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レイクハルトの醤油づくり

……後日談的なあれだから、大丈夫大丈夫(目を逸らしつつ)

 皆、おはよう!


 私、小鳥遊 茜(たかなし あかね)

 今日は、別荘を貸してくれたレオナルトさん、ベルノルトさん領主兄弟に御礼をしにきたよ!


 ……そのつもりだったんだけれど、何故か「自慢の醤油工場を見てくれ」って連れ出されちゃった! ジェイドさんも困惑気味! いやあ、困ったなあ。


 そう言えば、醤油工場見学って、中学生の頃に社会科見学で行ったっきりだわ!

 日本の工場は勿論機械化されていて、そのままじゃあこの世界では再現できない。……異世界の醤油工場ってどういう感じなのかしら! ちょっぴり、ワクワクしちゃうわね……!!



「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「お前らァ! もっと、炎を燃やせェ! 筋肉を、炎に見せつけろォ!!」

「兄貴、ウィッス!! 兄貴、兄貴ィィィィィィ!!」

「…………帰りたい」



 ――連れられてやってきた、レイクハルトの醤油工場。

 私は痛む頭を抱えて、別荘に戻りたくて戻りたくて仕方がなくなっていた。


 石造りの巨大な建物の中では、巨大な窯がぐつぐつと煮立っている。茹でられているのは、大量の大豆。火力を保つためにだろう、盛んに薪がくべられている。それだけなら、然程おかしいことはない。私が頭を抱える原因は別にあった。


 ……作業をしている、半裸の筋肉質の男たちだ。


 彼らは腰に薄布――褌のようなものを身に着け、その他は一切何も纏わずに作業をしていた。辺りは、鍋から立ち上る湯気と熱気でかなりの高温・高湿度となっており、彼らは滝のような汗を流していた。……まあ、百歩譲って作業効率のために半裸なのはいいだろう。けれども、彼らの体は不自然にテカっていて、作業の合間に筋肉がより美しく見えるようにポージングをとるのが本当に意味がわからない。


 私たちを案内してくれたレオナルトさんは、彼らの様子を見ながら自慢気に語った。



「火力には、炎の精霊サラマンダーを使っていてね。精霊の気分を盛り上げるために、彼らは半裸で仕事をしている。美しい筋肉だろう? これが美味しい醤油づくりの一歩なんだ」

「……筋肉隆々である必要性は!? 必要性はあるんですか……!!」

「ははは! 勿論だ! サラマンダーは美しい筋肉で接すると、火力が上がる」



 ――意味がわかりません!!


 私はもう何度目かわからない叫びを胸中でしながら、額に浮かんだ汗を拭った。


 ……ここは異世界だもの。日本とは物理法則やら色々と違うのだろう。日本で醤油を作る時に、色々なコツ(・・)があるみたいに、半裸で大豆を煮るのが最適解なのかもしれないし……!!


 私はブツブツと自分に言い聞かせながら、そっと筋肉たちから目を逸した。

 すると、ジェイドさんが私の手を強く握ってきた。はっとして彼を見ると、ジェイドさんも顔が引き攣っているのが解った。ジェイドさんは無理やり顔に笑顔を浮かべると、私の手を強く引いた。



「茜、帰ろう。こんな漢の園に君が居るべきじゃない!!」

「そうしよう、ジェイドさん。こんな、ムンムンムキムキなところ……一刻も早く去るべきよ!!」

「何言っているんだ、ふたりとも」



 そそくさとふたりで帰ろうとしたら、ガシリと襟首を誰かに掴まれる。

 恐怖に身を固くして、恐る恐る振り返ると――そこには、褌一丁のベルノルトさんが居た。



「……こ、こんにちは。ベルノルトさん、以前よりも筋肉が成長してらっしゃるような」

「ははは、そうだろうそうだろう。醤油づくりには筋肉は欠かせないからな!」

「こころなしか、饒舌になっているような!? 寡黙なキャラだったような記憶があるんですが……!!」

「筋肉は俺を高ぶらせるのだよ。ほら、上腕二頭筋のマクスウェルも喜んでいる」

「筋肉に名前つけちゃったんだ……」



 絶望した私は、全身テカテカになりながら、自身の筋肉を愛でているベルノルトさんから逃げようと、必死に足を動かす。けれども、襟首を掴まれているから、首が締まるばかりで一向に進まない。隣のジェイドさんは、もう既に諦めたのかがっくりと肩を落としている。


 ――諦めないで……!! このままじゃ、筋肉に飲み込まれる……!!


 じわりと涙が滲んでくる。暑いし、汗は吹き出してくるし、時折視界に入ってくる筋肉たちの饗宴も相まって暑苦しいことこの上ないし……ここにいるメリットが見つけられない。


 ――帰ろう。早く帰って、カイン王子と妹の爽やかな戯れを見守ろう。それがいい、それがいいに決まっている!!


 けれども、そうは問屋がおろさなかった。

 ベルノルトさんは、ひょいと私とジェイドさんを担ぎ上げると、喜々として工場の奥の扉に向かい始めたのだ。



「さあ、茜殿! 良かったら、次の工程も見ていってくれ。我が領の醤油づくりは順調だぞ。短時間でここまでの設備を整えるのは大変だったんだ――」

「え、あ。嫌だ! 肩に担がないで!? 止めて!? ぬるぬるする! うわ、あああああああああっ!!」



 筋肉のテカりの秘密は、最高級の香油だ……なんて、どうでもいい秘密を教わりながら、強制的に次の部屋に連れて行かれる。私はまた、そこで頭を抱える羽目になった。何故ならば、そこも控えめに言って漢の花園――地獄だったからだ。



「ここは、醤油麹を作る部屋だな。室内の温度、湿度を一定に保ちながら、麹を育てる場所になる」

「育てる……育てるのはわかるのですが!!」



 私は渾身の力を振り絞ってベルノルトさんの肩から降りると、その場に蹲った。


 そこは、窓のない、狭苦しい石の部屋。

 湿度が高いためか、壁はしっとりと濡れている。

 真ん中には、種麹がまぶされた、大麦と大豆を砕いたものを混ぜたものが入った木枠がある。それだけなら、普通だ。それだけならいい……。なのに、どうして。どうして……!!



「なんで、筋肉質の漢たちが、壁際にひしめき合って座っているんですか……!!」



 それはまるで、週末のサウナ。壁側は段状になっており、そこに一様に腕を組んだマッチョたちが並んでいるではないか。それも、隙間なくびっちりと……!!



「菌の増殖を促すために、高温高湿度を保たなければならない。ここでは、男たちの発するムワァッとした熱を利用しているんだ……」

「熱を利用するにしても、他のものがあるでしょう!?」



 ――最果ての地での決戦の時も、レイクハルトはどこかおかしかったけれど、まさかこんなことになっているとは……!! やだこの国。もう帰りたい。


 あまりの衝撃に動けなくなっていると、私たちに意気揚々と説明をしてくれていたベルノルトさんの表情が曇った。そして、勢いよく筋肉たちの群れの一部を指差すとこういった。



「そこ! 筋肉が薄いぞ!!」

「ウィッス!」

「……筋肉に、薄いも濃いもあるかあああああああ!!」



 理解力をとうに越えた状況に、私は思わずその場でしゃがみ込む。すると、誰かが私の肩をぽんと叩いた。

 もしやジェイドさんが慰めてくれるのかと、期待を込めて見上げる。するとそこには、暑苦しい笑顔を浮かべたベルノルトさんが居た。



「どうも、ひとり欠員が出ていたそうでな。そのせいで、筋肉が薄くなっていたみたいだ。悪いが――お前の彼氏、借りるぞ?」

「うわあああああああ!!」

「…………ッ!?」



 けたたましい叫び声が聞こえて、慌ててジェイドさんを探す。するとそこには――筋肉たちに集られて、無理やり服を脱がされそうになっているジェイドさんの姿があった。



「……ふう」

「ぬ!? 茜様!? どうし……お、おい!!」



 何やら慌てているベルノルトさんの声が聞こえる。けれども、私はこの現状をどうにも受け入れることが出来なくて――そっと、意識を手放したのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ……鳥の鳴く声が聞こえる。

 あの茹だるような暑さはなく、涼しい風が頬を撫ぜている。


 ゆっくりと目を開ける。すると、そこは別荘の寝室だった。



「……夢!! 夢だったんだ……!!」



 ここが、あの悪夢のような醤油工場でないことに心底ホッとした私は、そう言うと徐に体を起こした。そして、誰かがベッドの傍の椅子に座っているのに気がついて、そちらに視線を向ける。そして、思わず固まってしまった。


 そこには――ビリビリに裂かれた服を着て、全身に油を塗りたくられて燃え尽きているジェイドさんがいたのだ。



「……起きたのか……良かった……ぐふっ!!」



 ジェイドさんは、辛うじて微かに笑った後、がくりと首を項垂れた。

 私はあまりの恐怖に顔を引き攣らせて、口を手で覆い、全身を包む絶望感に思わず涙した。



「……夢なのに……夢じゃなかった……!!」



 ――そうして、私たちは明日にはこの国から去ろうと、心に決めたのだった。

胸毛は自重しました。

あの北海道を舞台とした、アニメ化作品に最近ハマっています。

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