幼き頃からの友というものは 前編
お久しぶりの更新です。後日譚なので、書きたいものを投稿するスタイル。色々時系列が飛んでますね。すみません~!
うちの宰相と騎士団長と王様は幼馴染なんですよ。
宰相が最年少、騎士団長は宰相の3歳年上。王様は騎士団長の2歳年上。
年齢差がある幼馴染。最年少が一番しっかりしているのは自明の理。フフフ。
「ルヴァン、頼む。次の騎士団の訓練先だけどよ、レイクハルトにしてもいいだろ!?」
「駄目だ。例年通り、近郊の森でいいではないか。場所を変更する理由がない。どうせ、名物の蒲焼で一杯飲みたいなどと考えているのだろう」
「うっ。そ、そそそそんなことねえよ!?」
「わはははは、相変わらずうちの宰相様は厳しいな。いいではないか、別に」
「何をおっしゃいますか。国民から預かった税金を、無駄な遠征費に使うわけにはいきません。それよりも、王よ。先日お願いした、今日締切の書類をまだ頂戴しておりませんが」
「うっ。あ、あああ後で出そうと思っていたのだ」
コツコツと足音を鳴らしながら、早足で石畳の廊下を歩く私の後を、ダージルと国王が泣きそうな顔でついてくる。そんな私たちに、道ですれ違った使用人や城勤めの文官などは、またかというような視線を送ってくる。
大陸の中央部に位置する、ジルベルタ王国。その国の王と、宰相である私、騎士団長のダージルは幼馴染だ。こんなやりとりが、何十年と繰り返されているのだ。普段から見慣れている城内の者が、呆れた視線をよこすのは当たり前だろう。私は、なおも食い下がってくるふたりを丸々無視して、さっさと目的の部屋に入ってしまった。そして、後ろを一瞥もせずに扉を閉めると、はあ、と息を吐いた。どうやら、ふたりは部屋の中にまでは入ってこようとは思わなかったらしい。耳を澄ましていると、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「――まったく、これだから」
私は持っていた分厚い書類をテーブルの上に置くと、一息ついた。
邪気の急増期が聖女たちの活躍のおかげで終焉を迎えてから、数ヶ月経った。精霊王の降臨によって、邪気が噴出する理由が判明し、精霊信仰を復活させようと各国が動き出している。それに伴って、精霊王を信仰する神殿を再建することとなった。その手配を、我が国が主導して行っていく。最終段階として、シルフィ王女を神官長として送り出す予定だ。
今、この国は正念場を迎えていた。聖女召喚の秘術を武器に他国との関係を築いてきたこの国にとって、ここでしっかりと存在感を見せなければ、聖女自体が不要となるであろう近い未来、非常にまずいことになる。そうならないためにも、私はあれこれと日々忙しく過ごしていた。
「疲れたな」
思わず、ぽつりと本音が漏れた。そして、全身に広がる倦怠感に耐えきれなくなって、近くにあった椅子に腰掛けた。だらしなく椅子の背にもたれかかり、体の力を抜く。
――ああ、こんな姿、誰にも見せられない。
「…………しかし、弱音を吐いている場合ではない。この国の将来は、私にかかっている」
そう自分に言い聞かせ、腹に力をこめる。そして、おもむろに椅子に座り直した。持ってきた書類を広げて、順番に目を通していく。今日の会議までには、まだ時間がある。それまでに、資料をもう一度読み込んでおくべきだろう――。するとその時、ふと喉の乾きを覚えた。そういえば、しばらく水分を取っていない。蜂蜜をたっぷりと落とした濃いめの紅茶が欲しくなって、侍女を呼ぼうと立ち上がったその時だ。
――ぐらり、世界が傾いだ。
***
「いい加減に、自分の立場というものを理解してくれないか。でないと、周りが困るのだ」
夕暮れ時――茜色の光が、ジルベルタ王国の象徴である純白の城を美しく染め上げている。城の中の一角、あまり人の訪れないバルコニー……そこで、私は渋面を浮かべ、幼馴染の少年ふたりに心底呆れながら言った。
すると、ふたりは互いに目線を交わし合って、無邪気な笑みを浮かべた。
「だがなあ、この季節はベリーを摘むもんだろ? みんなやってるしな。旬のものだから、今を逃したらまた来年まで待たなくちゃならねえし」
そう言って、ベリーが山積みになった籠を誇らしげに差し出してきたのは、代々騎士団長を排出している、ジルベルタ王国有数の上級貴族の嫡男、ダージルだ。13歳になると受けられる騎士団の入団試験に向けて、普段から訓練で傷だらけの彼だが、今日は更にたくさんの傷をこしらえていた。この時期に採れるベリーは、蔓に棘がある。それで傷つけてしまったのだろう。
「そうだそうだ。何が悪い」
そして、ダージルの言葉に便乗したのは、この国の第一王子だ。王子の着ている豪奢な「普段着」や、この国では最も尊いとされている金髪は、土埃で薄汚れてしまっている。周辺国の中で、最も容姿が整っているともっぱら噂の王子を飾り立てるべく、普段から彼の身だしなみに心血を注いでいる側仕えが見たら、悲鳴を上げて卒倒しそうな有様だ。更には、その整った顔には、細かい傷が見て取れる。明日、婚約者である他国の姫と顔合わせがあったはずだが、いいのだろうか。
このふたりは、いずれ国を担うことになるだろう、将来有望な若者だ。――その、はずなのだが。
「みんなしている、だと? 馬鹿か。それは平民の話だろう! 一国の王子や貴族がすることではない! また、勝手に町に下りたのだな!?」
あまりのことに、こめかみを指で解す。このふたりは、自分の立場というものを何もわかっちゃいない。ふたりがベリー摘みに行ってしまったせいで、大騒ぎになるところだった。それを誤魔化すために、自分がどれだけ苦労したことか……!!
将来、この国の宰相になるべく、早くから教育を施されてきた自分は、彼らとは親しくせよ、と現宰相である父親から厳命されていた。それもあって、彼らの近くにいようと普段から気を遣っていたのだが、正直、私は疲れ果てていた。それもこれも、平気で平民に混じって遊び始める上級貴族やら、ふらふらとどこかへ出かける癖のある王族のせいだ。
「ははは、一本取られたな。ルヴァンはしっかりしているな。まだ十歳だろうに」
王子は、真っ白な歯を見せて呑気に笑っている。すると、王子の隣で話を聞いていたダージルは、ぽんと私の肩を叩いて言った。
「さすが未来の宰相様だな。うちの国は安泰だ!」
「~~~~~~~!! いい加減にしてくれないか!」
ヘラヘラ笑っているふたりを、じろり、思い切り睨みつける。すると、彼らは浮ついた笑みをさっと消して、途端に神妙な面持ちになった。
「冗談が過ぎた。悪かった。すまん」
「お前のぶんのベリーもあるからな。許してくれ。ほら、甥っ子も好きだったろう」
そして、ぐいと私の手にベリーの入った籠を握らせた。
……確かに、甥っ子であるヴァンテはベリーを好んで食べはするのだが、(ただし、味ではなく、読書をしながら片手で食べられる点を評価していた)こんなもので、私のご機嫌を取ろうなどと、言語道断だ。私はまたふたりを睨みつけようとして――やめた。
「今年もたくさんベリーが採れたと、平民たちは喜んでいたぞ。この国の森は、魔物が少ないからな。子どもでもベリー採りに行ける。それもこれも、騎士団が普段から魔物を狩っていてくれるおかげだと、感謝していた」
「ああ。俺も早く騎士団に入りてぇなあ。あいつらが危ない目に合わないように、一匹残らず駆除してやるんだ」
「無理はするなよ? そうだ、婚約者殿の国から、大量の魔石を融通してもらえることになった。騎士団に回すように言っておいたから、お前が入る頃にはきっと装備も刷新されているはずだ」
「そりゃいいな。これで、益々みんな安心して暮らせるだろう」
ふたりは、目をキラキラさせて、今日出会った平民や騎士団のことを話している。何も考えていないようで、彼らなりにこの国のことを思ってはいるのだ。……まったく考えなしのほうが、文句もつけやすかろうに。いいんだか、悪いんだか……。
私は、深々と嘆息して、私よりもずいぶんと高い場所に頭があるふたりを見上げて言った。
「何はともあれ、勝手な外出はお控えください。わかりましたね?」
「……う、わかったわかった」
「ダージルもだぞ」
「…………婚約者殿と相談してみらぁ」
ダージルは、視線を宙に彷徨わせて、若干顔を引きつらせている。もしかしたら、今日のことも、彼の病弱な婚約者の「いつもの」ワガママから始まったことなのかもしれない。私は、やれやれと小さく首をふると、僅かに眉を顰めて言った。
「邪気の急増期が近づきつつあります。次代を担う我らがしっかりしませんと。――大変なことになりますから」
「「…………」」
すると、ふたりは黙り込んでしまった。数百年単位で訪れる邪気の急増期――近年は、徐々に間隔が狭まりつつある。予想通りであれば、恐らく、自分たちがこの国を背負う事になった時にそれはやってくるのだろう。過去の記録によると、魔物が急増し、大地は穢れ、多くの人が亡くなったのだという。そんな混乱の時代がやってくるのだ。私たちが気を引き締めなくてどうするのだ。
黙ってしまったふたりを、じっと見つめる。彼らだって、理解していないはずはないのだ。特に王子なんかは、私よりもよっぽど、みっちりと過去の急増期や聖女召喚に関して学んできたのだから。すると、ふたりは互いに顔を見合わせると、ふっと笑みを零した。そして、いきなり私の頭をワシワシと乱暴に撫でて言った。
「まったく、今から思いつめてどうする。そのうち、頭が弾けるんじゃないか?」
「わはは! そうかもしれんな。ルヴァンは真面目だな」
「なっ……! 茶化さないでください!!」
明らかな子ども扱いにカチンときた私は、彼らを思い切り睨みつけた。けれども、今度ばかりは私の睨みも効かなかったらしい。ふたりは笑みを崩すことなく、話を続けた。
「茶化してなんていないさ。今から身構えていたとしても、何もいいことはない。今の私たちにできることなど、たかが知れている」
王子はふと視線を私から反らし、そこから見える景色に目を細めた。バルコニーからは、遠く城下町を望むことができる。夕日に赤く染められた城下町からは、ゆらゆらと煮炊きの煙が立ち上っている。それはいつもと変わりない光景だった。ダージルも、同じように景色を眺めながら言った。
「この国には、平和が似合うよな。それを守るために俺は生まれた。俺の体も、心も――命も、この国ためにある。それは理解している。……が、俺はまだ魔物一匹すら倒したことのねえ未熟モンだ。そんな俺が、難しいことをどうこう考えたって、どうにも行き詰まるだけだ。今の俺にできることは」
そして、ぽんと自分の二の腕を叩くと、ニッと笑った。
「愚直に、ただひたすら体を鍛えて、親父を超える騎士になるために頑張るだけだな」
すると、その言葉を引き継ぐように、王子が言った。
「すまんな、ルヴァン。心配をかけた。今日のことは、ダージルに無理言って連れ出してもらったのだ。王位を継げば、自由に動くこともままならなくなるだろう。今のうちに、市井の様子を見ておくのも手だと思ってな。……大騒ぎになるのは、きっとお前が回避してくれるだろうと思ったし」
「……」
「まだまだ未熟な我らだが、それもひとつの姿だ。誰しも、未熟であった時代を経て、次へと一歩踏み出す。焦る必要も、無理をして今から背伸びする必要はない。未来のことは、未来の我らに任せて、今は伸び伸びと過ごした方がいいのではないか」
王子から注がれる視線の、あまりの優しさになんとなくくすぐったさを覚えて、私はぐっと口元を引き締めた。
「……それは、問題の先送りとはいいませんか」
すると、王子はいきなり噴き出すと、大笑いし始めた。そして、海よりもなお碧い色を湛えた瞳に、優しい光を宿して言った。
「問題ない。未来の私を信頼しているからな」
そして、もう一度私の頭をくしゃりと撫でて言った。
「もちろん、未来のルヴァンも、ダージルも、だ」
「……っ」
私は顔が熱くなるのを感じて、咄嗟に顔を反らした。ダージルと王子は、わははは! と豪快に笑い合うと、そろそろ戻るかと、おもむろにベリーの入った籠を手にした。私は、恥ずかしさを紛らわせるために、なんとなく彼らに尋ねた。
「そんなにたくさんのベリー、どうするんです」
すると、ふたりは年相応の悪戯っぽい笑みを浮かべて、私に言ったのだ。
「「内緒」」
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