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旅の終わりと秋刀魚の塩焼き 1

「聖女様、茜様。儀式の際は、色々と助かった。協力感謝する!」

「こちらこそ、貴重な体験をさせて頂きました。ありがとうございます」

「そのうち、ジルベルタ王国に『醤油』の件で行くだろうから、その時はまた茶でも飲もうではないか!」

「はは……楽しみにしています」



 レイクハルトの街から湖の対岸まで続いている大きな橋。旅支度を終え、大鷲たちに荷物を乗せ終えた私たちは、レオナルトさんたち領主兄弟と、領民たちから見送りを受けていた。

 領民たちはしきりに妹に声をかけている。大半は妹への御礼の言葉だ。一部、「神に感謝を!」なんておかしな言葉が混じっているけれど、妹は苦笑しながらも、領民たちに手を振っていた。



「穢れの島の浄化を終えて時間が出来たら、またレイクハルトへと立ち寄ってくれたまえ。きっとその頃には、『レイクハルトまんじゅう』も完成している筈だ。聖女様と茜様に是非とも味見をしてもらいたい」



 レオナルトさんは鼻息も荒く、拳を握りしめてそう言った。



「れ、レイクハルトまんじゅう……本気ですか?」

「ああ、私は本気だ! 絶対に吾輩がこのレイクハルトの名物にしてみせよう!!」



 やる気満々のレオナルトさんに、私はなんとも言えない気持ちになった。

 実は昨日の晩、みんなでうなぎを食べている時に、レオナルトさんがまたレイクハルト観光計画について語りだしたのだ。それを聞いた妹が「それなら、おまんじゅうがなくっちゃね!」とうっかり発言したことから、唐突に『レイクハルトまんじゅう』計画が始まった。


『おまんじゅう』なる耳慣れない言葉を聞いたレオナルトさんは、目の色を変えて私に詰め寄り、『おまんじゅう』について根掘り葉掘り聞いてきた。幸い、レイクハルトは蒸し料理が盛んなこともあって、おまんじゅうを作るにはうってつけだった。


 それに、茶会の時に食べたコロンの形がおまんじゅうに似ているというと、レオナルトさんは更に興奮して手がつけられない状態になった。レオナルトさんは天高く拳を掲げ、商品化する! と大騒ぎしだし、あっという間に商品開発に向けての手はずを整え、ベルノルトさんを中心とした『おまんじゅう研究チーム』を結成してしまった。


 ……まさか、妹のひとことがこんな大事になるなんて。

 今更ながら、異界、そして聖女というものの影響力を実感する。

 私はまた興奮しながら『レイクハルトまんじゅう計画』を語り始めたレオナルトさんを、うんざりと見つめた。



「謳い文句はこれがいいな! 新名物『レイクハルトまんじゅう』は聖女味……! その味を知ったものは、レイクハルトを離れがたくなる……!」

「なんか聖女味って言い方、嫌なんだけど! せめて聖女の味にしようよ!?」



 悦に入ってキャッチフレーズを練っているレオナルトさんに、妹が噛み付いた。

 ……確かに、妹の出汁が入ってそうで嫌だ。



「はっはっは! 今はこれ以上の謳い文句が思いつかぬ! ならば、新しい謳い文句を作るためにも、またレイクハルトを訪れて、吾輩に新しい発想を提供してくれたまえ!

 それに、新しい売り子の衣裳も異界仕様にする予定だからな! 是非、それも見てもらわねば! 聖女に救われた街レイクハルトを、今後共よろしく頼むぞ!」

「ぐぬぬぬぬ……うなぎ食べたかっただけだし! 浄化は別として、うなぎで困ってたなんて知らなかったしー!」

「なにを今更、はっはっは!」



 因みに、異界仕様の衣裳とはユエのアレ(・・)だ。

 昨晩、妹が白焼きでおかずがもう少し欲しいと騒ぎ出したので、色々と追加で作ろうとした時、手伝いを申し出たユエが着てきた新婚さんエプロン。

 そのデザインをレオナルトさんはいたく気に入ったらしく、それを領主が経営する店のコスチュームにしようと騒ぎ出したのだ。



「こうなったらとことん、『聖女に救われた地』というのを推していくつもりだ! 領主直営店の土産物屋では、店員全員が異界からもたらされた衣裳を着て接客するのだ。きっと、とても印象深いだろうな!」



 ……そりゃあ、おじさんおばさんが胸元がハートマークなふりふりエプロンを着けていたら、インパクト大だろうな……。


 妹は必死でレオナルトさんを止めようとしていたけれど、一度決めたことは覆さないレオナルトさんに、笑って躱されていた。因みにユエは自分のエプロンを見つめて、「ヒトはこういうのを好きなの?」と首を傾げていた。どうかこのまま、余計なことを知らずに純粋なまま成長してほしいものだ。


 私は先程から黙りこくっているベルノルトさんをみた。唯一兄であるレオナルトさんを止めることが出来るはずの彼だけど、無表情のままそこにいるだけで、特に止める気はない様だった。


 妹は、破れかぶれに「じゃあ、タペストリーとか、木彫りの熊とか! ご当地キーホルダーとか作らなくちゃね!」なんて言い出して、それにレオナルトさんが食いついていた。


 ……数年後、レイクハルトに来たら、恐ろしい街になっている気がする。

 西洋風の街で売られているおまんじゅう……新婚さんエプロンで接客をする店員さん……レイクハルトのタペストリーにうなぎを咥えた熊の木彫り……ああ、異世界の都市がまるまる一個、日本の昔ながらの観光地のように……!


 わあわあ騒ぎながら、「聖女味」を撤回させようと墓穴を掘っている妹と、興味津々で話を聞き出しているレオナルトさんを眺めて、私はなんだか気が遠くなりそうだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 レイクハルトの人々との別れも済ませ、橋の袂まで来た私たちは、今度は妹と別れることになった。

 妹はこの後隣国に行って邪気の浄化をし、それが終わればジルベルタ王国へと帰ってくる。

 隣国の浄化が終われば、一段落。暫くは、最後の浄化の地――穢れ島に赴くための準備に取り掛かることになる。

 今回、私は隣国にはいかずに、一足先にジルベルタ王国へと帰って妹を待つことになった。



「おねえちゃん、帰ったらご馳走にしてね!」

「ひよりの大好きなものを、沢山用意しておくから……だから、気をつけて。絶対に無理しないでね」

「うん! 私、頑張ってくるね!」



 妹はそう言って、元気よく手を振って馬車へ乗り込んだ。



 長かった旅が漸く終わる。思えば、出発してからもうすぐ1月が経とうとしている。

 今思えば、色々と濃い旅だった。行く先々の景色も素晴らしかったし、私の知らない妹の姿を見ることも出来た。

 旅先では様々な出会いがあって、色々と考えさせられる出来事も多かった。


 ――はた迷惑なところもあるけれど、国のために一生懸命なテスラのシロエ王子。

 ――古の森の巨大で恐ろしく、そして優しい古龍。

 ――穏やかに、そして寂しく思いながらも最期の時が訪れるのを待っているケルカさん。

 ――レイクハルトを盛り上げようと努力を惜しまない、レオナルトさんにベルノルトさん。


 ……そして。



「ひより、大丈夫かな……」



 かつて先代の聖女や王子とも関わり合いがあったという黒竜ユエ。

 彼は私と一緒にジルベルタ王国へ戻り、フェルファイトスのお墓参りをする予定だ。

 ユエは妹に着いて行きたそうにしていたけれど、竜の掟のこともあって言い出せなかったようだ。

 ユエは遠ざかっていく聖女一行を眺めて、少し寂しそうにしていた。



「大丈夫ですよ、きっと。信じて待ちましょう」

「…………うん」



 ユエは俯いて、不安そうに唇を噛み締めていた。



「おい、ユエ。行くぞ! もたもたしていると、置いていくからな」

「……下等生物! 誰にものを言っているんだ」

「誰にって……聖女様の妹?」

「僕は妹じゃない!」



 そんなユエをジェイドさんがからかうと、すぐに反抗的な態度で噛み付いていたけれど。

 そうして、私はリリの背中に跨り、ジルベルタ王国へと向かって出発した。


 リリが空高く舞い上がった瞬間、湖の上で揺蕩っていた水鳥たちが一斉に飛び立ち、ほんの少しの間、一緒に空の散歩を楽しむことが出来た。水鳥たちは、澄まし顔で正面を見据えて、長い首を伸ばして優雅に翼を羽ばたかせた。時折りギャア、と大きな声で鳴きながら、同じ高度を同じ風に乗って、同じ目線で飛んでいる。

 暫くすると、数羽ずつ離脱していってしまったけれど、なんだか水鳥たちが空の上まで見送りに来てくれたようで、とても嬉しくなった。


 どこまでも続く草原が広がる景色を眺めて、遥か遠くの我が家のことを想う。

 ……ああ。早く帰って、畳の上に転がってのんびりしたい。

 充分休息は取ったつもりだったけれど、やっぱり我が家でないと落ち着かない。

 あの古びた我が家を懐かしく思いながら、頬を撫でる風を心地よく思っていると――。


 ……また来てね!


 まるでそう言ったみたいに、すぐそばを飛んでいた水鳥がギャア、とまた一声鳴いて、私たちから離れていった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――数日後、ジルベルタ王国に到着した私たちは、報告のために王様の謁見室を訪れていた。


 異世界に到着した時以来に訪れるその場所は、相変わらず豪華絢爛で、目がチカチカしそうな程だった。

 そこには王様と王妃様が、これまた立派な椅子に座って私たちを待ってくれていた。その場にはカレンさんも居て、見慣れた顔ぶれに、ジルベルタ王国に戻ってきたのだという実感がじわじわと沸いてきた。



「ご苦労だった、旅は順調だったようだな」



 王様はカイン王子にそっくりの碧い色の瞳を細めて、私たちを労ってくれた。

 久しぶりに会う王様は相変わらずの渋いナイスミドルだ。優しげな眼差しも、纏っている雰囲気も、きっとカイン王子が年齢を重ねたらこうなるのだろうな、という印象は変わらない。

 そんな王様は、私たちに労いの言葉をかけたあと、ふと視線をユエに向けた。

 そして、座っていた椅子から立ち上がると、徐にユエの前まで進んだ。



「其の方が、黒竜か?」



 ユエの身長に合わせて、体を少し屈め、その金色の瞳を覗き込む。

 ユエは警戒しているのだろうか、表情が固い。王様が問いかけているというのに、口を開こうとしない。

 そんなユエには構わずに、王様は話を続けた。



「先触れから報告は聞いている。我が国の聖人、フェルファイトス様と親しかったそうだな。友人関係であったとか」

「……」



 王様は大きな手でユエの手を取り、両手で包み込んだ。



「――ようこそ。ジルベルタ王国へ。我らは、偉大なる先祖の友人を歓迎する」

「…………!」



 王様がそう言うと、ユエは急にくしゃりと表情を歪ませた。

 大きな手でユエの小さな手を握りしめている王様は、優しげな眼差しをユエに注いでいる。



「必要なものがあれば、なんでも言って欲しい。フェルファイトス様の墓所も、いつでも行ってくれて構わない。通達を出しておこう。この国での滞在を、大いに楽しんでくれたら嬉しい」

「………………うん」



 ユエはそれだけ言うと、ほんのり頬を染めて俯いてしまった。

 王様はユエに部屋を用意すると言ってくれたのだけど、ユエは私と一緒がいいと言ったので、この国に滞在している間は、我が家で寝泊まりすることになった。

 その他の細々とした報告を王様にして、その場を辞する際に、いきなり王妃様に呼び止められた。



「茜ちゃん。うふふふふふ。まだ、わたくしに報告していない事(・・・・・・・・)があるわよね」

「へ? ……なんでしょう?」



 報告してないこと……? それが一体何なのかが思い浮かばずに、私が困惑していると、王妃様は口元を扇子で隠しながら、愉快そうに肩を揺らして笑った。



「その胸元の石のこと(・・・・・・・・)。後で色々と教えてちょうだいな。うっふふふふふ! 楽しみだわあ! 茶会の日程を決めましょう? ねえ、カレン。いつ時間が取れるかしら」

「王妃様、それでしたら……」

「……ひぃ!」



 王妃様の目は、如何にも面白そうなものをみつけたと言わんばかりに、きらきら輝いている。逆に、カレンさんの目の奥は冷え切っていて、思わず一歩後ずさった。

 王妃様は有無を言わせずに、カレンさんとお茶会の段取りを決めていった。どうやら今回も(・・・)逃げられそうにない。

 ……そうなのだ。今回も(・・・)なのだ。あの一度日本に帰って、ジェイドさんと気持ちを確かめあったあの日。帰ってきた私を見た王妃様は、私の変化にいち早く気がついて、根掘り葉掘り詳しくジェイドさんとのことを吐かせられたのだ。

 ……ああ、またあれが開催されるのか……。

 私はあの地獄のようなお茶会を思い出して、思わず脱力してしまった。

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