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三巻発売記念SS:困った恋人(ジェイド・茜)

時系列は、ふたりがくっついた後くらいでしょうか。

不憫なジェイド視点です。

「うひひひひ! ジェーイド、さあん」

「はいはい」



 ――べろんべろん。


 きっと、今の茜を表現するなら、そんな言葉がぴったりだ。

 俺はゆらゆら揺れている恋人の姿をみながら、ひとり嘆息した。


 *


 いつもどおりの週末。いつもどおりやってきた妖精女王。妖精女王の手には、クリスタルの瓶に入った、古めかしい酒がひと瓶握られていた。



「見よ、エルフの秘蔵酒じゃ……!!」

「おお……!!」



 茜と妖精女王は、目をキラキラ輝かせて、料理をつまみながら飲み始めた。

 勿論、俺もそれに付き合うことにした。

 妖精女王と茜をふたりきりにすると、碌なことがないような気がしたからだ。



「この酒はな、ククルピという穀物を蒸してから発酵させたものでな。まろみのある味に、ククルピの仄かな辛味、何よりも鼻を抜ける蜜のような香りがいい!」

「うわあ……上等なウイスキーを飲んでいるみたいですね。ううん、始めのひと口の濃厚な味もいいんですけど、氷が解けてきたあたりの味の変化がなんとも……」

「……ほほう。お主やるのう」

「うっふっふ。ティターニアこそ」



 ふたりはにやりと笑い合うと、グラスをぶつけ合って、ご機嫌で杯を空けた。

 ティターニアが用意してきたのは、飲んでも飲んでもなくならないと言う、エルフ特製の酒瓶だ。そこから延々と酒を飲み続けていると、気がつけば空が白み始めていた。

 ソファの上では、妖精女王が静かな寝息を立てている。何杯目かわからないグラスを空けた茜は、テーブルの上に上半身を預けて、へにゃりと笑った。



「……ティターニア、ねちゃいました〜?」

「うん。寝たよ。君も、もうそろそろ飲むのを止めないと。呂律が回っていないじゃないか」

「だいじょうぶ、ですう。まだまだ、飲めるんですよ?」



 茜は真っ赤な顔で「うひひ」と笑うと、またグラスにお酒を注いだ。俺は、一向に中身が減る様子がない酒瓶を恨めしく思いながら、空になった皿を片付け、シンクに入れて水を注ぐ。そうしていると、いつの間にか忍び寄っていた茜に、後ろから抱きしめられていた。



「こら、茜。酔っ払っているからって」

「うふふー」



 茜は俺の背中に顔を擦り付けて、体をぎゅうぎゅう押し付けてくる。背中に感じる柔らかい感触が非常に危うくて、俺は堪らず腰に回った茜の腕を剥がした。



「こおら!」

「あっ、もうー!! どうしてはがすんですかー! ひどいです〜!!」


 ……ひどいのはどっちだ……!!



 俺は酔っ払ってふわふわしている恋人を椅子に座らせると、水を入れたグラスを無理やり握らせた。そして、全部飲み切るまで動かないようにといい含めて、洗い物を再開する。けれども直ぐに腰に抱きつかれた感覚がして、俺は再び深く嘆息した。



「ジェイドさん、たいへんです!」



 すると、いきなり茜が騒ぎ出した。何事かと事情を尋ねると、彼女は酔いで目が座った状態でぽつんと呟いた。



「よくわかりませんが、ひとりですわるのがつらい」

「……酔っ払っているからね」

「これはジェイドさんがだっこするべき」

「はい?」

「おひざにのらなくっちゃ、おみずがのめません!! おみずをのまなければ、よいがさめません! これは、た い へ ん だ!!」

「……ぶっ!!」



 まるで幼児のようなことを、真剣な顔で宣う恋人に思わず噴き出すと、茜は頬を膨らませて俺の腰を叩いてきた。冗談を言っていないで、早く水を飲むように促しても、だっこしないと飲めないの一点張りだ。俺は、手についた泡を洗い流すと、しょうがないので椅子に座って「どうぞ」と、太ももをぽんと叩いた。



「……うふふ」

「どうして、こっちを向くんだ。水が飲みづらいだろう?」



 何故か上機嫌で向かい合わせに俺の膝に座った茜に、顔を顰めて反対側を向くように促す。酒で潤んだ瞳や、紅く染まった頬。緩んだ口元に、ボタンをいつもよりもひとつ多めに外した姿は、目の毒としかいいようがない。


 そっと視線を逸して、水を渡そうとするけれど、何故か手を払われてしまった。



「がぶー」



 その瞬間、首元が何やら温かいものに包まれる感覚がして、目を丸くする。見ると、何故か茜が俺の首元に齧りついているじゃないか。それは「噛む」と言うよりは「甘噛み」だ。上下の歯でやわやわと首元を挟まれる感覚は、やけに擽ったい。



「こら。なにをしているんだ……!! ああもう、茜!!」



 堪らず声を上げると、むくりと顔を上げた茜と目があった。



「だって、こいびとどうしになったのでしょう? ……ジェイドさんはわたしのだって、しるしをつけなくっちゃ」

「……ッ」



 俺はその言葉に、体が燃えるように熱くなってしまい、思わず拳を握った。そして、ゆっくりと彼女の頬に手を伸ばす。紅く染まった頬に軽く指で触れ、彼女の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返して、親指の腹で柔らかな下唇に触れた。


 その瞬間、茜がなんとも艶めいた笑みを浮かべた。

 俺は、その笑みにあっという間に魅了されて、堪らず彼女に顔を近づける。

 熱い吐息と共に、茜の名を呼んで――その瞬間、かくん、と前のめりになった彼女の額が、俺の鼻を強打した。



「いってえ!! ……茜?」

「…………ぐう」



 ――おおおおおおおおおお!!??


 俺は心の中で悲鳴を上げて、思い切り茜を揺さぶる。けれども、目をしっかりとつむり、口を半開きにしている茜は、既に夢のなかの住人となってしまっていた。

 その瞬間、背後から視線を感じて、ゆっくりと振り向く。

 するとそこには、居間に繋がる扉から、顔だけを半分出した妖精女王の姿があった。



「……はよう、押し倒せ! この根性なしめ!!」

「押し倒すか、馬鹿野郎!!」



 俺は自棄糞気味に叫ぶと、思わず天井を仰いだのだった。

――不憫!!(笑)

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