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夏と水着とかき氷 後編

7/10に、「異世界おもてなしご飯」3巻が発売になります。

書き下ろし50ページ以上。ウェブと内容が違うエピソードもあり!

マルタとダージルの甘酸っぱい恋模様、精霊界での不思議な体験、日本でのニヤニヤなあれ。

是非とも書籍で読んでみて下さいね。

 私たちは、湖で泳いでいたみんなを集めて、別荘のバルコニーに戻ってきた。そして、かき氷にぴったりなガラスのお皿を用意する。更に、別荘つきの使用人さんに氷を持ってきてもらい、いよいよ準備万端となった。

 けれども、私たちは中々かき氷にありつくことが出来なかった。

 ――なぜならば……。



「他の精霊どもが、娘の料理の手伝いをしているのを、臍を噛む思いで眺めることしか出来なかった、我ら風の精霊の面目躍如の時が来た」

「……ぐっ……」

「刮目して見よ。精霊の『核』である俺が、自らもてなしてやろう……!!」

「…………うう……」



 ヴィントの口上を聞きながら、笑うのを必死に堪えていたからだ。

 氷室から持ってきた四角い氷のブロックの上で、白い小鳥が自慢げに仁王立ち(?)になっている。時々、ピチチ、なんて鳴き声を折り混ぜながら、小さな嘴を盛んに動かしながら語るその様は、まるで童話のようでなんとも微笑ましい。



「おねえちゃん、どうしよう。可愛い。めっちゃ可愛い。撫でてもいい? 抱っこしちゃだめ? あの羽毛に指を沈めたい衝動が凄い」

「ひより、我慢して。相手は真剣なんだから、失礼じゃない……」

「……精霊の『核』だと……」

「殿下、お気を確かに。茜様がいらっしゃるんですから、どんな精霊が出てきても不思議ではありません」

「わー! 鳥だー! 焼き鳥にしていいー?」

「「「「ユエ、駄目!!」」」」



 ヴィントの登場に、現場はかなり混乱していた。

 なにせ、精霊信仰でかなり上位の存在の、やたら可愛らしい小鳥がふんぞり返っているのだ。それぞれ感じることが違うだけに、なかなかにカオスだ。


 すると、私達の態度が不満だったのか、ヴィントは自分の姿を見下ろして、小首を傾げた。



「……ぬ。やはり、この姿では威厳もへったくれもないか。そこの竜に喰われても堪らんしな……。ならば、これではどうだ?」



 そう言って、白い小鳥が氷の上で翼を広げる。すると、次の瞬間には小鳥は姿を変えていた。


 ――ふっくらした、赤いほっぺ。釣り眼がちの瞳、小さな鼻や口。黒々とした髪は頭の天辺で結われ、朱色の紐で括られている。

 ――蓮の花が縫い取られた白装束。その長い袖からは、まるでちぎりパンのようなふくふくした腕が覗いている。


 その子――人化したヴィントは、紅葉みたいな手を腰に当てると、自信たっぷりに胸を張った。



「ふふふ! これでどうだ――……って、ぐふっ!!」

「うあああああっ! 可愛いよう! ちみっ子だー!!」

「ああ、ひよりが壊れた!」



 ひよりは人間の2才児(・・・)くらいに変身したヴィントを思い切り抱きしめると、物凄い勢いで頬ずりし始めた。


 小鳥の姿の時は気づかなかったけれど、精霊王とのいざこざで一旦体を失ったせいで、どうやら人化した姿も幼児に戻ってしまっているようだ。

 ヴィントは水着のひよりに抱きしめられて、目を白黒させている。その様子を、カイン王子がなんとも複雑そうな表情で見つめていた。セシル君は、その場にうずくまって肩を震わせている。



「……焼き鳥が……」

「ユエ、後で作ってやるから。あれは駄目だ」



 別の意味でしょんぼりしているユエを、ジェイドさんが慰めている。うーん、やっぱりカオスだ。

 私はなんとかヴィントから妹を引っ剥がすと、乱れた装束を直してやった。ヴィントは暫く固まっていたけれど、はっと意識を取り戻して、妹から距離をとった。



「……くっ!! こ、これは一時的な姿だ! すぐに、おっきくなるんだからな!」

「ちみっ子のおっきくなる宣言って尊い」

「ヴィント、早く始めよう。ひよりが、なんか別の扉を開きそうだから」

「う、うむ」



 ヴィントはこほん、と小さく咳払いをすると、氷の前に立った。そして、両腕を天に向かって掲げるようにした。



「……風よ」



 すると、途端に周囲に風が巻き起こり、私の髪やスカートをふわりと舞い上げた。やがて、ヴィントの周囲には、風に混じってたくさんの精霊が集まってきていた。風の唸る音、鳥の鳴き声が辺りに響き、凪いでいた湖面を波立たせる。



「……おおー! 氷が飛んだ!」



 風に乗って氷が浮かび上がると、ユエは嬉しそうに歓声を上げて手を叩いた。他のみんなも、どこかワクワクした表情で氷の行方を見守っている。



「ふっふっふ! 見るがいい、これが風の精霊の力よ!」



 ヴィントは自慢げに言うと、天に向かって掲げていた両手を勢いよく交差した。すると、途端に風の動きが変わり、一気に氷に向かって集中する。四角い氷柱は、一瞬空中で停止したかと思うと、次の瞬間にはほろりと解けた(・・・)



「うわあ!!」

「雪みたい」

「風で氷がこうなるなんて」



 宙に舞い上がる、嘗て氷柱であった白い綿雪を見て、皆で歓声を上げる。

 ふわりふわりと飛んでいたそれは、風に優しく運ばれて綺麗にガラスの皿に収まった。

 ……こうして、あっという間に私たちの前には、器に収まった小さな小さな雪山が6つ出来上がっていた。



「限界まで薄く削った氷は、雪よりもなめらかで砂糖菓子よりも柔らかだ。ふふふ、これに『しろっぷ』とやらを掛けるのだろう?」

「そうよ」

「ならば、急ぐがいい。この氷は夢よりも儚く消え去るぞ」



 私はこくこくと急いで頷くと、クーラーボックスから瓶を取り出す。

 それは自家製のかき氷シロップと練乳ミルクだ。勿論、市販の色とりどりのシロップもある。



「どれにしましょうか。苺にキウイ、メロンなんかもありますよ」

「……ぬ? どれと言われても。お前が選べ、娘」

「じゃあ、定番の苺にしましょう。あ、カットフルーツもあるんです。可愛く盛り付けましょうね」

「おねえちゃん、私も作る!」

「じゃあ、ひよりは他のみんなに作り方を教えてくれる?」

「わかったー!」



 妹の元気な返事を聴きながら、私は氷の入った器を手元に寄せると、そこに練乳ミルクを掛けた。薄いクリーム色をしたそれは、練乳と牛乳を混ぜ合わせたもの。練乳ミルクが触れた部分は、氷が溶けて凹む。その部分に苺シロップを乗せる。



「真っ赤だな。ベリーか?」



 ヴィントは、興味津々と言う様子で私の手元を覗き込んでいる。



「そうですよ。春のうちに買った苺を冷凍しておいて、夏場にシロップにするのが、うちの定番なんです。簡単に出来るんですよ。苺とレモン汁、砂糖を鍋で煮詰めるだけ。ジャムみたいに、煮詰めすぎないのがポイントなんです。冷めたものを、ミキサー……うーんと、あちらの道具で苺の形が少し残るくらいまで粉砕して、冷やしたら完成! 美味しいですよ」

「ほう」



 練乳ミルクが掛かった上に、充分に苺シロップが掛かったら、そこに氷を追加する。そして、更に練乳ミルク、苺シロップの順に掛け、色んな種類のベリーを飾れば――。



「出来ました! 練乳苺氷〜! さあ、ヴィント、溶けないうちにどうぞ!」

「う……うむ」



 ヴィントの小さな手にスプーンを握らせる。すると、ヴィントは遠慮がちに手を伸ばした。

 さくり、と軽快な音を立てて、スプーンが氷の中に吸い込まれていく。スプーンに乗った紅白の雪山をじっと見つめたヴィントは、小さな口を開けた。



「……んっ!!」



 スプーンを頬張った瞬間、ヴィントは目を見開いて、嬉しそうに頬を緩めた。

 そして、キラキラとした眼差しで器の中身を覗き込むと、ほう、と息を吐いた。



「口の中で溶けて消えたぞ? 俺は、今本当にコレを食べたのか?」

「苺の味がするでしょうに」

「そう、そうなのだが。……ううむ、不思議な食べ物だ」



 すると、ヴィントは徐にスプーンで一口分を掬うと、ずいと私に差し出した。



「食ってみろ、消えるぞ。凄いぞ……!!」

「……えっ」

「いいから!!」



 ……自分で作ったものだから、味はわかるんだけどな。

 そんな風に思いながら、ヴィントのキラキラした眼差しに負けた私は、おとなしくスプーンを口に含んだ。


 ――ほろり。


 その瞬間、苺の甘酸っぱさ、練乳ミルクのまろやかな甘さが、口いっぱいに広がり頬を緩める。そして、ヴィントの言った通りにあっという間に溶けて消えてしまった氷の名残を、惜しむように味わう。苺の粒粒が残っているから、最後のプチプチとした食感も楽しい。

 咀嚼し終わり、ごくりと飲み込む。すると、ヴィントが私の袖を引っ張ってきた。その表情は期待でキラキラと輝いている。



「本当に消えただろ? な?」

「ええ。すぐに」

「だよなー!! うまいな! コレ!」



 ヴィントは無邪気に笑うと、嬉しそうにスプーンを口に運び始めた。私はその様子を見ながら、ふと疑問を口にした。



「ねえ、ヴィント。あなたって、前に会ったときよりも随分と印象が違う気がするんですが」

「……む。そうか?」

「ええ。なんというか……子供っぽいというか」



 すると、ヴィントは非常に気まずそうに視線を宙に泳がせると、スプーンを置いた。



「……俺たち精霊の『核』は、一度は、母上によって尽くが消滅させられた。運良く復活することは出来たのだが……。何というか……こう、母上がな」

「精霊王が?」

「以前と違って、俺たちをとても甘やかしてくるのだ。可愛い、愛している……と、恥ずかしくなってしまうくらい」



 ヴィントは短い指先をもじもじと絡ませると、言いにくいのか私から視線を逸した。



「姿は子どもなのだから、大人ぶらずにもっと甘えなさいと言うんだ。……初めは、フレアや俺なんかは抵抗したんだが……段々と、母上に甘やかされる心地よさに慣れてしまって」

「だから、子どもっぽい行動を……?」

「うるさい。精霊は人間と違って影響されやすいものなのだ。体が子どもならば、心だって子どもになることもある」



 ヴィントは「ふん!」と頬を膨らませると、スプーンを手に取ってまたかき氷を食べ始めた。小さな腕で皿を抱えるようにして夢中で食べている姿は、本当に子どもそのものだ。


 ――生みの親である精霊王から構われずに育った、精霊の「核」たち。

 ――彼らは今、成長した精霊王の下で、溢れんばかりの愛を注がれて育っているのだ。


 ……良かった。

 私は、滲んできた涙を拭うと、そっぽを向いているヴィントの頭を撫でた。



「シロップ、まだまだいっぱいありますからね。おかわり欲しかったら言って下さいね」

「……む。うむ」

「食べ過ぎると、お腹壊しちゃいますからね、ほどほどに」

「お前まで子ども扱いするな!」



 私はくすくすと笑うと、もう一度ヴィントの頭を撫でた。

 するとその時、カイン王子の慌てた声が聞こえた。驚いて顔を上げると、カイン王子に迫っている妹の姿が目に飛び込んできた。



「――待て、ひより。やめろ……! 思いとどまれ!」

「何言っているのよ、カイン。これはね、日本の夏の定番なの!」



 どうやら、妹がまた無茶なことをやらかしているらしい。

 妹は、手の指の間に各種の市販のシロップを挟んで持ち、「ふっふっふ」と仄暗い笑みを浮かべている。その目の前には、氷入りの皿を持ったカイン王子。その手にした氷は、今でも充分にシロップが掛かっているように見えた。



「もういいだろう? ひより、私が悪かった。すまない、許してくれ」

「駄目よ。何を言っているの? 一度口にした言葉は消し去ることは出来ないの。諦めることね」



 どこの昼ドラかと言うドロドロの応酬に、どう声を掛けたらいいものかと戸惑う。すると、のんびりと二人を眺めていたセシル君が、更にシロップの容器を手に持って妹の隣に立った。



「殿下が悪いのですよ。全部の味が知りたいだなんて、面白いことを言うから」

「いや、色ごとに名称が違うと言われたら、気になるだろうが!」

「因みに、おねえちゃんの作ったシロップ以外は、色は違うけれど味は一緒です」

「……どういうことだ!?」



 妹はスチャッと手にシロップを構えると、じりじりと中腰でカイン王子に迫った。



「香料は違うけれどね。なのに、苺味にメロン味……ブルーハワイに至ってはなんのこっちゃって感じでしょう!? ほうら、益々食べ比べてみたくなったでしょう? やってみましょ? 全部掛け(・・・・)!!!!」

「やめろ、ただでさえその毒々しい色のシロップで、純白の氷を汚すな……!! その色が全部混じり合ったらどうなると思っている!!」

「ふふふ……小中学生男子は絶対に通る道なのよ。覚悟しなさい、カイン……!!」

「私は小中学生男子とやらではな……あっ、やめっ……ああああああああああ!! シロップが混ざり合ってドブ色にィィィィィ!!」



 大騒ぎしている三人を他所に、少し離れたところでは、我関せずと言った風のジェイドさんとユエが、ちゃっかりとかき氷を堪能している。



「ジェイド、美味しいね〜」

「次はメロン味を食べるか? はんぶんこしよう」

「うん!!」



 阿鼻叫喚の聖女王子組と、マイペースなユエ組。

 ……なんだろう、この違いは。

 私が呆れてものも言えないでいると、隣で同じ様に見ていたヴィントがぽつりと呟いた。



「……あいつら、子どもだな」

「はあ……。食べ物で遊ぶなって、怒らなくっちゃ」

「まあ……これを食べてからでいいだろ。溶けたらもったいないしな」

「そうですね……」



 私とヴィントは顔を見合わせると、互いに大きく嘆息したのだった。



 *ドブ色のかき氷は後でスタッフが美味しく頂きました。

今日から発売日まで毎日更新です!

明日はカイン、ひより、セシルの若者組のSSをお送りします。

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