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7話 砲筒使いシキの受難

注! 7話は砲筒使いシキの視点です。ゼーレが正体に気付くのは、かなり先(笑)。

7/12誤字修正。

「あ、シ―――っ!!」


 バシャンッ


 目の前で、勇者が落ちた。

 見るからに駆け出しとわかる少年とはいえ、仮にも魔王の対極にいる存在が手を滑らせて泉に落ちた。

 薬師アイはともかく、天士(てんし)ゼーレすら気付いていない様子の、泉に掛かっている魔術に気付いたのか真剣に泉の表面を見ていた為、これまでの言動も考えるとどこぞの間者である可能性がある…とまで考えていた己を、軽く殴りたくなる。


 間者なら、背後から急に声を掛けられたからといって、この様な失態は侵さないだろう。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「陛下!」


 この二百年で効き慣れた声が我を呼んだのが聞こえた。

 振り返ると向こうから、やはりここ二百年で見なれた讃犠(さんぎ)ヒガンが、珍しく走って来ている。

 これは良くない。

 古くから仕える者はともかく、もしこの城に慣れぬ者が見れば真似をし、途端に風紀が悪くなる可能性がある。

 放っておく事はできない。


「ここは廊下だ。他の家臣に見られたらどうする」

「こうでもしないと、陛下に追いつけないでしょう!?」


 何故か怒鳴られた。

 何の文句があるというのだろう。

 我はこれから、先程会議で決定した、“魔王の元へ事実確認に行く”というのに。


「まさか、もう緊急の書類が舞い込んだなどとは言わんだろうな?」

「それくらい俺が捌いてみせます!……そうではなく、陛下の旅の格好についてです」

「格好?」


 我は自分の手の甲で肌の色を確認し、左肩に担いでいる魔砲筒を確認したが、特に不備は見当たらない。

 肌の色がしっかり人間の色をしているからには、ここ二百年で慣れ切った、黒目黒髪の人間の姿になっているはずであるし、道中敵対してきた存在を、種族の固有魔術を使わず倒す為の武器も、見たところ壊れている様子は無い。

 首を傾げていると、はあ、とヒガンが大きく溜息を吐いた。


「…陛下、城下町で、人間が一人だけ抜き身の大剣を持って歩いているのを見たら、どう思いますか?」


 そうか。ようやく理解した。

 魔砲筒を手に持ったままというのが、問題だったようだ。

 六十数年の年齢差は、伊達ではないらしい。

 とはいっても人間の姿となっている我と、人型となっている彼の外見は、人間的に見積もるとせいぜいが二歳程度の差にしか見えない。

 草花科の魔族と、樹木科の魔族の種族の差というものである。


「だが、手に持たずしてどう所持すれば良いというのだ」

「その為に走って来たんですよ」


 はい、とヒガンが二つの袋を差し出してきた。

 これは知っている。人間が模倣し世界で広く使われている収納袋の劣化版・収縮袋と、目の前にいるヒガンが開発し作成過程の問題で未だ我が国が販売を独占している収納袋だ。

 本来収納袋だけで良いところを、両方持って来ている理由も理解できる。

 収納袋は高価過ぎる為、懐に入れたままにし、人目に出すのは収縮袋のみにする為だ。

 これで重くなった収縮袋を懐の収納袋に入れる事で、重さの問題も解決する。


 だが。


「…確か、公務用の収納袋は五袋とも使用中で城にはなかったはずだが」


 そう。現在外交の仕事で諸外国に行った者が使用する許可を求める書類に署名し許可をした記憶がある。

 しかも求めてきた者が六人いた為、一番筋力がある者には収縮袋にするよう伝達もした。

 もちろん、その六人とも未だ帰国の報告は無い。


「そうなんですよねー…。まさかの本編開始前に…。いえ、陛下は俺達大樹族と違って飲み食いが必須ですから、必然的に荷物も多くなり重量もバカにできません。なので、仕事しないジジイどもから魔力奪って来ました!」


 収納袋の作成過程の問題は、必要魔力量にあった。

 作成時、大樹族十人分の魔力を使った大魔術が必要となる為、人間で換算すると超一流の魔術師百人分程度は必要になる。

 そもそも超一流の人間の魔術師など、現在の世界には片手で足りる程度しか存在しない。


 魔術の技術の良し悪しではなく、純粋に魔力が必要な為、今のところ完全な模倣作が出回っていないのだ。


「………」

「何ですか、その不満そうな顔!あのジジイどもは仕事しないんです。確かに光合成ができないと魔力は復活しませんが、仕事しない奴が寝たきりになったところで国防に影響なんか出ません」


 ヒガンはそんな事を言っているが、我がネム王国の大樹族で老年とも言える人物は六人しかいなかったはずだ。

 もちろん、その中には我が頼りにしている有能な者もいる。

 さらに言うならば、国の政治は国防だけで動いているわけではない。

 国防だけが大丈夫と言われたところで何も安心はできないのだが。


「だーい丈夫です!この文武両道でイケメンな俺が見事陛下の代役を務めてみせますって」

「…我は週の半分は睡眠を摂る暇が無かったのだが、ヒガンは寝ない気か?」

「え゛!?」


 とはいえ、安心できずとも己が行かなければならない事は決定事項だ。


 何故ならば我が国にいる高位魔族は全て植物系であり、大半が光合成で魔力を補充している。人間の魔術師を招集しようにも、一流はいても超が付く者はいないのが現状だ。

 しかしここ三週間は太陽も出ず、戦力であった高位魔族は極僅かしか魔力を作り出せないらしく、無駄に魔力を使う事ができない。

 だが我は宿芽(しゅくが)族の特性で、口から摂取した食物から魔力を生成したり、接触した相手から魔力を奪う事ができる。

 つまり、魔力が枯渇する可能性が低い為に現状で魔力的に余裕がある、宿芽(しゅくが)族最強の者を向かわせるという結論になった為、我が行く事になった。


 魔力が豊富で体が頑丈な大樹族を差し置いて己が魔王の座にあるのも、この自在な魔力供給方法によるところが大きい。


「ふっ。緊急用に、執務室の卓上に我の分身を挿した瓶を置いている。瓶の中の酸酪(さんらく)が無くならないよう面倒を見てやって欲しい。分身が生きている間は救援の声があれば転移して戻れるからな」

「了~解。…にしても、あのちっちゃい可憐な花がヨーグルトを吸い上げるなんて、見た目ホラーだよな…。あ、そうだ。そうでした!陛下」

「何だ」


「道中で天使見かけたら、連れてってあげてくださいね」


 意味のわからない事を時々口にする男は、深紅の瞳の眼光を和らげ、天使の出現を予言した。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 ネム王国の城下町で人間の店主に国王だと見破られたり、親切な老婆に『我』という一人称を封印した方が良いと助言されたり、恰幅の良い主婦と思わしき人間の女性に水の物価を教えられたり…。

 我は約二百年ぶりの単独行動で、建国時並の目まぐるしさに襲われていた。


 そんな時だ。

 食料の補給の為に立ち寄ったメディス王国の王都ディレアで、謎の魔力の塊を感知したのは。


 一瞬、街中で魔術を放つ馬鹿者かと思ったのだが、その魔力の塊は現在己が立つ大通り辺りをうろうろするだけで何故か何も起こらない。

 一体何なのだと視線を向けると、金属の光沢を放つ鳥のような羽を背に付けた何かが、一生懸命な様子で通行人に話しかけていた。


 いや、何かではない。天使かとも思ったが、彼女の頭の後ろにはただの輪ではなく、光輪(こうりん)が浮いている。ただの天使ではなく、階級持ちの天津神系神族である事は確実だ。

 だが、どう見ても行動がおかしく、普通の人間が魔力を認識できない事を知らないように見える。

 おそらく、ジッと観察していたのが間違いだったのだろう。


 無視され(相手は体の構造上認識できないだけだが)落ち込んでいた神族の娘と、目が合ってしまったのだ。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 はっ、はあっ


「マジで、来た…。サンキュ、助、かったぜ。オレは、ハヤテ。あんたは?」


 目の前で新緑の芽のような黄緑色の髪を持つ少年が、息を切らしつつも礼を述べてくる。

 我は今、王都ディレアで会った天士(てんし)ゼーレを平原に残したまま、グレア村へ先に来ていた。

 グレア村への道で冒険者達と話している途中に、宿芽(しゅくが)族の一人がグレアの森で助けを求める声を上げた為、転移魔術で近くへ飛べたからだ。

 我の使用できる転移魔術は、『助けを求める同族』が居なければ発動しない、部族固有の魔術であり、部族の長だけが使える魔術でしかない。

 当然の事だが、グレアの森で宿芽(しゅくが)族の幼子を足蹴にしていた岩狼(いわおおかみ)は、既に粉砕している。


「シキだ。元々この村に向かっていた。礼はいらん」

「……くそう、誰かがこのシーンをカメラで撮ってくれてたら…」


 ハヤテという少年がぼそりと呟いたが、魔族である我にはしっかり聞こえていた。

 カメラという言葉は大樹族のヒガンが時々口にする『見たままの風景を一瞬で一枚画にする夢の機械』を表すという言葉だが…あの言葉はヒガンが作った言葉のはずだ。ハヤテは我の知らぬ間にヒガンと繋がりがあったのだろうか。


 不審な少年ハヤテを前に、危うく思考の海に嵌まりかけていたが、偶然見えた魔力の流れで現実に立ち戻った。


「ハヤテ、と言ったか。その剣は……」


 そう。剣だ。

 白く神々しい装飾がしてある幅広の両手剣は、何故か周囲の魔力を少しずつ取り込んでいた。

 謎の現象にハヤテが何か魔術を使っているのかと目を向けて見たが、特に使用している様子は無い。

 …無いが、ハヤテの魔力も両手剣に吸われているように見える。

 自ら剣へ流している魔力の動きではない上に、あれでは常に低級魔術を使い続けている状態と同じだ。


 もし彼が魔族ならば、近い内に魔力の枯渇で死ぬ事は確実だ。


「あ、これ、聖剣。ネイト王国に伝わってたヤツなんだけど、オレが持ち主に選ばれちゃったみたいで」


 アハハと笑っているが、言っている内容はただ事ではなかった。

 あの剣が、魔族の天敵、聖剣。

 魔を浄化し、この世から消し去ると伝えられている。

 …実際は魔族の命の源である魔力を吸い取り絶命させる剣だったということか。


 しかし、これを持っているということは。


「お前、勇者か?」

「ま、わかるよな。今は幼馴染みと一緒に魔王の根城を探してんの。よろしくー!」


 とりあえず、己がとある魔王の城へ向かっている事を伝えるのは、自然な流れだった。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 目の前に広がる波紋。

 だが、泉の中に落ちたはずの人物は全く見えない。

 

 当然だ。この“命の泉”の水面には、隠蔽(いんぺい)系の魔術が施されている。

 用水路を流れる水には生命を脅かすような物質は溶け込んでいないようだからと、特に気にしていなかった。


 だが、水中を把握できないこの状況は、良くないものだった。


「ハヤテ!?」

「え、落ちたんですか!?」


 水音に気付いた二人が駆け寄って来る。


「「え?」」


 そして、浅いはずの泉にハヤテの姿が見えない事に気付き、絶句した。

 今、二人の頭の中では、色々な可能性という憶測が飛び交っている事だろう。


 …目で確認させるか。


 我は左手を泉に浸けた。

 水面との境界から水中にかけて、本来は見えるはずの手が見えなくなる。


「シキさん、それは…!」

天士(てんし)なら知っているはずだ。これは地上世界から天上世界が見えないようにする魔術と同一の術」

「ちょっと二人とも!そんな呑気に話してる場合じゃないでしょ!?早くハヤテを助けなきゃ!」


 アイに指摘され、ちらりと二人を眺め見た。

 …もし共に行く事になれば面倒事が増えそうとしか思えない。


「ここで待っていろ」

「「え、シキさん!?」」


 会って一日すら経っていない二人だが、女性同士息が合うようだ。

 我は二人の声を背後に、足から泉へ跳び込んだ。




 命綱が必要な場所だと知った時には、既に手遅れだったが。

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