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第一王子と千切りキャベツの豚しゃぶ鍋 前編

「おねえちゃん?」



 妹の声に、はっとして後ろを振り返る。

 どうやら、妹は中々おやつを持ってこない私を心配して、様子を見に来てくれた様だった。私は表情を取り繕って、不思議そうにこちらを見つめている妹に、すぐに肉まんを持っていくことを伝えた。

 居間へと戻って行く妹を見送って、くるりと振り返る。私は腰に手を当てて、台所に立ち尽くしているふたりをギロリと睨みつけた。ダニエル……ルイス王子は何か面白いものを見ているかの様な表情をしている。因みにエーミールさんの表情筋はぴくりともしていない。



「後で事情を説明して頂けますね……?」



 ……最近、私は強くなったと思う。伊達に日々騎士団長やら王様やら、不可思議な人外たちと過ごしている訳ではないのだ。ここは強気に出ても問題ない……多分!

 一瞬、不安が過ぎったけれど、口を引き結んで、胸を張って。精一杯大きく見える様に、強気に見える様にして、ふたりの反応を待つ。すると、ルイス王子は口元を押さえて笑いを噛み殺しながら「わかったよ」と言ってくれた。



「おねーちゃーん! まだー!?」

「はあい!」



 ああ。居間で、お腹を空かせた妹たちが待っている。

 私は鼻息も荒く、ふたりの間を無理やり割って通り、肉まんをお皿に盛ろうとしたところで――……。



「……あっっつ!!」



 あまりの熱さに、ぽろりと肉まんをひとつ落としてしまった。



「ぶっ、あっはっはっはっは!!」

「ルイス。笑ったら可哀想だろう」



 その瞬間、ルイス王子は笑いを噛み殺しきれなくなって、お腹を抱えて笑いだし、エーミールさんはフォローになっていないフォローをして、そのあまりの酷さに思わず涙ぐむ。

 私はゴシゴシと袖で涙を拭うと、「エーミールさんの方が酷いです!」と文句を言った。



「……そうなのか?」



 無表情のまま首を傾げたエーミールさんが、なんだか憎らしかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その後は大変だった。作った肉まんは十二個。私とルイス王子が味見をした肉まんはふたつ。落としてしまったのがひとつ。残りが九個。集まった人間が、妹、カイン王子、ふたご姫、王妃様。……まあ、カレンさんは侍女だから、主である王妃様と一緒には基本的には食べない。エーミールさんも部屋の隅に控えて、手を付ける様子がない。つまり――五人に対して、肉まんが九個。この肉まんは、ひとつはそれほど大きくない。手のひらよりも少し小さいくらいの肉まんは、ふたつくらいならぺろりといける。


 ……ああ、戦争が起きる。


 私は、皿の上に乗った肉まんを見つめる彼らの様子に、そう思わざるを得なかった。

 ちらりと、王妃様を見る。もしかしたら、大人な王妃様は引いてくれるかもしれない、そんな淡い期待を抱いたのだ。けれど、ひとりソファの上に座った王妃様は、余裕のある笑みを浮かべて、ポンポンと扇子で手を叩いている。やばい、この人本気だ。全力で来るに違いない。そう思わせるオーラを放っていた。



「ふふふ、これってルイスが作ったのよね?」

「そうですよ、母上。私が茜と協力して作ったのです。――初めて料理をしたのですよ。母上のお口に合えばいいのですが」

「そう。ルイスの初めての……」



 きらり、王妃様の目が光る。

 そんな王妃様を、ルイス王子は柔らかな笑みを浮かべ、わざとらしく「初めて」の部分を強調して言った。


 ……あああ、絶対にこの人面白がってる!


 頭を抱えたくなる衝動に耐えながら、引き攣りそうになる口元を引き締める。

 妹はニコニコしながら、何故か肩を回して皿の上の肉まんを眺めているし、カイン王子は「兄上の手作り……」と頬を赤らめている。ふたご姫は「おいしそうですわね!」「いっぱい食べましょうね!」と無邪気に笑い合っていた。

 誰も彼もが、ひとつ食べるだけで済みそうにない雰囲気。

 私とルイス王子がもうひとつずつ食べるという選択肢もある。けれど、その場合でもふたつ余分だ。それを巡って血で血を洗う争いをするよりは、4つ残してひとりに泣いてもらった方が被害は小さくて済むだろう。


 つう、と私の額から冷たい汗が流れ落ち、頬を伝って顎まで辿り着くと、重力に引かれて地面に向かって落ちていった。


 ――ぽちょん。


 畳に、私の汗が落下した瞬間。


 ……戦いの火蓋は切って落とされた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 おやつを食べ終わって、ボロボロになってしまった客人と妹を見送り、後片付けに戻る。


 ……凄かった。内容も、身分的にも、この国の最高決戦とも言える激しいバトル。緊迫した空気が流れる居間。交わされる視線。お互いに飛ばし合う牽制。宙を舞う肉まん。伸ばされる手。暗躍するカレンさん。胸が熱くなるほどの戦いだった。


 最後に、口いっぱいに肉まんを頬張りながら、勝ち誇るようにソファに仁王立ちになり、拳を掲げた王妃様の姿は、まるでナポレオンが旗を掲げているあの名画の様だった。

 今回の様なことは、もう二度と御免だけれど、まあ、楽しい(?)ひと時だったと思う。


 皿洗いが終わって、居間へと戻ると、そこにルイス王子とエーミールさんの姿があった。

 ソファに座って優雅に紅茶を飲んでいるルイス王子の傍らに、騎士姿のエーミールさんが佇む光景は、正に主従。相棒の様に見えていたふたりの姿とはかけ離れていて、なんだか変な感じだ。

 私は座布団を引っ張ってきて座ると、ソファの上のルイス王子を見上げた。



「約束通り、事情を説明してください」



 そんな私を、足を組んで見下ろしているルイス王子は、紅茶のカップをエーミールさんに渡して、優しげな笑みを浮かべた。

 そして、ちらりと廊下に繋がる引き戸を眺めながら言った。



「そうしたいのはやまやまなんだけどね、どうもそんな時間はなさそうだよ?」

「はい?」



 すると、遠くから玄関の戸が開いた音がして、ドタンバタンと誰かが暴れている様な音がしたと思うと、廊下を走る音の後に、居間の引き戸が勢い良く開いた。



「……ルイスッ!」

「おや、父上。ごきげんよう」



 そこに現れたのは、ついこの間見たばっかりの様な気もする金髪碧眼の男性。高級そうな毛皮のコートに沢山の雪を付着させて、息を荒げている姿はただ事ではない。ずかずかと居間へと踏み込んできた王様は、ルイス王子の両肩に手をかけると、ぐったりとうなだれた。



「お前の初めての料理……ッ! 父様の分はもうないとは本当か……!?」

「はっはっは。残念ですね。父上」



 ルイス王子は愉快そうに笑って、王様はこの世が終わったかのような表情をしている。


 ……この王様、中々有能らしいのだけれど、自分の子供のこととなると、タガが外れるというか何というか……。非常に残念感溢れるのは、色々と国として大丈夫なのだろうか。


 私が若干引き気味にふたりの様子を眺めていると、半ば王様に抱きつかれているような状況のルイス王子が、こちらを見てにやりと笑ったのが見えた。

 ……ああ、なんだか嫌な予感!



「父上、大丈夫ですよ。実は、今晩、茜と一緒に飲む予定なのです」

「へ?」

「それは本当か! ルイス!」

「私も、今回の『肉まん』調理で、料理の楽しさに目覚めました。今晩の晩酌のつまみも、是非とも手伝わせてもらおうかと思っているんですよ」

「……ちょ、え!?」



 私が戸惑っている間にも、ルイス王子はニコニコと笑いながら話を進めていく。

 王様は大興奮で、ではとっておきの酒を持ってこよう! と大張り切りだ。

 ……ああ、なんか王様も参加することになっている!?

 そうして、気がつくと王様とルイス王子と一緒に、今晩晩酌を共にすることに決まっていたのだった。


 ……何故に!?


 そんな想いを込めて、暴走しているルイス王子を止められそうなエーミールさんを見るも、彼はうっすら目を細めて、ゆっくりと首を振った。その視線には、哀れみの感情が込められている様な気がして、私は絶望的な気分になった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「いやあ、腹を割って話すには、酒の席が一番だろ? そう思ったまでだよ」

「それにしたって、勝手に話を進めないでくださいよ!」

「あはは、ごめんごめん。茜ちゃん(・・・・)

「ルイス。もう少ししっかり謝った方がいい」

「本当にごめん。反省しては……いないなあ」

「してないんですか!?」



 いつの間にか、王子様らしい服からラフな格好に着替えたルイス王子を睨みつける。格好が変わったルイス王子は、口調までダニエルさんの時に戻っていて、それでいて金髪碧眼なのだから違和感たっぷりだ。

 因みに何処で着替えているのか聞くと、うちの洗面所で着替えたらしい。

 ……洗面所で王子の生着替え。想像してうっかり笑いそうになってしまった。

 私はごほん! と笑いを咳払いで誤魔化して、キッとルイス王子を睨みつけた。



「……そう言うなら、事情は後で聞きますけどね。でも、その変装についてだけは教えてください! なんだかモヤモヤしてすごく嫌な感じなんですよ!」

「そう言うなら、仕方がないね。俺はね、邪気の急増期が始まってから、ずっと大陸中を回っていたんだよ」



 ルイス王子は、この世にたった一人しか居ない聖女である妹が、上手く浄化をして回れるように、浄化する順番などを巡って、各国間の調整に奔走していたのだそうだ。



「それでね、各国の王族と直接交渉を始める前に、下調べをするというのは何よりも重要なことでね。その為に、変装の技術を身に着けたわけだ」



 ジルベルタ王国の王族が金髪碧眼というのは、結構有名らしい。ということで髪は茶に、瞳は紫色に魔法で染めて、更には顔面に認識阻害の魔法を仕掛けることで、訪れた先で身分がバレないようにと工夫していたとのこと。



「……だから、カイン王子とこんなに顔がそっくりなのに、気が付かなかったんですね?」

「ああ。そうだよ。本来なら、俺自身がすることじゃないんだろうけどね。実際、自分の目でその土地々々の市井の様子を見るとね、貴族たちとやりあう外交のテーブル上じゃあ絶対に見えないものが見えてくるんだ。これが俺のスタイルなんだよ。変わっている自覚はあるけれどね」



 ルイス王子は、実に簡単なことのように言ったけれど、実際問題かなり危険を伴うんじゃないかと思う。秋の旅で浄化というものは、本当に人々が待ちわびているものなのだと実感したから尚更だ。

 その順番を巡っては、かなり高度な政治的な駆け引きがあったに違いない。自分たちに有利な条件を得るためならば、暴力的な手段に出てくる輩がいなかったとは言えないだろう。


 そこまで話し終えるとルイス王子は、袖を捲ってエプロンを着け始めた。本当ならもっと話を聞きたかったけれど、ルイス王子は柔らかな笑みを浮かべているだけで、それ以上は語ってくれそうになかった。腕を組んで椅子に座り、目を瞑っているエーミールさんを見ても、説明なんて期待できそうにない。


 ……まあ、今は仕方がない。後で話してくれると言ってくれているのだからと、私は頭を切り替えて調理に集中することにした。



「……で、何を作るのかな」

「今日はお鍋にしようと思いまして」

「……調理器具を食べるの?」



 呆れられてしまったので、慌てて訂正する。お鍋と言っても、お鍋で煮込む汁物だと言うと納得してくれた。

 今晩は丁度、豚肉――オーク肉の薄切りがたくさんあったので、それを使ってしゃぶしゃぶにしようと思う。それも、千切りのキャベツをたっぷりと入れた、シンプルなお鍋。

 シャキシャキのキャベツを、あっさりとした豚肉と一緒にポン酢でいただく一品。締めは中華麺。生憎生麺は手にはいらないので、乾麺だけれど。

 子供も沢山野菜が食べられて良いし、大人もお酒を飲むのにぴったりな、そんなお鍋だ。


 乾いたふきんで拭いておいた昆布。それを水を張った鍋に入れて煮ていく。沸騰させないように気をつけながら、静かに炊いていって、充分出汁が出たら昆布を取り出して、そこに塩とお酒。お鍋のベースはたったこれだけだ。

 これは昆布じゃなくても、鰹節で出汁をとっても美味しい。一度、豚肉専門店で食べた時は、黄金色の鰹節で頂いた。それはそれで、鰹の風味とマッチしていて、最後の締めのおじやなんて絶品だった。



「ええと、こんな感じでいいのかな?」

「ああ。やっぱりルイス王子はとっても器用ですね。初めてとは思えません」



 ルイス王子にお願いしたキャベツの千切り。空気をたっぷりと含み、細く刻まれたそれは、まるでプロの仕事のようだ。キャベツはザルに盛っておき、食べる直前までスタンバイ。それは、食べる直前に鍋に入れる。あまりクタクタになるまで煮込んでしまうと、歯ざわりがなくなってイマイチな気がするからだ。

 それと、彩りに人参。薄く切ってから更に細切りにしていき、キャベツと一緒にザルに盛っておく。後は、露天で見つけたえのき茸のような茸。私が知る真っ白なえのき茸とは違って、茶色く色づいているけれど、ひょろ長くててっぺんに丸い笠がある感じは、日本のものと変わらない。えのき茸は石づきを取っておいて、これもザルに一緒に盛っておく。あとは豚肉だ。各々が箸で取りやすいように、豚肉は花の様に皿の上に広げておく。

 ……ここまで来ればあと少し。薬味とタレを用意すれば完成だ。


 つけダレはポン酢。あとはゴマだれ。柚子胡椒も中々イケる。

 ポン酢とゴマダレは自家製だ。ポン酢に使った柑橘類は、こちらの世界で見つけた果実。混雑している市場の中を散策していると、とてもいい香りを放っている一画があり、そこで見つけたのだ。香りは正に柚子そのもの。けれど、不思議な事に皮の色が桃色だった。こちらの世界ではティトと呼ばれているその果実は、ジュースにするのが普通なのだという。



「へえ、ティトの匂いがする。異界の調味料と合わせたの?」

「はい。醤油とティトの果汁を、昆布と鰹節と一緒に二週間くらい冷蔵庫で保管しておいたんですよ。冬の食べ物にポン酢は欠かせませんからね。ティトを見つけた時点で仕込んでおいたのが、やっと出来上がったんです。味見しますか?」



 ほんの少しだけ、小皿に垂らして味見してもらうと、「ティトの香りと酸味が、しょっぱい調味料と合っていていいね……!」と褒めてもらえた。少し嬉しい。

 あとはゴマだれ。これも簡単。練りごまと醤油、砂糖、みりんを出汁で伸ばすだけ。濃厚なごまの風味が、豚肉にピッタリ合う。ピリ辛がいい人は、これにラー油を垂らしても美味しい。

 薬味は青ネギを刻んだものと、大根おろし。それも小皿に盛って、自由に使えるようにセッティングする。用意できたものを並べて、これで準備完了と言うと、ルイス王子は拍子抜けした様な表情をしていた。



「……てっきり、一時間とか二時間とかかかるものだと思っていたよ」



 私はふふん、と宮廷料理じゃあるまいし、と得意気に胸を張った。



「手間暇かけた料理じゃなくてごめんなさいね?」

「あれ? もしかして朝に俺が言ったこと、根に持ってる?」

「いいえ〜。でも、時間をかけた料理だけが、美味しいわけではないんですよ?」



 人差し指を立ててそう言うと、ルイス王子は噴き出してまた笑いだしてしまった。

本日活動報告にて、書影を公開しています。

よろしければご覧ください〜

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