ふたご姫とふわふわドーナツ 前編
昼食を食べ終わり、後片付けのため食器を運ぶ。
台所では、ジェイドさんが皿洗いをしてくれている。
「ジェイドさん、お疲れ様です。終わったらお茶にしましょう」
そう言うと、「はい」とにこやかにジェイドさんは返事をしてくれ、皿洗いを続ける。
ちら、と彼の方を見てもいつもと変わりない態度。別に特別なことはなにもない。
――先日の梅を仕込んだ時のアレは幻か私の妄想だったのではないかと、自分の記憶を疑う。
そっと、こめかみの辺りの彼にキスをされたと思わしき場所に触れる。
あの日。ジェイドさんに強く抗議してから、彼からの過度の接触は前よりも減った。優しいところは変わりないけれど、普通の男女の適正距離に近づいた気がする。
なんだか少しだけ、寂しい気も………。
「〜〜〜!?」
私は、な、なにを考えているんだ!
ぶんぶんと頭を振って、そのおかしな考えを振り払う。
先日の、妖精女王やら空飛ぶ魚やら得体の知れない人外と出会った時の精神的ダメージが、まだ回復していないに違いない。
そう思うことにして、洗い終わった皿を無心で拭き始めた。
洗い終わった皿を拭き終わり、食器棚へ仕舞い終わると、久しぶりにコーヒーが飲みたくなった。
うちにあるのは挽いてない豆のままのコーヒーしかないので、吊り戸棚からミルを取り出そうと脚立に登る。奥の方に仕舞われたミルがなかなか取れなくて、脚立をジェイドさんに抑えて貰って、ごそごそやっていた時のことだった。
うちの台所は、流し台のすぐ上は窓になっている。その窓の外は特になにがあるわけでなく、時たま警備の兵士さんが通りがかるくらいで、誰かがいるのは珍しい。
脚立に登って、いつもよりも視線が高かった私は、普段は見えない場所…窓の外、直ぐ下の外壁にへばりついている見慣れない頭をふたつ見つけてしまった。
…随分と小さな頭だ。恐らく子どもだろう。その頭の主は外壁にへばりついて、額を突き合わせて何やらこそこそと話しながら、笑っているのか時折肩が細かく揺れている。
「………」
思わずまじまじとそのふたつの頭を見つめていると、脚立を支えていたジェイドさんに声をかけられた。私は黙ったまま振り返り、しーっと言って人差し指を口に当てる。そして、窓の下を指差す。
ジェイドさんは一瞬目を丸くしていたけれど、何かを察したのか、直ぐに真剣な顔になると台所を出て行った。
私はジェイドさんの後ろ姿を見送り、徐に窓の外へ視線を戻した――途端、4つの瞳とばっちりと目が合う。
そこにいたふたりの子どもは、ぱち、ぱちぱち、と何回か瞬きをした。そして、ふたりは全く同じ動作でゆっくりと小さな両手を頰にあて、
「「きゃああああああああ!」」
同時に甲高い悲鳴をあげたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ほう…」
私の口から、思わず感嘆のため息が漏れる。
目の前のふたりの小さな女の子。
私はあまりの可愛らしさにうっとりとしてしまう。
結論を先に言うと、先程台所の外の壁に張り付いていたのは、この国の「金銀のふたご姫」と呼ばれるお姫さまだった。
年頃は4、5歳位だろう。幼い双子のお姫さまはソファーの上にちょこんと座り、すこし心細いのかお互いの手を握り合いながらぴったりと寄り添っている。
金の姫は姉のセルフィ姫。ゆるゆるとウェーブを描く艶々の美しい黄金色の髪を腰まで伸ばし、一部を編み込んで、それを花を象った銀細工の髪留めで留めている。
銀の姫は妹のシルフィ姫。姉のセルフィ姫とは色違いの銀色の髪を同じ髪型にして、こちらは金細工の髪留めで留めている。
共に瞳の色は、カイン王子と同じ碧眼。大きな瞳は長い睫毛に縁取られ、すっと通った鼻筋や、ふっくらとした可愛らしい唇、完璧な配置の容貌は、さぞ大きくなったら美しく成長するだろう事を予感させる。
だけれど、子供らしい真っ赤なほっぺや、くるくる動く表情、あらゆる意味で小さなその姿は、如何にも儚げで大いに保護欲をそそる。
揃いのふんわりとしたクリーム色のドレスを着たふたご姫は、楽しそうに、そして物珍しげにまわりをきょろきょろ見渡し、すこし興奮気味にお互いに何かを耳打ちしている。
「姫様がた、護衛の騎士はどうされたのですか」
彼女たちをここへ連れてきたジェイドさんが、困惑気味にそう聞くと、ふたご姫はお互いに顔を見合わせた。
「撒いてきたのよ」
「置いてきたのよ」
「のろまな護衛騎士ね」
「クルクスはのろまね」
「「ねー」」
何が楽しいのか、ふたご姫はクスクス笑う。
クルクスというのがふたご姫の護衛騎士なのだろうか。
今頃必死になってふたご姫を探しているだろうクルクスさんに心の中ですこし同情する。
――それにしても、変わっている子たちだ。
話すときは必ず姉のセルフィから話して、妹のシルフィが追従する。喋り方もまるで歌っているようにリズミカルで、まるでお芝居をみているよう。
ふたご姫を見る私の顔がよっぽど変だったのか、ジェイドさんが小声で「言葉遊びに最近凝っていらっしゃるみたいで」と教えてくれる。
…子どもならではの、こだわりなんだろうか。
私の複雑な心境とは裏腹に、ふたご姫はまたお互いに顔を寄せ合って小声で話していたと思うと、好奇心できらきら輝く可愛らしい顔をこちらに向けてきた。
「あなた、聖女のおねえさま?」
「ご飯をつくるおねえさま?」
…っ、おねえさま…!
おねえさま呼びの威力に思わずクラっとしたけれど、何とか冷静を装って「はい」と言って頷く。
「みつけた」
「みつけた」
「なんだか地味ね、シルフィ」
「なんだか地味ね、セルフィ」
ええー…。
まぁ、自分が地味なのは承知の上なので、それほど傷つきはしなかったけれど…。
可愛らしい顔がふたつも揃ってがっかりしている様は、無性に謝りたくなる心境にさせる。
「…お姫さまは、一体ここへ何をしにいらしたんですか?ええと、護衛騎士を撒いてるうちに迷い込んだとか?」
気を取り直してそう聞くと、双子はシンクロした動きでふるふると首を振る。
「おねえさまは知ってるかしらシルフィ」
「いいえ、きっと知らないわセルフィ」
「なら教えてあげましょう。明日は聖人フェルファイトスの聖誕祭」
「そして大切な人へ感謝の気持ちを伝える日」
「わたくしたち、素敵な贈り物を探しているの」
「わたくしたち、特別な贈り物を探しているの」
「…ああ。そう言えば明日でしたね」
双子の言葉に、ジェイドさんが納得したように頷く。
「大昔の聖人フェルファイトスの聖誕祭には、家族と共に過ごし、大切な人に贈り物をする習慣があるのです。……誰かへの贈り物に異界の品でも探しにいらっしゃったのでしょうか」
「「そうなの」」
双子はこくこくと頷く。
「おとうさまには押し花を」
「おかあさまには刺繍を」
「いちばんめのにいさまはポプリを」
「にばんめのにいさまのはどうしようかしら」
「にばんめのにいさまのだけが決まらないの」と困った顔で首を傾げるふたご姫はとても可愛らしい。
にばんめのにいさまとはカイン王子の事だろう。いちばんめのにいさまというのは第一王子のことだろうか。第一王子には私は会ったことがない。この国の次期国王へと目されている人だ。
「でも困ったわ」
「そうね困った」
「「にばんめのにいさまのは特別なのに」」
「何にすればいいかしら」
「何にするべきなのかしら」
ふたご姫は如何にもほとほと困り果てた、と言った様子で頰に手を当てて、こちらにちらりちらりと視線を向けてくる。
…要するに、贈り物を見繕えということなのだろうけれど。なんというか、4、5歳の少女が向ける仕草というには、異様に大人びていて何だか複雑な気分だ。
…でも、贈り物と言われてもなあ…。
我が家を見渡してみる。
祖父が建てたというこの家は、基本的に古い。
古ぼけた柱時計、何かの集合写真が入った額縁、謎の木彫りの仮面や定番の熊の置物。色が褪せた土産物のタペストリー、何故か複数個ある地方名入りの提灯。そんなスタイリッシュとはかけ離れたインテリアが雑然と飾られている。…如何にも昔の家といった風情だ。
ふと、頭の中にカイン王子の姿を思い浮かべて見るけれど、うちにあるものでカイン王子に相応しいものなんてあるとは思えない。
…木彫りの熊をあげても喜ぶとは思えないしねえ…。
「…異界って地味ね?シルフィ」
「想像以上よね?セルフィ…」
ふたご姫もそう思ったらしい。
眉を下げて、困惑気味にお互い顔を見合わせている。
私はうーんと考え込む。
折角私を頼りに来てくれた可愛らしいふたご姫を、このまま返すのは忍びない。
私にできそうなこと…うん。ひとつしかないな。
考えるまでもない。
私は思いついた事を、ふたご姫に提案した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私とひよりが小さな頃、祖父母の家でお手伝いをするときに使った子供用のエプロンがある。
ふたご姫には少し大きいけれど、紐の長さを調節してなんとか着せる。
ベビーピンクのエプロンには兎のアップリケ、水色のエプロンにはくまのアップリケが付いていて、とても可愛らしい。
最初は無地だったエプロンに、母が私たちが選んだアップリケを縫い付けてくれた思い出の品だ。
ふたご姫は、クリーム色のドレスが汚れないように袖を捲り、髪をリボンで括った後、エプロンをつけて居間に持ち込んだ姿見の前でくるくると自分の姿を映して楽しそうにしている。
私は台所で材料の準備をしていて、ジェイドさんはそれを手伝っていた…そんな時。
バタバタバタッと、騒がしい足音が聞こえたかと思うと、誰かが縁側から居間へ飛び込んで来た。
「ひ、姫さまああああああ!」
「「あ、クルクス」」
白髪混じりの黒髪を振り乱し、焦った様子で飛び込んできたのが、件のふたご姫に撒かれた護衛騎士らしい。
少し垂れ目の瞳は灰色。優しそうな眼差しを目一杯釣り上がらせて、クルクスさんはふたご姫に詰め寄る。
「姫様がた、探しましたよ!どうして俺を置いていくんですか!貴方がたを守るのが俺の仕事なのに、置いてかれちゃあ仕事にならないじゃないですかあ!」
唾を飛ばして詰め寄るクルクスさんに、ふたご姫は嫌そうに顔を反らしながら「ごめん?」と全く反省した様子は無いけれど、一応謝っている。
因みにクルクスさんは見た目は30代前半に見える。白髪混じり…もしかして、物凄く苦労しているんだろうか。
「うるさいクルクス」
「うざい、クルクス」
「姫様がた、酷い!」
やっぱり、心労からくる若白髪に違いない。
「それにしても姫様がた、今日はなんでこんなところに…。……カイン王子に怒られますよ」
「ふふふん。これから贈り物をつくるのよ」
「ふふふん。特別な贈り物をつくるのよ」
「贈り物って、カイン王子のやつですか、何にするか決まったんですか」
「「ドーナツよ!クルクス」」
「…どうなつ?」
不思議そうに頭を傾げるクルクスさんを、ふたご姫はふふん、と鼻で笑う。
「「ドーナツよ、クルクス」」
「無知ねクルクス」
「馬鹿ねクルクス」
「姫様がた、やっぱり酷い!」
怒るクルクスさんを中心に、ふたご姫はクスクス笑いながら彼の周りをくるくる回っておちょくる。
…随分と仲がいいことで。
ふたご姫は実に楽しそうだし、怒りながらもクルクスさんもちょっぴり嬉しそうだから、いつもの光景なのだろう。
「…で、その異界の菓子を姫様がたと作ると」
「うちには王子様に贈れるような品はないので…私たちの世界の菓子なら珍しいでしょうし」
「却下」
「…は?」
「聖女の姉君。茜様でしたか。却下です」
クルクスさんは真顔でそう言い切る。
「ええと。…理由をきいても?」
「菓子を姫様がたが作るなんて…あの小さなおててで生地をぐっちょぐっちょ…ああ、いかん!だめだ!あの玉の肌が荒れたらどうするんだ!だから却下!」
「過保護か!!」
思わず思い切り突っ込んでしまった。
ジェイドさんもドン引きしているのが見える。
ふたご姫は、クルクスさんの言葉を聞いた途端表情を消して、
「クルクス気持ち悪い」
「クルクス変態」
罵倒を浴びせつつ冷たい視線を向け、徐々にクルクスさんから距離をとる。
そのふたご姫の様子に、クルクスさんは我に返ったのか、「ひっ」と小さく悲鳴をあげて「嘘!嘘です!」と自らの発言を速攻覆したのだった。
私は生温い視線をクルクスさんへ投げかけつつ、保護者の許可もでたので、本格的にドーナツの調理に取り掛かるために、ふたご姫を台所へ案内することにした。
ついでにクルクスさんが靴を履いたままだったので、それを指摘すると、彼は大いに焦り、片足でぴょんぴょん飛び跳ねながら靴を脱ごうとして盛大に転んでいた。
――なんだか非常に残念な護衛騎士さんだ。
気を取り直して、台所と居間を繋ぐ引き戸を閉めようとした時、ジェイドさんにクルクスさんが小声で「いいのか?」と話しかけていたのが聴こえたけれど、その時の私は然程その事には気にとめずに、聞き流してしまった。
今回作るのは、グレーズドドーナツ。
イーストを使って、ふわふわに仕上げるドーナツだ。
ドーナツ屋さんでよくみる、グレーズ…とけた砂糖でコーティングされたあの定番のドーナツ。シンプルで、何個でもいけちゃう罪なやつだ。
まず、バターは混ぜやすいように小さくカットしてから、常温に戻しておく。
そして、卵なんだけども…。
「どきどきするわ」
「はらはらするわ」
ふたご姫がそれぞれ卵を持ったまま固まっている。
軽い力で調理台の角でヒビを入れるように言っても、恐る恐るこん、こんと打ち付けるだけなので、全くヒビが入らない。
そんなふたご姫の様子を、彼女たち以上にはらはらどきどき見守っているのはクルクスさん。
…お願いだから、瞬きはして欲しい…。
目が血走って怖い。
「シルフィ、わたしやるわ!」
「セルフィ、ほんとなの!?」
いい加減焦れてきた頃に、姉のセルフィ姫が決意したようにそう言うと、少し強めにコン!と角に卵をぶつけた。
するとどうだろう。…見事に卵にヒビが…。
「セルフィ様、すんばらしい!」と騒ぐクルクスさんをジェイドさんが必死で抑えている。
そんなクルクスさんの事は丸々無視をして、セルフィ姫はヒビをそっとシルフィ姫に見せて満足げだ。
驚きに頰を染めてそれを見ていたシルフィ姫は、セルフィ姫と目を合わせて頷く。
そして、彼女も角にコン!といい塩梅の力加減で卵を打ち付けると、卵に入ったヒビを確認して、ふたご姫はにっこりと笑いあった。
そして、慎重にボウルの上で卵を割ると、こちらへ出来た!とボウルの中身をみせてくれる。
…かわーいーいー!
卵ひとつでこんな可愛らしいふたご姫に、よく出来ましたとばかりに頭を撫で撫でしてあげると、ふたりは少し恥ずかしそうに頰を染めた。
後ろで誰かが倒れた音が聞こえた気がしたけれど、知らないふりをする。…ジェイドさん、処理は任せた!
次は卵と牛乳を人肌ぐらいまで小鍋で温めておく。
薄力粉、強力粉、砂糖、ドライイーストを混ぜて、そこに温めておいた卵液を少しずつ入れて、ゴムベラで纏まるまで混ぜる。卵液のおかげで、ほんわかあったかい生地を、居間のちゃぶ台の上に置いた捏ね台の上において…
「さあ!捏ねていきますよー!」
「わたし、やるわ!」
「…わたし、やるわ」
張り切って言ったわたしの声に、はじめにセルフィ姫が元気よく手を挙げて、その後に控えめにシルフィ姫が続く。
そう言うだろうと思って、あらかじめ2つに分けておいた生地を、ふたご姫の前に置いた。
私も自分の分を作るつもりなので、自分の生地を手に取る。
小さな手で、つん、と恐る恐る触っていたふたご姫は、緊張しながらも小さな手で私の真似をしながら生地を捏ねていく。
柔らかい生地を捏ねる楽しさに段々と気付いたのか、暫くするとふたご姫は積極的になってきた。
…子供の頃の粘土遊びって、無性に楽しいよね。
充分に捏ねられたら、今度は常温に戻したバターを練り込んでいく。
「べとべとだわ、おねえさま」
「ぐちゃぐちゃだわ、おねえさま」
「「なんか、きもちわるい!」」
その気持ちはよくわかる。
ふわふわぷよぷよの気持ちいい手触りの生地に、バターを練り込むと、バターのぬるぬるが生地に絡んでなんともいえない手触りになる。しかもバターが混ざると、折角まとまった生地がベッタベタの…スライムみたいな感じになって、手に纏わりつくのだ。
この時のうわあってなる気持ちは、実際に作ってみた人にしかわからないだろう。バターを練り込むパンを作るときは大抵こういう状態になるので、慣れるまでなかなか大変だったりする。
「我慢ですよ。お二人とも。頑張って捏ねてると、纏まってきますからね!」
ふたご姫は、実に疑わしげな顔で私を見つめると、顔をしかめながら手元の生地をネッチャネッチャと粘着質な音をさせながら捏ねていく。
流石に子どもには重労働なのだろう。
ふたご姫の額には、じんわりと汗が滲んでいる。
まだまだ幼いふたりが、一生懸命生地を捏ねる姿は微笑ましい。
――カイン王子のこと、好きなんだな。
子どもは得てして飽きやすいものだ。
その子どもであるふたご姫が、これだけ真剣にドーナツ作りに臨んでいる。
これこそ、ふたご姫がどれだけカイン王子を想っているかの証なのだろう。
なんとか我慢しながら、生地をネッチャネッチャ捏ねていると、段々と手触りがなめらかになってくる。捏ね台にへばりついていたものや、ベタベタだった手も綺麗になり、生地がひとつに纏まると次の段階だ。
その生地を更にやり方を変えて捏ねていく。
一旦生地を捏ね台において、生地の端を片手で摘んで…。
パ――ン!
思いっきり、台に叩きつける!
そして、伸びた生地をまた二つ折りにして、同じ側の生地を持ってパ――ン!!
ちょっと乱暴な仕草に、ふたご姫は顔を引攣らせる。
なんせ、台に叩きつけられる生地からは結構な音がするのだ。その音に怯えているのだろう。
…これを大体5〜60回ほど繰り返すんだけど…。
「姫さまあああああ!」
生地を叩きつける音で覚醒したクルクスさんが、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「なんだ!なにがあった!パーンってしたぞ!?」
「あはは」
「貴様か…!?貴様、姫様がたに何をした!?いや、何をさせるつもりだ!」
わあ。ふたご姫じゃないけど、この人結構うざい。というか面倒臭い…。
私がクルクスさんに、生地の捏ね方を説明すると、彼は自分がやると言い出した。
曰く「姫様がたにこんな事はさせられない」との事。まあ、よくよく考えると一国の姫様がする事ではない。クルクスさんの反応もある意味正しい。
どうしたものかとふたご姫を見ると、流石に疲れたのかふたりともぐったりしている。
まだまだこれから出来上がるまで時間がかかるので、ここは素直にクルクスさんにお願いする事にした。
クルクスさんは、手を洗うと嬉々として生地を捏ね台に叩きつける。
「姫様がた!俺の勇姿を!みててください!」
パ――ーン!!!
「ふはははははは!」
パンパンパ――ーン!!!
勢いよく叩きつけ続ける彼の姿に、もしかして苦労してるのはクルクスさんじゃなくて、ふたご姫の方なのかな…と、幼い姫様がたが少し心配になってしまった。