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護衛騎士のクリームコロッケ 2

「ふ、ふ、お……ぐ、ちょ、待ってえ……」

「ふっふっふっふ。ほらほらほら! この石はね、大地の精霊ノームの加護か込められているという石なのよ。それに、炎の精霊サラマンダーの卵の殻を塗布した特別製! これで……こうやって、こう!」

 ――ゴリィ!

「ふぎゃあああ!」

「余計な脂肪が付いているところを、絞るようにして刺激すると、体のうちから熱くなってくるでしょう!? そらそらそらぁ!」

「ちょ、痛っ、痛いー!」

「我慢なさい! 綺麗になるためよ!」

「やああああああああ!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「待って! 待って……! そんな、そんなところまで!?」

「茜様。大人しくしてください。変なところまで剃り落としてしまいます」

「いや、でも。ああああ……えっ? そこも? えっえっえっ……なんか、お手入れ怠っていてすみません。なんか、女性として申し訳ありません……! 生きていてすみません……!」

「お静かに!」

「はいいいいいい!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「舞踏会に行くわけではありません。お食事も問題なく出来るように、コルセットは止めておきましょう。でも、体の線を綺麗に見せるために、少しは締めましょうか」

「ぐふぉあ!! ……すこ……少しなので……は……」

「コルセットに比べれば、これなんて軽いものです。我慢ですよ、我慢」

「はあ……がんばりま……って、なんですか! そのヒールの高さ……!? 竹馬!? 竹馬ですか……!?」

「今はこれが流行りなんです。竹馬……とは、よくわかりませんが、歩く練習をしましょうね」

「れんしゅうがひつようなほどのひいる」

「宝石はこれにしましょう。王妃様より貸していただいたのですよ。素晴らしいでしょう。これひとつで、貴族の小さな屋敷くらいなら、一軒買えるでしょうね」

「おうちがかえるほどのほうせき……」

「あ、茜様……!? お気を確かに……!!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「まあ……! 素晴らしいわ、茜ちゃん!」

「ふふふ。頑張った甲斐があったというものね」

「更に素敵になりましたね」



 三人は、満足気に鏡の前に立つ私を眺めている。

 私というと、鏡の中に映る自分の姿を呆然として眺めていた。


 ――あの妖艶な美女……エマさんのマッサージのお陰で、いつもよりも顔がほっそりとしている気がする。それに、肌艶もいつもと比べ物にならない。つるつるぷるぷる、しっとり。これぞたまご肌。パックもしてくれたからか、肌の色もいつもより白い気がする。

 それに、その後に王妃様付きの侍女たちが施してくれた化粧。

 念入りなお手入れの後に、高級そうないい匂いのする化粧品で、丁寧に施してくれた化粧のお陰で、目はぱっちり。頬は薔薇色。唇もぷるっぷるのつやつやで、ぽってり。お前は誰だ、誰なんだというキラキラ加減。

 髪も軽く結い上げられて、大粒の宝石が施された髪留め――これがものすごく高いらしい――が、動く度にキラリ、キラリと眩い光を放っている。

 それに、あの優しそうな中年女性――フリーダさんが用意してくれた衣裳。肌触りが良くて、とても軽い。派手ではないけれど、上品なデザインのそのドレス……ドレスなのか? ドレ……ううん……。ものすごく高級そうなその服は、ジェイドさんの魔石としっくりくるデザインだ。

 流石に、あの竹馬かと言わんばかりのヒールは辞退して、五センチくらいのヒールで勘弁してもらった。ちょっぴり、フリーダさんは不満そうだったけれど。



「自分のことながら、変わるもんですねえ……」

「わたくしは、茜ちゃんは磨けば光ると思っていたのよ! これをこれからも継続していけば、きっと……」

「いや、こんなことを普段から繰り返していたら、死にますから。勘弁してください……」

「あらあ、そうお? 残念だわあ〜」



 王妃様は、頭を傾げて、言葉とは裏腹にそれでも嬉しそうな顔をしている。

 他ふたりも似たような表情だ。そして、ここにきてやっと、私はずっと言い出せなかった疑問を口に出すことが出来た。



「……で、王妃様。どうして、今日は私をこんな風にする気になったのでしょうか……」



 時々、唐突にお茶会に呼び出されたりしたことはあったけれど、ここまで大事になったのは初めてのことだ。

 王妃様はカレンさんから、扇子を受け取ると、バッと勢い良く開いて、口元を隠した。

 そして、その美しい碧色の瞳を細めて言った。



「聞いたわ。茜ちゃん……ジェイドのお見合いの話。ねえ、カレン」

「ジルベルタ王国内で、王妃様の知らないことはありません」



 王妃様の言葉に、カレンさんが冷静に答える。

 ……なんでも知っているって、怖ッ!!



「あの伯爵が、勝手なことをしたそうじゃない。茜ちゃんというものがありながら、ジェイドに婚約者……? 駄目よ。そんなこと……!!」

「いち貴族……それも、後継でもない者の婚姻に、王妃様が口を出すのは野暮だと思われますが」

「お黙りなさい、カレン! 他の誰でもない、茜ちゃんのことなのよ!? わたくし、我慢ならなくって……!」



 王妃様は苛々しているのか、扇子を閉じて手を何度か叩いた。というか、カレンさんが王妃様を煽っているようにしか見えない。あっ、ちょっと口端がピクピクしている……!? 面白がってない!?

 王妃様は、そんなカレンさんに気づく様子もなく、ギラリと目を光らせると、扇子を私に突きつけて言った。



「わたくし、茜ちゃんには幸せになって欲しいの。けれど、わたくしがおおっぴらに動くと、大変なことになるから、正攻法で攻めることに決めたのよ! 根回しは完璧なの。後は、綺麗になった茜ちゃんで、特攻を仕掛けるだけよ!」

「と、特攻!?」

「敵の本拠地に攻め入るのよ……! つまり、ジェイドの家に行って、婚約者をあてがおうとしている伯爵を、茜ちゃんの魅力で籠絡するの! エマ、フリーダ。頼むわよ!」

「「おまかせくださいませ。王妃様」」

「えっえっえっえっ……? 意味が……」



 エマさんとフリーダさんは、にっこり笑うと、私の両脇に移動して――それぞれ、ぎゅっと私の手を掴んだ。



「敵の本拠地は、私も、()も、よおおおく知っているのよ!」



 そう言ったのは、エマさんだ。

 そして、フリーダさんは、優しげに目尻に皺を浮かべて「ご安心くださいね」と言って、まったく安心が出来ない事を言った。



「だって、敵の本拠地は、わたくしの家ですものね」



 ――思考が一瞬止まる。

 敵の本拠地……ジェイドさんの家……わたくしの家……?



「茜ちゃん! もう、これは成功したも同然の計画なの。だって――」



 エマさんとフリーダさんが、優しい眼差しを私に注いでいる。

 けれども、私は折角綺麗に化粧をして貰ったと言うのに、タラタラと冷や汗をかいていた。



「ジェイドの母親であるフリーダと、姉であるエマはわたくしの味方なのだもの」



 ――ああ、朝から色々とありすぎたからだろうか。

 その瞬間、私は自分の意識が遠くなっていくのがわかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 小さな子どもが泣いている。男の子が泣いている。

 わぁんと大きく泣いて、誰かに助けを求めればいいのに、静かに誰にも知られずに無言で泣いている。

 小さなベンチに腰掛けて、空を虚ろな瞳で見上げて。

 その瞳から大粒の涙を溢れさせて、ただ空を流れる雲を眺めている。

 ぽろり、ぽろり、ぽろぽろと、静かに音も立てずに溢れた涙は、その子の服を、腕を、地面を濡らすだけ。


 ――誰も、その子の涙を拭ってあげることも、その子の小さな体を抱きしめてあげることもない。

 

 孤独な子ども。ぽろぽろ、ぽろぽろと泣き続けて、終いには足元に大きな水たまり。

 ふと、その子が私を見た。蜂蜜色の綺麗な瞳で、じっと虚ろな瞳で私を見て――。

 小さな、その手をこちらに伸ばした。



「あ……!」

「あら、茜ちゃん起きたのね」



 目が覚めたそこは、どうやら馬車の中のようだった。

 馬の蹄の音が聞こえ、馬車が進むごとにゆらゆらと揺れている。

 私の正面にはフリーダさんが、隣にはエマさんが座っていた。私は、どうやらエマさんに寄りかかって眠っていたようだ。



「え、エマさん……すみません。私……」

「いいのよ。茜ちゃん。気にしてないわ」

「そ、それにッ!! あ、挨拶もしませんで……!!」



 私は居住まいを正すと、エマさんとフリーダさんに、頭を下げる。

 知らなかったとは言え、ジェイドさんのお母さんとお姉さんに挨拶もせず……って、色々とやばくないだろうか。脳裏に、朝に妄想した温い紅茶をかけられて、階段から突き落とされる自分が浮かんできて――ひやりとする。これは、日本人的な感覚なのかもしれないけれど、挨拶で失敗すると、今後何もかもが上手くいかない気がするのだ。


 ……ああああ。最初からやり直したい……!


 ひとり青ざめていると、フリーダさんがくすりと笑った。

 恐る恐る顔を上げてフリーダさんを見ると、とても優しい眼差しで私を見つめていた。

 ――ああ、なんで気が付かなかったんだろう。眼差しがジェイドさんにそっくりだ。



「あら。ご挨拶なら、丁寧なものを頂いたわ。あなたにドレスを選んであげたときよ。もう、何度も何度も頭を下げてもらったもの。よろしくお願いしますって、沢山言葉も貰ったわ。ふふふ、王妃様に突然連れてこられて、訳もわからなかったはずなのに。終わった後も、ありがとうって感謝の言葉もちゃんとね。それだけで充分よ」



 王妃様がいないからだろうか。フリーダさんの口調は随分砕けたものになっていた。

 フリーダさんの言葉は、耳が擽ったくなるくらい温かくて。何故か意味もなく泣きたい気分になって、折角顔を上げたのにまた俯くと、ぽん、と誰かが私の頭を軽く叩いた。



「そうよ〜。私にも沢山挨拶してくれたわね。それにしても、マッサージ中の茜ちゃん! 今思い出しても、可愛かったわあ。真っ赤になって、痛みを堪えている姿……ああ! いいわあ」

「はっ!?」



 隣のナイスバディなお姉さんを見上げると、悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 ……あああああ! 全力で、私をからかおうとしているジェイドさんの顔にそっくり……! そう言えば、この間の女装した時のジェイドさんは、フリーダさんにとても良く似ているじゃないか!



「ああん。ジェイドには勿体ないわ〜! もう、うちの子にならない? なりましょうよ〜!」

「こら! エマ!」



 フリーダさんが止めると、エマさんはチロリと赤い舌を出して笑った。

 エマさんは、話によると既に結婚していて、三人もお子さんがいらっしゃるのだそうだ。王城からは離れた領地にいるのだそうだけれど、今回の為に里帰りしてくれたのだという。



「王妃様の頼みとあれば、どこからでも駆けつけるわ! それに、可愛い末の弟のことだもの。おねえちゃんが来なくてどうするのよ」

「あの……あの! でも、いいのでしょうか」



 私がそう言うと、エマさんもフリーダさんもじっと私を見つめた。

 ふたりの眼差しに一瞬たじろぎそうになるけれど、ぐっと手を握って堪える。

 ……ちゃんと、聞かなければ。



「私みたいな異界から来た、得体の知れない女よりも、こちらの世界の身元のしっかりとした貴族のお嬢さんのほうが、ジェイドさんには相応しいとは思わないのですか」



 その言葉を口にした瞬間、馬車がゆっくりと止まった。

 そして、御者が到着したと声をかけてきた。


 ――ジェイドさんの家に、到着したということだろうか。


 一気に緊張が高まって、ごくりと唾を飲んだ。

 御者の手によって、ゆっくりと馬車の扉が開いていく。



「まあ、その話は後にしましょう。ほら――あの子が来ているわ」



 そう言って、始めはフリーダさんが、次にエマさんが馬車から降りていった。

 取り残された私は、一瞬、どうしようか迷ったけれど、気合を入れて馬車から降りることにする。

 するとそこに、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。



「――母さんも、姉さんも! 今まで何処に行っていたんですか。酷いですよ、今日は協力してくれるって言ったじゃないですか」

「あら、ジェイド。会うなり挨拶もなしになんですか。今日は、お客様がいらしているのよ。恥ずかしい」

「お客様――!? そんな、今日はそれどころじゃ」



 そっと、馬車の中から外を覗く。

 そこにいたのは、いつもの鎧姿でもなく、一緒に出かけた時に見た私服姿でもなく――貴族らしい、上等そうな服に身を包んだ、ジェイドさんだった。


 ……おお、かっこいい……貴公子! 貴公子がいらっしゃる……! ああいう、ひらひらのスカーフ初めて見た! 白馬が似合いそう。飛べ、ペガサス……!(?)


 さっきまでの緊張をすっかり忘れて、私の脳内が一気にお花畑になる。素晴らしく凛々しいジェイドさんの姿に、馬車から降りるのも忘れて魅入っていると、ふと、ジェイドさんがこちらを見た。



「………………あ、かね?」



 ――そして、次の瞬間。

 ぼんっと爆発音が聞こえそうなほど、顔を真っ赤にしたジェイドさんは、くるりと後ろを向いてしまった。



「……ああ」



 ジェイドさんの今までに見たことのない態度に、どうやら私は、あんなに着飾って貰ったのにも関わらず、ジェイドさんにとって見るに堪えない姿をしているらしいと察した。

 私は、遠くを飛ぶ小鳥を眺めながら、そっと馬車の扉を――閉めた。



「ちょ……ッ!? 何してんのあんたたちィ!? 普通、お互い恥じらいながら褒め合うシーンでしょうが! コラァ愚弟! 真っ赤になってないで、茜ちゃんを迎えに……あああ、茜ちゃんのすすり泣きが聞こえる……ッ! 化粧が崩れるから、止めてぇ!」



 その後暫く、その場には焦りまくったエマさんの声だけが響いていたと言う。

こういう、ヒロインが達人たちの手によって磨き上げられる系の展開を一度書いてみたかった。(なんだろう、残念な香りが漂っている気がする……)

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