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エピローグ 姉妹と桜舞い散る大宴会4

 一通り料理を配り終えた私は、妹たちのいる席に向かった。

 妹は、カイン王子やセシル君と、桜の木の真下でお弁当を食べているようだった。



「どう? ひより、お弁当美味しい?」

「うん。美味しいよ。おねえちゃん」



 ひよりは、口いっぱいにご飯を噛み締めて、ニコニコしている。



「カイン王子も、セシル君もたくさん食べてくださいね」

「ああ。ありがとう。茜も一緒にどうだ」

「そうですね……料理も配り終わったし、そうします」



 私は妹の隣に座ると、そっとカイン王子に目配せをした。カイン王子は小さく頷くと、何食わぬ顔で食事を続けた。



「ふふふー! うな卵! 食べたかったんだ……!」



 妹は私たちの様子には気が付かずに、うな卵をキラキラした目で見つめると、大きなそれをひと口で食べた。途端、ぱっと目を大きく開き、頬を赤らめると、次の瞬間にはふにゃふにゃと溶けてしまいそうなほどに相好を崩した。



「おいひぃ……」



 そして、じんわりと瞳に涙を浮かべると、「お母さんの味……」としんみりと呟いた。

 すると、横からひょいと手が伸びてきて、お重の中のうな卵をひとつ取った。



「おお。確かに美味いのう」



 その人は空色の瞳を細めると、指に着いた蒲焼きのタレをぺろりと舐め取った。

 ――来た!

 私は平静を装いながら、ティターニアに向かってニコリと微笑んだ。



「ティターニア、いらっしゃい。お酒はいかが?」

「うむ。貰おうか」



 私は自分の隣を空けると、ティターニアを座らせた。すかさずそこに、ジェイドさんが酒瓶を手にやってくる。



「これは、純米大吟醸だそうだよ。この家にある、一番上等な酒だ」

「ほほう! それは楽しみじゃの」

「祖母の出身地の酒蔵のものでね。中々手に入らない銘柄なんだから」

「ふむ……」



 ティターニアはお猪口に注がれたそれを、舌なめずりしたあとに、一気に呷った。

 そして、くう! と目を瞑ると、満足気な息を吐いた。



「なんて香り高い! 飲んだ瞬間の、鼻を抜ける香り……!! これは果実を漬けたものなのか?」

「ううん。原料はお米。その香りは、醸造の工程のなかで自然に生まれたものなの」

「米と言えば、あの白い粒粒じゃろう。不思議なものじゃ。ああ、この優しい甘さは米由来というわけか……雑味も感じぬ。丁寧につくられたことがよくわかる。確かに、上等じゃ」



 すると、ティターニアはちらりと私に視線を寄越した。其の目には、悪戯っぽい光が宿っていた。



「このような酒を、妾に隠していたとは……まったく、油断のならない奴じゃ」

「今まで、一番上等な酒を出せと言わなかったじゃない。だから、出さなかったの」

「なんと。妾としたことが、ぬかったわ!」

「ふふふ。でも――」



 私はお重から皿に料理を取り分けると、ティターニアに渡した。



「私は、日本酒は桜を見ながら飲むのが、一番美味しいと思っているの。だから、今この瞬間じゃないと、この味は感じられないと思う」



 その瞬間、風が吹き込んできて、桜の花がさわさわと揺れた。そして、何枚か花びらを散らすと、ゆっくりと私たちに向かって舞い落ちてくる。ティターニアは、宙を舞っている花びらを視線で追いながら、ふっと笑みを零した。



「確かに、そうじゃのう。この花あっての味。中々、面白いことを言う」

「それに、沢山の仲間や友人と飲むと、また一味違うのよ。私の故郷の人たちは、桜が咲くと皆を集めて宴会を開くの」

「そうか? あまり人数が多いと煩わしいだろうに」

「賑やかに飲むのが宴会の醍醐味(・・・・・・)じゃない。今日も(・・・)もっと人数が集まれば(・・・・・・・・・・)更に(・・)楽しいだろうなあ(・・・・・・・・)



 すると、ティターニアはお猪口の中の酒を飲み干すと、ふう、と深く息を吐いた。



「確かに――これは、妾だけで独占するには惜しい」



 途端、周囲が薄暗くなった。太陽が陰ったのかと空を見上げると――巨大なひとつ目とばっちり目が合ってしまい、背中に冷たいものが伝う。知らぬ間に、無数の妖精が宙を舞っている。襤褸を纏った人外が桜の木の上に並んで座り、こちらを見下ろしている。毛むくじゃらのなにかが、お重の周りに集まって来ている――。その他にも、そこらじゅうを埋め尽くさんばかりに、人外たちが集まってきていた。



「ほほ。仕方ない。こやつらも、宴席に参加させてやろうではないか。さあさ、お主らも盃を持て。今日は花見日和じゃ。存分に楽しめ。茜の振る舞いを受けよ――」



 ティターニアの言葉に、人外たちはぎゃあぎゃあと騒がしく返事をすると、こちらに近寄ってきた。私は一瞬、呆気にとられていたけれど、直ぐに正気を取り戻して、ジェイドさんと一緒にグラスを取りに走った。人外たちに囲まれた妹は、顔色を失ってオタオタしている。そう言えば、妹がティターニア以外の人外とまともに接するのは、これが初めてかもしれない。



「……お、おねえちゃん」

「ごめんね、ひより。ちょっと忙しいから、待っていてね」

「えええ!?」

「人外に、お尻とか頭を齧られたくないでしょ。お弁当、食べてなさい」

「ここで!?」



 妹の情けない声を聞きながら、私はグラスに日本酒を注いで、人外たちに配っていく。



「おめえさん、唐揚げはあるのかい」

「はいはい。ありますよ。持ってきますからね、待っていて下さいね」



 襤褸を纏った人外が、私のエプロンの裾をひっぱってねだってくる。私は、苦笑しながらもカイン王子に目配せした。すると、どこからか沢山の侍従や侍女たちが姿を現し、あらかじめ(・・・・・)用意しておいた料理を、人外たちの前に並べていく。彼らは手を叩いて喜ぶと、料理に手をつけていった。



「茜、食料庫にあるお酒、全部持ってきたよ」

「ありがとうございます。実入りの梅酒だけは、ティターニアの傍に。その他は、大盤振る舞いしちゃって下さい!」

「ああ!」



 ジェイドさんはそう言うと、近くの人の手を借りて、お酒を次から次へと作っていく。



「チータラもどう? ティターニア、好物でしょう」

「うむ。うむ。やはり、これが一番だな!」



 私はティターニアの横に座ると、その様子を眺める。ティターニアはご機嫌で、次から次へとチータラを口に運んでいる。この調子なら、皿の上はあっという間に空になってしまいそうだ。


 するとそこに、ルイス王子がやってきて、葡萄酒の瓶を恭しく差し出した。



「妖精女王。異界の酒ばかり好まれるのは、我が国としては大変遺憾です。我らは、自国の葡萄酒に誇りを持っております。故に、どうかこちらも飲んでみていただけませんか」

「ほほ。それは?」

「我が父の、本当の隠し玉です」



 それはうっすらと埃を被った、年代物の葡萄酒だ。

 嘗ては色鮮やかだったのだろうラベルは黒ずみ、文字や絵柄を読み取ることが出来ないほど古びている。



「これは、恐らく我が国に現存する、最古の葡萄酒でしょう。嘗て、精霊王様より聖女召喚の秘術を賜った年、嘗てないほど葡萄が豊作だったのだそうです。その時、精霊王様の顕現を記念してつくられた一本。どうぞ、この機会に」



 ルイス王子は、うっすらと碧色の瞳を細めると、背後に控えていた護衛騎士のエーミールさんからグラスを受けとり、ティターニアに差し出した。

 すると、ティターニアは興味深そうに葡萄酒の瓶を眺めると、小さく頷いた。



「確かに古そうじゃのう。精霊王ゆかりの酒。中々、興味深い。……ふむ、これこそ妾がひとり占めするわけにはいかぬだろうの」

「ええ。勿論。お仲間の人外たちにも振る舞いましょう。しかし、この酒は一本しかございません。それでは、妖精女王のお仲間に行き渡らない。そんな失礼なことは出来ません。――お前たち!」



 すると城の方から、沢山の兵士たちが酒樽や葡萄酒の瓶を持って、列をなしてやって来た。



「今日は、特別な日。さあさ、城の酒蔵を開放いたしました。どうぞ、心ゆくまでお楽しみ下さい――」



 ルイス王子は柔らかな笑みを浮かべると、ティターニアに向かって深く頭を下げたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ティターニアを含め、人外たちはやはり人間とはどこか体のつくりが違うのだろう。酒をまるで水のように飲み干し、小さな人外であっても、自分の体以上の量の料理をあっという間に平らげた。


 私は減っていくお酒と料理を横目に見ながら、いつティターニアに話を切り出そうかと迷っていた。すると、何杯目かのお代わりを注いだ時、ふとティターニアが言った。



「――で、何を企んでおる?」



 私はその言葉に、びくりと身を竦ませると、恐る恐るティターニアの方を見た。ティターニアは、にやにやと愉快そうに私を見つめている。



「……バレた?」

「バレバレじゃろう。これほど盛大に宴会を催す意味がわからぬ」

「へ、へへへ。そうかあ……」



 私はしょんぼりと肩を落とすと、手元を見つめた。すると、ティターニアの笑い声が耳に飛び込んできた。



「くっくっく……。お主は間抜けじゃのう。そもそも、酒好きのお主が、何も飲んでいないのは、絶対におかしいじゃろうに」

「……!!」



 はっとして、今日の自分を振り返る。

 ……そう言えば、一滴もお酒を飲んでいない……!!



「ああもう! やっぱり、私にはこういうことは向いてないわ!」

「じゃろうなあ」



 私はキッとティターニアを見ると、背筋を伸ばして頭を下げた。



「――助けてほしいの。私に力を貸して、妖精女王!」

「……おねえちゃん?」



 そんな私を、妹が不思議そうな顔で見ている。私は、少し気まずく思いながらも、ティターニアに向けて話を続けた。



「人外は、行動に対価を求めるし、与えてもくれるのでしょう? 私はあなたたちにして欲しいことがあった。だから、精一杯おもてなししたんだけど……」

「馬鹿め。そんなまどろっこしいことをせずに、直接、妾に言えばいいものを」

「……いや、そもそもティターニア、気まぐれにしか現れないじゃない! だから、盛大な宴を開けば来てくれるかなって」

「うっ! ……妾を誘い出すためか。それは、なんというか。すまぬ」



 ティターニアは気まずそうに鼻の頭を掻くと、自棄気味にお酒を呷った。そして、ちらりとこちらを見ると、意地の悪そうな笑みを浮かべた。



「――で。また、他人のために苦労しておるのじゃろう。お主は相変わらずじゃのう」

「他人じゃないわ。今回のことは、大切な人のためだもの」



 私は、カイン王子に目配せした。すると、ビロード貼りの豪華な台座を手にした魔道士が数人近寄ってきた。その中のひとりは目の下に濃い隈を作り、げっそりとやせ細っている中年の男性だ。



「……これは、精霊王様より賜った、聖女召喚の秘術が籠められた宝玉である」



 その魔術士は、やや不満そうな口ぶりでそれを差し出すと、秘術について早口で説明をはじめた。その説明を聞きながら、ティターニアは宝玉を手にして繁々と眺めている。



「この石は精霊王様の御力の結晶、聖石で出来ており」

「ふうん。ただの魔石じゃな」

「内部には、神秘の御業によって完全な魔術回路が組み込まれ、その複雑精緻な仕組みは人間には到底再現できないような」

「百年も時間があれば、妾にも再現できそうじゃのう」

「……ッ、せ、精霊王様の御業は、唯一無二のもので……!!」

「まあ、妾も暇ではないから、そんなことはせぬが。なんじゃ、これが秘術とか言って、国が隠匿していたものか。つまらぬ」



 ティターニアは乱暴な手付きで台座に宝玉をぽいと投げると、私に向き合った。その後ろでは、魔道士が恐ろしい形相でティターニアを睨みつけ、仲間の魔道士たちに宥められている。今にも血管が切れそうなほど顔を真っ赤にしていて、正直なところ滅茶苦茶怖い。



「……で、それを妾に見せて、どうするつもりじゃ」

「え、ええと! 実はね、聖女召喚ってその宝玉に魔力を溜めて発動するんだって」

「ふうん。魔力」



 台座の上にある宝玉はふたつだ。ひとつは透明な石で、もうひとつは乳白色をしている。そのふたつは、色は違えど同じものなのだという。



「白い方は、帰還用に魔力が充填されているの。透明な方は召喚時に使ってしまったんだって。それも、ひとつ充填するのに、五十年も掛かるらしいの」

「……帰還?」

「ティターニア。私たち、元の世界に帰るのよ」



 すると、途端にティターニアが焦り始めた。空色の瞳を揺らし、落ち着かない様子で、辺りを歩き回り始めた。



「な、なんじゃそれは! 妾は聞いていないぞ……!!」

「だって、穢れ島から帰って来てから、ティターニアずっとどこかに行っていたじゃない」

「ぐ、ぬぬぬ……!! 南の国の酒蔵を、片っ端から荒らしている場合じゃなかった!」

「……私の知らないところで、なにしているのよ!」



 ティターニアは苛立たしげに、美しい白金の髪をぐしゃぐしゃに混ぜると、じろりと周囲にいた皆を睨みつけた。



「お主ら、何をしておったのだ。何故、引き止めなかった。茜が去ると言うことは、もうあの美味なる食事や酒につまみも食えなくなるのだぞ。何よりも、友が手に届かない場所に行ってしまう! そんなこと、あってたまるか!!」

「――妖精女王。帰ることを決めたのは、ふたりなのだ。我々がどうこう言うべきではない」



 カイン王子が俯き気味にそう言うと、ティターニアはつかつかと近寄って、胸ぐらを鷲掴みにした。そして、ジロジロとカイン王子の顔を見て言った。



「……ああ! 辛気臭い! それでも、妾の血筋か? その金と碧は見せかけか? 物分りのいいように装って、自分の気持ちも口に出来ぬ腰抜けめ」



 ティターニアはそう言い終わると、カイン王子を放り投げた。すかさず、セシル君がカイン王子を受け止める。そして、今度は私に詰め寄ってきた。



「この馬鹿者! どうして、帰るなどと……!! あちらの世界が、それほどまでいいのか? 妾とあちらの世界、どっちが大事なのじゃ! それとも、妾が……妾が嫌いになったのか……!!」

「なんか、面倒くさい彼女みたいになってるよ!?」



 私は襟を掴んで揺さぶってくるティターニアをなんとか宥めて、もう一度あの宝玉を指差した。



「落ち着いて聞いて。あの宝玉には、最高位の魔道士が、十人掛かりで五十年掛けて魔力を溜めなくちゃいけないの。逆に言うとね、魔力さえ貯まれば(・・・・・・・・)いつでも召喚出来るのよ」

「……うぬ? そ、それは――つまり」

「妖精女王。貴女の魔力を借りたい。人間よりも、段違いに魔力の多い貴女なら。若しくは、ここに集まった人外たちであれば――あの宝玉を満タンに出来るんじゃないかって思ったの。五十年も待てないの。誰のためでもない、妹のために――一度日本に帰っても、またこの世界に来られるようにしたいの」

「それは、どういうこと?」



 するとその時、妹がフラフラと私の方へとやってきた。

 妹は私の服の裾を引っ張ると、俯いたまま言った。



「私、日本に帰るって言ったじゃない」

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