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夏と水着とかき氷 前編

活動報告にて、マルタとヴァンテのキャラデザインを公開中です!

 青い空が広がる、夏真っ盛りの異世界。燦々と太陽の光が降り注ぐなか、私と妹、ジェイドさんは、レオナルトさんの招待を受けて、レイクハルトを訪れていた。


 レイクハルトでは、カイン王子やセシル君、それにユエと会う約束をしている。


 カイン王子は、将来王となるルイス王子を支えるために、ここ最近は色々と忙しくしているらしい。教養を身に付けるために、大陸中を視察して回っているのだそうだ。それは各国の要人との顔合わせの意味もあるし、ジルベルタ王国が保有する日本の技術を使って外交をするための繋ぎの意味もある。


 今回のレイクハルト来訪も、その視察の一環らしい。


 忙しい最中、私たちのために時間を空けてくれたカイン王子は、レオナルトさんが用意してくれた湖の畔にある別荘で、笑顔で出迎えてくれた。



「よく来たな。お前たちと会うのは、随分と久しぶりのような気がする」

「今日はお招きありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はなしだ。私とお前たちの仲じゃないか」



 いつもの王子然とした格好ではなく、薄い布を使い、ゆったりした作りの服装のカイン王子は、纏う雰囲気が違うような気がした。それに、少し見ないうちに、身長が随分と伸びたように思える。カイン王子の後ろには、いつもの如くセシル君が控えている。何故かユエの姿が見えない。


 私は、ふたりに挨拶をすると、ずっと無言のままだったひよりを、カイン王子の方へと押しやった。ひよりは大慌てだ。顔を真っ赤にして、必死に抵抗している。



「おおおお、おねえちゃん!」

「ほら、ひより。会いたかったんでしょう?」

「ぎゃー! なんでそういうこと言うの!!」



 妹の動揺っぷりに、クスクス笑う。正直、カイン王子の顔も真っ赤だから、どっちもどっちなのだけれど。



「ひ……久しぶり……」

「あ、ああ! 久しぶりだな」

「「……」」



 ふたりはお互いに気まずそうに顔を見合わせると、下を向いてしまった。


 ――あああっ! もどかしい……! 


 中々縮まらないふたりの距離に勝手にやきもきしていると、黒い塊が突進してきて、お腹に衝撃が走り息が詰まった。



「……ぐふっ!!」

「あー! 茜だー!! 僕、待っていたんだからね!」



 それはユエだ。キラキラと目を輝かせたユエは、私のお腹にグリグリと頭を押し付けてくる。



「ゆ……ユエ。苦し……」

「今晩は、茜のご飯を食べるんだー!! 楽しみ!! ご馳走の予感! あっ、なんか茜のお腹が前よりふわふわー! あははは!!」

「こら! ユエ、茜が苦しそうだろう!? 力を緩めろ……!!」



 ユエののんきな声と、ジェイドさんの焦った声が聞こえる。私は、ユエにお腹を恐ろしい力で締め付けられ――。



「ぐふっ」

「あ、茜ーーーー!!」



 ……みるみるうちに意識が遠くなってしまったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「湖だー!!」



 先程までの恥じらう姿はどこへやら。妹は買ったばかりの水着を着込むと、勢いよく湖に向かって走って行った。


 流石に縞々の囚人服っぽい水着ではない。

 上はハイビスカス柄の可愛いビキニ。首元で紐を結ぶタイプだ。下は恥ずかしかったのか、サーフパンツを履いている。けれど、結構短めのパンツなので、妹の白くて眩しい太ももが露わになっている。


 レオナルトさんが用意してくれた別荘からは、湖に向かって桟橋が伸び、直接湖に入れるようになっている。元々は貴族の持ち物だったそうで、若干古びてはいるものの、別荘らしい遊びがそこかしこに見て取れる、贅を尽くしたおしゃれな建物だ。桟橋が伸びる湖も、所謂プライベートビーチのようなもので、利用者以外は入れないようになっていた。


 元気よく湖に飛び込んだ妹は、嬉しそうな歓声を上げると、シュノーケルを着けて泳ぎ始めた。遺跡が沈むこの湖は、きっと水中散歩するだけで楽しいに違いない。


 私はと言うと、先程気が遠くなってしまったのもあって、桟橋の上で涼んでいた。頭上には木枠があり、そこに大きな植物の葉っぱを敷き詰めてある。程よい日陰が作られて、今日はそこそこ暑い日なのに、湖の上を渡る風も相まって、非常に居心地がいい。



「ジェイドさん!」



 遠くで泳いでいるジェイドさんに手を振る。妹が溺れてはいけないと、一緒に着いて行ってくれているのだ。ジェイドさんは私に気がつくと、立泳ぎになってこちらに手を振った。きらきらと水滴が飛び散り、ジェイドさんの逞しい上半身が露わになる。


 ……おうふ、ジェイドさんの筋肉が眩しい。着痩せする筋肉質男子は卑怯なり……!!


 役得だわなんて、ひとり馬鹿みたいなことを考えつつ、私の隣に座っているその人を横目で盗み見る。本当ならば、ジェイドさんが妹についていく必要はないのだ。


 その人とは、カイン王子だ。本来、妹と一緒に泳いでいるはずのカイン王子は、私が買ってきた水着に着替え、両膝に顔を埋めて、耳まで真っ赤になっていた。



「……うう」

「か、カイン王子……大丈夫ですか?」

「あ、ああ。気にするな。うん、大丈夫だ……うん」



 女性があまり肌を露出しないこの国では、妹の格好はかなり刺激的なのかもしれない。

 折角、妹はカイン王子と会えると楽しみにしていたのに。これじゃあ、あんまりだ。


 そう思って、妹に上に何か着せようかと提案する。するとカイン王子が何か答える前に、セシル君が割り込んできた。



「ああ、いいんですよ。茜様」

「本当に?」

「つい最近行った南の国なんかでは、乳房を丸出しにした庶民の女性なんかもいました。その時は、殿下は平気そうな顔をしていましたからねえ……。そういうことではないんです」

「ええっと、つまり?」



 私の問いに、セシル君はにんまりと菫色の瞳を歪ませると、カイン王子の背後に立った。



「好きな女性のあられもない姿に、ビビっているだけです……よっと!!」

「どわああああ!!」



 すると、セシル君は思い切りカイン王子の背中を蹴った。蹴られたカイン王子は、勢いよく湖の中に落ちてしまう。大きな水音がして、激しく飛沫が飛んだ。水中に沈んでいたカイン王子は、浮かび上がるなりセシル君に怒鳴った。



「な、何をする! セシル!!」

「殿下、こんなことをしていると、聖女様に腰抜け野郎だって嫌われますよ」

「なっ……!?」

「嫌なら、早く行ってください。ヘタれるのもいい加減にしてくださいませんか。……ああもう、僕は護衛ですから水には入れないんです。ただでさえ鎧を着て暑いのに……ほら、とっとと行く!」

「……わ、わかった」



 セシル君の言葉に動揺したカイン王子は、妹のいる方向へと、ゆっくりと泳いで行った。セシル君は、大きくため息を吐くと肩を竦めた。



「自分だって、今日が楽しみで楽しみで仕方がなかった癖に。……まったく、根性が足りませんね、うちの殿下は」

「ご苦労様です」

「いえいえ。護衛騎士兼幼馴染の勤めですから。片思いしていた時なら、きっと平静を装って対応していたんでしょうがねえ。まったく、うちの殿下は見ていて飽きませんね」



 セシル君はぱちりと片目を瞑ると、楽しそうに笑った。私は持ち込んだクーラーボックスを漁ると、その中から取り出したものをセシル君に差し出した。



「あ、セシル君。レモネードなんてどうです? さっぱりしますよ」

「ああ、助かりますね。暑くて暑くて……。あっ、同僚にも持っていっていいですか?」

「勿論ですよ。騎士さんたちにも飲ませてあげてください」



 セシル君は私に御礼を言うと、レモネードを持って去っていった。


 私はセシル君の後ろ姿が見えなくなると、湖の方へと視線を戻した。


 遠くからは、妹とカイン王子のはしゃぐ声が聞こえる。いつの間にか、ユエも一緒になって泳いでいる。ジェイドさんは、正式な騎士ではなくなったものの、三人を少し離れた場所で見守ることに決めたようだ。私はこちらに誰も注意を払っていないことを確認すると、小さな声でとある人物の名を呼んだ。



「……ヴィント、いる?」

『おや、お前が俺を呼ぶとは』



 すると、すぐさま返事が返ってきた。私は小さく笑うと、周囲を見回してその姿を探す。



「レイクハルトには風の精霊の核がいる――前に、誰かがそう言っていた気がして」

『ふむ。なるほどな』



 すると、私の目の前に一羽の小鳥が舞い降りた。純白の羽で、長い尾羽根を持ったその小鳥は、つぶらな瞳で私をじっと見つめた。



『しばらくぶりだな、娘。末妹が相変わらず世話になっているようだ』

「こちらこそ。フォレにはいつもお世話になっています」



 私はヴィントに頭を下げると、ふかふかのクッションを置いてそこに座るように促した。すると、白い小鳥はひょこひょことクッションの上に移動すると、ちょこんと座った。


 その様子を見て、私は思わず顔を覆った。

 ふわふわのクッションに真っ白な小鳥。可愛いすぎて辛い!!



「……ふぐう!」

『なっ、何故俺を見て笑う、娘!』



 するとたちまちヴィントは不機嫌になってしまった。私は必死で誤魔化すと、ヴィントにもレモネードを勧める。けれども、彼は酸っぱいものは苦手らしい。断られてしまった。



「あら……。じゃあ、どうしましょうか。うーん、飲み物を他に用意してこなかったんですよね。別荘に戻りますか。そうしたら、色々とありますし」

『いや、無理に何かを出す必要はないだろうに』

「いえいえ。私、ヴィントに色々と話を聞きたくて呼んだんですよ。お茶のひとつでも出して、おもてなししたいじゃないですか……!」



 精霊王の状況や、他の核たちの様子。言葉がまだ喋られないフォレの代わりに、色々と聞けるかなあなんて思っていたのに、なんだかもどかしい。


 私は何かないかとクーラーボックスの中を漁る。すると、底の方にあった瓶に目を止めた。



「……あっ! そうだ、かき氷にしましょう!」

『かきごおり……?』

「そうですそうです。氷を細かく削って、そこに甘いシロップを掛けるんですよ。シロップ、持ってきたんです。ユエとか好きそうだと思って。それだったら甘いし、大丈夫ですよね?」

『氷か……なるほど』



 すると、ヴィントは小さく頷くと、どうやって氷を削るのかと聞いてきた。



「あっちの世界から、家庭用のかき氷機を持って来ました。氷はこちらで氷室があると言うので、それを使わせて貰おうと――ヴィント?」

『……くっくっく。あーっはははは!!』



 私は急に笑いだしたヴィントに戸惑いつつも、どうしたのかと尋ねる。

 すると、ヴィントは小さな胸を張って、自信満々に言った。



『漸く、俺の出番が来たようだなァ!!』

「……へ?」



 私は首を傾げると、小鳥をじっと見つめた。

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