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エピローグ 姉妹と桜舞い散る大宴会3

 庭の桜は、花の盛りを迎えている。

 まめこが棲みついているからか、今年の花つきは見事なもので、薄桃色の花が風に揺れるさまは、可憐でなんとも春めいていて、穏やかな気持ちになれる。



「茜、この料理はあっち?」

「そうだよ。マルタ、お手伝いありがとう!」



 私はマルタとジェイドさんと一緒に、皆に料理を配ったり、お酒を用意したりして忙しく過ごしていた。



「それにしたって、今日は茜たちの送別会も兼ねているんでしょう? なら、茜は座っていればいいのに」



 優しい友人の言葉に、口元を綻ばせる。マルタのこういう、よく気がつくところが好きだなあなんて思いながら、ひらひらと手を振った。



「大丈夫よ。ありがとうね。私、こうやっておもてなしするのが、好きなの」

「そう……。じゃあ、なんでもあたしに言ってね。お手伝いするからね」

「ふふ、頼りにしてる! じゃあ、これもよろしく!」



 私は力こぶを見せて張り切っているマルタに、新しい皿を渡しながら、互いに微笑み合った。

 そして、ふと周囲を見回す。皆、笑顔で思い思いに花見に興じている。けれど、その中に目的の人物を見つけられずに、私は一息吐いた。私のとっての決戦は、もう少し時間に猶予があるようだ――そんなことを思いながらも、空になった皿やコップを回収してまわった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「「わははは! 乾杯ー!」」



 ダージルさんと王様は、レジャーシートの中央を陣取って、ご機嫌でお酒を堪能している。戦後処理に追われ、連日机に齧りついていた親父ふたりは、今日ばかりはルヴァンさんから許可を貰って、無礼講だと洒落込んでいる。日本酒に焼酎、ビールに葡萄酒。お気に入りの酒を自分たちの周りに並べて、お花見弁当に、持ち込んだチーズと、まめこ謹製の枝豆をつまみに、顔を真っ赤にして春のひとときを満喫していた。



「うふふ。花を見ながらお酒を嗜むなんて、異界の文化は面白いわ」

「そうでございますね。王妃様」



 王妃様とカレンさんは、縁側にクッションを山盛りにして、桜を愛でている。今日は無礼講。普段は侍女として傍に控えているカレンさんも、一緒にお酒を楽しんでいる。


 私はふたりの傍にとあるおつまみを持って行った。それは平皿に盛った各種チーズだ。フレッシュチーズに、いちじくのようなドライフルーツを乗せて、そこにたっぷりとはちみつを掛けてある。それに、生ハムで、モッツアレラチーズと炙って皮を剥いたパプリカを巻き、イタリアンドレッシングを掛けたもの。どちらも、色鮮やかで女性好みのフルーティな味わい。勿論、白の葡萄酒にぴったり合う。



「まあ、素敵! ドライフルーツの苦味を含む甘さに、やさしいはちみつの甘さが合うわ! それに、チーズが混じり合うと、濃厚な舌触りが堪らないわね」

「王妃様、こちらのパプリカも中々……。シャクッとした歯ざわりと瑞々しい味わいに、生ハムの塩加減が絶妙でございますね。このいたりあん? ドレッシングとやらも、ハーブの香りが爽やかで……葡萄酒は敢えて辛めの方が合いますわね」

「でしょう! シロエ王子から、沢山チーズを頂いたんです。ブルーチーズもありますから、クラッカーと一緒に如何ですか」

「「是非!!」」



 私は女性同士できゃいきゃいと楽しんでいるふたりに追加のおつまみを渡すと、今度は子どもたちが集まっている場所に向かった。

 そこでは、シルフィ姫とセルフィ姫、まめこに――何故か複雑そうな顔をしたユエがいた。



「「「……」」」

「まめー」



 その場に漂う、なんとも気まずい雰囲気に、私は恐る恐る声を掛ける。



「どうしました? 料理、あんまり美味しくなかったですか?」

「ち、違うの!」



 すると、セルフィ姫は慌ててふるふると首を振った。

 そして、手元に持ったサンドイッチに齧り付き、「美味しい!」と頬を緩めた。そのサンドイッチは、耳を落とした食パンに、バターとジャムをたっぷり塗り着けて、ラップでキャンディーのようにくるくるっと巻いたものだ。小さい子どもでも食べやすいし、何より見た目が可愛い。ラップにペンで絵を描けば、テンションも上がる楽しい一品。


 今日のサンドイッチには、春が旬の果物で作ったジャムを挟んだ。勿論、ジャムも自家製だ。苺は敢えてごろごろと実が残るようにして煮込み、異世界で春を象徴するリコリスの実も、ジャムに仕立てたのだ。ブルーベリー相当のリコリスのジャムは、さっぱりとした甘味で、苺とはまた違う味わいがある。

 それに、たっぷりのマヨネーズと和えた卵。ジャムの赤色と、卵の黄色がなんとも春めいて目にも鮮やかだ。



「茜。僕、これが好き!」

「ユエは、ハムが好きなのね。からしマヨネーズは大丈夫だった?」

「うん。平気ー。ちょっと、ツンとするけどね」



 笑顔で私を見上げたユエの首元には、真珠のような石がキラリと光っている。

 それは、あの魔物の体内にあった、先代聖女マユの魔石だ。穢れ島で死んだ当時の王子――フェルファイトスが着けていた、ふたりの愛の証。ユエは時折、魔石に指先で触れると、笑顔を浮かべている。

 すると、そんなユエの様子を見ていたセルフィ姫の顔が、ますます膨れてしまった。

 どうしたのだろうと困惑していると、突然シルフィ姫が笑いだした。



「セルフィはね、ユエがもうすぐ旅立ってしまうから、怒っているのだわ」

「……も、もう!! シルフィったら、何を言っているの!」



 すると、セルフィは真っ赤になってそっぽを向いてしまった。

 なんて可愛いらしい! と、微笑ましく思っていると、セルフィ姫の瞳に涙が浮かんでいるのに気が付いた。セルフィ姫は苦しげに俯き、ぽつりと呟いた。



「皆……皆、わたくしの傍からいなくなってしまうのだわ。シルフィも、ユエも、おねえさまたちも」



 すると、途端に皆黙りこくってしまう。なんとも気まずい雰囲気が漂い、どうしようかと思っていると――ユエが動いた。


 ユエはセルフィ姫の顔を覗き込むと、指で鼻を押した。するとセルフィ姫の小さな鼻が、まるで豚の鼻のようになってしまった。途端に、真っ赤になってしまった姫君を見て、ユエは朗らかに笑った。



「僕は、この魔石をツェーブルにあるマユの墓に持って行くだけだよ。まあ、その後は、古龍と一緒に族長になるための修行を続けるけれど――」



 ユエは金色の瞳を柔らかく細めると、セルフィの頭を優しく撫でた。



「時々、この国に寄ってやるよ。寂しがり屋のお姫様のところにね。そうしたら、僕に美味しいお茶を振る舞ってくれるかい」

「〜〜〜〜〜ッ!!」



 すると、セルフィ姫はまめこの後ろに回ると、ぎゅっと抱きついて顔を隠してしまった。

 まめこは驚いてバタバタと暴れている。けれど、よほどセルフィ姫の力が強いのか、どうにもならずに「まめー!」と悲鳴を上げていた。


 私はくすくすと笑って、ユエを「やるじゃん」と小突いた。すると、ユエはふふんと得意げに言った。



「ジェイドを参考にしたんだ」

「……ぶっ!!」



 私はユエの恐ろしい言葉に慄きながらも、内心ほっと胸を撫で下ろしていた。穢れ島の決戦に伴い、竜の掟を破って戦いに参加したユエは、一旦竜族の次期長候補から外されていた。けれど、浄化を終えた後、古龍は改めてユエを後継者に指定した。若い竜を統率して戦いに臨む姿勢が長に相応しいなんて、古龍は語っていたけれど。

 ……最終的に、すべてが丸く収まって良かったと思う。


 そこで、私はある人物の姿がないのに気が付いた。ふたご姫がいるのならば、絶対にあるべきあの人物だ。

 私は、ご機嫌でサンドイッチを摘んでいるシルフィ姫に尋ねた。



「あの、クルクスさんは……」



 すると、セルフィ姫は柔らかな笑みを浮かべ、こてんと無邪気に首を傾げながら、恐ろしいことをさらりと言い放った。



「さあ。どこに行ったのかしら。今朝も早くからテオと追っかけっこをしている姿を見たわ。クルクスったら、テオを絶対に滅するんだって、張り切っていたわ」



 その瞬間、どおんと遠くから爆発音が聞こえた。けれども、シルフィ姫にとっては日常のことなのか、にこにこと笑みを崩さない。私は恐る恐るシルフィ姫に声を掛ける。けれど、その答えを聞くのが怖くもあった。



「……し、心配じゃあないんですか?」

「ふふふ。わたくしのテオが? クルクスに? おねえさまったら、冗談が上手ね」

「ぐ、愚問でしたね。すいません……」



 私は紅茶を美味しそうに飲むシルフィ姫を、引き攣った笑みで見ながら、そっとその場を後にした。



「……あの、あたし忙しいので……」



 その時、マルタの焦ったような声が聞こえたので、辺りに視線を巡らした。すると、警備に当たっていた騎士たちに、マルタが囲まれているのが見えた。どうやら、給仕に忙しくしていたマルタに、彼らがちょっかいを出しているようだ。



「いいじゃないか。マルタは侍女じゃないんだし、給仕は他の奴に任せてさ。というか、寧ろ俺たちの聖女様なんだから、一緒に話そうぜ」

「ちょっと意味がわからないんで。止めてくれませんか」



 ――これはまずい。

 そう思って、動こうとしたところ、誰かが私を颯爽と追い越して行った。

 それは……勿論、ダージルさんだ!

 ダージルさんは、騎士たちをじろりと睨みつけると、その大きな手でマルタを自分の方へと引き寄せた。



「ほう。お前らか。マルタを聖女だのなんだのって言っているってのは」

「だだだ、団長」

「勝手にそう呼ぶのは構わねえがな。仕事中にちょっかいを出すのは、いただけねえなあ」



 ダージルさんはそう言うと、マルタの肩を抱いた。そして、立ち尽くす騎士たちに向かって、「今回のことは見逃してやる」と言ったあと、ふと真顔になった。



「だが――マルタは『お前らの聖女』にはならねえよ」



 そう言うと、青灰色の瞳をすっと細めて、騎士たちをじろりと見回した。途端、騎士たちは顔色を無くして、一目散に逃げ出した。その様子を見送っていたダージルさんは、真っ赤になって固まっているマルタの手を取ると、「どうした?」と優しく見つめた。



「どどどどど、どうして、あ、あたしが『聖女』だなんて」

「ああ。それか」



 ダージルさんは、マルタの自分よりも遥かに小さな手をいじりながら、事情を説明した。



「お前、穢れ島で空から光を纏いながら落ちて来ただろ。それがあんまりにも神々しかったらしい。それで、一部から『毒の聖女』って呼ばれているらしいぞ」

「な、なんかすんごい卑猥な聖女っぽい……!!」

「なんでそんな発想になるんだ、お前……」



 マルタは「聖女」の由来を聞くと、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

 すると、ダージルさんはブツブツとつぶやいているマルタの頭に手を乗せて、更に追い打ちを掛けた。



「仕方ねえよ。あのときのお前、本当に綺麗だったもんなあ」

「…………!!」



 出た。ダージルさんのマルタ殺し。無意識下で発せられるその攻撃は、マルタに対して非常に有効だ。今日もまた、ダージルさんにやられてしまったマルタは、頭から煙を上げながらぐったりとしてしまった。

 そんなマルタを心配そうに見ていたダージルさんは、徐に彼女を肩に担いだ。マルタはまるで、山で狩られた獲物かなにかのように、微動だにせずになすがままになっている。



「しゃあねえなあ。お前がまた変なやつに絡まれないように、俺と一緒にいるかあ。うっし、そうしよう! 茜、マルタ借りて行くぞー」

「どうぞ、ご自由にー。でも、せめてお姫様抱っこにしてあげてください!!」

「んんー?」



 ダージルさんは、首を傾げつつも、のっしのっしと去って行った。その足が向かう先は、どう見ても王様が飲んだくれているゾーンだ。平民のマルタにとって、地獄以外の何ものでもない。


 私は、ダージルさんの背でゆらゆら揺れているマルタに、静かに合掌したのだった。

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