聖女が遺したものと、魚介トマト鍋 2
長い長い階段を降りきると、そこで新たな案内人が待ち構えていた。
「あのう、聖女のお姉さまに、護衛騎士さん、黒竜様でしょうか。あたしは、案内人のティアモと言います! どうぞよろしくです!」
その案内人は、どこかあどけない口調で自己紹介をして、私たちに向かってペコリと頭を下げた。
ティアモは、腰までの長い白髪に、透き通るような白い肌、それに赤い瞳を持った細身の美少女だった。先程の兵士と同じような、獣の毛皮をたっぷりと使った衣服の上に、真紅の鎧を着込んでいるのが特徴だ。背中にはクレイモアと呼ばれる大剣を背負っている。
普通ならば、クレイモアのような巨大な金属の塊を、この華奢な少女が使えるのか――そんな疑問が沸くだろうけれど、それ以前に、私の視線はティアモの頭に釘付けだった。
「あたし、ツェーブル王国騎士団第二部隊、部隊長をしていますっ! 生まれも育ちもツェーブルで、色々と詳しいので、なんでも聞いてくださいねえ」
ティアモは、ニコリと白い歯を見せて笑って、筋肉が付いているように見えない腕で、力こぶを作った。
……その瞬間、ティアモの頭が揺れて、ぴょこん、とそれが揺れる。私は、どうしてもそれから視線を外すことが出来なかった。
そう、ティアモの頭の上には、兎のような長い耳がついていたのだ。
その細腕に突っ込めばいいものやら、頭の上の耳について話題に出していいものやら……どういう反応をしていいかわからないでいると、私の視線の行方に気がついたティアモは、手で自分の頭の上のそれに触って、へらりと笑った。
「あー。これ、気になります? 半獣人は、初めてですか?」
「はんじゅうじん?」
「そうです! あたし、人間と獣人の混血なんですよ。この国には、あたしみたいな獣人が沢山います。ツェーブルは半獣人の国。混血の国なんです」
驚いて、周囲を見渡す。すると、確かに顔は人間なのに、頭に角が生えていたり、毛むくじゃらの大きな耳が生えていたり……それに、尻尾がお尻から生えている人がたくさんいるではないか!
「あ、全員が全員なわけじゃあないですけどね。勿論、人間もいますよ! 王族は皆、人間だし」
「……でも、見る限り全員尻尾か、耳がついているよね? 人間は見当たらないけど」
「そこです!」
獣人の耳や尻尾のない人間というのは、私たち以外だと、さっき案内してくれた兵士さんくらいだ。
すると、ティアモはキラリと目を輝かせた。
そして、何やら大きな袋をどこからか引きずってくると、中身をゴソゴソと漁りだした。
「この国に滞在する時はですね……これ〜! 人間も、これを着けるのがマナーなんですっ」
そう言って、ティアモは袋の中から、とあるものを取り出した。
「そ、それを着けるの?」
「そうですそうです。マナーですから〜!」
それは、動物の耳が着いたカチューシャ。それに、服に着けるタイプの尻尾まである!
「最初、皆さん恥ずかしがるんですけどね……そのうち、癖になりますから。大丈夫、大丈夫……」
ティアモは、肉球が着いた手袋をワキワキと動かし……ユエの両肩を掴んで、満面の笑みを浮かべた。
「可愛くしてあげるねっ」
「え、や、また、こういう……!? 嫌だあああああああ!」
ユエの心からの叫びは、辺りに響き渡って――けれど、誰も彼に手を差し伸べる者はいなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ユエは、黒猫のカチューシャとカギしっぽの尾っぽを着けられて、ぐったりと地面に崩折れている。
どうやら、ティアモに取っ替え引っ替え色々な耳や尻尾をつけられて、くたびれてしまったらしい。
私というと、犬のような垂れ耳と、ふさふさの尻尾を着けた。そして、ジェイドさんは――。
「これって……どうなの?」
「ふおおおお!」
ジェイドさんには、ライオンの丸耳に、鬣風のファーマフラー。それに尻尾を着けて貰った。
くっそう、百獣の王……! イケメンはなんでも似合うぜえ……これぞチート。
ファーが物凄くいい仕事をしている。ファーーーー! と、ゴルフ場じゃないのに叫び出したい。
「いやあ、いい仕事をしたのですよー」
ティアモはふう、と額の汗を拭って満足そうだ。
ちらりとふたりを見る。……うむ。うまいことネコ科で揃っている。嫌そうな表情をしているところが、益々にゃんこっぽさを際立たせ、なんとも言えない可愛かっこよさ。こやつ、わかっておる……!
この子となら、通じ合える。そんな予感がした。
私たちは見つめ合うと、互いに頷き合い――固く握手を交わした。
「「……なんなんだよ」」
男ふたりは、熱い友情を育みつつある私たちを、何処か冷めた目で見ていたけれど、気づかないふりをしておいた。
王城への道のりは、歩けない程ではないけれど、それなりに距離があるらしい。
ティアモは乗り物の手配をするか提案してくれたけれど、私たちはゆっくりと街を見ながら行くことにした。
街の中は、結構な人で溢れていた。誰が半獣人で、人間なのかは一見してわからない。けれど、誰も彼もが人間にはないパーツを付けて歩いている姿は、なんだかハロウィンのようで楽しくはある。
けれど、その人々のなかでも、武装している人が多いのが目についた。
どうも、近くなってきた穢れ島での最終決戦に向けて、名をあげようと各地から戦士たちが集まってきているのだそうだ。
「我が国も、一時的に騎士の増員をしているんですよ〜。穢れ島で活躍すれば、騎士に採用するという名目で、人を増やしているのですよっ」
ティアモのそんな言葉を聞きながら、重装備の男たちを眺める。
ふと、街角に目をやると、無邪気に遊ぶ子供たちの姿がある。買い物をしている親子の姿もある。その平和な光景に入り混じる、武装した男たちの姿は、どこか異様で――もうすぐ、戦いが待ち構えているのだと、実感せざるを得ない。
その人たちを、複雑な気持ちで眺めていると、ジェイドさんが軽く私の頭を叩いた。
「ほら、行こう」
どうやら、知らず知らずのうちに、皆に置いてけぼりをくらっていたらしい。
皆に追いつくために小走りで向かう。そうしながらも、私は胸の奥で渦巻く不安な気持ちから、そっと目を逸した。
皆と合流すると、ティアモが湯気が立つ何かを持っているのに気がついた。
「おねーさん、遅いですよ! ほら、ちょっと小腹が空いたでしょー? 食べましょう!」
それは、雪のように真っ白な丸パン。氷麦という、雪の上でしか育たない麦で作られたパンなのだと言う。そのパンは、天辺のあたりが切り取られていて、そこから湯気が立ち上っている。
不思議に思って中を覗いてみると、白いシチューのようなものが入っていた。
……この料理って。
「シチューパンみたい」
思わず口に出すと、ティアモが赤い目をまんまるにして、何度か瞬きをした。
「あら! お姉さん、ご存知だったんです? これは『シチューパン』って言うんですよう!」
「ええ?」
あまりの偶然に驚いていると、ティアモはえへん! と胸を張って言った。
「先代聖女様がもたらした、我が国の名物料理! シチューパンです! 硬めのパンをくり抜いて、そこにホカホカシチューをたっぷり! 器も食べられるし、温かいしで大人気なんですよ〜。ささ、どうぞ召し上がれ!」
ティアモに促されるまま、シチューパンを手にする。
パンを手で千切って、真ん中のシチューに浸した。途端、シチューのいい匂いが鼻を擽る。ごくり、と溢れてきた唾を飲み込んで、シチューでヒタヒタになったそれを口に放り込んだ。
その瞬間、口に広がる心地よい旨味に、思わず目を見張る。
「美味しい! ……この味……貝、かなあ?」
「おお、流石おねーさん! 正解! このシチューには、近海の海で取れた二枚貝がたっぷり入っているんですよ〜」
確かに、白いシチューの中には、貝柱のような物が入っている。
……貝の風味が強いから、シチューというよりはクラムチャウダーっぽいかも。
そんなことを思いながら、もうひとくち。
具だくさんのシチューには、ゴロゴロと沢山の野菜も入っている。特に多いのがじゃがいもだ。たっぷりと煮込まれて荷崩れたじゃがいもが、シチューにとろみを与えていて、かなりもったり。これならば、パンの中に注いでも染みすぎないだろう。
クリーミィで濃厚。色々な野菜の旨味が溶け出し、貝の強い旨味がガツン! と効いたシチュー。それに、パンはハードタイプで、外はカリッカリ。けれど、中はふわふわしているから、そのギャップがなんとも言えず美味しい。スプーンで底をさらってみると、どうやら、くり抜いたパンの中身が入っていたらしい。シチューが内部まで染みきったパンは、口の中に入れるととろりと溶ける。
「――温まるでしょ〜? あたし、これ大好きなのですよう」
「本当だね。この寒い中食べるには、うってつけだ」
ジェイドさんやティアモは、ニコニコ顔でパンに齧りついている。
けれど、その直ぐ側で食べていたユエは、何処か複雑そうな表情だった。
「……これって、本当にマユが? マユのクリンシチーは、もっとジャリジャリで、塩っ辛くて、ドロドロだったよ?」
そう言えば、ユエが前に言っていたっけ。聖女マユは料理があまり上手でなかったらしい。
「おお! 黒竜さまは、もしかして先代の聖女様とお知り合いですか? 」
すると、ティアモは頬をぱっと赤く染めて、興奮気味にユエに詰め寄った。ユエは慣れないヒトが近づいてきたものだから、警戒して一歩引いている。
「うわあ! すごい! 伝説の中の人物を、実際に知っている人が居るなんて!」
「伝説……」
ティアモの言葉に、ユエは表情を曇らせた。それはそうだ、ユエにとっては、マユは伝説の中の登場人物でもなんでもない。親しい友人のひとりなのだ。
けれど、それはティアモは知り得ない情報だ。彼女は、無邪気に笑って話を続けた。
「このシチューパンは、この国に来た聖女様を慰めるために、ジルベルタ王国から一緒に来た料理人が作ったんだっていう言い伝えがあるんです。なんでも、異界の料理を再現したのだとか! 聖女様のお姉さんが知っていたんですから、それが事実だと裏付けされた訳ですね。すごい!」
ティアモは興奮で熱くなった頬に手を当てて冷ましながら、どこか誇らしげに語った。
「この国にはですね、聖女様が遺したものが沢山あるんですよ!」
先代聖女が最期の時を過ごした国、ツェーブル。確かに彼女はここで生き、この場所に様々なものを遺していたようだ。ティアモは自慢げに、聖女が遺したものを羅列していった。
食べ物に限らず、手洗いなどの感染病予防の習慣づけなど細々としたものから、学校の設立、親のいない子どもたちのための施設など……日本の知識を活かした様々なことを遺したらしい。
話だけ聞くと、先代聖女はかなり精力的に活動していたらしい。ティアモの語る先代聖女は、常に正しい行いを心がけ、皆から尊敬されるような――まさしく、聖女といった人物だった。
けれど、ユエは奥歯に物が挟まったような顔で首を傾げている。
彼の知る先代聖女とは、随分と印象が違うのかもしれない。
先代聖女のことを喜々として語っていたティアモは、一息つくと、最後にこう言った。
「特に、半獣人に於いては、先代聖女様は大変な功績を残されたのです。今となっては、ツェーブルは半獣人の国とまで言われていますが……。嘗ては、半獣人は差別の対象でした。一部の悪趣味な人間に、奴隷として売り飛ばされてしまうこともあったのだそうです」
半兎人であるティアモは、色白だし綺麗な白髪も相まって、人間にはない美しさを持っている。
確かに、変な嗜好を持った人間であれば、良からぬことを考えるかもしれない。
「でも、聖女様が私たち半獣人のために、色々なことを取り計らってくれて、生きやすくなったと言われています。この疑似耳と疑似尾もその工夫のひとつ。半獣人と人間の違いをなくすために、この国に住む人間は、尻尾と耳を着けるようになったのです。当時は、目から鱗だったみたいですよ」
確かに、偽物の耳や尻尾をつけるなんて、日本に生きる現代人的な発想だ。
この耳と尻尾にそんな意味があったのかと、感慨深い。
「……そして、奴隷になるかもしれない恐怖に怯える半獣人を憂いた聖女さまは、先頭に立って半獣人の権利を公の場で主張してくださったのです。そのおかげもあって、半獣人を売買した人間には厳罰が下されるようになり、数も減少したのだそうです。……だから、感謝しているんです。こうして、あたしたちが自由に生きていられるのは、先代聖女さまのお陰」
ティアモは、自分の胸のあたりに手をやると、なんの混じりけのない、ただひたすら、純粋に憧れだけを含んだ眼差しでユエを見つめた。
「黒竜様はいいなあ。私も、黒竜様のように長生きだったら……聖女様にお会いして、直接お礼を言いたかったです」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ツェーブルの王城は、町並みを形作るものと同じ白い石で作られ、地底湖のような紺色を基調にした装飾が印象的な場所だった。国旗には私たちが乗ってきた獄炎馬と結晶樹が描かれている。そこで先代聖女の遺物があるという、宝物庫へ立ち入る許可を貰うため、王妃様のお父様である先王様に謁見することが出来た。
白く立派な髭を持った先王様は、ユエを見るなり目を細め、手招きをした。
ユエがおずおずと先王様に近づくと、彼はその細く血管が浮き出ている手で、ユエの頬を撫でる。
ユエは擽ったそうにしていたけれど、されるがままになっていた。
そして、先王様は懐をゴソゴソと漁っていたかと思うと――何かを取り出して、ユエに握らせた。
「飴、食べなさい」
「――僕はお前よりも年上だぞ!?」
からからと笑っている先王様と別れを告げ――因みに、ユエはポケットいっぱいに飴を貰っていた――宝物庫へと向かう。案内してくれた兵士によると、先王は気に入った人間には飴を配るのが好きらしい。
「果汁と、結晶樹の樹液を混ぜた、特別製の飴なんですよ。優しい甘さで、城下の子どもに大人気なんですから」
「……だから、なんで僕を子ども扱いするのさ」
ぶつぶつ言っているユエと一緒に歩いていると、やがて宝物庫の前へと辿り着いた。
兵士は鍵を開けると――ゆっくりと扉を開け放った。
コミカライズは31日からヤングエースUPにて連載開始です!




