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エピローグ 姉妹と桜舞い散る大宴会5

「……知ってる」

「なら……なら! なんで、そんなことしているの。なんで、足掻くようなこと!」



 私は苦しそうに顔を歪めている妹の頭を撫でて、ずっと心に秘めていたことを告げた。



「あのね、この世界に召喚されたときのこと、覚えている?」

「……? う、うん」

「あの時、ひよりは聖女になることを即決したでしょう。それが、ずっと心のしこりになって残っていたの。もしかしたら、ひよりは私がいなかったら、聖女にならなくて済む道もあったんじゃないかなって」



 すると、妹は激しく首を振って否定した。



「そんなことない! 私は、なりたくて聖女になったの! おねえちゃんがいたかどうかなんて関係ない!」

「うん。そうだね、今ならわかるよ。でもね、当時は凄く悩んだの。後悔もした。役立たずで足手まといの自分を情けなくも思った。妹の選択肢を狭めた自分を、恥ずかしくも思った」



 私は妹の手を握ると、その大きな瞳をしっかりと見据えた。

 ……これは、余計なおせっかいかもしれない。

 そう思ったりもする。日本に帰ることは、妹自身が悩みに悩んで決めたことだ。

 けれど、妹は明らかに迷っている。やりきれない気持ちでいる。私はおねえちゃんだ。それは、妹が生まれた瞬間から変わらない。生まれたばかりの妹が、母の腕で眠っているのを初めて見たときから、守ると決めている。


 異世界で、妹は苦しみながらも聖女としての役目を果たした。世界を救うという偉業を成し遂げた。


 なら――(せいじょ)が世界を救ったのであれば。

 おねえちゃん(わたし)(ひより)を救わなくっちゃ。



「だから今度は、人生の岐路に立たされている妹の選択肢を広げてあげたいって思ったの。異世界に残ってもいい。日本に戻ってもいい。……たとえ、日本に帰ったとしても、ひよりが戻りたいと思ったら、もう一度、異世界に来られるように」



 ――しん、と辺りが静まり返る。


 皆、誰もが無言で私たち姉妹を見つめている。妹はしゃくり上げながら、溢れる涙を服の裾で拭っている。私は歯を食いしばり、涙が溢れないように必死に堪えながら、妹を見つめている。



「――ほ。出来た」



 すると、静寂のなか、ティターニアの声が響いた。

 ティターニアはくるりとその場で回ると、いつの間にか手にしていた宝玉を、太陽にかざして目を細めた。



「少しばかりくたびれたが――ほほほ。案外、簡単に満タンになるのう。妖精女王に掛かれば、なんてことはない」

「……なっ!! なんだって!?」



 先ほどから、憮然とした表情をしていた魔道士は、ティターニアの手から宝玉を奪い取った。



「たかが人外ごときが、我々が生涯を賭して完遂すべきお役目を、そんなかんた……ん、に」



 そして、まじまじとソレを眺めると、ぱかんと口を開けて、呆然と呟いた。



「……本当に、魔力が充填されている」

「ほほほ! 妾が嘘を言うはずがなかろう!」



 ティターニアは高笑いすると、無礼な発言をした魔道士を足蹴にした。魔道士はひええ、と情けない悲鳴を上げて、仲間の下へと逃げ帰った。すると、ふん、と鼻息も荒く得意げにしていたティターニアの表情が、途端に陰った。



「……じゃが、これでは一回しか戻れぬ。毎回、魔力を籠めるのも面倒じゃ。妾は、茜が帰ってくるまで待たねばならぬのか? それは嫌じゃのう。いっそ、日本とやらに行ってやろうか。気まぐれに異界を彷徨うのも乙じゃのう。なあ、ケルカ」



 ――こ、このままだと、とんでもないことに……!?

 妖精女王の出現に大混乱に陥る日本を想像して青ざめていると、そこに突然見知った人物が姿を現した。



「あらあら! それは困ったわ。わたくしも、帰るだなんて聞いてないわ……!」

「せ、精霊王!?」



 唐突に姿を現した精霊王は、柔らかな笑みを浮かべると、私を見つけてひらひらと手を振った。いやにご機嫌だ。周囲の皆は、精霊王を見て唖然としている。

 ティターニアはちらと精霊王を横目で見ると、深く長い溜息を吐いた。



「……お主、無闇矢鱈に顕現しておると、ヒトに舐められるぞ」

「今回は特別だわ。この世界を救った英雄ふたりが帰っちゃうなんて、見過ごせないもの……!!」

「お主、神としては変わり種じゃな……」

「あら、わたくしまだ成長途中だもの。神らしくなくて当たり前よ。それに、神だってわがままを言いたいときはあるわ。……それにね」



 ――精霊王が笑い混じりにそう言った瞬間。



「……ぶっ!」

「あうー!!」



 何かが、勢いよく私の顔に突っ込んできて、私は大きく仰け反ってしまった。なんだか、生暖かくて、ザラザラした小動物が私の顔に張り付いている……!!

 私は必死にそれを引き剥がすと、目の前にぶら下げた。そして、その正体を知った瞬間、胸が苦しくて切なくて――嬉しくて堪らなくなってしまった。



「うあー。ううー!」



 それは小さな小さなドライアドだ。人間の生まれたての赤ん坊のような、大きな頭。胴体の割に短い手足。それを、私の方に来ようと懸命にバタバタと動かしている。



「……その子だって、茜がいなくなったら寂しがるわ。まだ、歯が生えきっていないから、あなたのご飯食べられないのよ? 大きくなった時にあなたがいなかったら、どうして引き止めなかったのかって、わたくしが怒られてしまいそう」

「……フォレ!!」



 私は、ぎゅうと小さなドライアドを抱きしめた。フォレは、ぺしぺしと紅葉よりももっと小さな手で、私の頬を叩いている。

 あの時――精霊界で最後まで精霊王のことを想いながら、自身の体を砕けさせたフォレ。

 もう死んでしまったのだと思っていたのに、こんな小さな姿で復活しているなんて……!!



「フォレ、フォレ……良かった。本当に良かった」

「うー!」



 涙が溢れ、胸が熱くなる。小さなフォレが、私の涙を指で掬って、ケラケラと楽しそうに笑っている。きっと、今の精霊王であれば、フォレへ溢れるくらいの愛を注いでくれるだろう。家族の大切さを身を持って知った精霊王は、きっと二度とこの子を無下にすることはない。この子は、求めていた優しい家族を得られたのだ!

 私がフォレを抱きしめて笑っていると、精霊王は頬に手を当てて、ふうとため息を吐いた。



「出来れば、フォレのためにもこの世界にいて欲しいのだけれど。妖精女王ではないけれど、わたくしに言ってくれれば話が早かったのに」

「……ちょ、待って。神様的な存在なんですよね!? そんな、ホイホイ願いごとを聞いていいんですか……!?」

「ふふふ。えこひいきすら、神の特権だわ。人間の一生なんて瞬く間に過ぎ去るもの。気にするほどのことじゃないわ。それに――えこひいきをしてもいい。そう思わせたのは、あなただわ。茜」



 その言葉に、胸がじん、と熱くなる。

 見れば、隣でティターニアも大きく頷いていて、みるみるうちに涙が滲んできた。

 私が、この異世界でやってきたことが、がむしゃらに料理を作って、おもてなしして来た結果が……ここに表れている。これは、私自身が努力して掴み取った――信頼だ。


 すると、精霊王は両掌を合わせて天に掲げるような仕草をした。途端、先ほどの宝玉が、ぽこぽこと湧き出てきたではないか……!!



「うふふ。これで、何度だって行き来できるわ。あ、魔力はそこの人外たちに入れてもらいましょうね。彼らは、おもてなしの代価をまだ払っていないもの」



 精霊王は満足気にそれを眺めると、何かを思い出したかのように、ぽんと手を叩いた。



「あ。一応、宝玉はわたくしが許可した人物しか利用できないように、呪っておきましょうね。万が一にでも悪用されたら困るものね」

「……呪……」



 すると、精霊王ははっとしてぺろりと舌を出した。



「やだ! 神だものね。祝福と言っておきましょう」

「言い換えるだけ!?」



 ――ぜえ、はあ。

 私はフォレを抱きしめたまま、ツッコミで荒くなった息を整えた。


 そして、ぱっと顔を上げる。ティターニアも精霊王も、優しい顔で私を見つめてくれている。本来なら、人間と関わり合うこと自体が稀なふたりが、私たちに助力してくれている。

 それが、どうしようもなく嬉しくて、なんだか泣けてきて。

 私はふたりに向かって、深々と頭を下げた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 私は次にルイス王子とカイン王子を見た。私たち姉妹の為に、国家機密である宝玉を持ち出す手助けをしてくれた彼らは、明るい表情を浮かべて大きく頷いた。すると、セシル君とユエが、そろそろとカイン王子の後ろに回って、どんと背中を押した。



「……う、わっ! お前ら、何を……!!」



 驚いているカイン王子に、セシル君とユエはそっくりな笑みを浮かべて、ぐっと親指を立てて見せた。更には、ルイス王子がカイン王子の下に近づき、その耳元でなにやらボソボソと囁いた。途端に、カイン王子の顔が真っ赤に染まり、驚いた顔でルイス王子を見つめている。



「私は優秀な兄だからね。弟の幸せに水を差すような奴は、すべて排除すると誓おう。……実際に手を下すのは、主にエーミールがするから、私の手は汚れないし」

「おい」



 途端、筋骨隆々な護衛騎士の拳骨がルイス王子の脳天に落ちる。ルイス王子は涙目になると、それでもカイン王子にセシル君たちのように親指を突き立てて見せた。


 すると、カイン王子はぐっと前を向いて、膝に着いた埃を払うと、妹の前に立った。そして、妹の涙で濡れた頬を手で拭った。



「――これで、道は増えた。この世界に留まる道。異界に戻る道。世界を行き来する道だ。ひより、どうする?」



 私はふたりを見て、そっと後ろに下がった。「さっさと押し倒せ」なんて物騒なことを言っているティターニアを羽交い締めにして、ふたりを見守る。


 妹は涙を拭うのも忘れて、真っ赤に充血した目でカイン王子を見つめている。

 そして、ぽつりぽつりと話し始めた。



「――どうすればいいか、わからなかったの」



 カイン王子は、うんと相槌を打って、妹の瞳からぽろりと溢れた涙を拭った。



「わ、私……聖女としての役目が終わったら、どうすればいいかわからなかったの。何が出来るかもわからなかった。私は、この世界にいてもいいのか、自信が持てなくて」

「……そうか」

「あっちの世界には、私の大切なものがたくさんある。友だちに思い出に、学校に――でも、こっちの世界が好きになりすぎてて。大切なものが、こっちの世界にもたくさんあって……選べって言われても、選べなくて……ッ!!」

「……ああ」



 妹は、仕舞いには顔を覆って泣き始めてしまった。カイン王子は、一瞬だけ躊躇したけれど、直ぐに妹をその腕で優しく抱きしめた。



「だから、考えるのをやめたの。向こうの世界でやりたいことがあるって言って、なんでもない風を装って去れば、格好がつくだろうって……でも、おねえちゃんにはバレバレだったね」

「……正直なところ、私たちも気づいていたけどな」

「えっ!?」



 カイン王子の言葉に、妹は勢いよく顔を上げると、パクパクと口を開閉した。



「どうして、バレていないと思ったんだ。……ずっと一緒にやって来ただろう。直ぐにわかる」

「――あ、はは。馬鹿みたい。私ひとりで空回りして……本当に馬鹿」

「馬鹿じゃない」



 カイン王子は妹を抱きしめる力を強めた。

 抱きすくめられた妹は、耳まで真っ赤にして呆然としている。



「……それは、私たちのことを一生懸命考えてくれた結果だろう? 一緒にいるのなら、自分も役に立ちたいと、そう思ってくれたからだ」

「カイン……」

「それは私にとっては、とても嬉しいことだった。ひよりは真剣に悩んでいたのにな。すまない」



 カイン王子は小さく笑うと、妹の首元に顔を埋めた。よくよく見ると、カイン王子も耳まで真っ赤になっている。



「何も恥じることはない。……そういうところが、ひよりのいいところなんだ。私は、そういうひよりが好きなんだ」

「カイン、それって」



 カイン王子は真っ赤になった顔を上げて、妹をまっすぐに見つめた。

 気がつけば、妹の涙は既に止まっていて、お互い顔を真っ赤にして見つめ合っている。

 なんとも焦れったい沈黙が数瞬続いた後、カイン王子は漸く口を開いた。



「私は、ひよりの意志を尊重したい。……どうする?」



 すると、妹は今までと違って、晴れ晴れとした表情になって言った。



「うん! あのね、私ね――……」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 たくさんの人が、私たちの見送りに来てくれている。

 ルヴァンさんやダージルさん、騎士団のひとたちも大勢集まってくれた。

 ふたご姫は私たちのためにと、大きな花束を用意してくれた。王様は、ゲームで出てくるような、とんでもない豪華な宝箱に宝石や金塊を溢れるくらい詰め込んで、私たちの家に運び込ませた。……これ、どうやって換金するんだろう。


 王妃様は、ぐすぐすと鼻を鳴らして、カレンさんに寄りかかって泣いている。

 ジェイドさんの家族も、わざわざ足を運んでくれた。特に、ジェイドさんのお父様は、周囲を憚らずに泣きわめいて、お母様から呆れられていた。


 私は、泣いている王妃様とお父様に恐る恐る声を掛けた。



「……ええと。また、週末に来ますから……」

「「そういう問題じゃない!」」



 ふたりはハンカチで顔を覆うと、プルプルと震え始めた。どうも、私たちが新たな一歩を踏み出すことが、嬉しいやら寂しいやらで堪らないのだそうだ。


 ――そう、私たちは一旦日本に帰ることにした。


 妹が、何かを学びたいという気持ちは本物だったらしい。

 取り敢えず、高校を卒業して、大学に行って――異世界で役立てるように、自身を磨いてからまた戻ってくる。それが妹が選んだ道だ。


 私は日本で勉学に励む妹をサポートしながら、週末は異世界に戻る。そんな生活をすることにした。ティターニアや精霊王は、私がいないと大暴れしそうな予感がしたからだ。それに、そうすれば日本から色々と持ち込めるだろうし、お世話になったジルベルタ王国の役にも立てるだろう。


 あちらとこちらを往復するので、色々と大変かもしれないけれど、それでも異世界で築いた友人たちと、離れ離れにならなくて良かったとも思う。



「茜! ちょっとだけお別れだね。また一緒にお茶しよう」

「うん。……ダージルさんとの仲が進展したら、真っ先に教えてね」

「ちょ……!! そそそそ、そんなこと」

「楽しみにしてるね」



 私はマルタと暫しの別れを惜しみながら、色々と話をしていた。ティターニアは、今日は姿を現していない。でも、きっとどこかで私たちの様子を見守ってくれている。そんな気がした。


 そして妹は、私から少し離れた場所で、カイン王子たちと別れを惜しんでいるようだった。



「……長期休みになったら、遊びに来るから」

「ああ。待っている」

「殿下が寂しくないように、僕がちゃんと見ておきますからね」

「ひより。今度、一緒に海に遊びに行こう。僕の背中に乗ってね!」

「うん。楽しみ! あの、空中に放り出すやつ、またやってね」

「「それは駄目だ!!」」



 あの四人は、相変わらず騒がしい。

 妹は、勉学に集中するのだと、頻繁にはこちらに戻らないことにしたようだ。

 妹は一通りカイン王子たちと話し終わると、途端にそわそわし始めた。チラチラとカイン王子に視線を送って、なにやらもじもじしている。


 すると、カイン王子は不思議そうに首を傾げて、「どうした?」と笑みを浮かべた。途端に、妹は顔を真っ赤にして俯いてしまった。



「……ひより?」



 カイン王子は、ひよりの思わぬ反応に戸惑っているようだ。セシル君とユエは、ふたりの様子に気がつくと、ニヤニヤしながら数歩後ずさった。ひよりは俯きながらも、きゅっと手を握りしめると、勢いよく顔を上げた。


 そして、がしりとカイン王子の胸ぐらを掴むと、自分の方へと引き寄せ――。


 ちゅ、とカイン王子にキスをした。



「〜〜〜〜〜〜〜!?!?」



 カイン王子は顔を真っ赤にすると、勢いよく後ずさった。妹はたらたらと汗を流しながら、ピシリとカイン王子を指差して言った。



「……――予約したからね!!」

「は!? よ、予約!?」

「他の女に目移りしたら――ぶっ飛ばすんだから!! お、おねえちゃん行こ!!」



 妹は小走りに私の下へと掛けてくると、背中に隠れてしまった。私は、大量の汗を流してセシル君に頬を引っ張られているカイン王子を眺めながら、笑みを零した。



「……姉妹だものな。やることがそっくりだよな」



 すると、レオンを抱っこしてくれていたジェイドさんが、そんなことを零した。

 一体何を――と思って、ふと昨日のことを思い出す。

 ……そうだった。私もジェイドさんの唇を奪ってた……!!



「そそそそ、そんなことはいいんです! もう、ジェイドさん行きますよ!」

「はいはい」



 私たちは、揃って玄関の中に入ると、くるりと振り返った。

 もうすでに、魔道士たちの詠唱は始まっていて、地面に引かれた魔法陣が眩い光を放ち始めている。その時、私は見送る人たちの中に、精霊王とティターニアに似た人影を見つけて笑みを深めた。そして、皆に向かって頭を下げた。



「ありがとう! ――また来ます!」



 すると、魔法陣から発せられる光が更に強くなり、こちらに手を振っている皆の姿が、段々と見えなくなって行った。眩しくて目が開けていられずに、ぎゅっと目を閉じる。そして、数分も経つと――恐ろしく冷たい風が体を包んだ。



「〜〜〜〜! さっむい!!」



 ぶるりと身を震わせて、目を開ける。すると、玄関の向こうには、既に城や異世界の皆の姿は消えてしまっていた。目の前に広がっていたのは、真っ白な雪に包まれた年末の日本の光景だ。太陽は既に沈み、雪の風景は闇夜に沈んでいる。

 ――本当に帰ってきたんだ。

 暫くぼうっとして、外を眺めていると、妹がブルブル震えながら私の袖を引っ張った。



「お、おねえちゃ……めっちゃ、薄着だから辛い。中に入ろう。んでもって、こたつ出そ、こたつ……!!」

「う、うん!! ジェイドさん、場所わかりますか!」

「ああ。持ってこよう」

「きゅうん」

「うわ、レオンもお洋服着る!?」



 三人と一匹で慌ただしく、冬支度をする。重い石油ストーブをえっちらおっちら居間に運び、こたつ布団を用意して、厚めのカーディガンを羽織る。バタバタ忙しく動き回って、部屋が温まった頃、漸く人心地ついた。



「……こっちが、真冬だってすっかり忘れてたねえ」

「本当。……用意しておけばよかった」



 妹はしみじみ言うと、徐に縁側に出た。すると、驚いたような声を上げて私たちを呼んだ。ジェイドさんと顔を見合わせて、慌てて縁側に出る。


 ――するとそこには、白い雪に埋もれながらも、美しい花を咲かせている桜の木があった。

 居間の照明の光を浴びて、満開の桜が凍えそうになりながらも、白銀の世界の中で色鮮やかに存在を主張している。


 桜と雪の共演は、どこまでも美しく儚く――まるで、現実でないみたいだ。


 私たちは寄り添って並び、その花を眺めた。

 異世界の名残と、今私たちの目の前にある現実を、しっかりと目に焼き付けて決意を新たにする。

 今、この瞬間から、私たちの新しい一歩は始まっているのだ。


 私はきゅっと手を握ると、妹とジェイドさんに笑顔を向けた。



「さあ、ご飯にしよっか」



 すると、妹は途端に元気になって、ニコニコの笑顔になった。



「うん! 今日は景気づけにごちそうにしよう! レオンにもね!!」

「わふっ」

「俺も手伝うよ」



 私たちは、庭の桜に背を向けると、居間に戻った。

 ――パタン。

 ふすまを後ろ手で閉めた瞬間、私たちの歩く未来の先に、新しい扉が開いたような気がした。

これにて、「異世界おもてなしご飯」聖女召喚編は完結となります。

長い間、本当にありがとうございました。

まさか、120万字をゆうに超える作品になるとは思いませんでした。ここまでが、私が一番最初に考えた構想になります。

途中、書籍化をしたり、コミカライズをしたり……本当に色々なことありました。

沢山の読者様や友人、家族に支えられて、こうして完結を迎えることが出来ました。本当にありがとうございます!


今後なのですが、後日譚と言う感じで「週末異世界編」をお送りしたいと思っています。

まだ結ばれていないあの人たちや、ちょっとしたエピソード。過去に語れなかったエピソード……まだまだ、書きたいことは山程あるのです。茜とジェイドの結婚とかね! 更新頻度は落ちてしまうのですが、毎週土曜日に更新していきたいと思います。


更新再開は、5/13(日)です。初回だけ、日曜日ですみません!

同時に、新連載も予定していますので、そちらも是非ともご覧になってみてくださいね。


*そしてレオンのことをすっかり忘れておりまして(汗

描写を追加しました〜ごめんよわんこ……!!

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