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宰相様と犬。

すみません、「ひねくれた王子と純朴の姫君」ですが、ちょっと仕切り直しさせていただきます。

書き直すことにしました~本当にすみません!

今日の更新はルヴァンさんです。楽しんでいただけると幸いです。


「はぁ……」



 恐ろしいほどのスピードで駆け抜ける鉄の箱の中で、ジルベルタ王国宰相であるルヴァンはため息を零した。

 箱には四方に大きなガラスが取り付けられており、外の景色が見えるのだがそれもルヴァンのため息を誘うものだった。何故ならば、そのどれもが彼にとって見慣れないものだったからだ。



「ルヴァンさん、車酔いとかしていませんか? 大丈夫ですか?」

「……問題ない」

「それはよかった。もう少しで到着しますからね」



 鉄の箱を操縦している小鳥遊 茜(たかなし あかね)は、チラリとルヴァンの様子を確認すると笑みを浮かべた。その隣の席には、かつて王城で騎士として働いていたジェイドが、慣れた様子で座っている。ふたりは視線を交わすと、微笑み合って前を向いた。


 ――ルヴァンはふたりが見ていないことを確認すると、もう一度ため息を零した。


 どうして自分がこんな場所にいるのだろうか。明日までに決済しなければならない仕事が山積みだというのに。「王の許可はある」などと宣った二人に、半ば拉致のような状況で連れてこられたのだ。知らぬ間に用意されていた着慣れない服も、どこか窮屈で落ち着かない。何もかもが、ルヴァンにとって戸惑うことばかりだった。


 ……そう。ルヴァンは今、日本に居た。

 ここではない世界の住人である自分が、何故こちらに来るはめになったのか、ルヴァン自身は何も聞かされていない。



「いい加減、私をここに連れてきた理由を聞かせろ」



 不器用な性格なために、いつもぶっきらぼうな物言いをするルヴァンだが、今日はいつもよりも2割ほど抑揚がない。その声を聞いた茜は、途端に顔を引き攣らせた。



「う……っ、そんなに怒らないでくださいよ」

「怒ってはいない。……だが、仕事よりも優先すべき理由なのだろうな」

「もちろん、それは保証します。今日来なかったら、絶対に後々後悔しますよ」

「……そんなことがあるのか?」

「大丈夫です。私を信じてください。……あ、ちゃんと精霊王様の許可も得ていますからね!」



 茜の口から出てきた、大物すぎる人物の名前に今度は頭痛を覚えたルヴァンは、背もたれにより掛かると目を瞑った。


 鼓膜を刺激しているのは、聞き慣れない「エンジン」というものの駆動音。

 魔道具好きで、見知らぬ道具を好む自分であっても、四方八方を不可思議なもので囲まれると萎縮してしまうのだな――などと、自分の新たな一面に想いを馳せながら、ルヴァンは早く目的地に着くようにと心の中で祈ったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 高速で走る鉄の箱――「クルマ」というものらしい――が到着したのは、異世界に転移してきた茜の住居に、どこか雰囲気が似た建物だった。

 そこには老夫婦が住んでいて、「クルマ」が到着するなり扉を開けて出てきた。



「遅かったわね。もう、終わったわよ」

「すみません、色々と手間取ってしまって……」

「その人が前に話していた人ね?」

「はい! ルヴァンさんです。日本語は喋れるのでお気遣いなく」

「そうなのか。ルヴァ……ルヴァンさん? どうぞよろしく」



 柔和な笑みを浮かべて頭を下げる老夫婦に、ルヴァンは困惑しながらも挨拶をする。「まあ! 本当に日本語が通じるのね、すごいわぁ」としきりに感心している女性をよそに、茜は足早に老夫婦の家に入っていく。



「ルヴァンさん、早く早く!」

「……あ、ああ」



 呼ばれるままに家に足を踏み入れる。

 入った瞬間に感じる、他人の家の匂い。使い込まれて飴色に変わった古びた廊下。茜たちが帰ってからというものの、久しく訪れていなかった日本家屋の雰囲気。ルヴァンが思わず目を細めて懐かしんでいると、トトト……と廊下の奥から何かが走ってきた。



「きゅうん!」

「レオン」



 それは、久しぶりに会う友人の姿だった。

 友人……と言っても、それは茜の飼い犬である、ダックスフントのレオンだ。長い胴に金毛を持つ友人とは、一年足らずの付き合いであるが、ルヴァンにとってかけがえのない存在になっていることは間違いない。



「久しぶりだな。こんなところで何をしている?」



 友人の柔らかな毛を撫でると、そのぬくもりが手のひらに伝わってきて思わず頬が緩む。レオンも、激しく尻尾を振り、しきりにルヴァンの手のひらに頭を擦り付けている。どうみても相思相愛なその姿は、レオンが日本に戻るまで王城内で頻繁に目撃されていた光景だ。



「わふっ!」



 すると、思う存分ルヴァンの手を満喫したレオンは、急に廊下の奥に向かって駆け出した。

 その姿はまるで、ルヴァンを誘っているようだ。しかしここは他人の家。上がってもいいものかルヴァンが戸惑っていると、後ろをついてきていたジェイドが上がってください、と声をかけてきた。



「ほら、レオンが待っていますよ」

「う……うむ……」



 ルヴァンは戸惑いながらも靴を脱ぐと、レオンが待っている方へと歩き出した。

 古い家だからか、ギシギシと床板が軋む音がする。既に夕方に差し掛かっているからか、窓から夕日が差し込み、視界をオレンジ色に染めている。



「わふっ、わふっわふっ!」



 レオンは、ルヴァンが近寄ると嬉しそうにその場でくるくると回った。そして、廊下の奥にある扉の前に走り出す。そして、薄く空いたままの扉を、隙間に鼻をねじ込んで開けた。



「……何をしているのだ、レオン?」



 扉を開けても、何かを期待するように自分を見つめて待っているレオンに、ルヴァンは首を傾げた。さほど長い廊下ではない。けれど、一歩、また一歩と足を進めるたびに、ルヴァンは自分の胸が高鳴るのを感じていた。


 何故ならば――先程から、ある()が聞こえていたからだ。



「きゅー……きゅうぅぅぅ……」



 それはか細く、小さな音だ。けれど、幾つも重なることによって酷く賑やかに聞こえる。ずび、ずびび……と濁った音も同時に聞こえる。それはどこか不器用な、それでいて愛おしさを感じる音だ。


 扉の前に辿り着いたルヴァンは、ごく、と唾を飲み込んだ。

 その間も、あの声や音は聞こえてくる。どこかそわそわと心浮き立たせる、そんな音。



「ルヴァンさん、音を立てないように。ゆっくり静かに入ってください」



 すると、部屋に入ることを躊躇しているルヴァンに茜が声を掛けた。

 彼女は唇に人差し指を当てて、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


 ――ああ、自分はきっと彼女の思い通りの反応をしているに違いない。


 ルヴァンは頬に熱が昇ってきたのを感じながら、わざと不機嫌そうに眉を寄せて茜から顔を反らす。そして、恐る恐る――部屋の中に踏み入った。


 どうやらそこは、窓はカーテンで締め切られているようだ。

 夕方にしてはかなり薄暗い部屋の真ん中には、金網のようなもので仕切られたサークルがあった。上部にも同じような網が掛けられていて、そこに何枚も布やタオルが掛けられて洞窟状になっている。


 そのサークルの中の床にもこれでもかとタオルが敷かれていた。まるで中の住人を守るように敷き詰められたそれの中央――そこには。



「さっき生まれたばかりだそうですよ」

「……これは……いや、この子たちは……」

「そうです。レオンとお嫁さんの間に生まれた子犬です。この子たちを見せたくて、ここまでお連れしたんです」



 ルヴァンは言葉を詰まらせると、もう一度サークルの内部に視線を戻した。

 レオンとは違い、クリーム色の毛を持つダックスフント。どうもそれが母犬らしい。その周りには、目もまだ開いていない子犬たちがコロコロ転がっている。


 よくよく見ると、敷いてあるタオルが血で濡れていた。生まれたばかりというのは本当らしい。母犬は、しきりに子犬たちの体を舐めて優しげな眼差しで様子を見守っている。

 父であるレオンと言うと、母犬から少し離れた場所で座っていた。母犬を刺激しないように配慮しているのだろうか。すでに父親としての風格があるような気がする。


 子犬は三匹だった。

 レオンにそっくりの金毛の子。一番体が大きく、母犬の乳房にしゃぶりついている。けれども、まだ吸い慣れていないのか「ブフッ、ブフッ」と変な音をさせて、頭を振り回している。


 母犬にそっくりな白毛の子。不器用に短い足を懸命に動かしてタオルの海を泳いでいる。動きは酷く緩慢で、少しでもタオルに段差があると、ころりとひっくり返ってしまう。


 最後は、ふたりには色合いはまったく似ていない、黒毛に麻呂眉のブラックタンだ。この子が一番体が小さい。眠いのか、小さな口をぱかんと開けて大あくびをしている。


 まるで動く手のひらサイズのソーセージ。幼いながらも、ダックスフントの特徴である胴長短足が見て取れるその子たちを、ルヴァンは胸が熱くなる想いで見つめていた。


 ――友人が、知らぬ間に男になっていた。


 喜ばしいような、けれどもどこか複雑な想いをルヴァンが抱いていると、静かな声で茜が言った。



「可愛いでしょう? 以前から、子どもを作りませんかって、飼い主さんと話していたんです」

「……そうか」

「レオンも、きっとルヴァンさんに子どもを見せたいだろうなって思って」

「…………そうか」



 茜はクスクスと笑うと、ポケットからハンカチを取り出してルヴァンに差し出した。

 ルヴァンの、翡翠色の瞳が涙で濡れているのに気がついたからだ。

 ルヴァン自身は泣いている自覚はちっともなかったので、驚いて服の裾で涙を拭った。ハンカチを受け取るのは、少し気恥ずかしかったので遠慮した。


 茜はそんなルヴァンの様子に小さく笑うと、レオンを呼び寄せて抱き上げて言った。



「ダージルさんから聞きましたよ。レオンが帰った後、随分と寂しそうだったそうじゃないですか」

「……なっ。そ、そんなことはない!」

「そうなんですか?」

「ああそうだ。当たり前だろう」



 動揺した様子のルヴァンは、茜の手からレオンを奪うと抱きしめた。友人の重みを腕に感じ、ルヴァンの顔を舐めようとするレオンを諌める。ルヴァン自身は、自分が酷く優しげな眼差しをしていることにちっとも気がついていない。


 茜は苦笑すると、とある提案をルヴァンにした。



「実はお願いがあるんです。あの子たちの誰かを、ルヴァンさんで引き取ってもらえないかなと思って」

「……なんだと?」

「一匹はここの老夫婦のもとで飼って、もう一匹は友人にゆずる予定なのですが」

「君のところで飼う予定はないのか?」

「そうしようかとも思ったんですけどね」



 茜は言葉を切ると、改めてルヴァンとレオンを見つめ――そしてうなずいた。



「うちよりも、ルヴァンさんに飼ってもらった方が幸せかな、と思いまして」

「――だが、母犬のもとから離すのは、よくないのではないか?」

「もちろん、生後半年までは一緒にいますよ。それからの話です」

「たった半年? それは――」



 ルヴァンが眉を顰めると、途端に茜がクスクスと笑いだした。何かおかしなことを言ったかとルヴァンは茜をにらみつける。するとひらひらと手を振って否定した茜は、「だって」と口を開いた。



「ルヴァンさんのそういうところ、そこが子どもをお願いしようと思ったきっかけなんです」

「なっ……!」

「絶対に幸せにしてくれる予感しかしませんもん。レオンのお世話で実績がありますしね。それに、半年といいますが、犬の寿命は人間よりもはるかに短いんです。独り立ちも早いと思ってくれればいいんですよ」

「だが……」

「それに、レオンと奥さん、他の子どもを連れて遊びに行きます。どうですか?」



 茜が畳み掛けるように言うと、ルヴァンは黙り込んでしまった。

 腕の中のレオンを見つめ、微動だにしない。ルヴァンの中には、小さな命を預かっていいものなのか、という疑問が渦巻いていた。それは簡単なように見えて、責任重大で難しいものだ。途中で放棄することは絶対にしてはならない。性格上、他人に預けるのは無責任だと感じる。ならば、日々執務で忙しくしている自分が子犬をきちんと育てられるのか――そんな考えが過っては消えていく。


 するとその時、悩むルヴァンを黙って見つめていたレオンが動いた。


 顔をおもむろに伸ばし、ルヴァンの鼻に近づけて――ぺろりと舐める。そして、驚いた様子のルヴァンに小さく吠えた。



「ぅわん!」

「――……」



 その瞬間、ルヴァンの肩から力が抜けた。



「……ルヴァンさん!?」



 ルヴァンはレオンの体に顔を埋めると、ぐりぐりと顔を擦り付けた。レオンはというと、されるがままに大人しくしている。茜はそれを、固唾を飲んで見守っていた。堅物な宰相様は、以前から犬に関わるとどこか様子がおかしくなる。とうとう、行くところまで行ってしまったか……なんて失礼なことを考えていると、勢いよくルヴァンが顔を上げた。


 その顔は晴れ晴れとしていた。翡翠色の瞳は輝き、不機嫌そうな印象はどこにもない。



「――わかった。絶対に幸せにすると誓おう」



 力強く放たれた言葉。その言葉に、茜は大きくうなずくと破顔した。



「宰相殿、もう仔犬には会われましたか――……ぶっ!」



 するとそこに、ジェイドがやってきた。彼は部屋の中を覗き込むなり、口を押さえてうずくまってしまった。ルヴァンと茜は怪訝そうにジェイドを見つめている。母犬を刺激しないように、声を出さずに笑っていたジェイドは、息も絶え絶えになりながらルヴァンの顔を指さした。



「あのっ……宰相、殿……ッ! か、顔中が毛だらけに……ブフッ!」

「な……っ!」



 ルヴァンは慌てて自分の顔に手をやる。

 今はちょうど季節の変わり目。……つまり換毛期だ。ルヴァンの整った、それでいてどこか冷たそうな印象を与える顔には、もじゃもじゃとしたレオンの毛がたっぷりと張り付いていた。



「……ッ、ほ、本当だ……!」

「茜、君まで笑うな!」

「あら、どうかされ――あらあら! 大変。濡れたタオルを持ってきますね」

「御婦人、お気遣いなく。……ああ、まったくもう!」



 仕舞いには、老夫婦にまでとんでもない顔を見られてしまったルヴァンは大きくため息を吐いた。


 そして、笑いを必死に我慢している二人に背を向け、もう一度子犬たちを見つめ――人知れず穏やかな笑みを浮かべたのであった。



 ――ジルベルタ王国の王城内で、子育てに奮闘するルヴァンの姿を見られるのは、もう少し後のこと。歴史研究家たちが、「この世界にはいない種類の犬」――レオン一家に囲まれている彼の肖像画を見て、ルヴァンの人物像について頭を悩ませるのは更にもっともっと――後のことだ。

最後のオチがやりたくて三人称でしたw

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