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領主兄弟とご馳走うなぎ 2

「実は、我がレイクハルトを今後観光地として盛り立てていこうかと思っていてな!

 漁をすると大うなぎよりはこぶりなうなぎが沢山網に紛れ込むのだが、今までは食べることもせずに廃棄していたのだ。だが、そのうなぎの調理法が知れるのなら、捨てるのはもったいない! それを活かして我が湖上都市の特産にする……!」

「はあ」

「それに、湖に沈んだ風の神殿も観光地として整備して行こうと思っているのだ!

 シルフが見れるかも(・・)しれない、神秘的な神殿で朝日をみようツアー! どうだろう、人が集まるとは思わないか!」



 レオナルトさんはぐっと拳を握って、きらきらした眼差しをこちらに向けてきた。そして、大げさな手振りで両手を広げた後、自分の胸に手を当ててうっとりと悦に入った。



「なんて素晴らしい発想だろうか……! 吾輩は天才! レイクハルト始まって以来の稀代の領主に違いない!」



 ……おおう、なんというアクが強い人だろう……。自分を吾輩という人を初めてみた。


 稀代の領主……確かに領主として自分の街を盛り立てて行こうとしている姿勢は、とても素晴らしい。けれども、昨日ジェイドさんと過ごした時間を考えると、あの場所に旗を持ったガイドと沢山の観光客がぞろぞろと連れ立って歩くのは……なんだか複雑な気分だ。


 私がそんなことを考えている間も、レイクハルト観光都市計画をレオナルトさんは楽しそうに話し続けていた。レオナルトさんの話は止まらない。私たちの反応を待つこともせず、ひたすらペラペラペラペラ……。

 この人、一体いつ息継ぎをしているんだろう……ぼうっと話を聞いているうちに、気がつくとレオナルトさんの話の中で、レイクハルトが世界一の観光都市に進化していた。


 ……観光都市……そのうち、レイクハルトまんじゅうなんて作って売り出しそう。さっきのコロンも、中にジャムを入れれば、充分におまんじゅうと言えそうな見た目だ。

 レイクハルト名物、コロンまんじゅう! ……日持ちしなさそう。おみやげとしては如何なものか。



「……それで、茜様、私の熱意はわかって頂けただろうか!」

「……はっ……って、おお!!?」



 お土産屋さんで、おまんじゅうやら、うなぎのパイやら木彫りの人形を売っているレオナルトさん(法被と鉢巻仕様)を脳内で妄想していると、急にレオナルトさんが大きな声を出したものだからビクッとしてしまった。

 驚いたことに、レオナルトさんは私が話を聞いているかは、一応気にしていたらしい。

 今の話は彼なりのプレゼンだったようだ。

 ぼうっとしていたことがバレたら不味いと、「ええ、そうですね」と曖昧に返事を返すと、レオナルトさんはきらりと目を光らせた。



「ならば、先程のうなぎの調理法の件、考えてもらえるかな!」



 ……どうしようか。正直、私は迷っていた。

 うなぎの調理法なんていわれても、うなぎはテレビで捌いているのを見たことがある程度だ。

 まあ見よう見まねでいいのならば出来るかもしれないけれど、サイズが桁違いだ。捌けるわけがない。あの大きなうなぎを捌くためには、包丁なんかじゃ足りない。きっとゲームの主人公ばりの大きな武器が必要になりそうだ。


 うなぎの調理法自体は頭に幾つか浮かんではいるけれど……。

 うなぎと言ったら蒲焼き、白焼き。串に刺して焼いたまま食べてもいいけれど、それを使ってうな重にしたり、酢の物にしたり。キモを串に刺して焼けば、いい酒の肴になる。


 ――うう。うなぎ……。

 私は遠い昔に食べたうなぎの味を思い出してしまって、無性に切なくなり、顔をしかめて目を瞑った。

 妹ではないけれど、うなぎが食べたい気持ちはある。それはもう、物凄くある。

 だって、節約生活をしていた私にとって、うなぎなんてとんでもない贅沢品だ。普段滅多に食べられない。

 あのタレが焦げる匂いだけで、ご飯を食べられる自信がある……!!!


 うなぎの味を想像したせいで溢れてきた涎を飲み込む。

 ……でも、物理的に無理なものは無理だ。私はしょんぼりしながら、レオナルトさんに事実を告げた。



「ええと、あの大きなうなぎを捌くのは、私にはちょっと無理ですね。大きすぎます。あんなの捌ける自信がありません」

「捌き方はわかるのだろうか?」

「ええ、まあ。一応……」

「なら、腕のいい料理人を紹介しよう。あの巨大なうなぎを捌けるほどの腕を持つ料理人に心当たりがある。それならどうだろうか!?」



 うーん。だったら、大丈夫なのかなあ……?

 いや、でもあのうなぎの切り身ってどれくらいの厚さになるんだ……。打ち込む串はどうするの? 果たして中まで焼けるのか?

 そもそも調理法を教えたとして、醤油や酒、みりんは蒲焼きには必須だ。レオナルトさんに再現出来るとは思えない。白焼きも美味しいけれど、やっぱりうなぎといったら蒲焼きだよなあ……。

 私がうんうんうなっていると、ジェイドさんが助け舟を出してくれた。



「茜、もしかして調理法には醤油なんかをつかうのかい?」

「……あ、そうです。だから調理法を教えても、再現出来ないんですよね……」

「茜様、『醤油』というのは……?」



 私達が話していると、レオナルトさんが割り込んできた。

 醤油とは異界の調味料のことだと教えると、レオナルトさんはううむ、と唸った。何か考えているようだ。



「テスラでも、シロエ王子に異界の料理の調理法をお教えしたことはあるのですが、彼はなんとか手に入るもので再現してみせると言っていました」

「それはそれは……そういうやり方もあるかと思うんだがね……その『醤油』だったか。材料は何かご存知かな?」

「大豆を発酵させたものなのですが」

「ほう、大豆! それならが我が領地でも作っているな! 作り方はどうだろうか!!」



 ……どうだろうかと言われても!


 普通の事務職だった私が、醤油の作り方なんてすぐに解るはずがない。

 そんなことを聞かれてスラスラ出てくる人なんて、きっと本職の人かよっぽど博識な人くらいだ。人生で醤油の制作過程に興味を持つ機会なんて滅多にない。

 そういえば日本に戻った時に、確か発酵食品関連の書籍も買ったはずだ。もしかしたら、それを見たらわかるかも……?


 私が考え込んでいると、レオナルトさんは両手を勢い良くテーブルについて、もう少しで上に乗ってしまいそうなほど体を乗り出してきた。



「茜様、どうか! レイクハルトの未来がかかっているのだ!」



 レオナルトさんの瞳が真剣過ぎて怖い。

 思わず、ぽつりとジルベルタ王国に帰ればどうにかなるかもしれないと零すと、彼は益々興奮して、ガタガタとテーブルを揺らした。そのせいでバシャバシャとカップの中の紅茶が零れた。

 ああ! ……高そうなテーブルが……!! テーブルクロスが……!! 美味しい紅茶が……!!


 どうやらレオナルトさんは自分で醤油を作りたいらしい。

 そして、それを異界からの珍しい調味料だとして売り出したいようだ。

 レオナルトさんは鼻息も荒く、目がきらきらさせて、頬を真っ赤に上気させて熱く語った。



「醤油を再現できれば……! 『英雄聖女』伝説とともに売れるに違いない!

 そのうち醤油を使ったフルコースを提供する『聖女様まんぷくグルメツアー〜もしかしてシルフも見れるかもしれないよ〜』を開催すれば……大陸中から人が訪れること間違いなし!

 はっはっは! 笑いが止まりませんな……! やはり吾輩は天才だ……!」

「……ひぃっ」



 なんだかレオナルトさんの目つきがおかしい。

 これは領主というよりは、金儲けの方法をみつけた商売人の目だ!


 興奮が最高潮に達したレオナルトさんは、私がドン引きしているのにも気付かない。醤油の販売をはじめた暁には、マージンを私にもくれるとか、ラベルは有名な画家に頼むとか……まだ私は何も承諾していないのに、既に彼の脳内では全て希望通りに事が進んでいるようだ。

 次第に話が大きくなり、醤油どころか妹を象った黄金像まで建立する計画まで話が至ると――。



「湖上都市レイクハルトは、この(・・)! 吾輩の代に嘗て無いほどの繁栄をみるのだ……。

 く、くくく……はーっはっはっはっは!」



 レオナルトさんはまるで悪巧みをしている悪人のように、腰に手を当てて大きく仰け反り、高笑いをはじめてしまった。

 ……大丈夫かこの人。

 そのときだ。

 カップがソーサーに触れた高い音がしたかと思うと、低く落ち着いた声が聞こえた。



「……兄さん。やめないか」

「うっ」



 その声はベルノルトさんだった。彼はずっとカップを見つめていた視線を上げて、その暗緑色の瞳をレオナルトさんに向けた。すると途端にレオナルトさんがおとなしくなった。

 シュンとしてしまったレオナルトさんを見て、内心ホッとした。正直言って、このままレオナルトさんの勢いに飲まれると、とんでもないことになりそうな予感がしたのだ。

 すると、ジェイドさんがレオナルトさんに話を切り出した。



「レオナルト様。盛り上がっているところ恐れ入りますが、異界からの知識や技術、製法に関するものは、我が国の宰相が直接管理をしておりまして。ここで我らが安易に許可を出せるものではないのです」

「……な、『氷の宰相』殿がッッッ!!?」

「異界の知識の提供がご希望であれば、我が国の宰相に直接申し入れをして頂けますか」

「ぐ、ぐぬぬ……」



『氷の宰相』というとルヴァンさんの二つ名だった気がする。

 ルヴァンさんの名前が出た途端、レオナルトさんは渋い顔をして黙りこくってしまった。さっきまでの勢いは既に見る影もない。

 そんなレオナルトさんをじっとベルノルトさんが見つめていた。レオナルトさんの顔が青ざめているような気がするのは気のせいだろうか。


 ……ルヴァンさんの名前の威力よ……! というか、あの人過去に何をしたんだろう……。


 私がそのことに衝撃を受けていると、ジェイドさんが私にこっそり耳打ちをして事情を教えてくれた。



「……よくは知らないけれどね。我が国の宰相殿とこの国の領主兄弟は、学び舎が一緒だったらしい。

 宰相殿が旅の出発前に、レイクハルトで何かあれば自分の名前を出していいと言ってくれていたんだ」

「そ、そうなんですか……」



 おお……学友だったのか。それにしても、ルヴァンさん。出発前からレオナルトさんが暴走しそうなことを解っていたような口ぶりだ。……きっと、学友時代に色々と苦労したのだろう。

 それにしても、あのレオナルトさんの怯えよう。一体全体どうすれば、学友にあんなに恐れられるのだろう。

 今頃、預けたレオンと戯れているのだろうルヴァンさんに思いを馳せて――なんだか微妙な気持ちになった。



「現在、異界の言語で書かれている書籍を、鋭意翻訳中です。そこから得られる知識等の取扱いに関しては、我々は関知しておりません。

 ……異界の知識は大変貴重なものです。国家間で色々と条件を擦り合わせたうえで、取り決めをしていただきたいと考えております」

「……そうか」



 ジェイドさんが続けて言った言葉に、ベルノルトさんはゆっくりと頷いた。

 発酵食品関連の書籍は、今頃きっとヴァンテさんが翻訳作業を進めているはずだ。

 初めてヴァンテさんに会った時、本に埋もれた薄暗い執務室で、げっそりとやつれたヴァンテさんが、目をギラギラさせながら翻訳作業に取り掛かっていたっけ。まるで塔みたいな本の山が今にも崩れてきそうで怖かった覚えがある。


 ……そうだよね。私達の世界の知識って、この世界では貴重なものなんだ。


 ヴァンテさんは、翻訳した文章をわざわざ本妖精(ブックフェアリー)の力を借りて、許可のない他人が読めないように魔法書へと作り変えていた。

 でなければ、そんな面倒な事をする必要がない。


 私にとってはなんでもない知識、技術でも、この世界にとっては革新的なものだったりするはずだ。

 だからこそ情報漏えいを恐れて最低限の人数で作業を行っていたはずだし、あの書籍たちが翻訳されれば、ジルベルタ王国の大きな国益になることは間違いない。


 ――あっぶない!!!


 私は背中に冷たい汗が伝ったのを感じた。

 醤油の件を安請け合いしなくてよかった……。もし万が一にでも、「醤油の製法教えてあげます!」なんて言っていたら、大問題に発展していたに違いない。

 きらきら目を輝かせて、翻訳作業にあたっていたヴァンテさんを思い出す。


 ……私の軽率な発言で、彼の努力が無駄になるところだった。発言には注意しないと。


 心のなかで自分を戒めていると、ベルノルトさんがジェイドさんに向かって言った。



「……では、醤油の製法に関しては後日、ジルベルタ王国の宰相殿に連絡をつけようと思う」

「な、ななななな……! ベルノルト……!? 駄目だ、吾輩はあやつとは、一生関わらないと決めたのだ!」

「仕事だ、レオナルト。割り切れ」

「ぐぬおおおおお……」



 ――本当に、あの人レオナルトさんに何をやった!?


 頭を抱えてしまったレオナルトさんに、私は思わず顔を引き攣らせた。

 ベルノルトさんは瞼を伏せて、一瞬考え込むと、直ぐに静かな口調で話を続けた。



「我らも『醤油』の製法が手に入らなければ、身近なもので味を再現することになるだろう。

 ……調理法に関しては、宰相殿の許可は?」

「いいえ、いりません」

「そうか」



 ベルナルドさんはそういうと、私に暗緑色の瞳を向けて――ふっと、柔らかく笑った。



「……頼む。調理法を教えてくれないか。

 あのうなぎをどうにかして利用できないかと、長年頭を悩ませていたのだ。それが君の調理法で解決出来るのであれば、とても喜ばしいことだ」



 ベルノルトさんの眼差しは真剣だ。

 彼は言葉自体は少ないけれど、レオナルトさんのようにこのレイクハルトの街を発展させようと、強い想いを抱いているのだと感じられた。


 私は頷くと「……精一杯頑張らせて頂きます!」と胸を叩いた。

 すると、ベルノルトさんは安心したように、表情を和らげ。

 レオナルトさんは、何故だかにやりと不敵に笑った。



「……ならば、茜様! 実は、調理法以外にも頼みたいことが――」



 レオナルトさんは揉み手をしながら、満面の笑みを浮かべて私にそう言った。

 ベルノルトさんは相変わらずの無表情でこちらをじっと見ている。

 思わず顔が引き攣る。

 ――なんだか、嫌な予感がした。



「茜様には、是非供犠巫女(くぎみこ)の役目をお願いしたいと思っている!」

「――……は?」



 ……供犠……って。ええ……それって、生贄ってこと!?


 その衝撃的な言葉に、私がぽかんと口を開いたままレオナルトさんを凝視すると、彼はバチーン! と茶目っ気たっぷりに片目を瞑って「衣裳もこちらで用意するから、心配するでない!」と笑った。


 ……そういう問題じゃない!


 ――私は涎を滴らせた恐ろしい化物に、皿に乗せられて供される自分を想像して……思わず青ざめてしまった。

レオナルトですが、ちょっとシロエ王子とキャラが被っているので、今度シロエ王子の方を改稿します。

ナルシストなキャラに変更予定。それまで、似た感じのままで申し訳ありません。(キャラ設定表を見間違えてたなんて言えない←)

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