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ほろ酔いは、お豆腐と共に4

 精霊ワンダーランドと化した我が家。

 妥協は許さない――その言葉にめまいを覚えつつも、なんとか踏みとどまる。



「……茜、大丈夫かい」

「大丈夫ですよ……ふふふ。人外や精霊に関わると、いつもこんなもんですよね! ええ!」



 私はやけくそ気味に叫ぶと、台所で好き勝手動き回っている精霊たちを、配膳台の辺りに集めた。



「精霊さんたち。お手伝いありがとうございます! でも、台所の中のものを勝手に触らないでくださいね! お手伝いして欲しい時は、ちゃんと言いますからね」

 ――はあい。

「シャアアア!」

「ピュルルル!」

「……」

「あうー!」



 精霊たちは、私の言葉に神妙な面持ちで頷いている。つぶらな瞳の大きな蜥蜴やら、置物みたいな人形っぽいものまで、真面目くさって私を見てくるので、なんだか可愛い。



「ほほ。まるで精霊使いのようじゃのう!」



 ティターニアは、そんな精霊たちを見て、ニマニマ意地の悪そうな笑みを浮かべている。対して、フォレはどこか憮然とした表情だ。

 私はくるりと振り返ると、今度はティターニアとフォレに向かって言った。



「ふたりも! こういうことは予め言っておいて下さいね!? 私、自分の頭がおかしくなったのかと思ったじゃないですか」

「ぐぬう。あちきは悪くないもん」

「妾には、予め言っておくという発想がなかった!」



 悪びれる様子がないティターニアに呆れながらも、取り敢えずは、このふたりは料理をするのに邪魔にしかならないので、居間へと追い返す。

 そして、扉を締めたところで、一気に気が抜けてしまった。


 ……幻覚じゃなくて良かったああああ。


 さっきまでの、酷く焦っていた自分が急に馬鹿らしくなってきて、思わず天井を仰ぐ。すると、ジェイドさんが手を差し出してくれた。



「お疲れ様。大丈夫かい?」

「はい。すみません、変な事態になってしまって……」

「ははは。茜のせいじゃないだろ?」

「そうなんですけどね」



 ジェイドさんの手を借りて、立ち上がる。

 すると、私を心配そうに見つめている精霊たちが視界に入って、思わず噴き出してしまった。



「――ああ、もう。本当に、予想の付かないことばっかり起きるんだから」



 そして、少しだけ笑ったあとは、改めて腕まくりをして、冷蔵庫へ向かった。

 休まないのかと、ジェイドさんが心配している。けれど、そうもいかないのだ。



「だって、千年ぶりの供物なんでしょう? 随分長いこと、食べてなかったんですね。私だったら、絶対に無理です」

「そりゃあ、相手は精霊だからね、人間とは違うだろ?」

「でも、精霊たちは美味しいものが大好きでしょう? きっと、精霊王さんも好きですよ。なら、早く食べさせてあげたいじゃないですか!」



 すると、精霊たちがわっと沸き立ち、私の傍に寄ってきた。

 そして、それぞれが思い思いに、あちこちに体を擦り付けてきた。どうやら、感謝の気持ちを表しているつもりらしい。



「あはは。妥協はしないですけど、頑張って作りますから。なるべく精霊界には連れていかない方向で、お願いしますね?」



 私は、精霊たちにもみくちゃにされながら、初めてまめこに会って、恐怖を感じていたあの頃が懐かしいなあなんて、ぼんやり考えていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 これから作る料理は、手作りの豆腐をたっぷりと使った、豆腐のフルコース。

 豆腐の美味しさを、最大限に味わえる、そんな料理にしたいと思っている。


 折角なので、ティターニアとフォレに味見をしてもらうことにする。

 精霊王に供物を捧げる前の前哨戦。このふたりが満足してくれれば、安心できそうな気がしたのだ。

 まあ、今回は精霊たちの力を借りているから、いつもよりは美味しく作れるはず。

 少し味見をしてみると、普段と変わらない味付けをしているのにも関わらず、脳天が痺れそうな程の美味しさだ。これなら行けそうな気がする!

 拳をこっそりと握りしめて、ガッツポーズ。私としては満足だけれど――さて、あのふたりはどう反応するか。

 私は少し緊張しながら、料理を仕上げていった。



「さあ、まずは基本中の基本! 湯豆腐ですよ! 柚子――ティトのポン酢か、ゴマだれで召し上がれ!」



 丁寧に昆布で取った出汁の中に、シンプルに四角く切った豆腐だけを入れた、湯豆腐。

 沸騰させないように、とろ火で温めた豆腐は、大豆本来の味を堪能するには、最高の一品だ。



「……んん! なんじゃ、これは! 豆のくせに甘い! 酸っぱいたれと合う」

「ハフッ……それに、ふるふると柔らかいこの触感。舌の上でとろりと蕩ける……うう、豆の汁を固めただけだと言われて不安だったが、これならばいくらでも食えるのう」



 ティターニアは、お酒も飲んで上機嫌だ。勿論、湯豆腐のお供は日本酒。それも大吟醸だ。

 ご機嫌の妖精女王は、一升瓶から日本酒を手酌で注いでは、あっという間にグラスを空けていく。



「この日本酒というのは、湯豆腐の素朴な味を邪魔しなくて良いな。うむ、気に入った」



 ティターニアは、嬉しそうに一升瓶に頬ずりすると、フォレに無理やり酒を勧めたりしていた。

 お酒のお陰で、食が進んだのだろうか。気がつくと、用意した湯豆腐は食べ尽くされてしまった。

 どうやら、湯豆腐は好評のようだ。ならば、次だ!



「さあ、次はこれですよ。揚げ出し豆腐! たっぷりのあん(・・)と絡めてどうぞ」

「――ぬ、ぬぬぬ! ねっとりとしたあん(・・)に、カリッと揚がった豆腐の香ばしさ……!」

「でも、中は柔らかいのなあ。ううう、すりおろしの生姜と食べると美味い」



 わざとカリカリに揚げた豆腐に、飴色の粘り気が強いあん(・・)が絡む、揚げ出し豆腐。これは、居酒屋の大将直伝の味だ。手作り豆腐だから、大将が作るものよりも、どっしりしていて食べごたえがある。醤油を効かせたあん(・・)には、摩り下ろし生姜を加えるとさっぱり。一緒に添えた、茄子とししとうの素揚げもあん(・・)と絡んで、揚げ出し豆腐に彩りを添えている。

 ここまでは、どちらかと言うとあっさり系……次は、濃い味で畳み掛ける!



「そろそろ、お肉も恋しいでしょう? ゼブロさん特選! 霜降りの黒角牛のお肉と煮込んだ、肉豆腐です!!」

「うわああ、口に入れた途端に、肉が溶けて消えてしもうた。それに、味が染み染みじゃのう。白い豆腐が、中まで汁で染まっておる。肉の脂が、甘じょっぱいたれと一緒に、豆腐に纏わりついて……前の二品とは、また違う味わいじゃのう」



 日本であれば、一体いくらするのか想像するだに恐ろしい、王族御用達の黒角牛のお肉は、豆腐と一緒に長いこと煮込まれていたのに、驚くほど柔らかい。フォレは、木の精霊だというのに、野菜よりもお肉が好きらしく、皿をひとりで抱え込んで、無言で食べているほどだ。



「さあ、箸休めですよ。おからを出汁で炊きました!」



人参や、ひじき、それに枝豆なんかも一緒に炊いたおから。おからは、豆腐を作るときに出来る副産物ではあるけれど、おからなりの美味しさというものがあると思う。これは、時間が経てば経つほど味が馴染むので、翌朝に食べると堪らなく美味しいんだよね。



「……優しい味がする。あちき、これ好きじゃ」

「ほほ。出汁が効いていて、良いの。具材も沢山で、色鮮やかで目にも楽しい」


 

 さてさて、おからで程よく口を休めたら、最後の豆腐料理は、締めを彩る刺激的な中華だ。



「ふっふっふ。最後のは強烈ですよ! 激辛四川風麻婆豆腐!」



 真っ赤に染まった麻婆豆腐は、熱々の土鍋に入れて。

 グツグツと沸いているその様は、血の池地獄のよう。ふんわり立ち上る湯気を、迂闊に吸い込むとむせそうなくらい、大量に唐辛子を投入してある。



「熱……! 辛……ッ!! ひええ、あちきには辛すぎる!」



 どうやら、フォレは辛いものが苦手らしい。直ぐにギブアップしてしまった。けれど、もう一人――ティターニアは違った。



「ふおおお、いいではないか。いいではないか! たっぷりの挽肉に、真っ赤になるほどの唐辛子! なんじゃ、舌がしびれる……山椒? ほほう! これは良い。弾ける酒が合うんじゃないか? うむ、うむ!」



 ティターニアは、麻婆豆腐が気に入ったらしい。時折、「辛い!」と悲鳴を上げながらも、もりもり食べている。さいの目に切った豆腐に絡みつくのは、豆板醤と甜麺醤、それに山椒をたっぷりと入れた真っ赤な肉味噌。一口食べると、全身から汗が噴き出すこと請け合いの、激辛味!

 白いご飯に掛けて、丼にして食べても美味しいと言うと、キラリと目を光らせたティターニアは、早速ご飯に麻婆豆腐をぶっかけていた。


 全部の料理を食べ終わると、流石に満腹になったのか、ふたりはごろりと床に横になってしまった。

 ティターニアなんかは、一升瓶をひとりで開けてしまって、顔がほんのり赤くなっている。

 私は、そんなふたりの傍に座ると、少しドキドキしながら感想を聞いてみた。



「ど、どうでしたか」

「……うむ。いつもながら、美味かった。妾は(・・)、大満足じゃ。そこの精霊は知らぬがな」



 ティターニアは、可笑しくて堪らないと言った風に、ニヤニヤしながらフォレを見ている。

 フォレは、非常に複雑そうな顔をして私を見ると、ほんのり頬を染めて言った。



「……悪くなかった」

「ほほお。物凄く美味かったそうじゃ。良かったの、茜」

「な! ちが……ッ!!」



 フォレは勢い良く体を上げると、もごもごと何か口の中で言った後、脱力して下を向いてしまった。



「……うう。そんなに、あちきと一緒に精霊界に行くのは嫌か?」

「嫌というか……あそこは、人間が住めるようなところじゃないでしょう」



 私が呆れて言うと、フォレは「そうかのう。気合でなんとかなるじゃろ?」と、無責任なことを言っている。

 ティターニアは、そんなフォレを見て、瞳を三日月型に歪めて笑った。



「ほほほ。木の精霊の核は、お主の料理によほど惚れ込んでおるのじゃな。モテモテじゃのう、茜」

「ばっ……妖精女王、お前は馬鹿か! ほれ、惚れてなどおらぬわ!」

「ティターニア。茶化すのはやめてください……」



 すると、フォレはすっくと立ち上がると、精霊王へ捧げる料理のある場所を聞いてきた。

 台所の配膳台に置いてあるというと、さっさと台所に足を向ける。そして、居間の台所を繋ぐ扉の辺りで、こちらを振り向くと――。



「……美味かった」



 照れくさそうにそう言うと、台所に姿を消した。

 一瞬、居間がしんと静まり返る。台所には、後片付けをしているジェイドさんが居るはずだけれど、大丈夫だろうか。すると、後ろからティターニアが抱きついてきた。



「――さあ、これで一段落じゃな。茜、飲むぞ!」

「えええ、まだ明るいですよ?」

「調理は終わったのじゃろ? つまらぬことを言うでない」

「駄目ですよ。夜になるまで待ってくださいね」



 頬を膨らませている女王様の姿に苦笑しつつも、フォレが気になったので台所を覗く。

 すると、そこには精霊王のぶんの料理も、沢山居た精霊たちの姿も、フォレの姿もなく――困惑気味のジェイドさんと、いつもどおりのまめこの姿があるだけだった。

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