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ほろ酔いは、お豆腐と共に5

異世界おもてなしご飯、連載開始から一周年です!

こんなに長い間、連載が続けられたのは、皆様の応援のおかげです。

本当に有難うございます!

今後共、支えていってくださると嬉しいです。どうぞ宜しくお願いします!

 白銀に煌めく冬の夜。先程まで降り続いていた雪は、気がつくと止んでいて、分厚い雲の間からまん丸の月と、沢山の星々が顔を覗かせている。月明かりに照らされた雪は、青白い光を放ち、静かな冬の夜を彩っている。


 ジェイドさんは、フォレが精霊界から戻る前にと、色々と警備の手配に忙しくしていて、今は居ない。だから、今日の晩酌はティターニアとふたりきりだ。


 縁側の近くにこたつを移動して、ガラス戸の向こうに広がる冬の景色を眺める。今日はかなり冷え込んでいる。だから、日本酒はわざと熱めに燗をしてある。

 あちち、なんて言いながら、指先でお猪口を摘んで、熱々に燗をした日本酒を飲む。


 ひとくち飲むたびに、やけどしそうな程の熱が喉を刺激する。でも、それが癖になって、更にもうひとくち呷れば、お酒が食道から胃に落ちていく感覚がわかるほどだ。

 こたつで体の末端を温めながら、熱々の熱燗で体の内から温める。

 それは冬にしかできない、贅沢なひとときだ。


 今日のおつまみは、残しておいた豆乳で作ったザル豆腐。ザル豆腐は重しで水分を抜かず、ザルに入れて自然に水を切ったもので、普通の豆腐よりも水分量が多く柔らかいのが特徴だ。

 スプーンを差し入れるだけでほろりと崩れるザル豆腐。それに、醤油をたらりと掛けて食べると、噛む必要が無いくらいの柔らかさだ。



「うわ、滑らか。わさびをつけても美味しいですよ」

「ん! ほほう、これはさっき食べたのとは、また別ものじゃのう。美味じゃ」



 手作り豆腐は、市販の豆腐よりも豆の味が濃い。醤油で引き立つ豆の甘さに目を細めつつも、熱々のお猪口からちびちび飲る。



「ティターニアと飲むの、なんだか久しぶりですね」

「そうじゃなあ。冬の初めから、ずっとケルカに付き添っておったからの」



 ティターニアは、大根の麹漬けをパリパリやりながら、お猪口をぐい、とやった。

 その頭上には、チコの花の髪飾りに嵌った、ケルカさんの魂の結晶が揺れている。



「……本当に良かったですね。ケルカさんと、一緒にいられることになって」

「そうじゃのう。まさか、妾の願いが叶うとは思わなんだ」



 指先で、愛おしそうに結晶に触れたティターニアの頬は、ほんのり赤く染まっている。

 それはお酒のせいなのか、それともケルカさんへの想いのせいなのかわからないけれど、その表情はとても柔らかく、幸せを噛み締めているようでもあった。



「実際に、一緒に居られるようになるのは、随分先のことじゃが……それでも、大切なものが傍にいることの嬉しさよ。これは、妾の知らぬ感情じゃの」

「新しい発見ってやつですか?」



 嘗てのケルカさんの口癖を口にすると、ティターニアはくすぐったそうに「そうじゃな」と頷いた。

 そして、一瞬遠くを見たかと思うと、真剣な面持ちになって私を見た。

 空色の瞳に月明かりが差し込み、昼間見るのとはまた違う美しい色合いに変化する。思わず見惚れていると、ティターニアは苦しげに眉を顰め、その美しい瞳を伏せた。



「……妾は、この度のことで、大切なものを失うことの辛さ、苦しさを身を以って実感した。いや、以前から知ってはおったのだ。けれど、目を逸らして見てみぬふりをし続けていたのだ。――失わずに済んだ今だからこそ、失いかけた瞬間の気持ちを思い返すとぞっとする」



 ふう、と息を吐いたティターニアは、伏せていた瞳を開くと、まっすぐに私を見つめた。



「お主は、これから聖女を送り出すのじゃな」



 ドキリ、と心臓が跳ねる。普段は、見て見ぬふりをしている未来を、急に口にされて動揺する。



「聖女は死ぬかも知れぬ。嘗ての王子のように。聖女は傷つくかもしれぬ、王子を亡くした先代聖女のように」

「や、やめて」



 思わず、ティターニアを止める。それ以上は――聞きたくない。

 けれど、透き通るような空色の瞳を持つ妖精女王は、私に構わずに言葉を続けた。



「聖女を取り巻くもの……そのどれが失われても、あの聖女は傷つくのだろうの。それはお主も同様じゃ。そして、傷ついたが最後、お主は今のお主から変わってしまうのだろう。優しくて、お人好しの聖女の姉では居られなくなるのだろうのう」

「それは……でも、そうなるとは限らないんじゃ」

「だが、その可能性は捨てきれぬ。それでは妾が困るのじゃ」

「ティターニア?」



 ティターニアは、私に寄り掛かると、美しく輝く大きな月を見上げた。

 青白い光が、窓から室内まで差し込み、お猪口の中の酒に写り込んでいる。



「周囲に振り回され、自らも振り回しながらも、心優しく、いつも変わらず美味い酒とつまみと共に待っていてくれる。妾は、そんなお主に救われた。妾だけではない、他の者もそうじゃろう。少なくとも――茜、今回、お主から受けた恩は計り知れぬ」

「そんな、恩だなんて。私は、友達のために出来ることをやっただけで」

「そういうところじゃな、お主の面白いところは。ヒトとは、もっと欲深いものだと思っていたのじゃが」



 ティターニアは「異界から来たから、こちらのヒトとはまた違うのかも知れぬがな。そうじゃろう? ケルカ」と、頭上のケルカさんの魂の結晶に、指先で触れて語りかけた。

 そして、僅かに微笑むと、優しげな眼差しを私に注ぐ。月の光に照らされたその笑顔は、妖精女王の名に相応しく、見惚れるほど美しく気高く見えた。



「お主は、妾の唯一無二の友である。友が嘆き悲しみ、変わってしまうのは妾の望むところではない。だから――お主がなにも失うことのないよう、妾のすべてを以って、お主と聖女を。王子を、この国を、この世界を――守ると誓おう」



 その言葉に、胸が熱くなる。じわりと涙が滲み、嬉しさのあまり言葉がすぐに出ない。


 初春のある夜、ひとりでこっそり晩酌をしたときに、唐突に現れてお酒を強請ってきた、得体の知れない人外。それが妖精女王ティターニアだった。

 最初は、とても怖かった。何をされるのかとヒヤヒヤして、出来れば早く帰って欲しいくらいだった。

 それなのに、一緒にお酒を飲み交わす回数を重ねていく毎に、彼女の純粋さに、彼女の魅力にどうしようもなく惹かれてしまって、振り回されることも多かったけれど、一緒に過ごす時間がとても心地良い。そんな存在にいつの間にかなっていた。



「ティターニア」

「なんじゃ」



 照れているのか、ほんのり頬を染めているティターニアの手を、両手で握りしめる。



「私だって、貴女を大切な友達だと思っています。だから」



 ああ、この異世界に来て、最初は不満や不安ばかりだった。見知らぬ世界は、私にとって恐ろしいものだった。

 けれど、今やこの世界は、私の大切なものでいっぱいだ。怖いなんてとんでもない。元の世界と同じくらい、大切な世界。それを守ると言ってくれた友人に、私は心からの感謝を口にした。



「感謝しています。ありがとう。本当に、ありがとう……」

「なっ……こら、茜。なんで泣くのじゃ」

「う、えええ。ありが……」

「お礼なぞ良い! 泣くな、酒が不味くなる」

「う、うううう……だって、嬉しくって……」



 ティターニアは傍にあった台拭き(!)で、私の顔をゴシゴシと擦ると、「恐ろしいほどの不細工になっておるぞ」と笑っている。そして、何かを思い出したかのように、「おお」と手を打つと、こんなことを言い始めた。



「夏の初め、妾はお主の願い事を叶えた。覚えておるか?」

「そうですね。あれは、妹が初めての浄化に行く前――妹を守るという約束でしたね」



 そう、その時ティターニアは、暗闇に沈む深夜の廊下で言ったのだ。

『自分を充分にもてなせば、妹を守るという約束を守ろう』と。

 確かその後、出来る限りの料理とお酒で、ティターニアを夜遅くまでもてなしたんだったっけ。

 ティターニアは、お猪口に残った酒を一気に飲み干すと、空になったお猪口を私に差し出した。



「今回は、逆じゃ。妾はお主のようにもてなしは出来ぬ。だから出来る範囲で、お主の守りたいものを守ろう。――お主は、変わらずにこれからも妾の友でいておくれ。ケルカもそうだが、お主も妾にとっては、失いたくないひとりなのじゃ」

「……!!」



 ずっと友でありたいという、妖精女王の言葉。それが、堪らなく嬉しくて、また涙が滲んでくる。その涙を、また台拭きで拭こうとするティターニアを躱したりして、ふたりではしゃぐ。きゃあきゃあふたりで騒いでいるうちに、警備の手配を終えたジェイドさんが帰ってきて、今度は三人で晩酌だ。


 ティターニアは、終始穏やかな表情で、ジェイドさんは少し疲れた様子だったけれど――私は大切な人ふたりとお酒を飲み交わせる幸せに、その日は充分すぎるほどに浸ったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――翌朝。

 フォレがグスグスと鼻を鳴らしながら帰ってきた。玄関先で、泣いているフォレを見て驚いた私は、寒いだろうからと、家の中に招き入れようとしたのだけれど、断られてしまった。

 事情を聞くと、精霊王は私の料理に関しては、大層気に入ってくれたらしい。けれど、その料理を持ってきたフォレは、精霊王にしこたま怒られたのだと言う。



「精霊の核が、ただの人間に集るなんて、恥を知れと言われた……」

「ええええ。精霊王様、意外と常識人……!」

「意外とはなんじゃ! 母は、凄いんじゃぞ!」



 フォレは、私に顔を真っ赤にして抗議したあと、しょんぼりと肩を落として言った。



「定命の者にあまり関わるな、だと。毎食、母への料理を作るのは、なしじゃ。良かったな、ヒトの娘」



 そう言った後、トボトボと踵を返して、どこかへ去ろうとした。

 その背中があまりにも寂しそうだったので、思わず声を掛ける。



「え、つまり、もう二度とうちにはご飯を食べに来ないってことですか!?」



 すると、フォレはチラリを私の方を振り返って、唇を尖らせた。



「そういうことよ。嬉しかろう、ヒトの娘」

「ええ!?」



 振り返ったフォレの瞳には、溢れんばかりの涙が湛えられていた。

 それを見た瞬間、胸の辺りが酷く締め付けられ、なんだかソワソワする。


 ……ああ、もう! 私って、本当にお人好しだ……!


 私は、自分のソワソワの理由を瞬時に理解すると、フォレに駆け寄って顔を覗き込んだ。



あんまり(・・・・)関わり合いになるなってことですよね。じゃあ、たまに(・・・)ならいいんでしょう?」

「――へ?」



 私がそう言うと、フォレはぽかんと口を開けて、まじまじと私の顔を見ている。

 おかしなことを言っているのは自覚している。ああ、私って本当にどうしようもない!



「たまになら、歓迎しますから。また、ご飯を食べに来てください。私のご飯、好きなんでしょう?」

「……うう!」



 すると、フォレは後ずさりすると、ヨタヨタとした足取りで雪の上を走って、私から距離を取った。そして、大きな声で叫んだのだ。



「こ、後悔してもしらんからな!」



 そして、次の瞬間には、その場から消え失せていた。

 その時、私の後ろから大きなため息が聞こえた。

 恐る恐る振り向くと――そこには、頭を抱えているジェイドさんと、呆れ返っているティターニアの姿があった。



「……へへへ」



 私は、なんとか笑って誤魔化そうとしたけれど――その後の説教を、回避できそうにはないなあなんてのんびり考えていた。

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