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爺ちゃんと子供たちとお好み焼き 中編

 春にドーナツを作ったときのように、昔、私と妹が着けていたエプロンをふたご姫の為に用意したり、ふたご姫の一挙一動に大騒ぎするクルクスさんを、ゴルディルさんの一喝で黙らせたりと、賑やかに準備を進めていると、二階からユエが降りてきた。



「ん〜?」



 起きたばかりのユエは、寝ぼけ眼をこすりこすり、妹のお下がりで水色のうさぎ柄の寝間着のまま居間へフラフラと入ってくると、その中にいたゴルディルさんやふたご姫を見て固まってしまった。ユエは暫くして、意識を取り戻した途端、ぱっと私の後ろに逃げ込んだ。そして、顔を半分だけ出して警戒を露わにしている。



「……ユエ。人見知りしてんのか、お前」

「ち、違う!」



 ジェイドさんは半分笑いながら、ユエの頭に手を乗せる。ユエは嫌そうな顔をしてその手を振り払いながらも、私の後ろから出てこようとはしない。

 逆に好奇心旺盛なふたご姫は、初めて見る顔に興味津々だ。

 ユエは体中に複雑な文様の青い入れ墨が入っている。目の瞳孔は縦長だし、爪も恐ろしいほど鋭く、どうみても普通の人間には見えない。普通ならば、警戒しそうなものだけれど、ふたご姫――というより、セルフィ姫は、戸惑っているシルフィ姫を引きずって、好奇心の赴くままにユエの近くに寄って、じろじろと眺め始めた。


 ユエが竜だということは、ふたご姫が知っているかどうかは定かではないけれど、幼い子供がどう動くか予想できなくて、周囲の大人たちは固唾を飲んでそれを見守っている。

 セルフィ姫はユエを眺めるのをやめると、にっこり笑って元気よく挨拶をした。



「……こんにちわ!」

「……」

「あなた、今起きてきたの? もうお昼よ?」

「……」



 セルフィ姫は好奇心に碧い瞳を輝かせながら、どんどん質問を投げるも、ユエは無言を貫いている。

 シルフィ姫は、そんなセルフィ姫の後ろで、オロオロと周囲の反応を伺っていた。

 いくら質問をしても、一向に返事をしないユエに、セルフィ姫はとうとう質問するのをやめて黙り込んだ。

 そして、少しの間何かを考えていたかと思うと、ふんすと鼻から息を噴き出し、人差し指をびしっと勢い良くユエに突きつけた。



「……もう、仕方ないですわね! 挨拶も出来ないお子様はこれだから! ねえ、お前。これから、『おこのみやき』を作るんですの! ご一緒にいかが!」

「……う?」

「う、じゃあありません! お昼までダラダラ寝ていたのでしょう!? 一緒におねえさまのお手伝いをするのです! さあ、お着替えして来てくださいませ。でないと、侍女に怒られますわよ」

「じじょ……?」



 ユエは『侍女』という言葉の意味がわからずに、首を傾げている。それはそうだ、竜であるユエにとって『侍女』なんて、最も縁遠い言葉かもしれない。

 セルフィ姫はそんなユエを見て、深く深く溜息を吐くと、仕方がないと言った風に肩を竦めて、ユエの手を掴んだ。



「侍女も知りませんの? 困った子ね! 後で教えて差し上げます。さあ、行きますわよ!」



 セルフィ姫はユエの手を掴むと、ぐいぐいと引っ張って廊下に出て、二階に戻って支度をしてくるように促した。

 ユエは困惑した様子で二階とセルフィ姫を交互に見ている。

 そして、ちらりと助けてほしいような視線をよこしたので、笑って「着替えてらっしゃい」と言うと、とぼとぼと階段を昇っていった。

 セルフィ姫はそれを確認すると、満足げに両手を腰に当てて「まったく困った殿方ですこと! この時間まで着替えないなんて信じられませんわ」と得意顔で戻ってきた。



「セルフィは、今朝も侍女に早く着替えなさいって、怒られていたものね……」



 シルフィ姫がそう言うと、セルフィ姫の顔色は、まるで茹でダコの様に真っ赤になってしまった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 お好み焼きというと、大阪風の広島風と色々とあると思う。ソウルフードとして、確固たる地位を築いてきたお好み焼きは、それこそ作り方は家庭ごとに千差万別だ。

 今回作るのは、所謂大阪風。具材を生地に混ぜ込んだものを焼いたお好み焼きだ。

 広島風の薄く焼いた生地に、キャベツや卵を挟んでそばと一緒に卵を焼くのも堪らなく美味しい。ソースの甘くてしょっぱい濃いめの味が、生地とそばに絡んで、一枚でお腹もいっぱいになるし幸せになれる。

 けれど、工程が幾つもあって、料理に不慣れな初心者が作るのには向かない気がしたので、ふたご姫とユエのことを考えて、混ぜて焼けばいい大阪風の方に決めた。


 とろろをたっぷり入れた生地で、ふわふわに焼き上げるお好み焼きは、自分たちで焼く手間すら美味しさのスパイスになりうる、皆でワイワイ作って楽しむには最適な料理だ。


 最初にキャベツを粗みじんにしていく。私の隣に並んだふたご姫は、激しく動いている包丁に目が釘付けになっている。銀糸と金糸に彩られた、ただでさえ大きな瞳をまんまるにして、小さく「速いわ」「凄いわ」「粉々だわ!」と興奮気味にお互いに囁きあっていて、惜しみない賞賛をくれるものだから、酷くくすぐったい心地になる。



「あれは、『千切り』って言うんだ。凄いだろう」



 すると、ふたご姫の様に私の手元を見ていたユエは自慢げにふふん、と胸を張った。……粗みじんにしてるから、千切りとはちょっと違うけどね。そこはユエの名誉の為に黙っておくことにする。

 ユエは「あれは慣れれば誰でも出来るんだ」なんて、以前私が説明したとおりのことをふたご姫に説明すると、柔らかそうな林檎のほっぺを、ぷくっと膨らませたセルフィ姫が「それぐらい知ってますわ!」とそっぽを向いた。どうやら、セルフィ姫はどうしてもユエにお姉さんぶりたいらしい。

 どうもその態度が気に入らなかったらしいユエは、途端にむくれてしまった。



「なにを知っているのさ。さっきは珍しそうに見てただろ」

「わ、わたくしは、色々と知っているのですよ! お料理のことだって、ふわふわの『ドーナツ』や、とろとろまんまるの『たこ焼き』だって、おねえさまと作ったことがあります! ユエは何を作ったのかしら!?」

「僕だって、『クリンシチー』と『メンチカツ』を作ったもんね!」



 因みに、『クリンシチー』というのは、クリームシチューのことだ。

 ユエは自慢げにふふん、と胸を張る。……まあ、鶏肉を焼いたり、妹の見張りをしてただけだけどね……。

 お互い二種類ずつ料理をしたことがあると知って、ふたりの間に火花が散っているのが見える。

 酷く低レベルな争いに、周囲の大人は苦笑し、シルフィ姫はオロオロとふたりの間を見比べて泣きそうになっている。

 その時、ふたりの間にやたら大きな影が割って入った。



「こら。餓鬼ども。くだらねえことで、喧嘩してんじゃねえ」



 お腹の底に響くような、低く落ち着いた声のゴルディルさんは、ふたりの頭を大きな手でポンポン、と叩いた。そして、その巨躯を小さく縮こませてしゃがみ、ふたりに視線を合わせると、ニッと白い歯を見せて笑った。



「儂に美味いもん、食わせてくれるんだろ? 期待してるぜ」



 そう言って、またポンポン、と頭を叩くと、のっそりと台所から出ていった。

 頭を叩かれたふたりは、揃って自分の頭に手を当てて、なんだか複雑な表情でゴルディルさんの背中を見送っていた。ほんの少し、頬が赤い気がするのはきっと気のせいじゃない。ゴルディルさんの大きな背中が、ゆっくりと遠ざかっていく姿は、大人の威厳を醸し出していてとても格好良かった。

 そして、ふたりはちらりと互いに視線を交わすと、ふん、と互いにそっぽを向いてしまった。

 私は苦笑しながら、ふたりに声を掛ける。



「ゴルディルさんの言うとおりですよ。さあ、続きをしましょう。

 最高の『お好み焼き』を作って、ゴルディルさんを驚かしてあげましょう!」

「……うん」

「わかりましたわ!」



 私の言葉に、ユエは若干まだむくれたまま、逆に切り替えが早いセルフィ姫は元気に返事をした。シルフィ姫はそのふたりの様子に、ほっとした様子で笑みを浮かべていた。



 お好み焼きの具材は、キャベツの他に、山芋も重要な具材のひとつ。異世界にも、大和芋のような粘りの強い芋が流通している。こちらでは魚のすり身と一緒に混ぜて、団子スープに使われることが多いようだ。それも、もちもちふわっふわで、魚の出汁がたっぷり出てすごく美味しい。その芋は、平べったい形をしていて、クリーム色の薄い皮が特徴だ。それをすりおろしていく。



「かゆっ……うわあああ、かゆうううう!」

「だから、素手で触るなって言っただろ。竜だからって、調子こくからだ」



 ジェイドさんは呆れ顔で、腕をボリボリと掻いているユエを眺めている。山芋はね……痒くなるよね……。ユエは竜である僕がそんな風になるわけないだろ! とか言って、ベタベタ素手で触ったようだ。因みに私も山芋を触ると酷く痒くなるタイプなので、普段から調理用のゴム手袋が欠かせない。こう、指と指の間が無性に痒くなるのだ。


 大騒ぎしているユエを尻目に、ジェイドさんはごりごり順調に芋を擦っていった。

 芋が擦り終わると、真っ白でドロドロのそれに出汁を注いで伸ばしていく。粘り気が強かった芋が、出汁で少しゆるくなり扱いやすくなった。更に、少しだけ牛乳を入れる。すると、お好み焼きの焼き上がりが、オムレツのようにふっくらするのだ。そこに小麦粉と塩。しっかり混ぜたら、本当ならば冷蔵庫で一時間ほど寝かしたい所だけれど、今回は割愛する。

 

 さあ、生地作りも大詰めだ。次に卵を入れて混ぜ合わせ、刻んだキャベツに干しエビ。あとは天かす。紅しょうがを入れてもいいけど、お子様が多いので今回はなし。空気を含ませるように、さっくりと混ぜ合わせる。

 野菜を入れた後は、放っておくと水分が出てきてしまうので、すぐに焼くのが吉。これで、完成だ!


 生地は色んな具材を飲み込んで、ほんのりクリーム色のドロドロ。一見すると食べ物にはみえない。

 だからだろう、それを見たふたご姫とユエは、私に不安そうな視線を向けてきた。



「おねえさま、これ美味しいの?」

「おねえさま、これ大丈夫?」

「茜……なんか、ぐちょぐちょだよ?」



 3つの不安げな視線が注ぐなか、私はふふん、と自信満々で「期待していてください!」と胸を張った。



「「「あやしい……」」」



 そんな私に、三人は揃って不満そうな声を上げた。

 ……君たち、こういうときだけ仲がいいね?



 居間のちゃぶ台に、ホットプレートを置いて、スイッチを入れる。

 何の音もしないのに、確実に熱くなっていく鉄板を不思議そうに眺めているユエに、またセルフィ姫がたこ焼き作りの時に学んだ知識を披露して、またユエの不興を買っていた。どうしても張り合いたいらしいふたりに呆れていると、玄関から聞き慣れた声が聞こえた。



「ただいまー!」



 それはもちろん妹だ。カイン王子と最後の浄化の旅のための準備に忙しくしている妹は、最近は昼食は別にとることも多いのだけれど、今日は帰って来れた様だ。廊下を小走りでやってきた妹は、何気なく覗き込んだ居間の人の多さに目を白黒させていた。



「おねえちゃん、今日は何かあるの?」

「特別というわけじゃないんだけどね。今日のお昼はお好み焼きにしようと思って。いつもの通り、お願いできる?」

「……本当!? やった! 手、洗ってくる!」



 妹はそう言うと、勢い良く洗面所まで走っていった。お好み焼きはバーベキューと一緒で、妹の独壇場なのだ。我が家ではお好み焼きを焼くのは、妹担当。そう決まっている。手を洗ってきた妹は、エプロンを着けるとヘラを両手で持って構え、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 そんな妹に、ふたご姫は嬉しそうに歓声を送っている。



「「おししょうさま! 今日もよろしくお願いします!」」

「ふっふっふっふ。任せてくれたまえ、弟子よ!」

「なにそれ」



 妹は今日もまた、たこ焼きの時の様な師匠弟子ごっこを続けるつもりのようだ。

 妹がふたご姫と楽しそうに話す姿をみたユエが、不機嫌そうな声を上げると、にやりと笑った妹は、片方のヘラをユエに押し付けた。



「君も、既に我の弟子なのだよ? ユエ。共に目指そうではないか、粉もんの遥か高みを……!」

「だから、それなに!?」



 無理やり押し付けられたヘラを受け取ったユエは、じっと手の中のそれを見つめている。眉を顰めてはいるけれど、満更でもなさそうだ。ボリボリと頭を掻いたユエは、「仕方ないなあ」なんて言って、渋々ふたご姫の隣に座った。

 ホットプレートを置いたちゃぶ台の周りを、妹と小さな子たちが占領してしまったので、ソファに座ってその様子を眺めることにする。妹がお好み焼きを焼いている間は、特にすることがないのでどうしようかと思っていると、ゴルディルさんがどこからか酒を取り出して、グラスへ注いで私とジェイドさんへ渡してきた。



「……食前酒だ」

「ゴルディルさん……!! いいんですか!?」



 思わず顔がにやける。喜々としてグラスを受け取ると、「まだ昼前だよ」とジェイドさんに怒られてしまった。

 はっとして手元の酒を見つめる。琥珀色に色づいたその酒は、微かに泡を立ち上らせていて、発泡酒だということがわかる。ふと鼻を擽る香りは――葡萄。おそらく、スパークリングワインなのだろう。けれども、今は昼。そう……昼……昼なのだ……。外はまだ明るい……だから駄目だよね……。

 私がしょんぼりしていると、ゴルディルさんは酒の入った杯を一気に呷り、満足げな息を吐くと、片眉を上げて言った。



「こりゃあ、食前酒だ。食事を美味く食べるため(・・・・・・・・)に飲むもんだ。昼とか夜とか細けえことはいいんだよ。飲めば、飯が美味い。それだけだ」

「そうですよね! ゴルディルさん、素敵……! かんぱーい!」

「おう、乾杯」



 この時頂いたスパークリングワインの味、大変美味しゅうございました。

 ……ジェイドさんの視線が痛かったです。後で、全力で謝ろうと思う。

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