ほろ酔いは、お豆腐と共に3
グチグチと文句を言っているフォレを、なんとか説得して、精霊王に捧げる料理を作るのは翌日の夜からということにした。その日は、私を攫うと宣言しているフォレが近くに居るからということで、ジェイドさんも我が家に泊まり込んで警備することになり、周辺の警備の兵士も増員して、厳戒態勢を敷くこととなった。
その日の夕食の準備をしながら、篝火で煌々と照らされている外を眺めて、ため息を吐く。
自分のしたことの結果ではあるけれど、かなり大事になってしまい、なんとも申し訳ない気分になってしまった。
すると、落ち込んでいる私に、ジェイドさんはこう言ってくれた。
「確かに、茜のしたことは後先考えない行動だったとは思うけれど、友人のためにしたことなんだから、人としては間違ってはいなかったと、俺は思っているよ。それに、茜を守るのが俺の仕事でもあり、この国の兵士の仕事でもある。君が気に病むことじゃないよ」
「……うう。そう言ってもらえると、気が軽くなります……」
「そうだよ! おねえちゃん!」
帰ってきた妹も、笑顔で胸を叩くと、何も気にすることはないと言ってくれた。
「寧ろこの国のひとたち、精霊王にご飯を作る役目を仰せつかったお姉ちゃんが、羨ましくて堪らないみたいだよ? まあ、精霊を信仰する人たちからしたらねえ。皆、あわよくば精霊王の御姿が見れるんじゃないかって、喜々としてこの家の警備に就いているみたい。おねえちゃん、すごいねえ!」
「――ひいい!? なにそれ!!」
そのうち伝説の料理人なんて呼ばれるんじゃない!? と、大はしゃぎの妹に、思わず頭を抱えた。
……どうしてこうなった!!
兎にも角にも、皆に迷惑を掛けている以上は、気を抜くことなく、きちんと精霊王に料理を作るという役目を果たさなくてはいけない。……そう決意していたのだけれど――騒動の発端、当の警戒対象であるフォレは、呑気に我が家の居間で夕食を食べていた。
「――おかわり!」
元気よく差し出された手に、おかわりの親子丼を渡すと、フォレは舌なめずりをして丼に臨む。そして、思い切り口の中へとご飯を掻き込みながら、精霊王へと捧げる料理のリクエストをいくつか挙げていった。
出来れば、木の精霊の恵み――野菜や穀物をメインにした料理がいい。そして複数品、それぞれ趣が違う料理を用意すること――そして、何よりフォレが食べたことのない料理にすること。
「とろっとろ。ふわふわ。肉がいっぱいじゃ。美味いのう。美味いのう」
そんな条件を私に突きつけながらも、フォレは親子丼をほっぺを真っ赤にして食べ、二回もおかわりした。
一回目はあおさのり、二回目は一味唐辛子をたっぷりかけて、味変をしてまで食べ、小さなお腹がぽっこりと膨れてしまったくらいだ。食べ終わった後、フォレは満足そうな顔でソファにごろりと横になってしまった。そんなフォレを、一緒に御飯を食べていたひよりは呆れ顔で眺めている。
「おねえちゃん。この精霊、『母』とか言うのにご飯を持って行くためだとか言っていたけど、正直なところ、おねえちゃんのご飯が好きなだけなんじゃない?」
未だに食卓で親子丼の具をつまみにお酒を飲んでいるティターニアは、「恐らくそうじゃろうなあ」と、訳知り顔で頷いた。
……まあ、美味しそうに食べてくれているぶんは、悪い気分はしないけれど。
私たちのそんな会話を聞いていたフォレは、上半身だけをソファから起こし、足をパタパタさせて、不貞腐れた様子で言った。
「うるさいわ! 一度でいいから、生身でそやつの料理を食べてみたかったのよ。ぐふ、美味かったのじゃ。また、食べてやっても良いな。やはり、精霊界に連れて行って閉じ込めておくべきかな。そうしたら、あちきは毎日お前の料理が食べられる。お前も、何も考えずに好きな料理だけしておればよい。ぐふふ、互いに良いことばかり。それがよい、それが」
「……妄想を垂れ流すのをやめよ。お前は、そういうところが気持ち悪いのう」
ティターニアは、顔を引き攣らせて、ぐふぐふ笑っているフォレを眺めている。
「おお……これは」
妹は、そんなフォレを見て、何か思いついたらしい。嬉しそうな顔をしてこちらを振り返った。
「閉じ込めるとか言い出してるし、ヤンデレという奴では」
「ひより、冗談にならないからやめて……ヤンデレって、すごく怖いんだけど!?」
「大丈夫だよ。おねえちゃんのことは、聖女である私とティタちゃんで守るからね!」
「聖女様、俺も居ますよ」
「おおう、そうだった。おねえちゃんには、ジェイドさんという騎士が居るんだったねえ」
「ひより!」
妹はからかい気味に、私とジェイドさんをニマニマと見た後、やれやれと言った風に首を振った。
「まあ、何はともあれ。精霊界に連れ去られないように、おねえちゃんは美味しいご飯を作るしかないね。精霊との約束は破れないらしいじゃない」
そうなのだ。実は精霊との約束は、喩え口約束だったとしても、契約の意味を持つのだそうだ。そして、その約束を反故にすると、大変なしっぺ返しを食らうらしい。
「だ、大丈夫かな? 口に合わなかったらどうしよう……」
私が不安に思っていると、妹は自信たっぷりに頷いた。
「大丈夫、大丈夫! 後のことは私たちに任せて、お姉ちゃんは何も考えずに、いつもどおりにご飯を作ればいいんだよ。心配しなくても、おねえちゃんのご飯は美味しいからね」
「そうじゃな。お主なら大丈夫じゃ」
「なんなの、その謎の自信……」
戸惑っていると、妹は「おねえちゃんのご飯は、とある筋には大評判だからね」と、ニヤニヤしている。その言葉に、何故かティターニアまで頷いて同意していた。
なにがなんやら、訳がわからない。ひとり頭を抱えていると、急に妹とティターニアが、寝そべっていたフォレをふたりがかりで担ぎ上げた。
「ひえ!? なんぞ? なんぞ?」
少しウトウトしかけていたフォレは、何が起こったのか理解できずに、キョロキョロと周囲を見回している。妹は、そんなフォレには構わずに、片手を上げるとにっこり微笑んだ。
「まあ、おねえちゃん、細かいことは私に任せておいて、自信を持って頑張って! じゃあ、何を作るか考えておいてね〜ジェイドさんと仲良くね〜」
「え、ひより? どこに行くの? ティターニアも!」
「妾と聖女は、ちょっと用事があるのでな」
ふたりはニカッと歯を見せて笑うと、フォレを担いだまま、あっという間に居間から立ち去ってしまった。
「ひえ!? あちきをどこに……寒い! あちき、寒いのはぁぁぁぁぁぁ……」
フォレの悲鳴が、段々と遠くなっていくのがわかる。どうやら、家から出ていってしまったようだ。
残された私とジェイドさんは、誰も居なくなってしまった居間にぽつんと立ち尽くし、暫く呆然としていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おはよう、フォレ。なんだか元気がない気がするけれど」
「……なんでもない」
翌朝、かなり遅くなってから現れたフォレは、なんだか不貞腐れているように見えた。
事情を聞いてみても答えてはくれず、私と目も合わせてくれない。フォレの後ろにあるソファには、ティターニアがふんぞり返って朝っぱらから葡萄酒を飲んでおり、居心地が悪そうではある。
因みに、妹はいつもどおりに、浄化の準備に出かけていった。どうやら、私を守る任務はティターニアに一任したらしい。
「フォレ、妾に酌をする名誉を与えてやろう」
「あちきは、核ぞ! そんなことするわけが……あああ、酒臭い! 寄るな!」
ティターニアは、フォレに葡萄酒を片手に絡み始めると、私に目で合図して、ひらひらと手を振った。
どうやら、今のうちに料理をしろということらしい。私は小さく頷くと、早速料理に取り掛かることにした。
「さて、始めようか」
客間に泊まったジェイドさんも、いつもどおりの紺色のエプロンを着けて、台所に立った。
今日作るのは――手作り豆腐。
日本に戻ってきたときに食べた揚げ出し豆腐。その味に感動した私たちは、あちらにいるときに、豆腐作りに必要な道具と作り方が載った本を買ってきていた。そして、夏の終わり頃に一度、ジェイドさんと一緒におぼろ豆腐を作ったのだ。その時は、シンプルに醤油を掛けて食べたけれど、とても美味しかった記憶がある。
「木の精霊が司る食材……つまりは、穀物か野菜の料理となると、豆腐がうってつけだと思うんですよね」
「そうだね、確かいろんな食べ方があるんだっけ?」
「はい! 私の祖国で遠い昔から親しまれてきた豆腐は、メインにもサブにもなるとっても凄い食材なんですよ。だから、豆腐を使っていろんな料理を作ろうと思います! 揚げたり煮たりすれば、同じ豆腐でも色々楽しめるので」
流し台にあるボウルの中には、水が張られ、山ほどの大豆が沈んでいる。昨日から浸水させておいた大豆は、たっぷりと水を含み、まん丸から楕円へと、枝豆を彷彿とさせる姿に変化を遂げていた。
「まめー」
早速調理を始めようとしたその時、ふらふらと台所に現れたまめこが、徐にボウルを覗き込んできた。
「まめこ? どうしたの……って、ええ!?」
――その瞬間、大豆がほのかに金色に輝いた。
「何したの!?」
「まめっ!」
大豆が輝いたのは、ほんの一瞬だ。輝きが消えた後の大豆は、特に変化は見られなかった。
思わず、ジェイドさんを見る。ジェイドさんも訳がわからないらしく、首を振って困惑気味の様子だった。まめこは相変わらず、ゆらゆら揺れながら、大豆入りのボウルを覗き込んでいて、これ以上何かをするつもりはないようだ。
まめこが、魔力で何かをしたのは、間違いないのだろうけれど……。
「……どういうことでしょうね?」
「まあ、まめこのことだから、悪いことはしないとは思うけど……」
ヤンデレ疑惑のあるフォレとは違い、まめこが私に対して、悪さをするようなイメージはない。
――まあ、まめこを信じるしかないかな。
私たちは頷き合うと、ふたりでまめこの頭を優しく撫でる。すると、まめこは嬉しそうにぴょん、と跳ね、狭い台所の中をゆらゆらとご機嫌で歩き回り始めた。
「……さあ、作り始めましょうか!」
「ああ!」
そうして、私は精霊王に捧げるための、豆腐作りを開始した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
豆腐作り自体は、工程さえ間違えなければ、然程難しいことはない。
まずは、十分に水を吸い、2〜3倍程度に大きくなった大豆を、水と一緒に粉砕しなければならない。
ちらりと、用意した水を見る。これは、我が家に普通に常備してあった軟水のミネラルウォーターだ。実は、そのことが若干引っかかっていた。
「お豆腐は、出来れば美味しいお水で作った方がいいんですよね。精霊王に捧げるんですから、もっと水にも拘った方がいいんですかね……。ペットボトルの水じゃあなあ……」
「へえ、そうなのかい」
――ふふふ。それは、しんぱいいらないわ?
「ん?」
ジェイドさんと話していると、耳元で鈴を転がしたような少女の声が聞こえた。更には、視界の隅を水色の何かが横切った。どきりとして、何かが横切った辺りを見てみても、特に何もおらず、いつもどおりの台所の風景があるだけだ。
「……?」
「茜、どうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません。まあ、今はあるもので作るしかないですね。うん」
――空耳だろうか。確かに、少女特有の甲高い声が聞こえたんだけれど。
勘違いだろうと気を取り直して、ミキサーに大豆と水を入れて粉砕していく。暫くミキサーを回して、大豆が滑らかになったら、生呉の完成だ。そうしたら、それを鍋に移して――。
「……ひっ!」
生呉を入れた鍋を手にした私は、コンロの真横に、何かが居るのに気がついた。
ちろ、ちろ、と舌を出し入れしている、艶やかな黒曜石のような鱗を持つそれは、先日よく目にした――……。
「茜?」
ジェイドさんに再び声を掛けられて、ふと我に返る。もう一度コンロに視線を向けても、何も居ない。
「茜、もしかして具合でも……」
どうやら、ジェイドさんは何も見ていないらしく、特に変わった様子はない。
こめかみを指で解して、大きく息を吐く。……炎の精霊なんて、居るわけがないじゃないか。きっと、疲れているんだ……。私は、ぐっと顎を上げて前を見ると、ジェイドさんに笑顔を向けた。
「あ、いや。すみません、なんでもありませんよ。さあ、頑張りましょ!」
「無理をしたら駄目だよ?」
「はい!」
次は、煮込みの工程だ。生呉は焦げ付きやすいので、しゃもじでゆっくりかき混ぜながら煮込んでいく。ふつふつと細かい泡が沢山出てくるので、このまま煮込み続けると噴き出してしまう。だから、一度沸騰したら、火を止めて泡が落ち着くまで待機。泡が落ち着いたら、弱火にして十分くらい煮込んでいく。
「ザルに濾し布を用意しておいたよ。そろそろかな?」
「あ、ありが……」
すると、ジェイドさんの用意してくれたザルの影に、小さな土塊人形のようなものが見えて、思わず口をつぐむ。それに、僅かにザルが光を放っているような気がする。ゴシゴシと目を擦ると、その土塊人形の姿は消えていた。……さっきからなんなんだ。見間違えにしても、あまりに頻繁すぎて、なんだか心配になってくる。疲労を越えて、既に過労の域に達しているのかもしれない。
確かに、疲れてはいるのだ。昨日は早朝から古の森に向かったし、昨晩はフォレが近くにいることもあって、ぐっすり眠れなかった。でも、過労になるほど疲れてはいない気がするのだけれど。
ふるふると頭を振って、頬を軽く手で叩いたら、気合を入れ直す。知らないうちに、疲れを溜めていたのかもしれない。ミスをしないように気を引き締める。
次は、煮終わった生呉をお玉で掬って、ザルに張った濾し布に入れていき、濾し布を閉じたらお玉の背でギュッと絞る。すると、白い液が染み出してくるのだ。そう、これが豆乳だ。
「ここまでは順調ですね」
「茜が少し変なこと以外はね。ほら、代わろう。少し休んでいて」
「後、ちょっとですから。やれます!」
「まったく。君は……」
呆れ顔のジェイドさんを他所に、私は豆乳を絞りきると、鍋を用意して、そこに絞った豆乳を入れて煮込んでいく。豆乳を熱する際に注意すべきなのは、あまり熱しすぎないこと。75〜80度くらいになるように、温度計を使って火加減を調整する必要がある。
「ええと、温度計……あった……って、ええ……」
すると、温度計を手に取ろうとしたら、また変なものが視界に入り込んできた。
それは、土塊人形が温度計を取り囲み、不思議な踊りをしている光景だった。
「……ジェイドさん」
「……茜、俺にも見えているよ」
とうとう、この幻はジェイドさんにも見え始めたらしい。ふたりで顔を見合わせて、また視線を戻すと、やはり温度計の周りに居た土塊人形の姿は消えている。
「……疲れているのかな」
「ととと、取り敢えず、先に進めましょう。早く豆腐を作り終えたいですし!?」
「あ、ああ……。そうだね」
「ええと、次はにがり用のぬるま湯……」
――はい、どうぞ?
「あ、ありがとうございます。用意してくれたんですね、温度もいい感じ!」
ぬるま湯が入ったコップを受け取ってから、また硬直する。ジェイドさんは首を振っているし、まめこがぬるま湯なんて用意できるはずもない。
ああもう、なんだこれ!
「ふ、ふふ……さあ、にがりを入れましょうね……」
「茜、だ、大丈夫だ。俺が守るから」
「期待しています……」
温めた豆乳に、ぬるま湯で溶いた、海水から作られた天然にがりを流し込む。ゆっくり2〜3回だけ混ぜて、蓋をして暫く蒸しておく。そうすると、にがりの効果で豆乳が凝固してくるのだ。
それから15分ほど経つと、鍋の中の豆乳は、ふわふわの白い塊と透明な液に分離していた。
「後は、これを注いでいって……」
さらし布をセットした豆腐箱と呼ばれる木箱に、お玉でふわふわの白い塊を注いでいく。そして、蓋をしたら、重しを乗せて、程よく水分が抜ければ――豆腐の完成だ!
豆腐が固まった後、水に入れてアク抜きをする必要はあるけれど、なんとかやりきった。
変な現象が起きているこの場所で、よくもまあ出来たもんだと、胸を撫で下ろす。ジェイドさんも同じ気持ちなのだろう。若干ではあるが、表情が和らいでいた。
「じゃあ、後片付けをして、ちょっと休憩してから、次の調理に取り掛かりましょうか」
「そうだね」
若干フラフラしながら、使い終わった道具を洗っていると、まめこが台所を歩いている姿が目に入った。けれど、足元に偶々蜥蜴が居て、踏んでしまったらしい。シャアアア! と威嚇音を発せられ、まめこは「まめー!?」と逃げ出してしまった。
「……」
じっと、まめこを威嚇している、大きな黒い蜥蜴を見る。黒い鱗の隙間からは、炎のような赤い光が漏れ、やたら大きな蜥蜴はのそのそと台所の床を闊歩していた。
――ああ、やっぱり見間違いじゃなかった。
その時、どこからか飛んできた白い鳥が、私の肩にとまり、「ピュルルルッ!」と可愛らしい鳴き声を上げた。ふと、周囲を見回すと、まめこに似た姿をした異形が、台所の隅で揺れている。土塊人形は、キッチンスケールに乗ったり降りたりを繰り返している。ひゅんひゅんと、青い小人が空を飛んでいる。
……もう我慢の限界だった。私は、思いの丈を込めて、思い切り叫んだ。
「――ああああ!! なんで、精霊がここにいるの!!」
「茜……ツッコミがものすごく遅い気がするよ」
ジェイドさんの呆れ返った声が聞こえる。見ると、ジェイドさんの頭の上には、沢山の水の精霊が乗っていた。木の精霊は、ぶら下げてあるにんにくに触ろうとぴょんぴょん跳ねているし、土塊人形――……大地の精霊は、冷蔵庫の上に乗って足をぶらぶらさせてご機嫌だ。天井の辺りには、風の精霊が飛び回っているし、更には、コンロ周りは蜥蜴みたいな火の精霊だらけだ!
「ほほほ。凄いのう。これだけの精霊が集まっているのは、ここか精霊界くらいではないか」
ほろ酔いで、薔薇色に頬を染めたティターニアが、楽しそうに笑いながら台所に入ってくる。ティターニアは、片手に酒瓶を持ち、逆側には頬を膨らませたフォレを小脇に抱えていた。
「ティターニア! どういうこと!」
私が詰め寄ると、ティターニアではなくて、フォレが答えた。
「……昨日、聖女と妖精女王に、力づくで他の核に連絡を取らされたのだ。そしたら、他の核も参加すると張り切りだしてな。そやつらは、核たちの派遣した精霊どもじゃ。ヒトの娘の料理を、美味くする手伝いをする」
「……手伝い!?」
「水の精霊は、最高品質の水を。土の精霊は、道具の能力を最大に引き出す。火の精霊から出る火は、食材の旨味を最大限に引き出し、木の精霊は野菜や穀物を最上級の品質に変える。風の精霊は――あ〜、なんか風を吹かせる!」
「風の精霊だけ、ちょっと残念なんですけど!?」
「言うな、風の精霊の核が怒るぞ。あちきだって、こんなのは本意ではない。手柄を独り占めし、『母』の愛を一身に受ける計画が……ッ!! ううう」
フォレは涙を浮かべて、プルプルと震えている。
きっと核同士の関係も色々とあるのだろう。だけど、私はフォレを気遣っている余裕はなかった。
その次にフォレの口から飛び出してきた言葉に、気を失わないようにするだけで精一杯だったのだ。
「実はな、『母』に供物を捧ぐのは、千年ぶりのことなのだ。他の核が言っておった。――妥協は許さぬ、と」
さあっと、血の気が引いて行くのがわかる。
ジェイドさんが支えてくれているお陰で、倒れないで済んでいるけれど、寧ろ意識を手放したいくらいだ。
「ほほ。精霊どもは実に欲に忠実じゃの。恐ろしや」
ティターニアは楽しそうに笑うと、戸棚に置いてあるお酒を真剣な顔で漁り始めた。