雪解けと姉妹と、あったかほうじ茶ラテ 前編
新年、あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願い致します!
新年一発目は、二巻発売のお知らせと、クロスオーバー小説のお知らせです。後書きか、活動報告をご覧になってくださいね〜!
地上に降り注ぐ太陽の光に暖かさを感じるようになると、冬が終わりに近いのだなあとしみじみ思う。
積もっていた雪の表面が僅かに溶けて、雪解け水が太陽の光を眩しいくらいに反射しだすと、温かな春に向けて世界が動き出してきた感じがする。
まあ、暖かくなったせいで、屋根雪が盛大に落ちるのを見ると、後で片付けるのが大変だなんて憂鬱にもなるけれど。
それでも春が待ち遠しくて、うきうきしてしまう。冬の終わりとはそういう季節だと思っていた。
けれど、今はそんなことは決してない。
今までの人生で、これほどまで冬が終わらなければいいと願ったことはない。
冬の終わりは、妹の出立を意味する。日差しを暖かく感じる瞬間を重ねるほど、妹が最終決戦に向かうその時が間近に迫っている感じがして、そわそわして落ち着かない。
それに、相変わらず私に出来ることは、限りなく少なくて、自分の無力さをまざまざと実感させられるここ最近は、気分も沈みがちだった。
「おねえちゃん、ただいま!」
「おかえり! ほら、帰ってきたら手を洗って!」
「はあい。もう、おねえちゃん。言わなくてもわかっているし〜」
「わかってるなら、おやつに伸びてるその手はなに?」
けれど、妹に心配をかけることは出来ない。だから、苦しい胸のうちを隠しつつ、いつも通りの私でいることを心がけながら、日々を過ごしていた。
その日も、いつも通りに朝食を作って、いつも通りに妹を送り出して……本当に、何の変哲もない普通の朝だった。けれど、いつも通りに我が家にやってきたジェイドさんの顔が曇っているのを見た瞬間、私は泣きそうになって俯いてしまった。俯かずには居られなかった。
嫌な予感が全身を駆け巡り、軽くめまいがしてきて、普通になんてしていられなかったのだ。
そんな私を、彼は抱きしめてくれた。私の体をすっぽりと腕の中に収めて、優しい声で語りかけてくれた。
「大丈夫かい」
彼が放った言葉は、たったそれだけだった。
けれど、それで全てがわかってしまった。わかりたくもないのに、理解してしまった。
ああ、恐れていた日が来たのだと。ここ最近、来なければいいのにと思い続けていた日が、とうとう来たのだと。
その瞬間に、猛烈に沸き起こってくる逃げ出したくなる衝動をなんとか堪えて、彼の顔を見上げる。ジェイドさんは蜂蜜色の瞳を細めて、私を優しく見守ってくれていた。
――今、泣いちゃ駄目だ。一番大変なのは、ひよりなんだから。
奥歯を噛み締めて、涙をなんとか堪える。
強い姉になろう、泣かないようにしようと決意したのはいつだったっけ。
でも、駄目だった。強く在りたいのに、泣きたくて仕方がない。泣かないようにするなんて無理だ。きっと私は、夏の初め――……妹を初めて旅に送り出したときから、なにも変わっていない。
その事実から目を逸らしたくて、ジェイドさんの細身に見えるけれど、筋肉質の逞しい体を思い切り抱きしめ返す。その時、頬に触れた彼の鎧は、外から来たばかりだったから、とんでもなく冷たくて。けれどその冷たさが、私に若干の冷静さを取り戻させてくれた。
「……最後の浄化の旅に行く日取りが、決まったんですね?」
そう聞くと、ジェイドさんは小さく頷いた。
「俺が一緒にいるから」
私は小さく笑うと、彼の腕の中でゆっくりと目を瞑る。
「よろしくお願いしますね」
そう言うと、彼は私を抱きしめる腕に、更に力を込めた。
麗らかな春が近づく、冬の終わりの日。
それは、私たち姉妹に課せられた、浄化という使命の終わりを、明確に意識した日だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
出発は、三日後と決まった。
それを妹が私に報告したのは、昨日の晩のこと。
実は、本当ならもっと早く出発するはずだったらしい。
ゴルディルさんを始めとした、ドワーフたちが造っていた氷上船はとっくに完成しており、穢れ島の周辺には、もう沢山の流氷がやってきていて、いつ潮が止まって魔物たちが島から溢れ出してもおかしくない状況なのだそうだ。
けれど、つい最近「重要なこと」が判明したらしく、出発が出来なくなってしまった。浄化という、一刻を争うことを延期するほどの「重要なこと」――どうやら、それが何なのかは、妹も知らされていないらしい。
けれど、大事であったことは間違いない。その「重要なこと」の情報がもたらされた時、城内が殺気立っていたのを覚えている。
その「重要なこと」が解決したのかはわからない。
けれど、時間は有限だ。流氷が穢れ島の周りを覆い尽くす前にと、王様は出発を決断した。
出発の具体的な日取りが決まると、妹はそれまでの短い時間を、我が家で過ごすことに決めた。
ジェイドさんは、姉妹水入らずで過ごして欲しいと言って、他の兵士たちと一緒に、外で警備をしてくれている。
正直言って、そんなに気を遣わなくてもと思うのだけれど……ジェイドさんが居ると、どうも甘えが出てしまいそうだから、これはこれで良いのかもしれないとも思っている。
だから、今は我が家にふたりきり。……いや、レオンも居るし、その他にも色々と居るから、完全にふたりきりじゃないけれど。
そんなこんなで、妹とふたりで過ごす、寒さが緩んできた冬の昼下がり。
けれど、出発が差し迫っているからといって、特別に何かをすることもない。
私たちは、普段通りに過ごしていた。
「うわ、台所寒いね」
「まだまだ暖房ないと辛いね。さっさと支度して、こたつに戻ろう」
そんな話をしながら、お茶を飲む準備をする。
今日用意するのは、ほうじ茶ラテ。たっぷりの牛乳と濃い目のほうじ茶で作る、甘くて香ばしくて、体の底からホカホカしてくるような、そんな一杯だ。
「茶葉、どれくらい?」
「多めにしてくれる? 濃い目が美味しいよね」
「りょーかい!」
妹は、急須にほうじ茶の茶葉をたっぷり入れて、そこに熱湯を注いだ。
すると、妹はそわそわと背後を気にし始めた。なんだか様子がおかしい。
「どうしたの?」
「いや、ジェイドさんが居ない我が家って変な感じがして」
「まあねえ。この一年、ずっと一緒に居たしね」
すると、妹はにやあ、と不気味な笑みを浮かべて、肘で私の脇腹を突いてきた。
「ねえねえ、おねえちゃん、寂しくない? 外にいるんだから、呼んでこようか?」
「ちょ、何言っているの! 折角、気を遣ってふたりきりにしてくれてるんだから……」
「でもさあ、お茶、何も言わなくても三人分用意してるでしょ〜? 水筒まで用意しちゃってさあ。差し入れする気満々じゃん。いっその事、一緒に飲んじゃえば」
「ひより!」
私が怒ると、妹はくすくすと楽しそうに笑って「おねえちゃんはからかい甲斐があるねえ」なんて言いながら、マグカップにほうじ茶を注いだ。
そして、こちらを見ずにぽつりと呟いた。
「ジェイドさんが居てくれてよかった」
「……」
胸がきゅう、と苦しくなって、途端に喉の奥が詰まったような息苦しさを感じる。
妹の言葉に、どう反応すればいいかわからなくて、私は聞かなかったふりをして、牛乳を温め始めた。
ほうじ茶ラテの作り方は簡単だ。鍋の縁に接している牛乳が、ふつふつと煮立つ程度で火を止めたら、マグカップに用意した濃い目のほうじ茶に注げばいい。けれど、折角だからもう一手間。
数年前に買ったミルクフォーマー。電池で動く、牛乳用の泡立器だ。それで、もこもこの泡を作ってほうじ茶に注げば、カフェっぽい仕上がりになる。
「えっと……ミルクフォーマーどこ置いたっけ。……あ、ありがとう!」
私が探していたミルクフォーマーは、小さな土塊人形――土の精霊が、よたよたと頭上に掲げて持ってきてくれた。
ノームは、私の手にミルクフォーマーを渡すと、直ぐさま不思議な踊りをして道具に祝福を授ける。きらりと一瞬輝いたミルクフォーマーは、きっといい仕事をしてくれるに違いない。
祝福を授け終わったノームは、ちっちゃくて短い腕を組むと、満足そうに何度か頷き、ててて……と食器棚と壁の隙間に入っていった。
その様子を見ていた妹は、感心した様子で頷いている。
「ノームちゃんは、お手伝いが上手だねえ。私なんかより、よっぽど気が利くね!」
「ノームちゃんって。ひより……」
「だって可愛いじゃない。ノームちゃんにサラマンくんに、ディーネちゃんにシルフたんに、ドライアドって感じ?」
「なんでドライアドだけ呼び捨てなのよ……」
「まめこっていうレジェンドがいるからさ……」
「レジェンドってなに」
そうなのだ。あのフォレが私を精霊界に連れて行くと言い出した事件――あの後から、精霊たちは我が家に気ままに現れるようになった。まあ、特に何をするわけでもなく、気がつくとそこにいると言った感じだ。
フォレ本人は、精霊王に「あまり定命の者に関わるな」と釘を差されていたからか、偶に夕食時にふらりと現れて食事を共にとるくらいだ。けれど、精霊は毎日何かしらが姿を現している。
ティターニアによると、ここにくる精霊は毎回違う個体だから、精霊王の言いつけを破ったことにはならないのだろうとのことだった。
「まさかねえ。精霊がグレーゾーンを突いてくるとは。なんて恐ろしい子……!」
「多分、そこまで考えてないと思うけどね……?」
まあ、まめこで慣れていることだし、精霊たちが現れるのは構わない。それよりも問題なのは、我が家に向かって、精霊信仰の敬虔な信者たちが祈りを捧げている姿を、偶に見かけることだ。
家事をしているときに、涙を浮かべて祈りの言葉を呟いている人を見つけたときの気まずさよ……。
正直、勘弁して欲しい。
「おねえちゃん、なにぼうっとしてるの?」
「ん? ああ、ごめんごめん」
私は、慌ててミルクフォーマーを手に取ると、牛乳を泡立てていく。
ブイイイン、という機械音と共に、牛乳に白い渦が巻き起こり、泡が少しずつ出来上がってくる。
異世界産の牛乳は毎朝搾りたてだからか、味が濃くて、なにも入れなくてもほんのり甘い。それに、不思議と泡立ちがとても良い。今日も白い雲のような泡ができあがり、鍋一面を覆い尽くした。それをそっとマグカップに注いでやる。
すると、真っ白な牛乳と、褐色のほうじ茶が混じり合って、綺麗なベージュ色に変わった。それも、牛乳の白い泡に包まれて、直ぐに見えなくなってしまったけれど。
最後に、妹の分にだけ、お砂糖をちょっぴり入れて混ぜたら――ほうじ茶ラテの完成だ!
すると、ガスコンロの傍で火に当たっていた火の精霊が、のっそりとこちらに顔を向けて一声鳴いた。
「シャァ……!」
「あれ。君も飲む? 君は、牛乳だけのほうがいいよね。ちょっと待ってね」
私がそう言うと、サラマンダーはひゅん、と大きくしっぽを振った。
私は大きな深皿を用意すると、そこに温めた牛乳を少し分ける。そして、蜂蜜をひとさじ入れてかき混ぜたら、シンクの上に置いた。
すると、サラマンダーはのそのそと皿に近づくと、長い舌を伸ばして牛乳を飲み始めた。
どうやらお気に召したらしい。「シュル……!」と空気の抜けたような声を上げると、ご機嫌で尻尾を左右に振っている。
――うーん。爬虫類も意外と可愛い。
そんなことを思っていると、手元のマグカップを、横から伸びた手がさらっていった。
「おねえちゃん。のんびりしてると、泡が消えちゃう!」
「あ! ひより! 座って飲みなさい!」
「へへ。無理ー」
妹は私の制止も聞かずに、ふう、と素早く息を吐きかけると、カップに口を着ける。
そして、口の周りに白い髭を生やして「うんまい!」と満面の笑みを浮かべた。
若干呆れつつも、その様子があまりにも美味しそうだったので、立ち飲みは行儀が悪いと知りつつも、私もひとくち。途端に口の中に広がったその味に、思わず頬が緩んだ。
「あ、美味しい……」
温められた牛乳は、甘味を充分に増している。
砂糖なんて入れなくても、牛乳の甘さだけで充分なくらいだ。
それに、濃い目に煮出したほうじ茶の味が合わさると、不思議なハーモニーを奏でる。
ふんわり口の中を優しく包み込む牛乳の向こうに、香ばしいほうじ茶の香りと、若干の渋み。甘味と渋みなんて、正反対のように思えるけれど、このふたつが合わさると、なんだかほっとする味になるのだ。
ほうじ茶に牛乳なんて合うものなのかと、最初は半信半疑だった私も、今は牛乳で割るなら、紅茶やコーヒーよりもほうじ茶が一番好きだ。優しいほうじ茶ラテの味にほっこりしつつ、ふと隣に立つ妹のマグカップを見る。すると、その中身は既に空になっていた。
「もう飲んじゃったの!? こたつに入って飲むんじゃ……って、ブフッ!!」
あんまりな妹に視線を上げて叱ろうとしたところ、視界に飛び込んできた妹の顔を見て思わず噴き出す。
妹の口の周りは、ほうじ茶ラテの白い泡が付いて、まるで髭のようになっていたのだ。
それはどうやら妹の狙い通りだったらしい。妹はキラリと瞳を輝かせ、フフンと胸を張った。
「男爵みたいでしょ〜」
「しょ、小学生じゃあるま……ブッ……あはははは!」
本当にベタだし、くだらないし……。
だけど、この時は妙に可笑しくて。私はお腹を抱えて笑い転げてしまった。
妹もそのうち釣られて笑いだし、我が家の狭い台所に笑い声がこだまする。
そんな私たちを、口の周りを牛乳でビショビショに濡らしたサラマンダーが、ぺろりと長い舌を出して見上げていた。
2巻の発売が、2/10に決定しました。
カドカワBOOKS様より「異世界おもてなしご飯2〜精霊の歌と約束の杯〜」
詳細はこちら→カドカワBOOKS公式ページhttps://kadokawabooks.jp/product/isekaiomotenashigohan/321710000567.html
若しくは、活動報告をご覧になってくださいね!
そして、同じカドカワBOOKSで書籍化されている「最強の鑑定士って誰のこと?〜満腹ごはんで異世界生活〜」の港瀬つかさ先生と、異世界おもてなしご飯でクロスオーバー小説をはじめました。
かなりのカオスな感じになっておりますので、是非御覧くださいw
因みに、異世界おもてなしご飯サイドと、最強の鑑定士サイドとふたつあります。
https://ncode.syosetu.com/n5633em/ 異世界満腹おもてなしご飯〜おもてなしご飯サイド〜 忍丸著
https://ncode.syosetu.com/n6555em/ 異世界満腹おもてなしご飯〜最強の鑑定士サイド〜 港瀬つかさ著
こちらも、詳しくは活動報告を御覧ください。悠利やアリーさんが、茜のご飯を食べに来るよ!