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領主兄弟とご馳走うなぎ 3

 レオナルトさんが言い出した「供犠巫女(くぎみこ)」。それは、遠い昔、それこそ精霊信仰が栄えていた頃、風の精霊に供物を捧げる役目を担っていた乙女のことなのだそうだ。


 供物というと、春先に山の主へと供物を捧げたことがある。

 人外への供物というのは、素材そのものでは意味がないらしい。

 きちんと手間暇をかけて作った料理を捧げなければならない。それを作る役目を担っていたのが「供犠巫女」。……確かに、私にぴったりの役目だとは思う。山の主の時も、そういうことをしていたからね。


 いやあ、私が供物として捧げられるのでなくて良かった。……ええ、本当に。

 色んな化物が跋扈しているこの異世界で、生贄は本当に洒落にならない。実際にありそうだもの……。

 レオナルトさんは私に「供犠巫女」の説明をし終わると、とある計画を話してくれた。



「実は古代の儀式を復活させようと思っているのだよ」



 レオナルトさんの言う古代の儀式とは、一年の豊穣を祝って、風の精霊に感謝を捧げる儀式。

 丁度、この秋頃行われていた豊穣祭のようなものなのだそうだ。


 どうしてその儀式を復活させたいのかというと、案の定レイクハルト観光都市計画の一環とのこと。

 古代の儀式を復活させ、それを観光のメインにしたいんだそうだ。



「……それが、今回のうなぎの調理法とどう関係が?」

「以前からこの計画は練っていたのだが、実は、神殿跡から見つかった古代の書物に、細長い生き物を供物として捧げるとあってな。あのうなぎではないかと見当はつけていたのだが、さっきも言ったとおり調理法が失われていてな。

 供物というと、人外に捧げるものが有名だが、それは捧げたあとに全て食べきるのが礼儀。古代の書物にも、供物を神官が食しているような絵が書かれていたから、きっと同じようにするのだと思うのだ。

 今まではうなぎの調理法がよくわからなかった為に、半ば諦めていたのだが……」

「なるほど、それで私のレシピで食べられるようになれば、供物を捧げられると」

「そのとおり! ……協力してもらえるだろうか! レイクハルトの未来のために――」



 ぐぬぬ。未来のためになんて言われると……。

 うなぎを捌く自信がないのも相まって、なかなか決断できない。どうしようかとジェイドさんの方を見ると、彼は私をじっと見つめると、私に任せるといった風に表情を和らげて笑った。

 ……うん。決めた。



「わかりました。お引き受けします」

「おおお! ならば、早速支度を始めようじゃないか! ……おい!」



 すると、レオナルトさんの呼びかけに、揃いのメイド服を来た沢山の侍女さんたちがぞろぞろと薔薇の茂みの向こうから現れ、一列に並ぶと――まるで戦隊もののヒーローのように、一斉に手に巻き尺やら布地やらを構えてポーズを取った。



「巫女服は可愛く仕立てますからな……!」



 レオナルトさんの浮かれた声が聞こえた瞬間。

 ――ああ、やってしまった……と、私は供犠巫女の役目を引き受けたことを、既に後悔し始めていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 既に辺りは暗闇に包まれていた。普段は市場が立っているという湖のほとりの広場。その中心には、大きな篝火が焚かれ、辺り一面を照らしている。湖と広場の境目には、落下防止のためなのだろうか、四角いランプが点々と置かれていて、それが湖の畔に沿って遠くまで並んでいる光景はなんとも幻想的だ。


 広場には沢山の人が集まり、みんな思い思いに時間を過ごしていた。

 普段ならば家に帰っている時間だ。いつもは出歩かない時間だからだろうか。夜空の下、騒ついている人々の群れはどこか浮かれた雰囲気がある。

 人によっては、持ち込んだ酒を飲んでいるものすらいて、そういった人を目当てに、平たい木箱にたっぷり料理を詰め込んで売り歩いている、商魂たくましいものもいた。


 ――今日は、風の精霊シルフに感謝を捧げ、一年の豊穣を祝う儀式が再現される。


 それを知った住民たちは、期待を胸にこの広場に集まっていた。


 そんな広場の中で異彩を放っているものがあった。

 篝火の炎の明かりにぼんやりと照らされた、一段高くなっている舞台の上には、ぐったりと体を横たえている大うなぎ(ジャイアントイール)。その恐ろしいほど巨大な体の下には、僅かに紫色の光を放っている魔法陣が描かれていた。大うなぎは時折、その大きな尾びれをぬるりとくねらせ、周囲にいた人間を怯えさせた。

 ……ひよりが倒したとばっかり思っていたのだけど、これ、実はまだ死んでいないらしい。

 


「聖女様の圧倒的なお力で、意識を失って湖の上に浮かんでいたものを捕獲したのだよ!

 それを魔法で作った氷の檻の中に閉じ込め、低温に晒すことで動きを鈍くして生け捕りにしておいた。食べる前に腐ってしまっては元も子もないからな。

 それに、我がレイクハルトが誇る優秀な魔術師の描いた魔法陣で仮死状態にしているから、どうか安心召されよ! 仮死状態になってもいまだに動いている大うなぎには驚きだがね。うちの魔術師の腕は確かだから、問題はないだろうがな! はっはっは!」



 レオナルトさんは自慢げに笑うと、そのあと延々と如何にその魔術師が有能かを語りだした。

 私はレオナルトさんの魔術師自慢を聞き流しながら、自分の格好を見下ろしてため息を吐いた。


 ――うう。やっぱり恥ずかしい……。


 指先で、ぴらぴらの巫女服を摘む。

 酷く肌触りのいい白い生地は、稀にしか見つからない銀蜘蛛の糸を紡いだもの。

 花模様を縫いとった紅い糸を染めたのは、湖の畔に群生する紅菫(べにすみれ)の花の汁。

 ボタンに使われているきらきらと輝く透明な石は、レイクハルトより遥か北にある鉱山から採れるクリスタル。

 ベルト代わりに使われている、驚くほど柔らかな木の蔓は、広い草原に生えている木に絡みついている宿り木だ。


 レオナルトさん曰く、私が今纏っている巫女服は、布地から縫製に使われている糸から細かい部品に至るまで、全てこの国で採れたものなのだそうだ。

 大層貴重だというその布地をたっぷりと使ったひらひらの服は、足先をもすっぽり隠すような長さで、歩いているうちにともすれば引きずってしまいそうになる。

 レオナルトさんが懇切丁寧にしてくれた巫女服の説明を聞くに、物凄く高価であるのは火を見るより明らかで、貧乏性な私はまるで拘束服を着せられたように動けなくなってしまった。


 ……万が一汚しても、弁償しろなんて言われないと思うけど。それでも怖い庶民心……。


 巫女服を指で摘んで、微妙な顔で自分を見下ろしている私を見かねたジェイドさんは、そっと私の傍に近寄ると耳元で囁いた。



「……どうした? その衣裳が嫌なのか? すごく似合っているよ」

「あの、いえ。……あ、ありがとうございます……」



 まさか高価すぎて神経を使うから嫌だとはいえない。だから、笑って誤魔化しておいた。

 それに、相変わらずこの人はさらりと気障な台詞を言い放つ。……なんて恥ずかしい。ジェイドさんの心臓の回りは毛でジャングルになっているに違いない。

 私は顔が熱くなるのを感じながら、俯いて胸元にぶら下がったジェイドさんの魔石をぎゅっと握りしめた。

 私の体温で少し温くなってしまっているその石の存在感が、心を落ち着かせてくれる。

 手の中で篝火の光を反射してキラリと輝く石をそっと眺めて――今度は別の意味で顔が熱くなってきた。


 ……おおお、顔がにやける。


 ジェイドさんにこのネックレスを貰ってからというもの、なんとなく魔石に触れる癖がついてしまった。

 その度に、石を見てにやけてしまう自分は、なんて単純なのだろうと思う。

 こんなだらしない顔はジェイドさんに見せられないので、不自然にならないように顔をそらすと、妹がカイン王子たちと一緒にこちらへやってきたのが見えた。



「お! おねえちゃん可愛い!」

「ひよりも着替えたんだ」

「うん〜。おねえちゃんと色違い! どうよ、ジェイドさん。男性から見て!」

「大変可愛らしいですよ」

「おお、当たり障りのない褒め言葉が、おねえちゃんの方が似合っているっていう本音が透けて見えるね! リア充は爆ぜて打ち上がれ!」

「花火じゃないから!」



 妹は「供犠巫女」の格好をしているからか、ちょっと浮かれているようだ。

 連日の竜蓮桃の効果任せに遊び回った末、力尽きて寝ていたとは思えないほど元気だ。どうやら、十分に睡眠を取って完全復活したらしい。

 何故妹も同じ巫女服を着ているかというと、いつの間にかレオナルトさんは妹にも「供犠巫女」の件を頼んでいた様で、妹は祭り事は大好きだから、簡単に「供犠巫女」の件を引き受けてしまったようだ。


 私と色違いの巫女服を着込んだ妹は、くるりとその場で回った。すると巫女服の裾がふんわりとふくらんで、しゃらりと衣擦れの音がした。妹の方の巫女服は若草色の糸で文様が縫い取りされていた。すらりとした体型の妹に結構似合っている。


 前に獣人の国で、妹が踊り子みたいな格好をさせられていたことを思い出す。

 そういえば、あの時妹は随分と恥ずかしがっていたなあ。

 妹に今回の衣裳は恥ずかしくないのかと聞いてみたら、どうやら露出度が低いから大丈夫なのだという。

「文化祭みたいで楽しいじゃない?」と、ヘラヘラ笑っていたので、取り敢えずチョップをしておいた。

 ……若者の感性がわからない。


 その妹の後ろでは、カイン王子が目を閉じ、腕を組んで直立不動で立っていた。

 その様子をセシル君がニヤニヤと眺めている。……何をしているんだろうか。

 小さく「絵師の手配」とか「心に刻みつける」とか聞こえるから、絵の構想でも練っているのだろうか。



「あっかねー!!」



 すると、遠くからローブを来たマルタと、黒い鎧を着込んだダージルさんがやってきた。

 マルタは私の周りをくるくると回って眺めると、「ほほう」と意味ありげに笑った。



「……な、なによう……」

「いやあ、可愛いじゃない。似合ってる。……白い衣裳がとっても……ふふふ」

「その含みのある言い方、なに?」

「いやあ……ねえ」



 マルタは口元に手を当てて、ニシシと意地悪く笑った。

 完全に私をおちょくるモードに入っている。何を言われるのかちょっぴり怖くなって、思わず後ずさった。



「ジルベルタ王国での結婚式って、ここいらの国では珍しく新婦は白い衣裳を着るのよ。その衣裳……ちょっと雰囲気が似てない?」

「え、えええええ!?」

「新郎が騎士の時は結婚式で儀式用の鎧を着るし。こうやって、鎧を着ているジェイドさんと並んでいるところをみるとねえ……」

「マルタ……!?」

「それに、いつの間にか魔石をつけているようにみえるんだけど!? 幻覚かな……とうとう末期かな……ああ、なんだかお腹の底でどす黒い何かがドロドロと……」

「ひっ!」



 マルタはそう言うと何とも言えない不気味な笑みを浮かべた。そして、突如目から光が失われ、表情が死んできたので、慌ててマルタを正気に戻そうとしたら、私よりも早くダージルさんが動いた。ダージルさんは、その大きな手でマルタの頭をフードごとわしゃわしゃと掻き混ぜると、からからと楽しそうに笑った。



「なに妬いているんだ、マルタ。お前もそのうち嫁に行くんだろ? そしたら白い衣装なんていくらでも着れるだろう」

「ひゃ!? 妬いてませんし!? それに、こんな行き遅れ誰も貰ってくれませんから!」

「そうかあ? んなことねえだろ!」



 ダージルさんはそう言うと、マルタの頭を更にぐりんぐりんと回しはじめた。



「やっ……ひゃああ! 団長様! やめてください!」

「だーかーらー。 団長様はやーめーろって言ったろう……がっ!」

「う、うわあああああ!」



 ダージルさんは笑顔で更にマルタの首を回しはじめた。

 ……うわあ、目が回りそうだなあ。けど、なんだろう。なんだかふたりがとっても仲良しだ。


 マルタは相変わらず真っ赤だけど物凄く嬉しそうだし、ダージルさんもなんだか楽しそう。


 ……これは、遠くからそっと生暖かい目で見守ったほうがいい案件だな。


 そう思ったので、ふたりから距離を取ろうとした。すると、マルタに腕を凄い力で鷲掴みにされた。

 マルタはぱくぱくと口を開閉して、助けを求めるような視線をこちらに向けてきた。どうやら、ダージルさんとふたりっきりというのは、まだ慣れていないようだ。

 ……でも、以前よりはダージルさんの前で自然体で居るような気がする。

 この旅の道中で何かあったのだろうか。


 後で根掘り葉掘り聞いてやろうと、内心でほくそ笑むと私は助け舟を出した。



「ダージルさん。うなぎの肝って食べたことありますか?」

「うんにゃ? ねえなあ。というか、ここに来て初めて見た生き物だ」

「そうですか……うなぎの肝はですね。酒のいいつまみになるんですよ……」

「本当か!」



 ダージルさんはマルタの頭を撫でくり回すのをやめて、こちらにぐっと体を乗り出してきた。

 漸く開放されたマルタは、安堵の表情を浮かべ、自分の両頬を手で押さえた。

 ……ダージルさんを釣るならやっぱりお酒の話だなあ。

 あからさまにほっとしているマルタを横目で見ながら、私は話を続けた。



「私はもうジルベルタ王国に帰りますから、旅先に持ってきたお酒をまた持ち帰るのもなんですし、消費してしまおうと思っています」

「ほほう!」

「あ、でもダージルさんはひよりたちと明日出発なんですよね? お忙しいですし。なら……」

「はっはっはっは、お嬢ちゃん、何を冗談を」

「そうですか……なら是非在庫消費にご協力を」

「困っているなら仕方がねえなあ……。俺で良かったら手伝うぜ」



 私とダージルさんはがっしりと握手をしてにやりと笑いあった。

 すると横から手が伸びてきて、握手していた手を誰かが力任せに切り離した。



「痛っ……。こら、ユエ!」

「茜〜。なにその格好、へんなの」

「ええ!? 変!?」

「うん」



 私とダージルさんの握手を切り離したのはユエだ。

 ユエは隣までやってくると、私の腕を両手で掴んで体重をかけてきた。


 ……うっ。重い。



「……そんなに変? 似合ってない?」

「うーん、似合ってないとかそういうことじゃなくって。なんて言ったらいいのかなあ」



 私は内心ドキドキしていた。

 だって、ユエはどちらかというと嘘をつけないタイプだ。

 幼いし言葉を飾ることも知らないように見える。そんなユエが「変」というのだ。きっとどこか変なのだろう。ジェイドさんやマルタに褒められたお陰で、少しだけ上昇していた自信があっという間に地に落ちた。


 ……うう、変なんだ。恥を掻く前にやっぱり辞めたいって言ったら駄目かな。


 そう私が思いはじめた時、首を捻って考え込んでいたユエが、ぽん、と手を叩いた。



「ああそうだ! なんていうか、その服の周りに変なのがふわふわ漂ってて気持ち悪いんだ!」

「………………へ?」



 私は思わず慌てて自分の周りを確認した。

 けれども何も漂ってなどいなくって――。



「あー。今日の茜は、なんだか気持ち悪いから近づかないでおこうー」

「え、ちょっと、待って! ユエ……!!!」



 ユエはそういうと、弾むような足取りで広場に集まった人混みの中に消えていった。


 ……ちょ、ちょおおおおお! まってえええええ!


 不気味な言葉を残して消えたユエを見送ったあと、私は目に見えない何か(・・)が私に本当に纏わりついてきたような気がして、何も無い虚空を両手でぶんぶんと薙ぎ払った。



「……茜?」

「はっ……!!!」



 そんな私をみたジェイドさんが、酷く心配したのは言うまでもない。

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