逝く者、遺された者、最期のご馳走3
ティターニア、ジェイドさんと私で、棄てられたという木の神殿を目指すことになった。因みに、テオは何処かへ行ってしまった。ティターニア曰く、何処に居ても呼べばすぐ来るらしい。人外とは不思議なものだ。
ユエは古龍と話があると、その場に残ることになった。
相変わらず、私の感情はすぐ顔に出てしまうらしい。擽ったそうに笑ったユエは、私の手をぎゅっと握りしめて言った。
「ジェイドといい、ふたりは心配してばっかりだ。僕は大丈夫だよ、友達のために行くんだろ? 気にせずに行ってらっしゃい……って、抱きつかないで!?」
ユエはとても晴れやかな表情で私たちを見送ってくれた。
それでも、どうしても心配だった私は、歩きながら何度もユエの方を振り返る。
そんな私のことを、ティターニアは呆れ顔で見ていた。
「……お主は、本当にお人好しよの。いつもいつも人のことばかり。自分のことを、きちんと考えておるのかと、妾の方が心配になるわ」
雪の中を進みながら、ティターニアと話しながら進む。妖精は重さがないのだろうか。私たちが、息を弾ませ雪をかき分けながら進む中、雪面上を普通の地面を歩くようにして、すいすいとティターニアは進んでいく。
「か、考えてますよ! これでも」
「非常に疑わしいな。何か問題にぶち当たっても、酒で紛らわせて先送りにしておるのではないのか」
「――もしかして、私のことずっと見てましたね!?」
くつくつと楽しそうにティターニアは笑う。
そんなティターニアの様子に、私は内心酷く戸惑っていた。
冬の始め。雪虫が舞っていたあの日。
私の部屋で、泣きながらチコの花の髪飾りを見ていたティターニア。愛するケルカさんが見つからないと、涙を零していた彼女。その時の様子と、今の様子がどこかしっくりこない。
私と会わなかったほんの一ヶ月ほどで、エルフの死生観を受け入れたということだろうか。
他人である私ですら受け入れがたいのに、愛する人が死の間際にある当人が、簡単に受け入れられるものなのだろうか――いや、それはあくまで私の価値観に基づくもので、それは日本で培われたものだ。そもそもここは異世界で、ティターニアは人間ですらない。
ぐるぐる、ぐるぐる考えてみても、一向に考えがまとまらない。私の頭の中を、いろんな疑問が駆け巡る。
――なんだか、このまま見過ごすと後悔する予感がする。
「ほれ、着いたぞ」
けれど、私が疑問を口にする前に、目的地に着いてしまったようだ。
ティターニアが指差す先、そこにはなんの変哲もない一本の木が生えていた。
私とジェイドさんが顔を見合わせていると、ティターニアは徐にその木へ近づいた。そして次の瞬間、腕をその幹に突き刺したのだ。すると驚いたことに、ティターニアの細い腕は、木の幹に飲み込まれて、先が見えなくなってしまった。
「この先じゃ。はよう。時間がない」
ティターニアは、するりと全身を木の内へと潜り込ませ、姿を消してしまった。
「……い、行きましょうか」
「そ、そうだな」
私とジェイドさんは、顔を引き攣らせながらも、頷き合う。そして、ふたり手を繋いで、その木の中へと飛び込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――木の幹をすり抜けた先。そこには、鬱蒼と茂る森のなかに廃墟が広がっていた。
「ここは……」
欠けてしまったり、崩れてしまったりしている巨大な石柱、高い壁、蔦の意匠が掘られた石像などが、静かに雪に埋もれて佇んでいる。天井も崩れて既になく、かろうじて残っている通路からは、冬空が覗いている。
その廃墟は、レイクハルトで見た湖に沈んでいた風の神殿を思わせる造りで、その広大な敷地から、元々は巨大な建造物であったことがわかる。
「ここが嘗ての木の神殿じゃ。さあさ、見えるじゃろう。あの一際大きな枯れ木。そこが目的地じゃ」
ティターニアは、足早にその場所に向かって進んでいく。その後を置いていかれないようについて行くと、やがて目的地へと辿り着いた。
「……なにこれ……」
その枯れ木は、大樹と言ってもいいくらい巨大な幹を持っていた。この間見た、ツェーブルの結晶樹を思わせるその巨大な幹は、既に朽ちていて木の体を成していない。
それだけであれば、特に驚くことはない。けれど、今も遺るその巨大な幹の内部――そこは、違和感の塊でしかなかった。
――なぜならば、空洞になった木の幹……その中には、まるで製造工場の配管のようなものがびっしりと配置されていて、更にはぽつん、と錆びついたベビーベッドのようなものが放置されていたのだ。
「……なんで、こんなものが木の中に」
……ぞわり。
全身に鳥肌が立つ。この異世界に来て、色々なものを見てきた。沢山驚きも、感動もした。ここは異世界だ。未知のものがあっても不思議ではない。けれど、この光景はどうだろう。
元の世界の建造物――それも工場を思わせる、大小様々な配管。小さな子どもを入れておくことくらいしか、用途が思い浮かばない低い柵。柵に着いているのは、子どもをあやすためのメリーにしか見えない。
ああなんて。なんて……不気味なのだろう。
それは、魔法と不可思議なもので溢れる、この世界には似つかわしくない風景。
まるで、異物が歪に入り混じったような、そんな気持ち悪さがあった。
ひとり青ざめていると、ティターニアが教えてくれた。
「ここは、嘗て木の精霊の『核』が居たと言われる場所なのじゃ」
「……『核』。炎の神殿にも居た……」
「そうじゃ。この地は、嘗ては木の精霊信仰の中心じゃった。今は見る影もないがな」
ティターニアは、ベビーベッドの内部に、躊躇なく手を差し入れ、何やらゴソゴソやっている。
「……この朽ち果てた木はな。世界樹……嘗てはそう呼ばれていた、精霊信仰の要、神宿る木よ。テスラ、レイクハルト、ジルベルタ。三国の境にある古の森では、森の民を中心として、日々世界樹に祈りを捧げていた」
「……どうして、そんな大切な木が朽ちているんですか」
「精霊ではない別の神を信仰する人間どもが、この神宿る木に火を放ったのじゃ」
それは、邪気の氾濫が起こるよりも前の事件。エルフたちは必死に抵抗したのだそうだけれど、抵抗虚しく、世界樹は燃え尽きてしまった。
「信仰対象を失ったエルフは、次第にこの土地を離れていった――最後まで残っていたのがケルカたちの一族なのじゃ。ティルカは、この土地に残るつもりはないようだし、ケルカが理想郷に旅立てば、この古の森からは完全にエルフは姿を消すことになる」
ティターニアはベビーベッドの底に書かれた、魔法陣らしきものを探していたようだった。
どうやら、それを見つけたらしい彼女は、そっと薄黄色の魔力を全身から迸らせ始めた。
「また、ひとつの祈りの場が消える。時代の流れとは言え、残酷なものじゃの」
そして、その魔力を魔法陣に注ぎ込み始めた。
すると、魔法陣は緑色の光を放ち始める。一体何が起きるのだろうかと警戒していると、視界に緑色のものが入り込んできた。
「うー!」
それは、木の精霊ドライアド。私の腰ほどの背丈で、未成熟な少女のような体型をしている。頭の天辺から葉っぱを茂らせ、全身が木の皮で覆われている。この朽ちた神殿で嘗て信仰されていた、植物を司る精霊だ。
「ま、まめこ!?」
「う?」
思わず、我が家に住み着いているドライアドのまめこかと思って声を掛けると、それはぴたりと動きを止めて、不思議そうに首を傾げた。
どうも反応が鈍い。どうやら、違う個体のようだ。
……ぐっ。見た目じゃあ判断出来ない!
「ごめんなさい、人違い……精霊違いでした!」
「うー!」
私が頭を下げると、そのドライアドは気にするな、と言った風に頭を左右に揺らした。
すると、魔法陣に魔力を注ぎ終わったティターニアがこちらにやってきた。
「……一体しか現れなんだか。まあ、良い。一体でも構わぬ。アレが手に入れば、問題ないじゃろう……」
嘆息したティターニアは、ドライアドの前に、懐から取り出した葉っぱで包まれたものを置いていく。
「……それは?」
「供物じゃ。冬じゃからの、手に入れるのは難儀をしたが――カクロクの実という。それを、甘い樹液で煮たものじゃ。木の精霊に捧ぐ供物と言えば、カクロクの実と決まっておる」
――カクロク!
それは、確か元の世界で言う「栗」相当の実のはずだ。紅葉狩りの時に、栗ご飯にして食べた記憶がある。……そう言えば、鑑定結果にも神や人外に捧げる供物に使われるとあった気がする。
ドライアドはゆらゆらと揺れながら、つんつんと指先で足元に並べられた供物を突いている。
ティターニアは供物を並べ終わると、美しい所作でドレスの裾を捌き、その場に跪いた。
「それで、何をするの?」
「最後の晩餐に使う恵みを貰い受けると言ったじゃろうが。黙っておれ」
すると、ティターニアは目を瞑り、頭を下げ、胸の前で手を組むと、祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「――我、森の民と縁を結ぶもの」
おお……なんだか、すごい儀式が始まるっぽい。私が興味深く見守っていると、しゃがみこんで繁々と足元の供物を見ていたドライアドが、ぴょこん! と勢い良く立ち上がったかと思うと、とてとてとあどけない足取りでこちらに近づいてきた。
――そう、祈りを捧げているティターニアを放置して。
「……え!? はあ!? ちょ、違う違う! あっちあっち!」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。指でティターニアの方を指差して、戻るように促すけれど、ドライアドはゆらゆら揺れながら、私を見上げるばかりで戻ろうとしない。
――瞬間、背中に冷たいものが流れる。
自分が蔑ろにされることを、とことん嫌う妖精女王の祈りを無視するなんて。
ティターニアの怒る様を想像して、冷や汗が出てきた。た、確か、ティターニアって、怒ると呪いを振りまくんじゃなかったっけ……!?
案の定、完全に祈りを無視された格好になったティターニアは、怒りの形相を浮かべて、勢い良く立ち上がった。
「……なっ! なんじゃ、お主。妖精女王である妾が、精霊なんぞに跪いてやっておるのに! 茜! 何をした!」
「な、なななな何もしてませんってば!」
「ならば、何故妾の祈りを無視してそっちへ行くのじゃ!? 返答次第では呪うぞ!」
「そんなことを言われてもお!」
するとドライアドが、私のコートの裾を引っ張った。
何事かと見下ろすと、ドライアドは木で編まれたような、歪な手を上に向けて開き、緑色の魔力を迸らせ――ぽこぽこと手の平から、黄金色の茸を生やし始めたではないか!
「……ごはん」
そして、その茸を私にグイグイと押しつけ、何故がご飯を強請り始めた。
「え、え、え……!?」
訳も分からずあたふたしている私を他所に、ティターニアは先程まで真っ赤になって怒っていたというのに、ドライアドが出した黄金色の茸を指先で摘んで、繁々と眺めている。
ジェイドさんは慌てて、私とドライアドを引き離そうとしてくれたけれど、ドライアドは手からぽこぽこ茸を生み出しながら、只管、ごはんごはんと連呼するばかりで、離れようとしない。
「「「……ごはん」」」
すると、少し離れた場所から、また別の声が聞こえた。
――まさか。
勢い良く声がした方へ振り返ると、瓦礫の影から沢山のドライアドがこちらにやってくるのが見えた。
皆、一様にご飯、ご飯と連呼していて、ゆらゆら揺れながらこちらへやってくる。
「〜〜〜! い、いっぱいきたあああああ!」
なんだろう、昔見たゾンビ映画の主人公の気分……! って、んなこと考えている場合じゃない!
迫りくるドライアドから逃れたくて、ジェイドさんの後ろに避難する。けれど、ドライアドたちはジリジリと迫ってきていて――うわあああ! 怖い! めっちゃ怖い!
「――妖精女王! これは、どういうことだ!」
抜剣したジェイドさんが、ドライアドを牽制しつつも、ティターニアに問うと、茸を見つめたまま考え込んでいた妖精女王は――にやあ、と悪そうな笑みを浮かべた。
「ほほほ。妾の呼びかけには応えぬくせに、茜には群がるのか。……お主たち、何処かで茜の噂でも、聞き及んだのか? 精霊とは、思いの外人間臭い――いや、最初の一体。お主が先導しておるのか。……ふふ、そうか。お主は特別なのだな。なるほどの」
ティターニアはぶつぶつ言いながら、勝手にひとり納得している。
その間にも、ドライアドたちは私に迫ってくる。
「ちょっと、ティターニア! なるほどじゃなくって、どういうことか説明してください!」
あまりの恐怖に体が震えてくる。必死で、ひとり頷いているティターニアに叫んだけれど、彼女はふふふ、と嬉しそうな笑みを浮かべると、なんとも意味不明の質問を投げかけてきた。
「なあ、茜。お主なら、この茸を使って何を作る? 食べるのはケルカ。あの状態のケルカに食べさせる、異界の料理じゃ」
「……ええ? なんですか!?」
「いいから、はよう。答えよ」
ティターニアは真剣な面持ちで私を見ている。どうやら、遊びで聞いているわけではないらしい。
仕方がないので、脳内のレシピを捲る。あの状態のケルカさんは、咀嚼するのは難しいように思える。だから消化に良さそうなもので、それでもって茸入り……。
「おじやですかね? 体も温まるし、食べやすいし。――でも、材料も道具もありませんよ」
すると、少し離れた場所から、ドサドサドサッ! と何かが落下する音が聞こえた。
もしかして、木から雪が落ちたのだろうか。
にじり寄ってくるドライアドに警戒しつつも、そっと音がした方に視線を向けると、私は思わず固まってしまった。
「……信じられない」
ジェイドさんも、口を開けたまま呆然としている。
そこには、米やら鰹節やらの食材たちが、雪の上に忽然と現れていた。……それも、見慣れた色鮮やかなパッケージに入ったままだ。まるでスーパーから買ってきたばかりのよう。更には、鍋やらお玉やら、食材以外にも料理に必要と思われるものが、一式揃っている。
「やはり。そうか……!」
ティターニアだけは事情を理解しているのか、大喜びで手を打っている。
そして、現れた食材たちの下へと駆け寄ると、楽しげに眺め始めた。
「ああ、なんて素晴らしい魔力。これほど魔力を含んだ食材は見たことがない! 道具すら喚ぶとは! ――桁違いじゃの。異界から、無理やり喚び寄せたのじゃな。ははは!」
ティターニアは大笑いしたあと、くるりとこちらに振り向くと、眩いばかりの笑顔になった。
「ああ、素晴らしい! とんでもないものが釣れたぞ! お主は人ならざるものに好かれることにおいては、本当に規格外じゃな! これらを使って、料理をせよ。ドライアドがお主の料理を所望じゃ。それを、ケルカの最後の晩餐とする!」
ティターニアは、酷く上機嫌で踊るようにその場でくるくると周りだした。
――え、ええええええええええ!?
私は意味がわからず、只々呆然として、その光景を眺めることしか出来なかった。
「ごはんー」
「ごはん、ごはんー」
「ごはん!」
そんな私のコートの袖を、いつの間にか周囲に来ていた沢山のドライアドたちが、無邪気に引っ張っていた。




