だ。それと生姜が合わさって、なんとも白飯に合いそうな味。

 そう思って白飯を一口頬張る。



 炊きたてなのだろう、白飯は案外熱く、はふはふと口の中で冷ましてから味わう。ひと噛みすると、途端甘い米の味。それが生姜と醤油の濃い味を緩和する。

 この米というのは特に味付けもされていないのに、いつも食べるとその甘さとねっとりとした食感に驚く。生姜焼きの濃い味はそれはそれで美味いが、なんだかその後米の甘さが恋しくなる。



 ふとひよりを見てみると、生姜焼きの肉でキャベツの千切りを巻いて食べている。私も早速それを真似してみようと箸を伸ばす。

 ひより達ほど箸使いの上手くない私は、少し苦労しながらキャベツを肉で巻いた。やっと食べれることに安堵して、ぱくっと肉に食らいつく。


 ――じゅわ、しゃきっ!


 肉を噛んだ瞬間、たっぷり絡んだタレが染み出す。その直後にしゃきしゃきのキャベツ。キャベツは瑞々しく、米とは違う優しさで肉の濃い味をさっぱりと食べせてくれる。



 ――これはいい。



 どちらかというと、キャベツを巻いた方が私の好みだ。そう思いながら私は味噌汁に手を伸ばす。

 シンプルに溶いた卵とネギを入れただけの味噌汁。

 ふわふわの黄身と、半熟のとろっとした白身が混ざり合って、味噌の塩気をまろやかにしてくれる。生姜焼きの濃い味に疲れた舌には丁度いい。


 ほ、と一息つく。

 やはり旅の最中はどこか緊張していたのだろう。

 茜のご飯を一口食べるごとに、体の緊張が解れていく気がする。

 ひよりは茜のご飯をなんとも楽しそうに、美味しそうに食べる。私も食べながらついつい頰が緩んでしまうのを止められない。茜のご飯がいいと泣いてしまったひよりの気持ちがよくわかる。なんだかほっとする帰りたくなる味なのだ。



「カイン!ちょっと、あんたマヨネーズに手をつけてないじゃない!」



 味噌汁をのんびり味わっていると何故かひよりに怒られた。

 私は何か粗相をしてしまったかと慌てたが、ひよりは真剣な顔で皿の上のマヨネーズを指差す。



「男児たるもの、マヨネーズを食べないとはなんたることか! ほら! 生姜焼きにマヨネーズをたっぷりのせて! はい、食べる!」

「ん? ああ……」



 ひよりの言う通り、マヨネーズを肉に乗せた。

 マヨネーズ自体はこの家でサラダなどを食べるときに出た事はあるので、食べたことはあるのだが……。

 マヨネーズで真っ白になった肉を口に入れる。

 その瞬間――。



「う…………っ、美味っっっ!」



 思わずそんな声が漏れてしまった。

 醤油と生姜の甘辛のタレ。その濃い味を、さらにマヨネーズの程よいとろとろの油分とすっぱさが包むと、ちょっとくどいくらいのまったり味。その味が消えないうちに白飯を噛み締めると、体の奥からじわじわ湧き出る幸福感。

 身体が言っている。



 ――若い身体にはこれくらい濃厚な味が丁度いいだろう? と。



 訂正する。これが1番美味い食べ方だ。キャベツ巻きなど比べるまでもない。

 私は夢中で、肉と白飯を交互に掻き込む。

 途中肉のお代わりと白飯のお代わりを二回して、やっと落ち着いた。

 畳に足を投げ出して、苦しいお腹を摩る。

 こんなに夢中で食べたのはいつ以来だろうか。

 気づけばひよりもソファに横になり、食べ過ぎたのか「うーん」と声を上げていた。



「ふたりとも、食べ過ぎ……」



 茜の呆れた声がする。

 確かに食べ過ぎだと頭のどこかで解っている。

 けれどこれでいいのだと、私の心は間違いなく満足感でいっぱいだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 夕食の片付けが終わると、戸惑う茜の手を引いて、ひよりが縁側にでる。

 陽は既に暮れてあたりは真っ暗だ。



「な、なに? ひより」

「おねえちゃんにお土産があるの!」



 予め用意しておいた洗面器に、私の手の中の瓶から中身を注ぐ。

 その瓶の中身は――あの時の川の水だ。

 そして、こほん。と軽く咳払いしたひよりは、縁側に座らせた茜の前に立ち、ぺこりと畏まって礼をした。なんの説明もなく縁側に座らされた茜は、不思議そうに何度か目を瞬いて、取り敢えずぱちぱちと拍手をした。

 私はひよりに洗面器を渡す。

 ひよりは、その洗面器をお腹の前に抱えるようにして持つと、すうっと大きく息を吸いゆっくりと歌い出した。



 それは私があの晩に歌った精霊への賛歌。

 城へ帰る道すがら、ひよりが一生懸命練習していた歌だ。

 一節、二節と歌が進むと、洗面器の中の水面が蠢く。流石聖女といった所だろうか。声に含まれる魔力の量が私とは段違いだ。私が歌った時より随分早く精霊が反応している。

 普通はあの場所、あの川辺で歌わないとウンディーネが現れることは滅多にない。けれど、あの川の水を汲んでそう時間が経たないうちに、より多くの魔力を込めてあの状況を再現すれば――私の歌の楽しさをすっかり知ってしまった、歌好きのウンディーネを呼び出すことは可能だ。

 この事はあまり知られていない、ちょっとした裏技だったりする。随分昔に大切な人から教えてもらった事のひとつ。



 とうとう、ひよりの持つ洗面器の中からウンディーネが姿を現した。それはほんのりと発光しながらくるくると回り、ひよりと茜の間を行ったり来たりしている。

 流石に川で歌った時ほどの数は現れないが、それでも段々とひよりに合わせて歌いはじめたウンディーネ達の声は、圧倒させられるほどの声量となり、その歌声は聴き入ってしまうほど美しい。



 茜は一瞬呆気にとられていたが、ひよりのしてやったりという顔を見るなり嬉しそうに笑った。その顔はひよりとそっくりで、やはり姉妹なのだなあと実感する。

 やがてひよりは歌い終わると、縁側に座る茜の隣に座った。川の時と同じように、ウンディーネ達はひよりが歌い終わっても、構わず歌い続けていた。



「おねえちゃん、凄いでしょ! これがこっちの夏の風物詩なんだって」

「うん。本当、凄いねえ」



 ふたりは舞い踊るウンディーネに見惚れている。

 わたしもその隣に腰掛け、ウンディーネの歌声に耳を傾ける。

 ウンディーネ達は満足するまで歌って、歌うことに飽きたものから空に消えていく。



「夏の風物詩かあ。……元の世界とは大違いだね」

「凄いロマンチックだよね! あっちの風物詩って言ったら、蝉に風鈴にかき氷に……あと縁側で食べる枝豆とスイカ! プールに海! 花火に縁日! そんなもんかな? おねえちゃん」

「大体網羅してるんじゃない?」

「駄目だわ……ロマンチック度で負けたわ。辛うじて花火が対抗できるかどうかってところかなあ。おそるべし異世界」

「なかなか過ごしやすいよね、ここ。蝉も鳴いてないから日中静かだし。蚊もそんなに飛んでない」

「何よりこっちは蒸し暑くない!」

「あの蒸し蒸し地獄から解放されるなんて……夜クーラーが要らないだけで奇跡だよ……異世界の夏……侮れないね」

「そうだね……」



 そして会話が途切れると、ふたりはゆっくりと顔を見合わせて、にんまりとした笑みを浮かべる。

 そして同時にこう言った。



「「異世界の夏、最高じゃない?」」



 そう言ってふたりケラケラと楽しそうに笑った。

 ひとしきりふたりで笑った後、ひよりはこちらを見て、



「ね、カインもそう思わない?」



 なんとも眩しい笑顔で、私にそう問いかけてきた。

 私は「うん」とか「ああ」とか曖昧に返事をして、空を舞うウンディーネに視線を戻す。

 星が瞬く美しい夜空の下で聴くウンディーネの歌声は、相変わらず美しく耳に心地よい。



「――やだ。カインどうしたの?」



 ひよりがこちらを見て驚いている。

 私の目からは涙が一粒、溢れてしまっていた。それを見られてしまったらしい。

 ごし、と手の甲で顔を擦る。



「いや。なんでもない」

「そうなの?」

「ああ。今日はやけにウンディーネの歌声が美しいからな――……きっとそのせいだ」



 そう言って、精霊が舞い踊る夜空を見上げる。

 ひよりは納得していないのか不思議そうな顔をしていたが、また夜空に視線を戻した。

 ウンディーネが一体、また一体と夜空に溶けて消えていく。

 段々と小さくなっていく歌声は、もの寂しさを感じさせる。

 すん、と鼻をすする。

 私は、ウンディーネの最後の一体が歌い終わるまで見届けよう――その日は何故かそう思った。

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