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6話 勇者ハヤテの苦悩

注! 6話は勇者ハヤテ視点の為、腐女子の叫びがてんこ盛りです。

7/2誤字脱字修正

 死んだ記憶は無かった。




 けど、今のオレは、来月から大学二年な腐女子『(あたらし)千早(ちはや)』なオレじゃ、絶対ない。


 『(あたらし)千早(ちはや)』だったときの最後の記憶といえば、二周目からが本番と密かに騒がれていたゲームの一周目を一気にクリアし、二周目の周回カスタマイズを終了したところでテレビ画面が眩しく発光して…終わってる。

 もし死んだなら、あの時の光はテレビが爆発する時のもので、オレはそれに巻き込まれたという事になるんだけど、あんまし信じたくない。


 ―――未練はあった。

 むしろ、この世界に『勇者ハヤテ』として生まれた事で、余計に未練が積もった気がしてる。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「くそっ、何でオレはハヤテなんだ……!?」

「…ハヤテ?何意味不明な事言ってんの?」


 隣を歩く、幼馴染みのアイがオレの顔をの覗き込んでくるが、こっちは気にするどころじゃない。

 今の自分が、ハヤテ・ヒロガイアという名前を持っていると知った時の混乱から、どうにか立ち直ったというのに、これだ。


 オレ達は今、王都フォーレから、自分の家のある麓街ハービスへの帰路を進んでいる。

 実はオレ、今年で十五歳になるワケだが、この国ネイト王国では成人と見なされる歳なのだ。

 …で、『(あたらし)千早(ちはや)』時代にやってたRPG『太陽の救世主(メシア)』にあった設定通り、ネイト王国に伝わる伝説の聖剣の柄を引いてみる、という成人の儀式を行ってきたところだったりする。

 もちろん、他の人は全く抜けなかった剣の鞘が、オレの時だけ抜けた。


 本当はオレ、『太陽の救世主(メシア)』の世界に転生だか憑依だかして生きてたとしても、ハヤテ・ヒロガイアの同姓同名なだけのモブでいたかった。

 もっと言うと、モブではなくメインキャラなら、勇者ハヤテとシキ様以外のキャラになりたかった。

 もしかしたら、ただの同姓同名なだけかもしれないと、僅かな希望を持って生きてきたのに、その希望も成人の儀式で聖剣が抜けたせいで粉々に砕かれてしまったのだ。


 だってオレ、シキ様×ハヤテのカップリングが大好物なんだぜ!?

 無表情なのに超世話焼きな国王様×ちょっとおつむの弱い猪突猛進な勇者って良くね?

 無表情の下でハヤテに振り回されて苦労性なシキ様と、いつの間にかアレコレやらかしちゃってて最終的にシキ様に泣きつくハヤテとかのサブイベント見た時には、ムフフな方向の二次創作を作成する妄想までしたくらいだ。


 つまり、この二人は、二人揃っているからこそ、オレの好物なんであって、片方だけとかだと半分以下の価値しかねーの。

 二人のイチャイチャ(腐女子の思い込み)を見たいワケで、自分がその片方とかだったら、見れねーじゃん!

 シキ様はイケメンだけど、単品じゃ萌えるイベント無いから無理!


 せっかくイベントを見る為にパーティーメンバーに付いて行けるだけの力は持とうと、ちっちゃい頃から剣の訓練をしてきたってのに…。

 や、それはそれで、勇者としての力の足しにはなると思うけど。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 ドンッ バシャン


 また音が聞こえた。

 グレアの森方面の柵の方だ。


 そう。結局オレは来てしまっていた。

 シキ様が初登場する、メディス王国のグレア村に!

 登場するのは、オレこと勇者ハヤテが、狼型の魔物岩狼(いわおおかみ)と交戦中にって話だったけどな!

 くそう。テレビ画面のキャラは、立ち絵の時以外三等身キャラだったから判んなかったけど、まさか岩狼(いわおおかみ)があんなにデカイなんて……!

 あれ、『(あたらし)千早(ちはや)』の家からバスで三十分行ったとこにある動物園にいた、雄ライオンくらいはあるんじゃね?


 そいつ相手に聖剣一本で戦えって?

 いやイヤイヤ、ムリ無理無理……。

 このドンヨリ雲の空だって、きっとそう思ってるって!


 あいつらのド真ん中行ったら絶対即行で囲まれるし、アイは毒のビンを投げる程度しか戦力にならねーし、その時点で一緒に行くのは却下だろ?

 …まあ、おかげで今、柵の中からオレが風の足止め魔術放って、アイが毒のビン投げて、で、一匹ずつ減らせていってるワケだけど。


 そうなんだよ。オレ、魔術は下級の風魔法しか使えない。

 ここまでゲームと同じ設定じゃなくても良くね?

 このメディス王国のグレア村までは、オレの剣一振りでざっくざく魔物倒せたから、「オレ、もしかしてチート!?」とか思ってたけど、全然そんな事なかった。


 …一応、心当たりはある。

 周回カスタマイズの時、十ポイント分だけ好きな能力に振り分けれるようになってたから、主人公の成長率にプラスさせる設定の画面で、経験値獲得率にプラス五、攻撃力にプラス五で振り分けたのだ。

 そう。振り分け可能な能力は、魔力の欄もあったのに、振り分けなかった。

 元々主人公はパーティーメンバーの平均値程度の魔力を持っている設定だったし、結局は聖剣でガンガン進むつもりだったから、必要無いと思っていたのだ。


 もし、今のオレの状態が、リアル二周目プレイなのだとしたら……。


 当然、物語序盤の今は、めちゃくちゃ魔術が使えない。

 少々他のキャラよりレベルアップしやすくても、一周目でシキ様と合流したのは、確か主人公とアイがレベル九程度の時だったはずだ。

 使えるワケがない。




 ドゴンッ バシャン


 またグレアの森方面の柵の方から聞こえたけど、音がおかしい。

 今までは何事も無く壁の役割を果たし、岩狼(いわおおかみ)を柵のすぐ外側にある深い堀に落とす枠 割をしていた柵に、何かあった音のように聞こえた。

 それにオレは知っている。

 岩狼(いわおおかみ)が命を掛けてぶつかりまくった柵はグレアの森方面が壊され、そこから魔物達の侵入を許してしまう事を。


 オレは当然、村の中をグレアの森方面へ走った。

 ここの村人のためじゃない。オレの為だ。


 あんなサイズの狼に囲まれたら、絶対ヤバい。シキ様が登場するまで耐えられる気がしない。

 村に入り込まれてからの対処じゃ囲まれる。

 けど、柵が破壊される時にその場にいた場合、破壊された事でできる入り口でひたすら侵入を防げば、一度に相手にするのは多くても二匹程度のはず。


 グレア村までの道のりでの戦闘を考えると、二匹程度ならシキ様が来るまでどうにか持ち堪える事ができる気がするのだ。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 結果、ちゃんとシキ様は来てくれた。シキ様はチートだと思った。

 以上っ!


 ……だって考えてもみろよ。

 柵が壊れた後、オレが頑張って村に岩狼(いわおおかみ)が入らないよう防戦してたらどっからともなく現れて、オレが苦労して三匹倒してる間に水弾で残りの二十匹前後を倒してたんだぜ?

 土属性の魔物って、このゲームでは水属性攻撃の効きが悪かったのに、どんだけレベル差があんだよ。


 で、大半の魔物を殲滅したシキ様と、彼が来るまで村を守り通したオレ達は、村長の家で夕食を出して貰った。

 無料で。

 なのにシキ様はゲームと同じく、何故かワイン以外を断ってしまった。

 村長は怪訝な顔をしてたけど、命の恩人ともいえる相手、しかもどこぞの貴族な見た目のヤツ相手に強く出れるワケも無く、ワインを一本追加する事にしたようだ。


 …そういやシキ様、超偏食家な設定だったけ。水の他は、お酒と発酵食品しか口にしない感じだったな。村長、ナイス対応!


 で、食事後、夜の警護の話になって今に至る。マル。




「早かったな」


 遠くからグレア村に向かって飛んで来ていた、金属の羽を持ち燐光を放つ天使は、どうやらシキ様の知り合いらしい。

 …こんなイベントゲームになかったけど、メインシナリオに影響無さそうな事は頻繁に知らない事象も起きてたしな…。そういった類の現象か?


 古代ローマ人とか仏教の如来とかが纏っていそうな白い服の横は、チャイナ服のスリットのようにザックリと開いてるのに、色っぽいというよりスポーティな感じだ。

 両肩には鎧の肩部分らしき物が浮いてるという、謎の構造。

 しかも頭の後ろには、天使の輪ではなく後光を表すかのような金属の輪が浮いていた。


 何コイツ。勝利の女神二ケとか?


「ちょっと、何々?何が起きてるの?二人とも説明しなさいよ」


 オレが呆然としていると、アイがせっついてきた。

 いやいや、初対面のオレに紹介しろって言われても…。


 けど、アイが口にした言葉は、別に紹介しろという意味ではなかったのだ。

 天使が羽を消し、装いまで変えるという変身を見せたときの言葉でわかる。


「人が現れた!?」


 …この言葉から考えて、今までの天使は、シキ様とオレだけが見えていたらしい。

 くそ!オレがアイだったら、二人して夢の世界に入ってるわーとか妄想できたのに!


「はじめまして。私は天士(てんし)ゼーレ。ゼーレ・サンハと申します」


 しかも人間に化けた天使は、腐った心を持つ人間にとって眩しく感じる、清らかな笑みで自己紹介をしてくれた。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「そういえばハヤテさん、岩狼(いわおおかみ)の巣の場所を村の方々に訊ねなくて良かったんですか?ずっと用水路に沿って歩いていますが」

「いやー、村人一人一人に話しかけて確かめるのって面倒じゃね?あいつらも生き物なんだから水辺に足跡の一つ二つあると思うし、それを辿れば…」


 ポーカーフェイスでモブ天使ゼーレにそう返したオレだったが、なんて事はない。

 実はこの先にある“命の泉”でサブイベントが発生するのだ。

 イベントスチルは無いものの、どう考えても腐女子の餌らしきイベントが。

 ただ、この『太陽の救世主(メシア)』は中盤に幼馴染みの温泉イベント、終盤に拘束された姫巫女のサービスシーン的なイベントがある為、別に女性向けというわけではない。

 むしろ、どちらかというと男性向けだ。イベントスチルだって女の子キャラが中心の物が多い。…中盤までメインの女の子キャラは、ポニテな鏡っ娘の幼馴染み、アイだけだけど。


 それでもスチルの無いサブイベントでは、ハヤテとシキ様が結構絡む為、プレイ動画を見た腐女子がプレイヤーとなる例は結構ある。

 オレもその口だ。


「結構歩いたけど、見当たらないわね。聞いて来た方が良かったんじゃない?」


 アイがビシリと現実を突き付けてくるが、問題無い。だってオレ、岩狼(いわおおかみ)の巣の場所、グレア村から出発したなら大体わかるし。…ゲーム内ではすぐ着いてたけど、実際にはもっと歩くんだろう事も、ちゃんと予想してるし。

 けど、そこでシキ様が問題発言をしてしまった。


「二度ほど見かけた足跡は何故捨て置いた?」


 え!?ちょっと待て!そのセリフ、三時間以上グレアの森をぐるぐる迷ってるときに出るスキットのセリフの一部!

 って事は、オレ達迷子扱い!?まだ二時間も経ってねーよ!?


「ちょ、シキ様何で教えてくんねーの!?」


 あ。

 オレはうっかりセリフを言ってしまった。

 まずい。このままいつもと同じく対象キャラが言葉を返すと……。


「……様?」

「え、だってシキ様、とある国のお偉いさんだろ?」


 あぁ。あのアイがやり込められる、微妙に哀れなスキットが始まった。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「うーん、誰も居ないわね。泉も見た感じ綺麗だし大丈夫だと思うけど、とりあえず不審な物が無いかだけ、周りを見てみる?」


 結局のところ、オレは欲望に負けて“命の泉”まで皆を連れて来ていた。


 シキ様が岩狼(いわおおかみ)の足跡は、馬車馬の足跡に似てるとか言ってたけど、もちろんオレは知っていた。

 けど、ゲームのイベントでは二回見た足跡の内、片方は本物の馬の足跡とかいうオチだったんだぜ?しかも、面倒な事に、必ず先に調べた方が本物の馬で、後で調べた方が岩狼(いわおおかみ)の足跡になる。

 一周目で、できる限り多くのスキットを見たかったオレは、二回目で当たったデータをセーブせずに切り、グレア村出発からやり直してもう片方を先に調べたせいで、いらないカラクリを知ってしまったというワケだ。


 そんなわけで面倒な事は後回しにしたオレは、「何か声が聞こえる!」とか、ちょっと恥ずかしい事を叫んでこの泉まで爆走した。

 もちろん何も聞こえてないが、ありがたい事に皆「え、何?」という顔をしながらも追いかけて来てくれた。うん。モブも混ざってるけど、パーティーメンバー皆イイヤツだよな。


 もちろん、シキ様の動きだけを見に来たワケじゃない。


 だって思いついてしまったのだ。

 自分がハヤテでも、シキ様と二人のイベントを見る方法を!


 イベントは泉で起こる。

 つまり、水でずぶ濡れになった後なら、泉に映ったシキハヤを観賞できるってワケだ!

 あ、シキハヤって、シキ様×ハヤテのカップリングの略称な。


 ただ、泉に着いてからが問題だった。

 ゲームでは、泉に何かないか調査している途中に岩狼(いわおおかみ)がやってきて、慌てたハヤテがシキ様にぶつかり、二人揃って水中にドボンだったんだけど…。


 来ない。


マジで来ない。もしかしたら、モブ天使ゼーレが、変にこの周辺を照らしてるせいで警戒してんのかもしれない。

 まあ、ゲームでのハヤテはそーとービックリしてたし、オレが気にしてる時点で来ないのかもしれない。…忘れた頃にってヤツだな。


 というワケで、一応「声が聞こえる」とか言った手前、泉の中を気にしてるような行動をする事にした。

 泉の縁まで行って、ジッと観察してみる。

 この“命の泉”はそんなにデカくはない。

 大きさ的に言えば…九畳くらいか?深さすらそんなにあるようには見えない。泉の底はしっかり光が届いてて明るい。石も丸い形のがコロコロしてて、どっかの川の川底と似ている。

 …ふと、何でこんなに水量の少なそうな泉が、グレア村の水源になっているのかが気になった。


 だって、どう見ても岩狼(いわおおかみ)が顔をだせない深さの水を溜められる、村の住居区を一周する深い堀に供給するだけの水は無い。

 しかも、水源地で見る事ができる、地中から噴き出る水に押され、コトコト揺れる小石すら見えない。

 それなのに、今も用水路から村へ向かって、水が流れ続けている。


 ゲームの世界だからと言われたら、それでお終いだが、現代日本で学生生活をしてきたオレにとっては、見逃せる現象などではなかった。

 けど、気になり過ぎて、おもいっきり身を乗り出したのは、自分でもダメだったと思う。


「ハヤテ?」

「あ、シ―――っ!!」




 シキ様の声に振り返ろうとしたオレは、見事水中に落ちた。

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