センチメンタルコロッケ後編
コロッケを作るときのコツは、そんなに多くない。
チンしたジャガイモを、熱々のうちに皮を剥いて、そのまま勢いよくマッシュ。これを守れば、それなりのコロッケができあがる。そこからどう美味しくするかは、作る人の心次第。
新ジャガは、先述した通りに水分量が多い。調子よく潰していると、あっという間に滑らかになる。それを、さっき豚ひき肉を炒めていたフライパンに投入。あ、お肉を炒めた時に、脂が多すぎると思ったらあらかじめ捨てておくこと。
「グツグツ、練り練り〜」
「なにその歌」
「この工程、料理してるぜ! って感じがして好きなの」
妹は、牛乳を投入したフライパンの中身を、景気良くこね回している。
「焦がさないでよ」
「やっぱり美白の方が美味しいもんね」
「それはどう言う意味……?」
クスクス笑いながら、そこにコンソメ顆粒を投入。全体に馴染んで、水分量がちょうどいい感じになったらポテトクリームの完成!
出来上がったのは、白っぽくてとろみのあるクリーム。しかし、どっしりもったりしたそれは、ホワイトソースよりも存在感がある。甘みを足したい場合は、玉ねぎを入れてもいい。豚ひき肉の代わりに、ベーコンでも可。夏は枝豆でもいける。牛乳の代わりに、市販のホワイトソースを入れても。その場合はコンソメを入れないで、塩気を控えめにするといいかなあ、なんて思う。
そう、私の作っているのは、コロッケはコロッケでも「ポテトクリームコロッケ」。ポテトコロッケよりもしっとり、クリームコロッケよりもあっさり。元々は、ホワイトソースを作るのが面倒だったので、ジャガイモと牛乳で代用したのがはじまりだ。
これを冷蔵庫に入れて冷ます。クリームコロッケよりは、整形しやすいのもいいところだ。形を整えたものを、小麦粉、卵、パン粉の順につけていって、後はカリッと揚げるだけ。
「コロッケは、生焼けってことがないからいいよね……」
「確かに、そういう意味では安全だね」
そんなことを話しながら、妹はひとつひとつ丁寧に揚げていった。以前、メンチカツを作ったりもしたからか、油を扱うことに関しては慣れているように見える。しゅわしゅわぶくぶく泡立っている油から、きつね色に染まったそれを引き上げる。熱い海から顔をのぞかせたのは、きつね色の衣に包まれた、美味しい小判形だ。しゅわ、しゅわ、とまだ衣が鳴っている。ぷん、と鼻をくすぐるのは、香ばしく揚がったパン粉の匂い。それはどうしようもなく、私と妹の胃をくすぐった。
「「……」」
私たちは互いに顔を見合わせると、小さく笑みをこぼした。
そして、ふたりとも無言のまま、素早く支度を整える。なにせ、冷めてしまったら台無しだ。揚げたての美味しいところに齧り付く。それはコロッケの何よりの楽しみなのだから。
「おねえちゃん、これ」
「なるほど、うちの妹は天才だ」
妹が手にしたものを目にして、ぐっと親指を立てる。
それはお菓子包装用の紙の小袋。普段なら、洒落たクッキーの一枚でも入れているところだが、今日ばかりはコロッケをぶち込んでしまえと、ニヤリと不敵な笑いをこぼす。
熱々のコロッケを白い紙に挟み込む。薄い紙は、流石に熱を遮断するほどの厚みはない。火傷しないように気をつけながら手に持って、ひょっこり頭を出しているコロッケにソースをかける。
「わ、こぼれた」
妹は、慌ててシンクの上に手に持ったコロッケを移動した。たらり、流れたソースが指についてしまっている。けれども、それを拭う時間ももったいない。私たちは目を合わせると、同時に言った。
「「いただきます!」」
――ざくり。
勢いよく齧り付いたコロッケの中から、熱いとろとろのポテトクリームが溢れ出す。
「あち、あちち」
唇の端に、噴火したてのマグマみたいなそれがついてしまって、思わず慌てる。いけない、齧る部分を間違えた。ソースがついた部分は、いわゆる安全地帯だ。なにせ、そこは冷たいソースのおかげで若干温度が低い。熱さでビリビリしている舌をなだめつつ、安全地帯にもう一度齧り付く。すると、濃厚なポテトクリームの美味しさに思わず頰が緩んだ。
このトロッとしつつも、どっしりした食感。それはポテトクリームならではのもの。カリッカリの香ばしい衣に包まれたクリームが徐々に冷めてくると、途端に食べるスピードが上がってくる。サク、ちゅる、サクサク、ずるる。その食べ方は、まさに「飲み込む」よう――。
『美味いコロッケはなあ、飲めるんだぜ』
それは、亡くなった父の言葉だ。父は母と私が作るコロッケが大好きだった。
「やば。美味しー!」
妹も、この味には大満足のようだ。自分が揚げたそれを、まじまじと見つめてはまた齧り付く。
「どう? 今度はひとりで作れそう?」
「どうだろ。どうかなあ……。今度、試してみる」
妹は、手についたソースをぺろりと舐めると、へへへ、と笑った。天真爛漫さとは裏腹に、真面目な妹のことだ。何度か試作して、いつのまにか自分のものにしてしまうのだろう。
その時、またじわりと涙が滲んできて、バレないように袖で拭った。
そもそも、このコロッケは母がよく作ってくれたものだった。私も、夕飯の手伝いをしながら作り方を覚えたのだ。母の味が、私の味になり、そして妹の味になる。この味は、いつまで続いていくのだろう。それは、今の私には到底想像つかないことだ。
「今度ひとりで作ったら、味見してくれる?」
「もちろんだよ。楽しみにしてる」
――ああ、妹がまた大人になった。
そんな風に感じた私は、ちょっぴりセンチメンタルな気分になってしまったのだった。
保護者ってこういうとき切ないですよなあ。
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