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センチメンタルコロッケ前編

 コロッケの話。

 自宅でコロッケを作ると言うと、どうにも驚かれることが多い。

 話を聞くと、それは労力に対価が見合わないという理由からのようだ。なにせ、コロッケというと庶民の味の代表格。シンプルなポテトコロッケともなると、総菜屋やスーパーで100円以下で買えるし、味も悪くないからということらしい。


 たしかに、総菜屋の店先で食べるコロッケの美味しさと言ったら!

 熱々のに、ふうふう息を吹きかけて食べるその味は、昔から通っている商店街での思い出の代表格だと思えるくらい。


 ――でもなあ、と私は思う。


「おねえちゃん! 今日のおやつ、コロッケなの!?」


 目をキラキラさせた可愛い妹に、期待いっぱいの視線を注がれるのもなかなかにオツなものだ。それに、やっぱり手作りは自分なりの工夫を懲らせるのが楽しいところ。大量に作って冷凍しておけば、お弁当にも入れられるし、休日のお昼ご飯なんかにも活躍してくれる。だから、私にとってコロッケは手作りする「価値」のある料理だ。


 特に、新ジャガイモが出回るこの頃は、一層コロッケが作りたくなる。

 なぜならば――新ジャガイモのコロッケは、「飲める」からだ。


 ***


「おねえちゃん。コロッケの作り方、教えて欲しいの」


 妹が真剣な顔で私にそう言ったのは、数日前のこと。

 けれど、正直なところ私は迷っていた。我が妹は、亡き母の「悪い癖」を引き継いでいることを知っていたからだ。ひとりで料理を作らせたら、大惨事になる予感しかしない。

 そんな不安を感じ取ったのか、妹は私の手を取ると、じっと目を覗き込んで言った。


「おねえちゃんが何を心配しているのか、わかってるつもり。絶対にアレンジしない。基本を守る。だから、お願い」

「……わかった。約束よ?」

「うん! 約束!」


 途端にぱっと華やいだ妹の表情が可愛くて、思わず頰を緩める。


「まずはどうすればいい?」


 空色のエプロンをつけた妹は、やる気満々で袖をまくっている。

 私は買ってきたばかりの新ジャガが入った籠を手にすると、妹に渡した。


「じゃあ、まずはこれを洗ってレンチンしようか」

「わかった! それにしてもこのジャガイモ、皮がベロベロ禿げてるけど大丈夫?」

「新ジャガイモってそういうものよ」

「種類が違うってこと?」

「ううん、採れたてってこと。普段食べてるジャガイモは、長い間貯蔵してから出荷したものなんだけど、これは収穫してからすぐのものなんだよ。水分量が多くてね、あまり日持ちしないんだけど、皮まで食べられるんだから。まあ、今日はコロッケだから皮は剥いちゃうけど」


 妹は、へえ! と感心したように声を上げると、流水で新ジャガを洗い出した。

 新ジャガは、普通のジャガイモよりもビタミンCが多いと聞く。普通は熱に弱いビタミンCではあるが、ジャガイモのそれは熱に強く、調理をしてもあまり損なわれないのが特徴だ。小さいものなんかは、皮がついたまま丸揚げして、カレー塩をつけて食べても美味しい。鶏肉と一緒に、オイスターソースで炒めてみたりなんてのもいい。シンプルな調理方法が合うのが、新ジャガ。ホクホクした食感は望めないぶん、瑞々しさに合った調理法を模索する楽しみがある。


「それにしても、どうしていきなりコロッケなわけ?」


 塩コショウをした豚のひき肉を、バターで炒めながら妹に尋ねる。妹はレンジを閉めようとした手をぴたりと止めると、「内緒じゃダメ?」と少し気弱そうな顔を見せた。なんとも珍しい妹の表情を意外に思って、じっと見つめる。隠し事なんて、珍しいこともあるものだ。


「無理に話せとは言わないけどさ」

「……うーん」


 すると、妹は少しだけ視線を彷徨わせてから、ボソボソと小声で言った。


「コロッケくらいなら、私にも作れるかなって」

「どういうこと?」


 妹は、口元をムズムズともどかしげに動かすと、開き直ったように言った。


「将来、私が自立した時。今みたいに、いつもおねえちゃんの味が食べられるわけじゃないじゃん。でも、自分で覚えておけば再現できるでしょ。それだけ。すっごく簡単な理由なんだ」

「……」

「それにさあ、コロッケなら異世界暮らしになっても作れそうじゃない? お肉も、ジャガイモもあるし。パンもあるしさ! へへ、頭いいでしょ」


 妹は恥ずかしいのか、ほんのりと頰を染めている。その表情は、以前と変わらずあどけないものだった。

 ――ああ、健気な妹よ。なんて可愛いんだろう、などと思っていると。

 ふと、視界が滲んできて、慌ててそっぽを向く。妹は、私の様子に気がついていないようで、レンチンしたてのジャガイモの皮を剥いて、調子よくマッシュしている。


 ――別に悲しいことじゃないのに。どうして泣けてくるんだか。


 胸の奥から込み上げてくるこのもどかしい感情は、なんて言う名前なんだろう。


 妹は自身の恋を自覚してから、みるみるうちに綺麗になった。聖女として異世界を救い、こちらの世界に戻ってきた後も、希望の大学に行くために勉強を頑張っているのもあって、大人の自覚が芽生えつつある気がする。以前は動きやすさ優先だった服装選びも、大人っぽいデザインのものを選ぶようになってきた。最近の妹からは女性らしさが滲んできて、幼さが消えつつある。それは少しさみしいような、嬉しいような……。


「大きくなったねえ」


 思わず、目を細めて妹の頭を撫でると、彼女はぱかんと口を開けて、次の瞬間には大笑いし始めた。


「やだ。私、身長変わってないよ」


 ケラケラ笑っている妹の笑顔。こればっかりは、昔からずっと変わらない。

 それが無性に嬉しく思えて、私は微笑みを浮かべると、「カイン王子の口に合えばいいね」と悪戯っぽく囁いた。


「な、ななななな……!?」

「でも、未来の王妃様に台所に立つチャンスはあるのかなあ」

「お、おおおおお……!?」

「頑張ってね。お、あらかた潰し終わったね。次の工程に行こうか」


 私は、ゆでダコみたいになって汗をダラダラかいている妹をよそに、次に使う材料を手にした。

新作投稿はじめました!


古都鎌倉、あやかし喫茶で会いましょう―心に沁みる珈琲と恋の花開く時―

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鎌倉は、あやかしが跋扈する異世界のような町だった!?

どん底崖っぷちOLが、鎌倉で出会ったのは――美味しい珈琲と鬼に「なってしまった」青年でした。

温かくて、切なくて、美味しくて、時々泣ける。鎌倉喫茶ハートフルストーリー!


どうぞよろしくおねがいします~!

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