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閑話 道化師と失恋とクッキー 後編

 暫くして貴婦人たちのダンスが終わりを告げると、湖面は厚い氷で覆われていた。

 僕は氷の上に静かに降り立つと、ずっと抱き上げたままだったシルフィを降ろす。

 シルフィはつるつると滑る氷に戸惑いながらも、それでもどこか楽しそうに辺りを見回していた。



「さあ、そろそろ喉が乾いただろう。お茶にしようか」



 僕は虚空に腕を差し入れると、仕舞っておいた敷物とティーセットを取り出す。

 そして、敷物を丁寧に氷の上に敷くと、魔法で水を呼び出し、空中に留め(・・・・・)、そこに手のひらに喚び出した炎の火を当てて沸かし始めた。

 そんな僕を、シルフィは口を半開きにして眺めている。



「……テオって、すごいのね」

「ふふふ。人外は時間を持て余して仕方がないからね。なんせ、終わりがない。人間だった頃には、たいして興味がなかったお茶にも拘り始める。いつでもどこでもお茶を楽しめるように、僕は常に準備万端さ! 人から笑われることが多い僕だけれど、これだけは褒めて欲しい!」



 僕が胸を張って言うと、シルフィは眉を下げて少し困ったような表情になった。



「いや、そこじゃなくて……。あ、ぽこぽこしてきたわ! わあ……!」



 ただ(・・)お湯を沸かしているだけだというのに、キラキラと目を輝かせているシルフィ。

 子どもとは、一体何に興味を示すのかわからないものだなあなんて思いながら、僕はお茶の準備を進めていった。

 粗方準備が終わり、後は紅茶を飲むだけとなった時、シルフィはいそいそとポシェットから、紙に包まれた何かを取りだした。



「ちょうど良かった! お腹が空いたら一緒に食べようと思って持ってきたの。今日ね、おねえさまと一緒に作ったのよ。ええと、あいすぼっくす? クッキーって言うのですって。可愛いでしょう!」



 紙に包まれていたのは、四角いクッキーだった。

 そのクッキーは、小麦色の生地とこげ茶色の生地が、それぞれ交互に配置された模様になっている。その模様は聖女の姉曰く、市松模様と呼ぶらしい。



「生地は、わたくしもこねこねしたのよ。それで、れいぞうこ? で冷やした後に、包丁で切ったの。初めて刃物を使ったのよ。ちょっぴり怖かったわ」



 愛おしそうにクッキーを指で摘んだシルフィは、「でも、端っこが焦げちゃった」と眉を下げた。



「あっ、でもね! 失敗しちゃったけど、味は美味しいのよ。おねえさまも褒めてくれたわ。今度作る時は失敗しないようにしましょうねって、また作ろうって約束してくれたのよ」



 その時のことを思い出しているのだろう。ほんのり頬を染めたシルフィは、僕にクッキーを一枚差し出した。



「それに、妖精女王も美味しいって言ってくれたのよ。あんまり美味しいものだから、妖精女王ったら、いっぱいつまみ食いをしたのよ。お酒に合うって言って。なくなっちゃうかと思ったわ! そうしたら、おねえさま、怒っちゃって。物凄く怖い顔をして、いっぱい叱ったの。あの妖精女王によ。凄いでしょ!」



 聖女の家に、未だに滞在している元(あるじ)は、今日も元気らしい。

 ――ああ、そう言えば。

 あの人の顔を、こんなに長期間見なかったのは、本当に久しぶりだ。



「…………」



 思わず黙り込むと、シルフィは不思議そうに首を傾げた。



「テオ?」

「ああ、なんでもないよ。ありがたく、頂くよ」



 僕は胸に渦巻く複雑な感情を声に出さないように気をつけながら、クッキーを受け取る。

 そして、仮面を少しずらして、口にクッキーを放り込んだ。


 ――ざくっ。


 クッキーを噛みしめると、軽快な音がして、生地がホロリと口の中で解けた。

 とても口当たりの軽いクッキーだ。サクサクとした歯ざわりは心地よく、香ばしい小麦の香りと一緒に、バターの匂いが鼻を抜けて、何枚でも食べられそうな気がする。

 甘さは程よく、こげ茶色の生地――シルフィ曰く、ココアパウダーを練り込んである生地のほろ苦さと、どちらかと言うと甘味が強い小麦色の生地が混じり合うと、丁度いい具合になる。


 ――ああ、確かにあの人も好きそうだ。


 嘗ての想い人は、辛いものも好きだが、甘党でもあったと思い至ると、ズキリと胸の奥が痛む。

 その痛みは、じわじわと胸の奥から体の芯に向かって侵食していき、柔らかい僕の心を傷つけ始める。

 耐え難い痛みに、仮面の下で顔を顰めていると、シルフィが僕の傍に寄ってきた。


 シルフィは暫く僕を見つめていたけれど、「そうだわ!」と何かを思いついたのか、クッキーを包んでいた包装紙の中を探った。

 その手には、違う種類のクッキーが握られている。



「テオ、聞いてくれる? さっきの話の続きだけれどね、おねえさまったら散々怒った挙句に、こっちのほうがお酒に合うでしょう!? って言い出して、これを作り始めたのよ」

「……んん?」



 ――つまみ食いをしたことに、怒ったのではないのか?


 どうにもこうにも、どこかずれている聖女の姉の発言に、脳内が混乱する。

 それに、クッキーといえば菓子だろうに、酒に合うとは一体どういうことなのか。

 僕は、シルフィが差し出した新しいクッキーを受け取った。

 それは、先程のクッキーよりも荒目の粉――全粒粉というらしい――で作られた、見た目はシンプルな丸いクッキーだ。綺麗な小麦色に焼けていて、けれど、表面に飴色の粒粒が浮かんでいる。


 酒に合うクッキー……。

 僕はゴクリと唾を飲み込むと、それをまるまる口に放り込んで、噛み締めた。



「……くっ。くくく……!」



 途端、口の中に広がった味に、思わず笑いが漏れる。

 ああ、確かにこれならば、酒に合いそうだ。

 僕が今しがた口にしたクッキー。それには、大量のチーズが練り込まれていたのだ。


 香ばしい小麦の味の向こうから感じる、優しいチーズの味わい。表面の粒粒は、まんべんなくまぶされた粉チーズが、焼いたときに焦げたものだ。ほんのり感じる辛味は、黒胡椒。それが濃厚なチーズの味を引き締めている。

 菓子でありながら、まったく甘くない! 確かに、酒のつまみにしたくなるしょっぱいクッキー。



「妖精女王ったら、怒られてしょんぼりしていたのに、そのクッキーが出てきたら大笑いし始めて。昼間っから酒盛りを始めちゃったのよ。おねえさまも、白の葡萄酒に合うんだから、仕方ない仕方ないって言いながら、酒盛りに付き合ってたわ」

「あはははははは! 実にあのふたりらしいね」



 その光景がありありと想像できて、僕はお腹を抱えて笑い出す。

 すると、僕の様子を窺っていたシルフィが、安心したように、ほうと寒さで白く染まった息を吐き出した。



「良かったわ。元気になったかしら」

「……? なんのことだい」



 僕が首を傾げると、シルフィは若干照れくさそうに、頬を指で掻いた。



「テオ、今日はちょっぴり元気がなかったもの。いつもよりも口数が少なかったし。寂しそうに見えたから。何か辛いことがあったのかしらって、心配してたのよ」

「……」

「でも、元気になったみたい。わたくし、安心したわ!」



 そう言って、本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 寒さで鼻も耳も頬も赤くしながらの、なんの混じりけのないその笑顔は、月明かりを受けたシルフィの銀髪の煌めきも相まって、思わず見惚れるほどだった。


 けれど次の瞬間、僕の忌々しい眼は、可愛らしい姫君の姿を掻き消して、別のものを映し始めた。


 ――それは、曇天に覆われた凍てつく北の海。

 ――それは、海面を覆い尽くす流氷の群れ。


 そして、氷上を滑るようにして進む立派な装飾がされた多くの氷上船。

 風にはためく様々な国の国旗。沢山の武装した人間たち。

 船上には、真正面を真っ直ぐに見据え、引き締まった表情で皆を率いる聖女。そのそばに寄り添う金色の王子――。

 流氷の向こうに見えるのは、淀んだ空気に包まれた小さな島だ。


 ……くそ、これは未来視か……!


 僕は唐突に目の前に広がった映像に、いらだちを覚える。

 なにも、こんなときに見せなくとも。そう思いつつも、周囲を見回した。未来視は、僕に関係のないことは絶対に映さない。妖精女王の下僕でなくなった自分に、穢れ島の浄化なんて関係あるとは思えないけれど、見ておいて損はないだろう。



「なるほど。これは、今まさに浄化が始まる瞬間か」



 僕が限られた情報から、そう判断した。その瞬間、地面が大きく揺れ、穢れ島に大きな変化が現れた。

 ――どん、と何かが爆発したような音がしたかと思うと、穢れ島を覆っていた邪気が急激に増加して、一気に勢いを増す。それと同時に、島でひしめき合っていた魔物たちが、一気に流氷の上に溢れ出し、人間たちに向かって猛烈な勢いで迫り始めた。


 聖女はそんな光景を目にしつつも、冷静を保っていた。そして、真珠色の魔石が嵌った杖を天高く掲げ、祈りを捧げ始めた。やがて聖女の祈りに伴って、清らかな聖女の魔力が大きく膨らんだその瞬間、氷上船の下から巨大な魔物が氷を割って現れ、大きな口で船の一部を噛み砕いたのだ。


 巨大な魔物が噛み砕いた場所は、丁度聖女が居た場所だった。けれど、聖女は無事のようだった。事前に異常を察知していたのだろう王子に突き飛ばされ、船外に逃れていたのだ。



「ああ……なんてことだ!」



 目の前で繰り広げられている光景に、思わず声を上げる。

 聖女を突き飛ばした王子は、半身を魔物に喰われていた。おびただしい血潮を撒き散らしながら、王子は氷上に倒れ込む。そして、聖女が無事であることを確認した王子は、僅かに微笑んで――絶命した。


 王子が絶命した瞬間を目の当たりにした聖女は、地面に崩れ落ち、絶叫を上げる。

 その絶叫が合図だったと言わんばかりに、数多の魔物たちと人間たちが衝突した。辺りに、金属のぶつかり合う音と、獣の唸り声、悲鳴が響き渡り、白銀の大地がみるみるうちに赤く染まっていく――。


 そこで、唐突に場面が切り替わった。

 僕の目に飛び込んできたのは、深い森の奥にある、白く大きな聖人が眠る墓標の下。

 そこには、黒い衣を身に纏ったふたご姫と、護衛騎士に支えられて、正気を失ったように見える聖女の姉。そして悲嘆にくれる観衆たちの姿があった。

 そして、なによりも僕の目を引いたのは――王と王妃が並び立つ、一段高い壇上にあるふたつの棺。


 粛々と進むその儀式は……どう見ても葬式だった。

 聖女も王子も、あの穢れ島の戦いで死んだのだ。


 僕は息をするのも忘れて、その光景を見ていた。


 ……なんだ、この最低最悪の未来は!


 混乱する頭のままに視線を上げると、壇上のふたご姫……その片割れ、銀の姫君と視線が合う。

 すると、銀の姫君は真っ赤に泣き腫らした目で、僕を見て――ぽろりと大粒の涙を零した。



「……テオ? どうしたの?」



 その時、唐突に近くで声がして、僕は正気に戻った。

 どうやら、未来視は終わったらしい。僕の目の前には、先ほどと変わりない凍りついた湖の光景が広がっていた。

 激しく鼓動している胸の上を、手で押さえる。

 大きく息を吸って、冷たい空気を肺に送り込んで……漸く、少し落ち着いた。



「急に動かなくなっちゃうんだもの、びっくりしたわ」



 シルフィの心配そうで、それでいて優しい声が聞こえる。先程までの恐ろしい未来の映像に、心をすり減らしていた僕は、癒やしを求めるかのようにゆっくりと視線を上げた――。



「ひっ……!」



 けれど、目に飛び込んできた銀の姫君の姿に、我を忘れて氷上を後ずさった。



「やだ。テオ? どうしたの?」



 僕の目に映った銀の姫君は、幼い少女の姿ではなかった。

 恐らく17、8歳くらいだろう。身長も伸び、女性らしい体へと成長している。

 ――けれど、美しい銀髪はざんばらに切られ、更には目の周りは青あざで黒く染まり、口端からは血が滲んでいる。着ている服はボロ布同然で、手首には手枷が嵌められていた。



「急にブツブツ言い出したと思ったら。あっ、わかったわ。もしかして、湖の貴婦人がまた出てきたの?」



 不安そうに周囲を見回しているその細い首には、禍々しい血で薄汚れた太い縄が――。



「――シルフィ!」

「え?」



 思わず声を掛けると、勢い良くシルフィがこちらに振り向いた。

 そのときには、シルフィの姿はいつもの姿に戻っていた。


 ……一体、なんなんだ!


 僕は心の中で叫ぶ。

 さっきの未来視は……それに、今の銀色の姫君の姿は。



「まさか、あれがこの子の未来だっていうのか」

「テオ?」

「あんなのが、この子の未来だと……! そう言いたいのか! くそったれ!!」



 僕は、怒りに任せて叫ぶ。

 けれども、誰もその声に答えてくれるものはおらず、僕の声は虚しくこだまするだけだ。

 腹の底から、吐き気、不快感、嫌悪感が……絶望が込み上げてくる。


 ――なんてものを見せやがったんだ、この眼は……!


 僕は道化らしい口調を忘れて、拳で硬い氷を殴りつける。唇を思い切り噛み締めれば、鉄の味がじわりと口に広がる。

 どうして、一国の王族であるはずの銀の姫君が、あんな末路を辿るのか――恐らく、全ては浄化の失敗に原因があるに違いない。


 体が震える。ああ、あんな結末、知りたくなかった……!!

 ひとり震えている僕に、シルフィはそっと寄り添うと、徐にぎゅう、と抱きしめてきた。



「どうしたの? テオ。元気になったとおもったのに。やっぱり辛いことがあったのね」



 その声は、まるで泣きやまない子どもに言い聞かせるような、どこまでも優しく温かな声。



「我慢したら駄目よ。泣きたい時は泣けばいいのよ」

「……シルフィ」

「震えているわ。可哀想に」



 シルフィの声は、僕の体に……心に沁みて。同時に、彼女の痛ましい姿がダブって、胸が苦しくて仕方がない。



「……やめてくれ……」



 思わず、そう懇願しても、シルフィは僕の体を更に強く抱きしめてこう言った。



「我慢が出来るのは、強い証よ。でも、本当に辛い時は、甘えないと駄目なのよ。おかあさまはね、わたくしにいつもこう言ってくれるの。最後に大丈夫、大丈夫って声を掛けてくれて――わたくし、いつもそれで安心するのよ。だから、テオにもしてあげる。大丈夫よ、大丈夫……」



 シルフィはそう言うと、僕の背中をぽんぽん、と優しく手で叩いた。

 小さなその手が、僕の背中を叩くたびに、胸の奥が苦しくなって息が詰まる。

 僕の瞼に焼き付いているのは、先程の痛ましい姿。

 こんなにも優しい少女が、あんな悲惨な結末を迎えるのは――絶対に駄目だ。


 そのときに脳裏に浮かんだのは、春の日差しの中で美しく微笑む、嘗ての想い人の姿だ。


 ――未来が視られる僕にしか出来ないこと……!!


 その瞬間、僕の中の迷いは消し飛んだ。



「……ねえ、シルフィ。お願いがあるんだ」



 僕はシルフィの小さな体を抱きしめ返して、小さな少女に乞い願う。



「僕を君の守護者にして欲しい。僕を君のそばに置いておくれ」



 そう言って、強く強く抱きしめる。愚かな道化師の戯言が、どうかこの姫に受け入れてもらえるように。

 願いを込めて、華奢なその体を抱き潰さないように気をつけながら。



「どうしたの? テオったら、いつの間にかわたくしを名前で呼んでいるし。ええと、しゅごしゃ? 守ってくれるってこと? クルクスみたいにかしら」

「そうだよ。僕が君を守るんだ。君がいつまでも陽だまりの中で笑っていられるような、そんな未来を迎えられるように」

「……そう。じゃあ、お友達じゃなくなっちゃうのかしら」



 ああ、そう言えば秋の森で、戯れにお友達だと言ったのだっけ。

 あの時は、冗談半分だったけれど――。

 僕はふるふると首を振った。



「いいや、君と僕は友達のままさ。友達で、守護者になるんだ――」

「まあ! それはすごいわ! しゅごしゃってよくわからないけれど……両方なのね。うん、とってもすごい!」



 シルフィは無邪気に笑うと、「じゃあ、喜んで!」と言ってくれた。

 僕はほっと胸を撫で下ろすと、シルフィから体を離して、その場に跪いた。



「――この道化、人から堕ちた身ではあるが、銀の姫君を未来永劫お守りすると誓おう。君の未来が、輝かしいものであるように」



 その時、がらんどうで、もう何もなくなってしまったはずの僕の瞳から、熱い雫が一粒こぼれ落ちたような気がした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……ほ。なんじゃ、まだおったのか。すぐにでも、この国を出ていくものと思っておったが」



 圧倒的な力を持つ妖精女王――ティターニアは、にやりと不敵な笑みを浮かべて僕を見た。

 彼女は、異界から来た家の屋根に腰掛け、空に浮かぶ月を見ながら、ひとり杯を傾けていた。

 妖精女王の下を訪れた僕は、自分が新しい主を見つけたこと――そして、僕が見た未来視を伝えた。

 すると、妖精女王はあからさまに顔を顰めた。



「やはりか。妖精共に穢れ島の辺りを探らせておったが……。人間には、手に負えそうにないほどの邪気と魔物の量だと報告があった。このままでは、お主が言う最悪の未来になりかねん、ということじゃな」

「ああ。それは貴女が最も避けたい事態のはずだ」



 僕が頷くと、妖精女王はふん、と鼻を鳴らした。



(おど)けぬ道化師ほど、つまらぬものはないの。まあ、いい。あて(・・)はある。妾には、妾に出来ることをするまでじゃ」

「……その言い方、まるで貴女の友人のようだね?」

「うるさいわ。その話は根腐れ精霊と、とうに済ませておる。つまらぬ話は辞めて、お主はお主でやるべきことをやれ。新しい主に、新しい恋をしたのじゃろう?」

「……まだ、これは恋と決まってはいないよ」



 僕がさっと視線を逸すと、妖精女王が笑った気配がした。



「よいではないか。素直になれ。妾では、お主の愛には応えてやることは出来なかった。道化らしく、新しい恋に踊ればよい。恋に狂う道化……それがお主の本質であろうに」

「そんな。あんな小さな子どもに? それに報われない恋は、もう懲り懲りだよ」



 すると僕の言葉に、妖精女王は呆れ返ったように、ため息を吐いた。



「まったく……己が人外であることを忘れたのか? 人外はの、己の本質から逃れることは出来ないのじゃ」



 精霊に恋をして、精霊界に飛び込んで、人間でなくなった挙句に、見つけた新しい恋の相手は妖精女王。

 妖精女王は僕に見向きもしなかった。それでも、長い、長い間片思いをし続けて、また失恋した。

 そして見つけた新しい相手は、人間の……それも姫君だ。結ばれる未来など、ありえるはずもない。

 


「妾が気まぐれであるように、道化とは滑稽なものじゃろう? 報われぬ恋に身を焦がすのも、また滑稽。お主らしいではないか」



 ――そして、同じ過ちを繰り返すのも。ああ、なんてこった! 


 そのことに気がつくと、僕は全身に鳥肌が立っているのがわかった。

 失恋の衝撃で、すっかり自分を見失っていたようだ。

 道化は道化らしく、全力を以って戯けねば。

 笑われようと、嗤われようと、嘲笑われようと、僕は踊り続けるだけだ。

 その結果得られるものが、彼女の笑顔であれば――それはそれで満足じゃないか!


 僕は両手を大きく広げると、自分らしく、道化らしく――芝居がかった台詞を紡ぐ。



「ああ、僕の嘗ての想い人。妖精女王よ! 報われぬと知りながら、焦がれた相手に全身全霊を以って献身する、道化の面白可笑しい物語。是非とも、特等席で観賞していっておくれ」

「ほほ。面白そうじゃの。ならば、妾も存分に楽しませてもらおう!」



 妖精女王はそう言うと、手にした杯を思い切り呷った。

 僕は舞台俳優を気取って大きく一礼すると、金色の月に向かって跳躍した――。

冬編、了。

次回更新は、年明けの1/10になります。とんでもないところで切りました(汗)

次回から、再びの春編になります。

皆様、良いお年を!

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