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精霊王とおもてなしご飯8

 どれくらい経ったのだろう。漸く私の涙が止まった頃、精霊王が動き出した。

 精霊王は長く、長く息を吐く。そして、徐に皿の上に手を伸ばした。


 初めに手に取ったのは、おいなりさんだ。祖母とアクアが作った、茹で海老ときぬさやで飾りつけた、干ししいたけと人参のおいなりさん。それに大きな口で齧り付くと、何度か目を瞬かせた。続けて、他のおいなりさんにも口を付ける。その度に、驚いたような表情で皿の中を見つめる。

 フォレは箸までは用意していなかった。だから、手づかみだ。普通なら躊躇しそうなものだけれど、精霊王はまったく意に介さずに、次々に料理を口に運んで行く。


 すると、徐々に精霊王が料理を食べるスピードが上がってきた。

 大きな唐揚げに、思い切り齧りつく。う巻きは中の鰻をポロポロ零しながら食べる。巾着かぼちゃは、まるまるひとつを口いっぱいに頬張り、鶏の照り焼きはスナック菓子みたいに、ポイポイと口に放り込んだ。お刺身は醤油を付けるのももどかしいのか、そのまま齧りついた。最後にアスパラの肉巻きを噛み砕き、ごくりと飲み込む。

 その様子は、決して上品とは言えない。皿を抱え込み、がっつくようにして食べている。



「うう……」



 ――やがて、精霊王は大粒の涙を零し始めた。


 花の形にくり抜いたかまぼこやハムを、ひとつひとつ形を愛でるように眺めてから、そっと舌に乗せて咀嚼する。その度にふるりと震え、頬を上気させている。

 最後に、指先についた油をぺろりと舐め取った精霊王は、ぽつりと呟いた。



「なんて……なんて、美味しいのかしら(・・・・・・・・)



 その時、精霊王から発せられた声は、まるで鈴が転がるような涼やかな女性の声。

 先程までの中性的な声とは違う、明らかに女性らしい声に驚いていると、涙を零している精霊王の姿が、みるみるうちに変化していった。


 切れ長であった虹色の瞳は、アーモンド型へと変わり、長い睫毛で縁取られた。細めの眉に小さな鼻、ぽってりとした熟れた果実のような唇。顎のラインはすっきりとして、首筋からは色香が漂うほどだ。そして、純白だった髪色は毛先から色づき始め、雲間から差し込む太陽の光のような、透明感のある金色に変わった。


 私は呆然として、変わりゆく精霊王の姿を見ていることしか出来ない。

 精霊王は変化を終えると、ほう、と息を吐いて瞼を閉じた。


 そして、空になった皿を抱きしめた。



「――どうして、こんなにも胸が温かいの……」

「……」

「――どうして、こんなにも悲しいの……」

「……」

「教えて。人間の娘よ」



 精霊王は瞼を開けると、涙で濡れた瞳で私に問いかけた。

 私はゆっくりと立ち上がると、嘗てフォレであっただろう石の欠片を、精霊王に差し出した。



「胸が温かいのは、たくさんの愛を感じたからでしょう。『家族』からの無償の愛を」

「……愛」

「悲しいのは、『家族』を失ったからでしょう。かけがえのないものを、自分から手放したからだわ」

「か、ぞく」



 精霊王は皿を地面に置くと、その欠片を恐る恐る手にとった。

 私は、物言わぬ石の欠片となってしまったフォレを見つめる。

 脳裏に浮かんでくるのは、フォレのはにかみ笑い。母上に笑ってほしいからと努力する、健気な姿――。



「私の『家族』は、妹を残して皆いなくなってしまいました」



 精霊王は私の話を聞きながら、まるで迷子みたいな不安そうな表情をしていた。

 ……ああ、この顔は見たことがある。

 これは夢の中で見た――暗闇の中で、創造神を待っていたときの顔だ。



「皆が生きていたときは、『家族』というのはごくごく当たり前のもので、いつまでも傍に居てくれるものだと思っていました。でも――違った。『家族』が傍に居てくれることは、とてもかけがえのないことだった。私も、『家族』を失ってから気がついたんですよ」



 私は、石の欠片を握りしめている精霊王の手を両手で包み込んだ。

 そして、大きく揺れている彼女の瞳を、真っ直ぐに見て言った。



「あの子たちは、いつだって貴女を見ていましたよ」

「うう……」

「フォレは貴女からの愛を、ずっと待っていましたよ。……まるで、創造神からの愛を待つ、貴女みたいに」

「ううううう……」



 精霊王は手の中の石の欠片を、苦しそうに見つめると、大粒の涙を零しながら地面に崩れ落ち――天を仰ぐと、大きく目を見開いて固まった。

 私も、精霊王と同じように空を見上げる。


 そこには、数多の星のなかで、一際美しく咲き誇る花の星の姿があった。



「……お前も、わたくしを見ているのね」



 精霊王はそう呟くと、乱暴な仕草で涙を拭った。そして、意志の篭った強い眼差しで花の星を見つめた。


 ――その時だ。

 精霊王の額から、青白い光が天に向って放たれた。同時に、額からまるで入れ墨のように、精霊王の全身に向かって、草の蔓のような文様が伸びていく。

 これは、精霊王も予期せぬ事だったらしい。彼女は戸惑いつつも、肌の上を滑るように伸びていく文様を眺めていた。――やがて、蔓の文様が全身に行き渡ると、精霊王の全身は青白い光を纏うようになり、眩しくて見ていられないほどになった。



「……ああ。なんてこと」



 精霊王の全身を覆った蔓の文様は、最後に胸の谷間にたどり着くと、そこで美しい花を咲かせた。自分の中心に咲く花を目にした精霊王は、酷く苦々しい表情になって言った。



「大切なものを失って、神に至るなんて。なんて愚かなのかしら。創造神様がわたくしを選ばなかった理由が、解った気がするわ」



 そして、精霊王は私を真っ直ぐに見据え、まるで花が咲くかのように笑った。



「――ありがとう。人間の娘」



 その瞬間、頭の天辺をなにかに引っ張られるような感覚がしたかと思うと、次の瞬間には、私は漆黒の闇のなかにいた。



「え!? ほわああああ!!」



 驚きのあまり変な声が出て、両手で口を塞ぐ。

 ああ、我ながらなんて間抜けな悲鳴!! 女子ならば「きゃあ」とか、情緒あふれる悲鳴があるだろうに……!! そんな馬鹿らしいことを考えていると、すぐ側で精霊王の声が聞こえた。



「安心なさい。怖がることはなにもないわ。帰るだけよ」



 声がした方向に視線を巡らすと、そこにはぼんやりと発光している精霊王の姿があった。



「帰る……って、花の星に!?」

「そう。貴女を待っている人の下に。わたくしが送り届けてあげるわ」



 精霊王は私の手を取ると、まるでエスコートをするように歩き出した。

 なんとなく釣られて一緒に歩き出す。正直なところ、私の心中は複雑だった。両親や祖父母――私の家族を消された挙げ句、フォレをあんなふうにした当の本人が直ぐ側にいるのだ。

 ……よくよく考えると、さっきの自分の言動が信じられない。精霊王の機嫌を損ねたら、フォレたちのように消されたかもしれないのだ。勢いって凄い。

 すると精霊王はちらりと私に視線を向けると、すべてお見通しだという風に笑った。



「大丈夫。貴女を害するつもりはないわ。それに、貴女には謝罪をしなければね。大切な家族を、消し飛ばしてしまった。あれは、魂の一片が呼び声に応えて現れたもの。だから心配ないわ。彼らは今頃、輪廻の環に戻っているのではないかしら……」

「は、はあ……」

「今思えば、とっても素敵な『家族』だったわ。そんな彼らを、貴女の気持ちも考えずに、無慈悲に消したのだもの。――もっと怒ってもいいのよ?」



 精霊王の言葉に、私は口を開けて呆然としてしまった。

 


「え? ……あ。あああああ!! そ、そうか……!!」



 なんてこった。怒るのを忘れていた……!! 色々と衝撃の連続で、怒るタイミングを逃したっきり、そのまんまだった……!!」

 途端に、ムカムカと怒りが沸き上がってくる。

 そうだ、せっかく再会できた家族を、理不尽に消されたのだ。たとえ無事だったとは言え、怒っても良いはずだ!

 よし怒ろう! と決意して、精霊王をにらみつける。

 けれど、精霊王が次に紡いだ言葉に、勢いが削がれてしまった。



「居なくなってしまった『家族』に再会出来たなんて、素敵なことだわ。わたくしも、あの子たちにまた会いたいと思うもの。なのに……酷いわね。なにが神よ。創造物ひとつさえ幸せに出来ないわたくしに、神を名乗る資格はないわ」



 どうやら、精霊王は自信を失っているようだった。

 悲しそうに瞼を伏せている精霊王の姿に、怒りが萎んでいく感覚がする。

 けれど、次に精霊王が口にした言葉を聞いた途端、すぐに違う意味の怒りが沸いてきた。

 


「……わたくしなんかよりも、他の神に管理して貰ったほうが、星にはいいのではないかしら……」



 ああ、頭の中が冷えていく感覚がする。

 私は顔が引き攣りそうになるのを、必死に我慢しつつ、精霊王に向き合った。

 ……神だからってなにさ! もう、我慢できない。

 なぜなら、私はうじうじうじうじして、憂うばかりで問題に向き合わない奴が、大っ嫌いなのだ!!



「私の家族の魂が無事なのであれば、そのことに関しては怒りません」

「……そう」

「でも!!」



 私が大声を出すと、精霊王はびくりと身を竦ませた。



「自分に資格がどうこう言って、創り出したものの責任を放棄するのだけは許せません。あの星には、沢山の人間が、生き物が、今も生きている! それを、投げ出すのは絶対に駄目」

「……それは」

「目を逸さないで。貴女の意志がもう関係ないところまで、星は成長しているんです」



 精霊王は成長したように見える。小さな子どものようだった頃に比べると、見違えるようだ。

 けれど、自己嫌悪に陥って、結局花の星の管理を疎かにされたら、元も子もない。あの星では、私の大切な人たちが今も生きているし、これからも生きねばならないのだ……!!

 

 すると私の想いに呼応したのか、今まで見てきた花の星の風景が、周囲に映し出され始めた。


 私が出会った人たちの姿が、浮かんでは消えていく。

 邪気を祓う為に、命を懸けるカイン王子や騎士たち。死地になるかもしれない場所に、家族を送り出した人たち。それぞれの場所で、精一杯生きている彼ら。周囲に映し出された彼らは、悲しそうだったり辛そうな表情はちっともしていなかった。真っ直ぐに前を向いて、大地の上にしっかりと立っている。

 ――彼らは自分の生まれた星で、一瞬一瞬を全力で生きていた。



「私は地球からこの星に飛ばされて、沢山の人に出会いました。色んな人がいました。誰も彼もが、その日を精一杯生きていました。ジルベルタ王国の人たち、テスラやレイクハルト、ツェーブル。人間だけじゃない。人外や精霊たち――……私が目に出来たのは、ほんの一部ですけど」


 

 次に、私が目にした花の星の風景が映し出された。ジルベルタ王国の立派なお城。鎧を着た兵士たち。市場の喧騒。賑やかな人の声。人が行き交う町並み――笑顔溢れる日常の風景。

 ところ変わって、苔生した古の森の風景。湖底に沈んだ遺跡。空を優雅に泳ぐ竜の群れ。雪の上に舞い散るチコの花。地平線の彼方に沈む太陽――ああ、なんて綺麗なのだろう。

 花の星は色に溢れている。季節が巡る度に、新しい朝が来る度に、新たな色に染め替えられる世界。


 精霊王が創り出した花の星は、精霊王が大切に育ててきた花の星は――きっと、地球にだって負けていない。



「――私、この星が好きです」



 笑顔を浮かべて、精霊王を見つめる。

 私の言葉に、精霊王も私を見つめ返した。



「この星で生きている人たちが。人外や、精霊たちも。美しい風景が、食べ物が。何もかもが好きです。巻き込まれて偶々この星にやってきた私ですけど、そんな私さえも温かく迎えてくれたこの星が大好きです!!」

「…………ッ」



 精霊王は顔を歪ませると、俯いてしまった。

 ……ああ、また目を逸らそうとしている。

 けれど、そんなの私が許さない。私は、精霊王の顔を両手で掴むと、無理やり視線を合わせた。



「貴女は凄いことをしたんです。あんなに素敵な人たちが住む、あんなに綺麗な星を創り出したんですもの。それは誇って良いことですよ。寧ろ、誇りましょう。自分はすごいって!」

「すごい……」

「そう。すごいんです!!」



 精霊王の虹色の瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

 その涙は、精霊王の瞳の色を写し取って、とっても綺麗だ。

 いつか、この涙が温かい涙に変わりますように。そう願いながら、言葉を紡ぐ。



「失敗がなんですか。失敗したらやり直せばいいんです。何度でもやり直せばいいんですよ。貴女が助けてくれるのを、あの星に生きとし生けるものすべてが待っていますよ」

「――本当?」

「ええ! だって、あなたは皆のお母さんだもの!」



 精霊王は一瞬、呆けたような表情をすると、次の瞬間には破顔した。

 その時、薔薇色に頬を染めて微笑む彼女の表情は、とても大人びて見えた。



「そうね。わたくしはお母さんだもの。『家族』のために、頑張らなくっちゃ……」



 次の瞬間、精霊王の胸に咲いていた花が、より一層強く光を放った。

 途端に、急に意識が遠くなってくる。

 ――意識が落ちる寸前、私は精霊王の声を聞いたような気がした。



「ありがとう。本当にありがとう。未熟なわたくしに、色々と教えてくれてありがとう。貴女はなんて不思議な人。特別な力はなにも持っていないのに、自然と貴女の周りには笑顔が集まる。……貴女のようになれたなら、なんて素敵でしょうね。……困った時は、わたくしを呼びなさい。わたくしはまだまだ未熟で、万能では決してない。わたくしの意志で運命を変えることは出来ない。でも、出来ることで貴女を助けるわ――」



 やがて精霊王の声が聞こえなくなると、意識がはっきりとしてきた。誰かが、私の手を握りしめているような感覚がする。その手の温もりに惹かれるようにして、意識を浮上させていく。



「茜。……戻ってきて。茜……!!」

「茜……! 目を覚まして!」

「帰ってくるんだ。茜……!!」



 誰かが、必死に私を呼んでいる声がする。それも、ひとりではない。沢山の人の声がする。

 ああ、この声は私の大切な人たちの声だ。

 途端に、胸の奥が嬉しさでいっぱいになり――私はゆっくりと瞼を開けた。

 ――その時、私の視界いっぱいに飛び込んできたものは。



「お……え? あ……あああ……茜……おき……!!」

「茜ちゃん!? 茜ちゃん、起きたのね……!? カレン、茜ちゃんが……!!」

「王妃様、落ち着いてくださいませ。化粧が落ちて、まるで化物のようです」

「「おねえさま……!! よかったあああああ!!」」



 真っ赤に泣き腫らした目をした私の親友マルタと、これまた顔をぐちゃぐちゃにした王妃様。相変わらず無表情なカレンさんに、大泣きしているふたご姫が、ベッドに横になった私を囲んでいる光景だった。


 皆、私が無事に戻ってこれたことを心から喜んでくれている。

 それは嬉しいことだ。嬉しいことなんだけど……。



「普通、こういうときって恋人が一番に目に入るものじゃ」

「まったくだよ」



 すると、聞き慣れた声が直ぐ側から聞こえた。

 ゆっくりと顔を反対側に巡らす。するとそこには、いつものように優しい笑顔を浮かべたジェイドさんがいた。



「……おかえり」

「……ただいま」



 ジェイドさんの顔を見た途端、安心したのか涙が滲んでくる。

 いけない、油断するとすぐこれだ……!!

 私は急いで涙を拭う。そして、大好きな人の顔をもう一度見て、彼の異変に気がついた。



「あれ、ちょっとやつれました?」

「…………苦労したんだ。大分」

「えええ? 一体、何を……ふぐっ!!」



 すると、なぜだかジェイドさんに鼻をつままれてしまった。苦しい!



「色々と聞きたいことがあるんだからな。覚悟していろよ」

「ふがっ、ううう、ごめんなさ……痛い!」

「まったく」



 ジェイドさんは呆れたような笑みを浮かべると、ぼすん、と私の胸の上に頭を乗せて突っ伏してしまった。一体なにを……!? 皆の前で大胆すぎやしないかと混乱していると、ジェイドさんがしみじみと呟いた。



「本当に良かった。戻ってきてくれて……本当に」



 私はジェイドさんの頭に手を遣ると、猫っ毛なその髪を優しく撫でてやった。

 気がつくと、周囲に居た皆は部屋を出ていってしまっていて(扉のほうから視線を感じる気はするけれど)、それから暫くの間、私はジェイドさんの髪を優しく撫で続けた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 人間の娘が去った後、誰も居なくなった精霊界で精霊王はひとり佇んでいた。

 彼女の視界に映るのは、空に浮かぶ大きな花の星。そして、人間が残していった満開の桜林だ。


 風が吹くと、沢山の桜の花びらが舞い上がり、精霊王の足下に広がる石の欠片に降り積もる。

 そのことに気がついた精霊王は、花びらに埋もれてはいけないと、石の欠片を集め始めた。



「フレア。ヴィント。アクア。ボーデン。……フォレ」



 ひとつ欠片を拾う毎に、精霊王は「核」――我が子の名を呼び、涙を零す。

 けれども、精霊王の呼びかけに応えるものは誰もおらず、降り積もる花びらも相まって物悲しさが増すだけだ。やがて、か細い腕いっぱいに石を拾い集めた精霊王は、それらをぎゅっと抱きしめた。



「ごめんね。本当に、ごめんね……気が付かなくてごめんね。愛せなくて、ごめんね……」


 ――……パリン!!


 すると精霊王が抱きしめていた石が、粉々に砕けて砂となって落ちてしまった。

 自らの腕からこぼれ落ちる砂を目にした精霊王は、絶望の表情を浮かべてその場で蹲った。

 その時だ。精霊王の耳に、温かな男性の声が聴こえたのは。



 ――頑張ったんだね。

「……!! 創造神さま!!」



 精霊王は驚いて、勢いよく顔をあげると、周囲を見回した。

 けれども、彼女が求め続けていた創造神の姿はどこにもない。



 ――ほんの少し(・・・・・)目を離した隙に、随分と大きくなった。でも、本当の神へと至るには、まだまだ君は未熟だ。私が迎えに来るには、少しばかり早いようだ。



 創造神はそれだけを告げると、去ってしまった。

 

 

「創造神様……!」


 

 精霊王は感激したように、胸に手を当てて熱い吐息を吐いた。

 なにせ、待ち焦がれていた創造神から声をかけてもらったのだ。創造神は彼女を見捨てたのではなかった。きちんと見てくれていた。それを知れただけで、ただそれだけで満たされた……はずなのに。

 精霊王は、不思議そうに首を傾げた。

 なぜなら、胸の奥がぽっかり穴が開いたような……そんな感覚がして仕方がなかったからだ。



「……これは、きっとあの子たちがいないから」



 そのことに気がつくと、精霊王はまた涙を零した。

 ぽろり、ぽろぽろと涙が地面に向かって落ちていく。

 透明な雫に、精霊王の優しい気持ちをたっぷりと内包した温かな涙の粒は、地面に積もった砂の山に染みていった。



「ぴぎゃあ」

「……え?」



 すると、精霊王は自分の足下で何かが動いているのに気がついた。

 石になった「核」の体が崩れて形成された砂の山。そこがもぞもぞと動き、中から何かが顔を出したのだ。

 それは「ぴい」やら「おぎゃあ」やら言って、随分と騒がしい。



「……ああ……!!」



 精霊王はそのとき、足下で必死に動いている5つ(・・)の小さな命を目にし、くしゃくしゃに顔を歪めた。そして、震える手でそれらに向かって手を伸ばした。


 ――今度こそは、絶対に零れ落ちないように、しっかりと抱きしめよう。そう、心に決めて。

次回更新は、3/10になります。

少しお休みを頂いて、書き溜めをさせて頂きます。

次回更新をどうぞお楽しみに!

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