はじめましてとあったか肉まん 後編
ダニエルさんを上手だ、凄い! と持ち上げて、残りの全部を成形してもらうことにする。こういうことは、得意な人がするべきだ。決して、二個目にチャレンジしたものの、どうしても上手くいかなくて泣きたくなったからではない。違うったら違うのだ、私は辛うじて泣いていない。
私に成形を任されたダニエルさんは、見事な手つきで残りの肉まんを全て同じくらいの大きさに揃え、まるで売り物のような見た目に仕上げてくれた。
くっつかないように、クッキングシートを四角く切って、そこに肉まんを乗せる。そしてそれを皿に並べてふたりで眺めた。綺麗に渦状にひだが入った丸い肉まんが、ずらりと並んでいる様は壮観だった。
視線を合わせ、ふたりでにやける。ぐっと親指を立てると、ダニエルさんは少し驚いた顔をして、笑って親指を立て返してくれた。
さあ、最後に二次発酵。10分ほど発酵させたら、蒸気で蒸していくだけだ。
たっぷりと湯気が立ち昇った蒸し器に、二次発酵した肉まんをセットして一息つく。
緑茶を煎れて、ふたりでそわそわしながら蒸し上がるのを待つ。
しゅわしゅわとお湯が沸騰する音だけが台所に響いている。外は相変わらず吹雪いていて、ひゅう、と風に吹かれて、家が時折り揺れる以外は、静かな昼下がり。急須の中のお茶をふたりで飲み終わる頃に、ようやく肉まんが蒸しあがった。
蒸気で火傷しないようにそっと蓋を取る。すると、途端に大量の湯気が立ち昇ってきて、視界が真っ白に染まる。湯気の中に目を凝らすと、そこには照明に照らされて、しっとりと艶めいている真っ白な肉まんがあった。
思わず、ダニエルさんと顔を見合わせる。ダニエルさんの顔は緩みっぱなしだ。きっと私の顔もだらしなく緩んでいるに違いない。玄関の方の気配を探ると、まだエーミールさんも、妹も来る様子はない。
「……」
しばらく、ふたりで無言で見つめ合う。ほんのりダニエルさんの頬が染まっているのは、気の所為じゃない。
「味見、しましょうか……」
「それはいい考えだね……」
そう言葉を交わした瞬間、私は新しいお茶を淹れに動き出し、ダニエルさんは肉まんを乗せるお皿をスタンバイした。少し苦労しながら、熱々の肉まんを取り出す。そして、一つずつ皿に乗せた。
ごくり、と唾を飲み込んで、そっと手で持ち上げた。
――ふわっ
指先に感じる生地の柔らかさ。ずぶ、と指が生地に沈み込むくらいふわっふわの生地。指から感じるその感触、肉まんから立ち昇る湯気に乗って、鼻をくすぐる甘い小麦の香り。……駄目だ。もう我慢出来ない。
「……いただきます」
小さくそう呟いて、思い切り口を大きく開け、はむっと齧りついた。
初めに感じたのは、ふわっふわの生地の優しさ。ほんのり甘い生地は、さして抵抗も見せずに簡単に歯に裂かれていく。そして、その奥に潜むあん。旨味たっぷりの肉汁が、じゅう、と染みてくる。肉汁に潜んでいるのは、肉自体の旨味と干し椎茸の凝縮された旨味。ぎゅっと濃縮された椎茸の旨味は、脳が痺れるほど美味しい。それに、コリコリしたたけのこの歯ざわり。柔らかな生地、弾力のある豚肉の中にあって、その歯ごたえがなんとも嬉しい。
「はふ、はあ……っ」
ほかほかの肉まんをひとくち食べるごとに、お腹の底から温まってくる。
熱々の肉まん自体の熱もあるけれど、きっとそれは中に入っているしょうがのせい。はふはふ、口の中で冷ましながら食べると、じんわり額に汗が浮いてくる。ごくりと口の中を飲み込んだ後は、用意しておいた緑茶。熱すぎず温すぎない、丁度いい温度の緑茶をごくごく飲んで、はあ、と息を吐くと、襲い来る満足感からか、途端に体中から力が抜けた。
そっとダニエルさんを見ると、彼もじっとりと額に汗を浮かべて、それでいて夢中になって肉まんに齧りついていた。
「美味しいですか?」
なんとなく、そう聞いてみる。
すると、ダニエルさんは肉まんに釘付けだった視線を上げて、蕩けるような笑みを浮かべて笑った。
「すっっごい、美味しい!」
その心からの言葉に、私もつられて破顔した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
味見用の肉まんを食べ終わった頃。外から賑やかな声が聞こえてきた。
それを聞いたダニエルさんは、さっと立ち上がると台所から出ていこうとする。慌てて呼び止めると、彼はすちゃっと片手を上げた。
「ちょっと、着替えてくるね」
そう言って、出ていってしまった。
……着替えって、なんだろう。着替える必要はないんだと思うんだけど。
首を傾げていると、玄関の引き戸が開いた音がした。
「「おねえさまー!」」
とたたたた! と、小さな子どもの足音が聞こえると、廊下に繋がる扉が開いて、可愛らしい顔がふたつ、台所を覗き込んできた。
「ええ……!? セルフィ姫に、シルフィ姫!?」
「わたくしもおりますよ」
ふたご姫の後ろから現れたのは、美しい金髪を結い上げ、柔らかな笑みを浮かべた女性だった。あまりの衝撃に、思わず口を開けたまま固まる。口元を扇子で隠して、豪奢なドレスを身にまとったその人は、どうみてもこの国の王妃様だったからだ。
「茜様、台所をお借りしたいのですが」
更には、ティーセットを持った、王妃様の侍女であるカレンさんまで台所に入ってきた。
いよいよ騒がしくなってきた我が家に、頭の中が混乱する。
「あれー! ふたご姫じゃん! それに王妃様、こんにちわー!」
「ひよりちゃん! 会いたかったわあ!」
「母上!? 何故ここに!」
ふたご姫に王妃様だけでも充分なのに、更には妹とカイン王子までやってきた。
狭い台所の入り口は、想定外の人数にぎゅうぎゅうだ。
何がなんやらわからないけれど、取り敢えず皆を居間へと案内する。廊下にいつまでもふたご姫や王妃様を立たせておくわけにはいかないのだ。
――何故だ……! いきなり、我が家に居る人間の身分レベルが大変なことに……!
ぐるぐるそんなことを考えながら、全員を居間に追い立てる。
居間のど真ん中に鎮座するこたつを見た瞬間、目を輝かせている王妃様とふたご姫のことは妹に任せることにして、急いで台所へと戻る。すると、エーミールさんが帰ってきていた。
「おかえりなさい……って、エーミールさん、その格好」
帰って来たエーミールさんは、格好が変っていた。いつも着ていた青銅色のシンプルな鎧ではなく、銀色に輝く、胸に大きなジルベルタ王国のシンボルがあしらわれた騎士団員の鎧を着ていたのだ。
長い黒髪を高く結い、燐とした雰囲気の東洋風の容姿のエーミールさんがその鎧を着ると、西洋鎧を着ているのに何故か侍っぽくも見え、なんとも格好いい――って違うわ!
……なに、一体どういうこと!?
どうも、私の頭は酷く混乱しているようだ。僅かに頭痛を感じてよろめくと、誰かが後ろで支えてくれた。
「あ、すみませ……」
「ああ、大丈夫かい?」
「……げ」
思わず、変な声を出してしまった。
そこにいたのは、艶やかな金髪を、体の前の方に垂らして結っている、澄み切った碧色の瞳が印象的な男性。質の良さそうな、落ち着いた紺色の服を身に纏っており、非常に身分が高い様に見える。そして茶目っ気たっぷりに片目を瞑って、「具合でも悪いのかな?」と笑ったその顔は。
「――ダニエル、さん……?」
「ダニエル? それは誰のことかな? 私はルイスと言う。
ジルベルタ王国、第一王子ルイスだ。……弟や妹、それに両親まで、君にいつもお世話になっているそうじゃないか。礼を言う。……それと」
「……!」
ルイスと名乗ったその人は、私の手を取って甲に軽く口付けをして、艶めいた笑みを浮かべた。
「挨拶が遅れてすまないね。聖女の姉君。
――はじめまして。どうぞ、お見知りおきを」
「……は? へ? いや……えええ!?」
ぱくぱくと口を開閉して、その人の髪や瞳を指差す。
さっきまでは茶髪だったし、目の色は紫色だった! そう叫びたいのに、上手く言葉が出てこない。口調まで、どちらかと言うと、『ダニエルさん』だった時みたいな、気安い感じは鳴りを潜め、落ち着いた上品な感じを醸し出している。それに近くでみると、とんでもなく整った顔をしている。そう、まるでカイン王子を大人にしたらこんな感じ――……って、第一王子!?
――『ダニエルさん』がルイス王子で、ルイス王子が『ダニエルさん』で……ええええ!? カイン王子が第二王子だから……お兄さんってこと!? なんで、こんなに似てるのに気が付かなかったんだろう……!?
思わずダニエル……ルイス王子を穴が空くほど見つめる。確かに見れば見るほどカイン王子に似ている。それに、変な話だけれど、こんなに美形だとは思っていなかった。私が知る『ダニエルさん』は、不細工では無いけれど親しみやすい風貌だと、何故かそういう風に思い込んでいた。
――それに、料理中に王妃様に似ている様な気がしたのも当たり前だ。彼は王妃様の子供なんだから!
訳が分からずに、全身から汗が噴き出す。一体、これはどうなっているのか、理解がまったく追いつかない。状況を整理しようにも、目の前の笑みを浮かべたルイス王子の存在感のせいで、どうにもうまくいかない。すると混乱する私に追い打ちを掛けるように、その人は私の耳元で囁いた。
「俺の家族、呼んでもいいって言っただろ? 茜ちゃん」
――あ、『ダニエルさん』の口調……。そっちも喋れるんだ……。
そんなどうでもいいことが過ぎったけれど、またまた知らず知らずのうちに、我が家にとんでもない高位の身分の人が入り込んでいたと言う事実に、気が遠くなりそうだった。
晩酌回へつづく!←キー○ン山田風に
ふふふ……スパイとか陰謀だと思っただろう……ただの兄だよ!←そういう不穏な展開が書けない残念な作者