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護衛騎士のクリームコロッケ 3

「姉さん、どういうことですか。どうしてここに茜が……」

「あらあ。恋人の一大事だもの。愛しい人のために、茜ちゃんが駆けつけたっておかしくないわ」



 ジェイドさんの険しい視線を、さらりと躱して、エマさんは優雅にお茶を楽しんでいる。

 その様子をフリーダさんはにこやかに見守っていた。

 私はカチコチに緊張しながらも、敵の本拠地こと――伯爵家が社交の季節の間だけ利用するという、王都の屋敷の一室でお茶を頂いていた。

 話を聞くと、フリーダさんは、普段は領地にある屋敷に住んでいるのだという。

 冬は社交の季節。王都で開かれる、様々な舞踏会や会合へ参加するために、雪で閉ざされる前に、貴族たちはこの王都へ態々やってくるのだそうだ。因みに、ジェイドさんは普段は騎士団の宿舎で寝泊まりしている。だから、ジェイドさん自身も、両親に久しぶりに再会したのだそうだ。


 ……それにしても、季節ごとに家を変えるなんて、なんて豪勢な。やっぱり、ジェイドさんって貴族だったんだなあ。


 自分の庶民的な感覚では、到底理解が出来ない世界だ。



「でも、本当は今年は来ないつもりだったのよ。普段の社交シーズンとは違って、今は邪気のことがあるから、どこも舞踏会やお茶会なんて呑気な事をしてないもの。けれど、うちの(・・・)が秋ごろから妙にそわそわしていると思ったら、急に王都の屋敷に行くって騒ぎ出して。幸い、上の息子たちが領地を見てくれているから、こんな時でも王都に来れたけれど……正直、驚いたわ」



 フリーダさんは、手元の紅茶を見つめて嘆息している。

 どうも、ジェイドさんの婚約者を決めると張り切っているのは、お父様のみらしい。



「王都へ来たら、ひとり忙しそうにあちこちに出かけていたと思ったら、いつの間にかジェイドの縁談の話を持ってきたのよ。今までは、領地を継がなくていいジェイドのことは、本人に任せるって言っていたのに」

「多分、どこかで茜ちゃんとジェイドが付き合っているのを聞きつけたんでしょうね。まったく、王妃様から急に呼び出されたこっちの身にもなって欲しいわ。一体、父上は何をしているのかしら。王妃様のお気に入りの女性とお付き合いしているのに、よりにもよって、その仲を裂くような真似」



 私は若干の居心地の悪さを感じながら、ふたりの話を聞いていた。エマさんとフリーダさんは、どうやら私のことは歓迎してくれているらしい。そのことに関しては、嬉しいけれど……。

 どんよりと、自分の気持ちが沈んでいくのを感じていると、ジェイドさんが急に立ち上がって、私の傍にやってきた。そして、私の手を取ると、エマさんとフリーダさんへ声をかけた。



「すみません。母さんも姉さんも。茜と話がありますので、失礼します」

「あらあ。ふたりっきりでどこに行くのお? 若いっていいわねえ」

「姉さん、そんなことばっかり言っていると、老化が進行して目尻の皺が増えますよ」

「……っまあああああ!」



 エマさんの抗議の声をまるまる無視したジェイドさんは、私の手を引くと、部屋を出て、無言で長い廊下を進んでいく。

 私はその明らかに不機嫌そうな背中を眺めながら、時折、やけに温かな視線を投げてくる使用人たちに、ぺこぺこと会釈をしながら、その後を付いていった。


 辿り着いたのは、屋敷の中にある一室。

 もしかしたら、ジェイドさんの自室なのだろうか。そこは、落ち着いた色調で纏められた部屋だ。けれども、何故か冷たい印象を受ける部屋だった。


 ……なんだろう。生活感がないからなのかな。家具は一式揃っているんだけど、部屋主の個性がまったくといってない。なんだか、ホテルの部屋みたいだ。


 そんな感想を抱きながら、キョロキョロと室内を眺めていると、ジェイドさんがソファに座るように促してくれたので、素直に座った。すると、ジェイドさんも私の隣に座ると、大きく息を吐いて、頭を抱え込んでしまった。



「……もしかして、王妃様の差し金というやつかな」

「そうですね」

「ああ! もう! あの人は、本当に勝手なことを……!」



 ジェイドさんはワシャワシャと、自分の髪をかき混ぜると、じっと私を見つめてきた。

 乱れた髪に貴公子っぽい服装がなんとも背徳的……って、おいおいおい。自分、落ち着こうか。ちょっと、普段とは違う格好をしているからと言って、はしゃぎすぎではないか。



「なんで、ニヤニヤしているのさ」

「し、してませんし!?」



 相変わらず、私の顔には感情を隠すフィルターは備わっていないらしい。

 やましい気持ちが伝わってしまったのかと、勢い良く反対方向へと顔を向ける。

 すると、ぎゅっとジェイドさんが抱きついてきた。



「……ジェイドさん?」

「ああもう。格好悪いなあ」



 ジェイドさんの声は、いつもとは違って、どこか落ち込んでいる風に聞こえた。

 顔を見ようとしても、俯いているせいで、見えるのは髪の毛ばかり。今、どういう表情をしているのか、伺い知ることは出来ない。



「本当は、全部解決してから、改めて両親に君を紹介しようと思っていたんだ」

「そうだったんですか」

「なのに、これだよ……」



 ジェイドさんはぶつぶつと何か文句を言っている。抱きつかれているせいで感じるジェイドさんの熱と、嗅ぎ慣れたコロンの香りに、少しホッとしている自分がいる。


 ――ああ、この間、ルイス王子に抱きつかれたときとは大違い。やっぱりなんだかしっくりくるなあ。


 そんな風に思いつつも、体に巻き付いていたジェイドさんの手を、勢い良くベリッと剥がした。そして、首元のひらひらしたスカーフを……思い切り掴んだ。



「え? 茜?」



 ジェイドさんは一瞬、ぽかん、とした顔をしたと思うと、私と目があった次の瞬間に、みるみるうちに顔色が青ざめていく。その蜂蜜色の瞳には、私の顔が映っているばかりで、変なものはないと思うんだけれど。


 ――まあ、それはいい。


 私は、うっすらと目を細めると、昨日、ルイス王子から話を聞いた後から感じていた、心の中のモヤモヤを吐き出すことにした。まあ、言い争っても建設的な話し合いは出来ないので、あくまでにこやかに……笑顔を心がけて。



「――で、私とジェイドさん……ふたりのことなのに、なんでひとりで抱え込んでいるんですかね」

「う……」

「どうして、相談してくれなかったんですか。こういうことを他人から知らされるって、すごく微妙な気分になりません? しかも、よりにもよって、ルイス王子に聞かされたんですよ、お見合いのこと。うっかり、王子をしめ(・・)上げちゃったじゃないですか」

「えっ……王子を? 本当に? それは不味くないかい」

「エーミールさんが、絞め落とさないギリギリを見極めてくれたので、問題ありません!」

「護衛騎士公認!? ……って、そういうことじゃなく、物理的に絞めたのか!?」

「まあまあ。それはいいじゃないですか」

「この国に仕える騎士の感覚としては、よくないと思うんだけど……」



 ぱっとスカーフから手を離すと、ジェイドさんは体勢を崩してしまって、恨めし気な視線を私に寄越した。

 なおも言葉を紡ごうとしているジェイドさんの唇に、指先でそっと触れる。驚いているジェイドさんの瞳を覗き込んで、私の心の中の『想い』が伝わるようにと願って、慎重に言葉を重ねた。



「……私は、そんなに頼りないですか? それとも、やっぱりこちらの世界の女性の方が良いと思ったんですか」

「――そんなこと、あるはずがないだろ!!」



 途端に、ジェイドさんの表情が険しくなる。

 ジェイドさんが即座に否定してくれて、ほっとする。ジェイドさんのことは信頼していた。けれど、それでも何処か不安だったのだ。

 私はコツン、とジェイドさんの額に自分の額を合わせると、ゆっくりと瞼を閉じた。

 ――体の中心から、じわじわと満たされていく感覚。温かいものが、私を染め替えて作り変えていく。この感覚は、ジェイドさんと一緒のときにしか感じられない、大好きな感覚だ。

 ――この感覚を、失いたくない。心の底からそう思う。



「嘘です。……心にもないことを言いました。ごめんなさい」

「……茜」

「でも、こういう事態になったのは、この先のことを、私がはっきりさせていなかったからですね。……ごめんなさい。ねえ、ジェイドさん。浄化が終わったら、どうしようかって、私ずっとずっと考えていたんですよ」

「それは俺もだよ。茜」



 ジェイドさんが私の頬に触れる。

 大きなその手に、自分の手を添えて、すり、と頬をすり寄せた。

 そっと瞳を開けて、ジェイドさんを見上げると、真剣な面持ちで私を見つめていた。



「ね……。考えていたこと、言いましょうか」

「そうだね。俺も言いたい」

「じゃあ、一緒に言います?」

「そうしようか」



 なんとなく。なんとなくだけれど、通じ合っている感覚がする。

 だから、ふたりで見つめ合ったまま、一緒に考えていたことを口にした。



「せーの……っ」

「「――〜〜〜〜!」」



 途端、顔を見合わせ、何度か瞬きをして――お互い、顔をくしゃくしゃにして笑った。

 暫く、クスクス笑いあって、ぎゅうぎゅう抱きしめあって。



「同じですね」

「同じだったね」



 そう言って、また笑いあう。



「やっぱり私、ジェイドさんのことが好きです」

「俺も、やっぱり茜が一番好きだ。……それに、今日はいつもより一段と綺麗だね」

「……ぐっ! この破壊力……! イケメンめ! イケメン強い!」

「偶に、憎々しげに言うそのイケメンとやらは、一体なんなんだよ……」

「内緒です」

「ほほー……じゃあ、言いたくなるようにするしかないな」

「出来るものなら……うむぅ!」



 ――場所は、いつもと違ったけれど、ふたりでいつもみたいにじゃれ合って触れ合う。

 ほんの少しの時間だったけれど、そのふたりきりの時間は、とても心地の良いものだった。

 ……エマさんの下へと戻った後、満面のニヤニヤ顔で化粧を直そうかと言われた時は、恥ずかしすぎて死ぬかと思ったけどね!

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