表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
209/229

五月病と特別な焼肉

朝に一旦公開してしまいました。大変申し訳ありません〜


おもてなしご飯3巻の表紙が公開となりました。

活動報告か、このページの下の部分をご覧になってみてくださいね。

カインセシルひよりメインの可愛い表紙になってますよ〜!

 GWも終わり、梅雨が近くなってきた今日このごろ。

 妹にとある変化が現れていた。



「……うう」



 どうやら、春先から色々と頑張ってきた妹の、何かがぷつんと切れてしまったようだ。

 妹は勉強道具を放り投げて、ソファでぐったりと横になっている。


 私はそんな妹の姿をジェイドさんと確認すると、ふたりで台所に向かった。



「ひよりはどうしたんだ?」

「うーん。多分、5月病。春休みから色々と頑張って来たでしょう? きっと、精神的にも肉体的にも疲れちゃったんだと思うの」



 GWすらどこにも出掛けずに、妹は机に向かっていた。どう考えても、根を詰めすぎているような気がする。



「そうか……」



 ジェイドさんは、思案顔で考え込んでいる。きっと妹のためにどうすればいいか、考えてくれているのだろう。それを嬉しく思いながら、私は冷蔵庫の中を覗き込む。

 ジェイドさんはそんな私を不思議そうに見ると、納得したように頷いた。



「……ああ、だよな」

「でしょ? 長い姉妹生活で培ってきた経験上――妹を元気づけるには、これしかないでしょ!」



 私は冷蔵庫からあるものを取り出すと、にやりと笑ったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その日の夕食。私は、わざとテンション高めに妹に声を掛けた。



「ほら、ひより。ご飯にしよう!」

「うーん……あんまり食欲が」

「冗談はいいから、ほら座って!」

「冗談って、酷くない!?」



 私はうだうだとソファから動こうとしない妹を無理やり座らせ、テーブルの上に料理を並べていく。ごま油にすりおろしにんにく、塩コショウで和えた、やみつきキャベツ。牡蠣醤油で漬け込んでいるという、お気に入りのメーカーのキムチ。韓国のりに、ホットプレート。



「焼き肉?」



 妹は用意されたものを見て、ぽつりと呟いた。いつもなら、焼き肉とくれば大喜びするのに、今日に限っては正直なところあまり嬉しそうではない。……やはり、妹はかなり参っているようだ。


 そんなことを思いつつも、私は「今日のはちょっと違うんだなあ」と、意味ありげに笑みを深めた。



「じゃーん! 今日のお肉はこれー!」



 もったいぶって妹に披露したのは「すき焼き用の霜降り牛肉」だ。薄く切ってあるお肉を、透明なフィルムで一枚一枚分けてある、所謂お肉屋さんでも上等な部類のやつ……!

 桜色の肉に、まんべんなく白いさし(・・)が入っている姿は、なんとも食欲を唆る見た目をしている。


 妹をそれを見た瞬間、目をまんまるにして、首を傾げた。



「ええと、焼き肉だよね?」

「焼き肉だよ」



 どうも、妹はまだしっくりこないらしい。


 ――きっと、これの食べ方を知ったらびっくりするに違いない。


 私はニヤニヤしながら、妹の隣に座る。そして、薄い肉を調理用のバットの上に広げる。そしてそこに、焼き肉のたれを掛けていく。



「……うわ、本当に焼き肉にするんだ」

「そうよ。たれは濃い目の辛口。あの有名焼肉店の高いやつね」

「おお……」



 高級肉に高級なたれ。以前は出来なかった、なんとも贅沢な組み合わせ。

 王様ありがとう、異世界バンザイ! なんて思いながら、肉にたれを絡める。まんべんなく絡んだら、そこにもう一枚肉を重ねて、またたれを掛ける。そうやって、牛肉をミルフィーユ状にしてたれに漬ける。



「茜、これ」

「ありがとう!」



 するとそこに、ジェイドさんがあるものを手にやってきた。

 それは、白い湯気を立ち昇らせている、ほかほかご飯。それに――器に入った卵黄だ。



「んんー?」



 妹はそれを見て、益々変な顔になってしまった。「やっぱりすき焼き?」なんて、複雑そうにしている。私はそんな妹を他所に、手元のバットの中身を確認する。


 ……よっし。お肉はたれにひたひたになっている。あまり漬け込み時間が長いと、お肉が薄いぶん旨味が逃げてしまうから、さっと漬けるのが吉……!!


 私は肉用の箸を持つと、肉を一枚取り、熱々になったホットプレートに乗せた。


 ……じゅううううう……!!


 その瞬間に、たれがホットプレートの表面でぶくぶくと煮立つ。薄い肉は、みるみるうちに色を変えて、ほんの少し身を縮めた。

 たれの焦げるいい匂いが、煙と一緒に周囲に充満し始める。口内にじんわりと涎が染みてくるのを感じながら、頃合いを見極めてさっとひっくり返す。



「あんまり焼きすぎないように。色が変わる程度でいいのよ」



 そんなことをいいながら、程よく焼けたお肉を妹の手元にある皿に入れる。そこには、ぷっくりと膨らんだ卵黄が待ち構えている。すると、妹が戸惑いの視線をこちらに寄越したので、小さく笑ってご飯を指さした。



「お肉に卵黄を絡ませて、最後にご飯を巻いて食べるの。……美味しいよ?」



 すると、途端に妹は目をキラキラと輝かせて、いそいそとお肉に卵黄を絡ませた。

 ごま入りのたれが満遍なくまぶされた褐色の肉に、とろりと太陽みたいな卵黄が絡みつく。たれと卵黄が混じり合うと、これまた複雑な色合いになり、絶妙な照りを放つのだ。

 そして、それをご飯に乗せる……!!



「……ごくっ」



 妹は、こみ上げてきた唾を飲み込むと、お肉でご飯を巻いた。炊きたてのご飯は、つやつやと光を放っている。ゆっくりと箸で持ち上げると、お肉からぽたん、と汁が滴り落ちた。



「……い、いただきます」



 妹はそう言うと、思い切りそれを頬張った。

 途端に、目を細めて頬を緩める。うっとりと肉の味に浸り、何度か咀嚼したあと――ごくりと飲み込んだ。すると、妹は興奮気味に叫んだ。



「なにこれ! お肉があっという間に溶けて消えた!」

「A5ランクのお肉だものー」

「ちょっぴり焦げたタレに、まろやかな卵黄! まったりトロトロなのに、ちゃんとお肉の甘さも感じられるの……! タレが辛いぶん、お肉と卵の甘さが引き立つっていうか!」

「つまり?」



 私が聞くと、妹は顔をくしゃくしゃにして笑って、ぐっと親指を突き立てた。



「もう、最高〜〜〜〜!! 美味しい!! 新境地!!」

「もう一枚焼く?」

「焼く〜〜〜〜!!」



 興奮気味の妹に笑いながら、どんどん肉を焼いていく。ジェイドさんも、焼いたお肉を食べた途端、驚きに目を見開いていた。



「……どうして卵白を抜いたのかと不思議だったんだけど。卵黄だけだと、タレの味がぼやけないんだね」

「そうなんですよ! それと、このご飯に卵黄とお肉の油が付いたとこがまた!」

「「美味しい!」」



 ジェイドさんと私は同時にそう言うと、勢いよく白飯を掻き込んだ。

 そうして、三人で思いっきりお肉を食べた。用意したお肉はあっと言う間になくなり、お腹も膨れて食後のコーヒーを嗜んでいると、妹がひとり膨れているのに気がついた。



「……おねえちゃん、ご飯で私の機嫌を取ろうとしたでしょ!」



 どうも、私の企みはバレバレだったらしい。まあ、なんでもない平日にご馳走が出てくれば、不審がるのは当たり前だ。

 妹は不機嫌そうに唇を尖らせると、膝を抱えて私を睨みつけた。



「でも、元気出たでしょ?」

「出たけどね!? 元気いっぱいになったけど!」



 妹は自棄糞気味に叫ぶと、両膝に顔を埋めて、小さな声で言った。



「……また、おねえちゃんを心配させちゃったかなって、なんだか申し訳なくなるじゃん……」



 すると私は何度か目を瞬いて、じっと妹を見つめる。そして、次の瞬間には破顔した。

 


「もう! あんたって子は!」

「きゃあああ! 頭はやめて!!」



 私に頭をグシャグシャに撫でられて、涙目になっている妹に、優しく語りかける。



「なに遠慮しているのよ。それに、あんまり頑張り過ぎないの。未来が見えなくて、不安で焦る気持ちはわかるけれどね。先のことばっかり考えていたら、なんにもいい結果は出ないよ。取り敢えず、直近の目標をなんとかすることから考えなさい。次は、中間テストかな? そうやって、一個一個乗り越えて行けば、知らない内に実力って身についているものなんだから」



 そして、妹の頭を直してやりながら、私が何度も何度も自分に言い聞かせている言葉を紡ぐ。



「自分に出来ることを見誤ったら駄目よ。手の届く範囲で出来ることを丁寧に。――努力は決して自分を裏切らないけれど、努力のし過ぎは心を殺すわ。ほどほどに休みなさい」



 妹は私の言葉にくしゃりと顔を歪めると、私の肩にとん、と頭を預けた。

 私はコーヒーの表面に映っている自分の顔を見ながら、いなくなってしまった両親に想いを馳せる。


 ――きっと、あの両親なら妹にこう言ったはずだ。……ね? そうだよね? お父さん。お母さん……。


 そして、私も妹の頭に自分も寄りかかる。

 これからもこうやって、姉妹で支え合って行ければいい。

 私も決して強くはないのだ。誰かが傍にいてくれるありがたさは、嫌という程理解している。



「ひより、中間テストが終わったら、異世界に行こうね。あっちはもう夏真っ盛りよ。レイクハルトの人たちが、ぜひ遊びに来てくださいって言ってた。一緒に行こうね」

「レイクハルトの湖では、泳ぐことも出来るそうだよ。楽しみだね」

「えっ!? 本当!?」



 夏に泳ぐのが大好きな妹は、ジェイドさんの言葉に顔を綻ばせた。

 けれども、勉強のことが頭をよぎったのか、すぐに表情が曇ってしまう。



「こら、ほどほどに。でしょ?」



 すかさず、私がそう言い含めると、妹はふんにゃりと笑った。



「……うん。ほどほどに頑張る。……泳ぎたいし」

「水着も新しいの買おうか。カイン王子に見られていいような、大人っぽいやつ!」

「かかかか、カイン……!?」

「ビキニにしちゃう〜?」

「待って、恥ずかしすぎて無理! 縞々の囚人みたいなやつにする……!」

「それもどうなの!?」



 私は真っ赤になってしまった妹を茶化しながら、ふたりでぎゃあぎゃあ騒ぐ。仕舞いには、ジェイドさんにどんなものがいいか、スマホで水着のサイトを見せて困らせたりしながら、その日を楽しく過ごしたのだった。

高級焼肉店で、こういう食べ方したらえらい美味しかったんですよ〜


新連載はじめました。


転生錬金術師令嬢は全てを識るホムンクルスなので最強ですが、残念ながら竜にしか興味がございません。

https://ncode.syosetu.com/n4765eu/


竜にしか興味がない残念令嬢が、周りを巻き込みながらも竜愛を貫くハイテンション・コメディです。

おもてなしご飯のコメディ部分を煮詰めたようなお話。

さくっと読めるお話なので、是非ともどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ