三巻発売記念SS:彼と彼女の初めてのデート(ダージル・マルタ)
本日「異世界おもてなしご飯3〜思わぬ帰還と真夏の肉祭り〜」の発売日です。
書き下ろし50ページ以上、カラーにはマルタやセシル、ルヴァンも登場。泣いて笑ってニヨニヨほっこり出来る一冊となっております。Webとは随分と内容が違いますので、三巻だけでも是非ともご覧になってみてくださいね。
連続更新ラストの今日は、ツイッターでのSS希望アンケートの1位。ダージルとマルタのお話です。
甘酸っぱいふたりをニヨニヨご覧下さい。
時系列は……三巻時点でも、本編後でもどっちでもいいですよ〜
――心臓が、今にも破裂しそう。
あたしは、胸のあたりに手を当てて、王都の中心にある噴水前で彼を待つ。
……髪は大丈夫かな。
いつもは適当に三つ編みにしている髪を、今日は思い切ってポニーテイルにしてみた。茜に頼んで、ふわふわにウェーブをつけて……昨日は、念入りに香油で手入れをしたのよ?
服も、巷で流行しているものを。
ショートパンツを好まれている聖女様の影響で、庶民の女子では脚を大胆に出すのが流行っている。少し前なら、恥ずかしくて出歩けないような格好。でも、今日はチャレンジしてみた。
……はしゃぎすぎかな。
今日は日差しが強いから、大人っぽい色のリボンが着いた、鍔が広めの帽子を被ってきたの。日差しを遮れるだけじゃなくて、これなら、恥ずかしくて顔が真っ赤になっても、彼の視線から逃げられる。
「それにしても、今日は暑いな……」
もう夏は終わった筈なのに、今日に限ってこれだもの。どうなっているのかしら。
――ああ、汗を沢山かいたらどうしよう。ハンカチは換えも含めて持ってきたけれど、服に汗じみなんて着いたら……あああっ! 汗で化粧が崩れたら目も当てられない。今日ばっかりは、毛穴が閉じていればいいのに、と心底思う。
――うっ、もう汗を掻いている気がする!
慌てて、茜から借りた小さな手鏡を取り出して、化粧が崩れていないか確認をする。この世界の庶民では手の届かないような、綺麗に顔を写してくれる鏡。茜の世界だと安価で手に入るんだって。羨ましいなあ。
手鏡を仕舞って、また溜息を吐く。
――今日のあたしは、ちゃんと綺麗だろうか。可愛くなっている? 自分の顔を見つめて、小さくため息を吐く。頬に散らばった、消えないそばかす。思春期が過ぎたら消えるわよ、なんて母親は言っていたのに、いつまで経ってもそこに居座っている頑固なやつ。子供じみて見えて、正直なところ大嫌い。……でも。
「精一杯おしゃれしたんだもの。頑張ったもの。大丈夫」
あたしは、自信満々で送り出してくれた親友の姿を思い出して、小さく微笑んだ。
ぐっと顔を上げて彼が来るのを待つ。少し離れたところで、男の人が数人集まっているのが見える。あの人たちも待ち合わせかな、ここって待ち合わせの定番だもんねえ、なんて思いながら足元に落ちていた小石を蹴る。
今日の日差しはかなりキツイ。いろんな形の丸石が敷き詰められた石畳に、あたしの濃い影が落ちている――すると、視界に誰かの足が入り込んできた。
ふと顔を上げると、そこには見知らぬ男性の顔。
……ああ、あの人じゃなかったと落胆して、また視線を落とそうとしたら――やけに耳に心地よく響く声が聞こえて、あたしの心臓が跳ねた。
「待ったか?」
勢いよく顔を上げると、そこには青灰色の鋭い眼差し。彼はあたしの傍に立っていた男性を押しのけて、額に軽く汗を浮かべてにこりと微笑んだ。
そして、ぐいとあたしの手を引くと、大股で歩き出す。あたしは、慌てて小走りで後ろをついていく。帽子が風に飛ばされそうになって、大股の彼の後を追うのがやっとで――思わず、「待って」と声を上げた。
すると、やっと足を止めた彼が、驚いたような表情で振り返った。あたしと彼の身長差は、かなりある。自然と見下されるような格好になって、彼の存在感に息を飲んだ。
「あ〜……悪ィ。急ぎすぎたな」
でも、次の瞬間には笑い皺を目元にいっぱい作って、まるで太陽みたいに笑ったものだから、あたしも釣られて笑ってしまった。
すると、彼は一瞬驚いたような表情になって、あたしの頭を帽子の上からぽんと叩いた。
「……? どうしたんです?」
「いや。ええと。なんつうか」
すると、彼はもごもごと言い淀んだ後、照れくさそうに言った。
「いつものもいいけどよ、今日のも似合ってる」
「……ッ!!」
彼の爆弾発言に、思わず帽子の鍔を両手で引っ張って、顔を隠す。あたしはこんななのに、彼は「よし!」と拳を握って満足そうだ。
「いや〜。会ったらまず服装を褒めろって、部下に言われてたんだよな。忘れなかった。うん! これで完璧だな!」
「…………ぷっ!!」
あたしは、彼の言葉に思わず噴き出す。相変わらずの朴念仁。こんなこと、本人の目の前で言うことじゃないでしょうに……ああもう、この人は!
クスクスと笑っていると、彼はボリボリと恥ずかしそうに頭を掻いて、あたしの手を取った。
手から伝わる彼の体温に、一瞬頭の中が混乱する。けれど、その混乱は直ぐに去った。
――どうせ、これも部下の人から言われた行動なのだろうし。
そう思ったから、笑い混じりに言ったのだ。……その後にカウンターを喰らうなんて、ひとつも予想しないで。
「手を繋ぐのも、部下の人に言われたんですか? 随分と世話焼きな人ですね」
「ん? それは言われていないぞ? 俺が繋ぎたいだけだ」
「……へっ?」
「また、変な虫が近づいて来たらあぶねえからな。騎士は可愛い子を守るもんだろ?」
あたしは呆然と彼の顔を見つめた。よくよく見ると、彼の目元がほんのり赤い気がする。あたしは、その瞬間、顔から火が出るんじゃないかってくらい、熱くなってしまった。
「よっしゃ! 今日は昼から飲むぞ〜! 美味い串焼き屋があるんだ!」
「……はい」
「若い娘となんて、何処に行けばいいかわからんからな。取り敢えず、今日はいっぱい美味いもんを食おう。なっ!」
「……はい」
「別のところは、また今度行けばいい。時間はたっぷりあるんだしな」
「……はい」
彼の陽気な声が聞こえる。けれども、あたしの頭はオーバーヒートしたままだ。
彼はそんなあたしに、ニッカリと白い歯を見せて笑うと、「行くぞー」と一歩踏み出した。
――今日一日、あたしの心臓、保つかしら。
そんな風に思って、あたしは彼の体温を感じながら、夏の町に繰り出したのだった。
時系列を、三巻で出会った時点だと思って読むのと、本編後だと思って読むのだと、受ける印象が結構違うのではないでしょうか……ww
ダージルは上級貴族ですが下町びいき。きっと、楽しいデートになったでしょうね〜