藤恋いし
これが恋だと気がついたのは二年前。
まさか、まさかと己を否定し続けているうちに、少女だった娘は瞬く間に大人になっていた。
結い上げられた髪が一筋、解れてうなじにかかる様に欲情した。
「藤代様」
己を呼ぶ声から幼さが消え、女の色が混じっている事から目を逸らしながらも弧を描く赤く色づいた唇から目が離せなかった。
幾夜、娘を思って眠れぬ夜を過ごした事か。
「藤代様」
今、己の胸元で聞こえる声はきっと娘を想い過ぎた幻聴であろう。
「藤代様。
私を見て下さいませ」
つい、と袂を軽く引かれ視線を落とすと、そこには己の腕の中に納まりほんのりと目尻を赤く染めた娘が…お雪が…居た。
「お雪…何故だ?」
「私は藤代様をお慕いしております。
藤代様が私を厭うのでしたら、はしたない娘だと突き放してくださいませ」
「厭うてなど…」
そう、厭ってなどいない。
むしろお雪が己の胸元にそっと手を添え、その眦に透明な滴を湛えている様子に暴走しそうな己の劣情を抑え込むので精一杯な程だ。
このままではいかん、と決死の思いでお雪をそっと己から離すと、ぎりぎりまで湛えられていた透明な滴がその滑らかな頬を幾筋も滑り落ちた。
そのまま声を殺して泣き崩れるお雪を見て、歳の差であったり、日々の糧の事であったりとした細々とした事を理由にして好いた女を泣かせている己の女々しさを蹴り飛ばしたくなる。
触れてはいかんと強く握り込んでいた拳を開き、はらはらと尽きる事無く落ちる滴を懐に入れていた手拭いで出来るだけ優しく拭うと、お雪はその涙に濡れた瞳を己に向けてくる。
座り込んだままのお雪の肩を掴み己の元へぐっ、と引き寄せ、強く抱きしめた。
「ふじしろ、さ、ま、、、」
「お雪…」
鼻孔に突き刺さる女の匂いに、己は我を忘れそうになったのだと思う。
「口吸いをしても良いのだろうか…?」
辛うじて残っていた理性で小さく問いかけると、お雪は瞳を見開いた後、本当に嬉しそうに
「お願いいたします」
と微笑んだ。
この後、口吸いだけで終わらす為に己の理性を総動員して何とか無事に終わらせたり。
お雪の両親に許しを貰う為に必死の思いで仕官先を探し、何とか滑り込んだ所で出会った御方に忠誠を誓ったり。
色々とあったが無事に結婚し、子供にも恵まれ、幸せに過ごす事ができたものお雪のお陰であろう。
「愛しておるよ」
最後まで言えなかった言葉を今際になって言うなど怒られるかもしれんな。
棺の中で静かに微笑むお雪の、赤く染色された唇にそっと己の唇を合わせ、
私は、ゆっくりと棺を閉じた。