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炎の儀式とミネストローネ 3(茜視点)

「カインとね。話し合ったの。聖女を喚び出して浄化してもらうことは手っ取り早い解決の手段だけど、いつまでもそうしてちゃあ駄目なんじゃないかって。

 どうにかして、邪気を減らす――最悪、急増期だけでも起きないように出来れば、邪気に苦しむ人も減るし、聖女だって召喚しなくても良くなるでしょう? だからね、決めたの。私、最後の聖女になるんだ。浄化もやり遂げる。聖女も喚ばなくていい様にする。――欲張りだね」



 妹はそう言うと、綺麗な衣裳の袖で顔を拭おうとした。慌ててそれを止めて、タオルで拭いてやる。妹は私のなすがままになって、おとなしく顔を拭かれていた。



「欲張りでもいいじゃない」



 私の言葉に、妹は軽く目を見張った。



「応援してる。それに、ひよりはもう(・・)私の自慢の妹だもの。きっと出来るよ。大丈夫」



 すると、妹は泣きすぎて赤くなってしまった顔を、くしゃくしゃにして――嬉しそうに笑った。



「――そろそろ、いいかな?」



 すると部屋の入り口の方から、男性の声がした。

 そちらへ視線を向けると、そこには気取ったポーズで扉に寄りかかったルイス王子がいた。

 途端、私と妹の目が険しくなる。

 ――あんにゃろう……!

 ふたりして即座に座っていたベッドから立ち上がると、つかつかとルイス王子に詰め寄った。



「やっぱり、茜も参加することで決まった様だね。私の予想通り――ん? あれ? ふたりともいきなりどうし……うお!? 顔が怖い。ちょっと近寄らないでくれないか」

「ちょっと、黙って頂けませんか」

「うっふふふ。面ァ貸してください」



 妹と私とで、ルイス王子を廊下の壁際に追い詰め、ふたりで壁ドン状態で迫る。

 ルイス王子は青ざめながら、両手を上げて反抗する意思はないと態度で示していた。私は文句を言おうとした妹を制して、只管無言を貫く。こういう時は、わーわー文句を言うよりも、無言で相手の罪悪感を煽る方が効果的だ。私は瞬きもせずに、じぃっとルイス王子の瞳を無表情で見つめ続けた。……何故か、一緒にルイス王子を追い詰めていた筈の妹が「ひっ!」と小さな悲鳴を上げたことだけは釈然としないけれど。

 すると、私に見つめ続けられていたルイス王子は、とうとう耐えきれなくなったのか、すいっと私から視線を外した。そして、酷く情けない表情で謝罪の言葉を口にした。



「――うん。本当にごめん。なんでもするから許して欲しい」



 そうして、ずるずると床に座り込んでしまった。

 ――ふ。勝利。



「あらあら。そんなところに座って、どうしたんですか〜」



 その時、おっとりとした声が割り込んできた。それは、神官のヴィルマさん。ヴィルマさんは、片頬に手を当てて、「あらあら、大変ですわねえ」とおっとりと微笑んだ。

 そんなヴィルマさんを、ルイス王子はジト目で見て、溜息を吐いた。



「ヴィルマ……笑ってないで助けて欲しいな。私の繊細なハートは、ふたりの乙女からの攻撃で既にズタボロだよ?」

「可愛らしい女の子ふたりに迫られているのに、何を言ってらっしゃるのかわからないわ〜」

「いや、迫られるというか、視線で殺されそうになってたよ!?」

「ええと……」



 親しそうなふたりの様子に、私と妹が顔を見合わせて困惑していると、ルイス王子は肩を竦めて説明してくれた。



「ヴィルマとは、小さい頃から親しくしていてね。この変わり者とは、長い付き合いなんだよ……ああ、それと。今日に限っては、昔なじみというだけじゃなくってね、もう一つ別の肩書がある」



 ルイス王子は立ち上がると、ズボンに着いた汚れを手で払って、ヴィルマさんの隣へと移動した。そして、親しげに彼女の肩に手を乗せるとこう言った。



「――今回の計画に於いての神殿内の内通者。神官であり森の民(エルフ)であるヴィルマ姐さんだ」

「うふふ。改めまして、よろしくお願いいたします〜」



 そのとき、自分の領域に他人の手が入り込んできたことが気に入らなかったのか、ヴィルマさんの首に巻き付いていたサラマンダーが、思い切りルイス王子の手に噛み付いた。



 がぶり。

「……う、あああああ!!」



 次の瞬間、痛みのあまり、ぴょん、と蛙みたいに飛び跳ねたルイス王子の姿を見て、私と妹は小さくガッツポーズをした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……指がなくなるかと思ったよ」

「ごめんなさいね、ジルケちゃんったら、性格が良い人には噛みつかないのだけど」

「それって遠回しに、私のことを性格が悪いって言ってないかい?」

「あらまあ、うふふ。じゃあ、ジルケちゃんのおくちにその指をもう一度入れてみましょう〜。そうしたら、性格の良し悪しがわかるんじゃないかしら! 名案だわ〜!」

「ちょ、待って。絶対噛まれる未来しか見えないから。本当に勘弁して」



 ――ジルケちゃん、やってしまえ!


 心のなかで、サラマンダーのジルケちゃんにエールを贈りながら、私たちは厨房へと戻った。

 一歩足を踏み入れると、ぶわりと凄まじい熱が体を包む。ジェイドさんは全身汗だくになって、ミネストローネを煮込んでくれていた。

 急いで、冷たい水に浸けて絞ったタオルをジェイドさんに渡す。水も一緒に添えると、少し疲れたような表情のジェイドさんは御礼を言って――何故か私の背後を見て固まった。


 不思議に思って振り返って見ても、そこにいたのはぶつぶつと文句を言っているルイス王子と、それをにこやかに窘めているヴィルマさん、興味深そうにあちこち見ている妹がいるだけだ。



「どうしたんですか? 何かありました?」

「……いや、なんでもないよ。タオルに水、ありがとう」



 ジェイドさんは笑みを浮かべると、私から視線を逸してしまった。


 ……なんなんだろう?


 不思議に思ったけれど、その後すぐにジェイドさんが笑顔で味見をして欲しいと持ちかけてきたので、まあいいかとその時は深く考えることはしなかった。


 鍋の中のミネストローネは、先程見たときよりも色が濃くなっている様な気がする。一面真っ赤な鍋の中は、グツグツとマグマのように煮えたぎっている。辺りには、トマトの甘酸っぱい香りが立ち込めていた。



「もう少し煮込む予定だけど、今の時点でも充分そうだね」

「そうですね……じゃあ、味見をしましょうか」



 小さめの皿にミネストローネを注ぐ。煮えたかどうかを確認するために具材も入れて、丁度いいのでヴィルマさんにも味見をしてもらうことにした。

 スプーンをミネストローネに差し込む。具材がたっぷりはいっているスープは、見るからに濃厚そうだ。息を吹きかけて冷ますと、鮮やかな赤色の表面に僅かにさざなみが立った。

 そっと掬ったスープを口へと含む。その瞬間、トマトの僅かな酸味を感じる。そしてどろりと粘度があるそのスープを噛み締めた瞬間、様々な野菜の旨味が、まるで洪水のように私の舌の上に広がった。



「……美味しい!」



 思わず、じっと皿の中のミネストローネを見つめる。時間を掛けて作ったブイヨン。ブイヨンの中に溶け出している鶏の豊かな旨味。そして、ブイヨンにもスープの具材としてもたっぷり入っている野菜たちの複雑に絡み合った旨味、甘味。一歩だけ飛び出して存在を主張しているのは、セロリだろうか。セロリの風味が爽やかに鼻を抜けて、その後をトマトとたまねぎの甘味、そして控えめな野菜たちの風味が追いかけてくる。濃厚なミネストローネはまるで旨味の塊。ひとくち食べるごとに、強い満足感が私の脳を満たしていく。

 それに具材も食べごたえがあっていい。たまねぎやセロリなんかは、とろとろにスープに溶け込んでいて、姿形は見えない。その代わり、たっぷり入れた豆とじゃがいもが、充分な食べごたえを与えてくれる。

 じゃがいものほくっとした食感。神殿で育てられていた、赤くて大きな豆はよく煮込まれてとても柔らかく、噛みしめるまでもなく舌の上でとろりと溶ける。

 スープの味、具材の食感。どれをとっても、最高の出来だった。



「……ああ、これは。凄いね……なんて濃厚なんだろう。これで、まだ半分の時間しか煮込んでないんだろう?」

「そうです。それに、食べるときにはもう一手間(・・・・・)加えるので、また違う味になるんですよ」

「そうなんだ。……このままでも、とんでもなく美味しいね」

「正直、私もびっくりしてます。うちで試作したときは、こんなに美味しくなかった。普通のミネストローネだったのに」



 ジェイドさんと首を傾げていると、ふふふ、と一緒に味見をしていたヴィルマさんが笑った。



「それはそうですわ。ここは炎の神殿。サラマンダーの炎で調理した料理は、精霊の祝福を受けて最高の仕上がりになるのです。知らなかったのですね」



 自慢げに自分の首のサラマンダーを撫でていたヴィルマさんだけど、次の瞬間、眉を下げてちょっと困った様な表情になった。



「……でも、どうしましょうか〜。今回の目的は、初代聖女のレシピの再現。その味に近づけなくてはいけないのに……」

「どうしたんですか?」



 途端に、不安な気持ちがむくむくと沸いてくる。……もしかして、味が全然違うから、作り直しとか……?

 するとヴィルマさんは頬に手を添えて、ふう、と悩ましげに溜息を吐いた。



「私の記憶にあるミネストローネより、美味しいかもしれませんわ〜」

「――そっち!?」

「まあ、美味しいぶんには問題ないですわよね? ルイス王子」

「ああ。それは寧ろ素晴らしいことじゃないか。そんなに美味しいのなら、きっとサラマンダーたちもお気に召すだろう」



 和気あいあいと話し始めたふたりの様子に、苦労して作ったものが無駄になるのかと肝を冷やしていた私は、気が抜けてしまって床にへたりこんでしまった。



「――茜、大丈夫?」

「あ、はい。ジェイドさん。すみません。でも、ルイス王子。シルフの時と違って、今回は異界から持ってきた調味料を一切使ってませんから、あの時の様に上手くいくかは――」



 座ったまま、ルイス王子を見上げる。すると、視界に入ってきた異様な光景に呆然としてしまった。

 その様子に気がついたジェイドさんも、私の視線を辿って、厨房の天井(・・)を見る。そしてジェイドさんも私の様に、口を開けて固まってしまった。

 ヴィルマさんはそんな私たちの様子に気が付いているのかどうかわからないけれど、にっこりと微笑んで、懐からあの特別製の塩が入っていた小瓶を取り出した。



「ふふふ、茜様。ご心配なさらなくても大丈夫ですわ。私としても、保険(・・)はかけてありますの。

 実はこのお塩は、お話したとおり直接体内に取り込むのなら問題はないのです。けれど、本当は決して料理に混ぜてはいけない、と言われておりますの。何故ならばあの子たちを集めすぎるから。サラマンダーの卵の殻は、サラマンダー自身の大好物なのです! うふふふ! これで計画は成功間違いなし!

 ――ああ、でも。私も驚いているのですよ。この塩を使ったからと言って、普通はこれほどまで、この子たちが集まることなんてありませんもの〜」



 ヴィルマさんは頬を上気させて、恍惚の表情で微笑んだ。そして天井に向けて、まるで祝福するかの様に両手を掲げた。


 ――そう、そこにはいつの間に集まったのか、数え切れないほどの大小様々なサラマンダーたちが、びっしりと隙間なく天井一面を覆っていたのだ。


 その時、漸く異変に気がついた妹が、天井を見上げた。その瞬間。



「ぎゃ、ぎゃあああああ! おねえちゃんッッッ!!」



 妹は私の体に覆いかぶさり「逃げてー!」なんて叫んでいる。妹の全体重が私に伸し掛かってきて、動くことが出来ない。因みにルイス王子というと、天井を見上げたまま真っ白に燃え尽きていた。大騒ぎしている私たちを他所に、うっとりと天井で蠢くサラマンダーたちを眺めていたヴィルマさんは、妹に抱きつかれている私の手を無理やり取って、両手で包み込んだ。

 ちらりと妹越しに見えたその表情は、感動と興奮で満ち溢れていた。



「やっぱり、茜様。あなたの作る料理は、精霊にとって特別(・・)なのですね。

 素晴らしいわ〜! 感動しました……儀式、楽しみですわね!」

「は、はあ……」



 こうしている間も、天井から無数の目が私を見下ろしている。紅、赤、あか、朱。あらゆる赤色が犇めいている。サラマンダーたちは、忙しくちろちろと舌を出し入れして、仲間の背中を踏みつけながらも、天井を這いずり回っていた。


 ――ボトッと落ちてきたらどうしよう……。


 そんな不吉な予感は的中して、固まっていたルイス王子の顔面に、小さなサラマンダーがぽとりと落ちてきて、べったりと張り付いた。

本日の活動報告で、騎士団長ダージルのキャラデザを公開しています。

うちの飲兵衛騎士団長、是非御覧ください〜

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