5話 グレアの森調査
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「シキさん、本当に大丈夫ですか?」
「慣れている。睡眠を摂った日よりは少々食が太くなるが、問題無い」
誰か、聞いてくださいよ!
彼、結局誰とも番を交代しなかったんですよ!?
ハヤテさんはともかく、私は神族という種族柄、深い睡眠になる事もなく、ちゃんと声を掛けてくれたら起きれたのにですよ?
そう言いつつも水嚢を傾けて中身をゴックンゴックンと飲みながら歩き続けるシキさん。
あ、これでも、朝、村の人から魔物退治と夜通しの番のお礼として、食事は提供されましたよ?
しかも森を調査したら、調査後の食事まで用意してくれるそうです。
ちなみに私は、退治していませんし、人間の食事は不要な体なので、朝食は辞退させて頂きましたが。
今、私達は、本来であれば曇りという天気の影響で薄暗いはずの、木々が鬱蒼と生い茂る森の中を歩いています。
本来ではない現在は、もちろん本来と違い、明るかったりします。
晴れの日の太陽の下にはかないませんが、私の神術でかなりの広範囲を照らしているので、現在は森の外と同じ、つまり曇り空の下程度の明るさです。
範囲としては、グレア村の住居区を囲ってある、あの柵程度の広さはあるのではないでしょうか。
それにしても、シキさん、さっきから飲み過ぎです。今ので三袋目です。と~っても空腹ですよね?
「シキさんもアイさん達と一緒に食事を頂けば良かったじゃないですか。魔物退治はハヤテさん達がいたとしても、夜の番は実質シキさん一人でしたようなものですし…。それに、水だけというのは、生命活動の源として足りないのではないですか?」
「…消化できる程の胃があれば…いや、何でもない。だが、これは酸酪という消化されやすい食品で、牛の乳液を乳酸発酵させたものだ。水より遥かに多くの養分が入っている」
何だか今、聞いてはならない事を聞いてしまったような…。
どうやらシキさん、戦闘力的には非常に強いのですが、内臓は普通の人以下の弱さなようです。
……今の言葉のせいで、上位の貴族からも下位の人からも無理難題を押し付けられ、断れないまま処理していたら、いつの間にか一人で魔王の城に行く事になってしまったのでは、という予想が思い浮かんだのですが、真相はいかに。
それにシキさんって、対応がぶっきらぼうな感じですが、かなりの世話焼き体質な気がするんです。私の事しかり、アイさん達の事しかり、夜の番の事しかり。頼まれたら断れない人種すら超えている気がします。
失礼な話かもしれませんが、シキさんが過労死しないか心配になってきました。
「それにしても、魔物でないなー。ゲームではバンバン戦闘になって結構ウザかった記憶があんのに」
「はいはい。夢の中の話してないで、ちゃんと周り警戒しなさいよ。森は隠れる場所満載なんだから、魔物は大抵不意打ちで出てくるわよ」
私達の前を歩くハヤテさんとアイさんが何やら話していますが、魔物と遭遇しないのは多分、私の神術の影響だと思います。
だってほら。私達の周辺だけ、明るいんです。しかも、かなりの広さです。
私と違って光に精通した能力が無い人が術を使った場合は、松明程度の範囲しか明るくならない術なので、魔物から見ても異常なはずです。
当然、術者より自分の方が強いと確信を持てる魔物か、危険を察知する本能が麻痺している魔物でなければ、警戒して近付きません。
「そういえばハヤテさん、岩狼の巣の場所を村の方々に訊ねなくて良かったんですか?ずっと用水路に沿って歩いていますが」
私達の左を流れる用水路は、グレア村の人達曰く、グレアの森の“命の泉”から村の堀へと繋がっているそうです。
確かにこれを辿っている限り、帰り道がわからない、という事にはならないとは思います。
思うのですが、調査の目的地である岩狼の巣にはたどり着けるのかという問題が出てきます。
それにグレア村の柵と堀は、どう見ても岩狼への対策に主軸が置かれていましたし、泉の調査と称して二カ月に一度は王都から来た調査隊と共に数人の男性が森に入るとの事でしたので、大体の巣の位置は知っている可能性が高いのです。
え?そもそも、岩狼って何?…ですか?
体表に毛が無く、代わりにゴツゴツした黄土色の石で覆われている、狼型の魔物です。その見た目の為、遠くから見るとまるで岩の塊に見える事から、岩狼の名が付いたのだとか。
他には、幅跳びの様な、遠くへ跳ぶ事は得意でも、高跳びの様な上へ跳ぶ事は苦手な種族だったりします。また、体表の石の様な物体の影響で、泳ぐ事はできません。
ところで、何故天上世界生まれの私がこんなに詳しいのかと言いますと、今回地上世界に降りる前に図書館で地上世界の危険な生き物全般を調べて、片っ端から頭に詰め込んだからだったりします。
そうです。
この岩狼、主食は動物の肉。地上に住む動物なら何でも良いという記載があった為、人間に近い姿形をしている私にとって、危険な魔物なのです。
「いやー、村人一人一人に話しかけて確かめるのって面倒じゃね?あいつらも生き物なんだから水辺に足跡の一つ二つあると思うし、それを辿れば…」
「結構歩いたけど、見当たらないわね。聞いて来た方が良かったんじゃない?」
アイさん、結構はっきり言いますね。
「二度ほど見かけた足跡は何故捨て置いた?」
「「「え!?」」」
そしてシキさんからは、アイさん以上の酷い意見でした。
何で黙ってたんですか!?
「ちょ、シキ様何で教えてくんねーの!?」
「……様?」
「え、だってシキ様、とある国のお偉いさんだろ?…じゃなくて、オレ達が気付かなかった時点で教えろよ!」
「ちょっとハヤテ、人にモノを頼む態度じゃないわよ!シキさん、すみません。えっと、私達は本気で足跡に全く気付かなかったの。どこで見かけたか教えて欲しいんだけど…」
そうです。気付きませんでした。
魔物が襲ってこないか警戒しながら進んでいたとはいえ、足元もそれなりに見た気がするのですが、狼らしき足跡は一度も見ていません。
それにしても、やっぱりアイさんは強いようです。肘で金属製の胸当てをどつかれたハヤテさん、危うく後ろに倒れるところでしたよ。
でも、やっぱりシキさんは誰が見ても貴族っぽく見えるんですね。
私も様付けした方が良いのでしょうか?
…ただ、ハヤテさんは様付けしていても軽い口調で話しているので、あまり意味が無い気もします。
「………」
「シキさん?」
無言で私達三人を見つめてくるシキさんに、アイさんが声を上げました。
気持ちも解ります。
だって、呆れた表情とかでもなく、無表情でじっとこちらを見てくるという状況は、非常に居心地が悪いんですよ?
「……お前達、岩狼の足跡も知らずに森へ入ったのか」
少し長い気がする無言の後にシキさんが口にした言葉は、問いかけというより、断定系でした。
「え、まさか岩狼って、普通の狼とは違う足跡だったりするんですか?」
思わず聞いてしまったのは仕方ありません。
だって、“狼”じゃないですか!
普通の狼よりは大きいし、どうみても重そうなので、せいぜい普通の狼より大きく少々深めの足跡が岩狼の足跡だと思う程度ですよ!
「………」
あ、何となく判ってきました。
シキさんの長めの沈黙って、呆れてるんですね。
表情は変わっていない気がしますが、きっと呆れてます!
「シキさん、私達はそれなりに急いでるんですよね?知らないものは知らないんです。教えてください」
「そうそう。シキさん、早い内に調べておかないと、また村が襲われるかもしれないの。巣にまだ残っていたら駆除しないと」
「……アイ、お前は昨夜の話を…」
「アイ、昨日シキ様の話もう忘れたのか?岩狼は魔物。普通は人間なんて喰わねーの。だから原因をどうにかできりゃ、巣に何匹も残したままで問題無し」
「ハヤテはしっかり聞いていたようだな」
え!?
図書館で調べた内容では、動物の肉を食べるって……。
あれ、でも昨日のシキさんとハヤテさんの会話に「草食系の魔物を肉食系の魔物が喰う」というのがあったような。
まさか動物は動物でも、草食系の魔物の事ですか…!?
ちょっと天上世界の編集者さん!図鑑にはもっと正確な情報載せてくださいよ!
…となると、私が危険な生き物として把握しているものの何割かは、こちらから襲いかからない限り害の無い生き物という事に……。
ハヤテさん、今までの言動で微妙に頭が残念な人かと思っていましたが、非常に失礼な評価だったようです。
実は私よりも頭が良いのかもしれません。
一週間で地上世界にて必要そうな事をアレコレ頭に詰め込めた私より良いかもとは、やりますね…。
「でも、シキさんの知識が間違ってる可能性だってあるわよ。シキさんが昨日言っていた事は一般では知られていないもの。だから、例え貴族内での常識だったとしても、あたしは全面的に信じる事はできないわ」
……アイさん、凄いです。
明らかに自分より年齢も身分も年上に見える人に真っ向から反対できるなんて…。
いえ、別にシキさんの言っていた事は疑っていませんでしたが、アイさんに言われて、確かに、と納得してしまったのも事実です。
私が天上世界で詰め込んだ知識が正しい可能性もあり、シキさんが正しい可能性もあり、逆に誰も正しくない可能性だってある、とアイさんは言いたいのではないでしょうか。
結局は、自分の目で確かめないと信用できない、という事ですね。
「ふむ。確かに、どの情報を信じるかは本人次第。会って間もない者の事を簡単に信じていては先を案じてしまうな」
「でしょ?」
頷くシキさんに、にやりと笑うアイさん。
…なんだか一気に二人の距離が縮まったような…。
それより、「会って間もない者の事を簡単に信じていては」って、もしかして私とハヤテさんの事ですか!?
しょうがないじゃないですか。あのときは他に聞ける人が居なかったんです!それに、もし間違った情報だったら、また新たなる情報探しが再開されるだけです。
「では、これからお前達に教える岩狼の足跡についても、アイだけは信じず他を探すという事に相異ないな?」
「!」
「ちょ、アイ、お前が余計な事言うからだぜ?謝れよ」
さっきのお返しとばかりに、シキさんの言葉に固まっているアイさんを、今度はハヤテさんが肘で突き、謝罪を促します。
流石に女子に暴力を奮うのは躊躇われたのか、そこまで力は入っていないようですが。
「別に謝罪する必要は無い。アイの言う事は正論だ」
シキさんの言葉に、ハヤテさんの動きも止まりました。
う~む。シキさん、言葉だけで二人も硬直させる事ができるなんて、どう考えても凡人技じゃありませんね。
字面だけで言うなら、そこまで固まるような事でも無い気がするのですが。
やっぱり無表情なのにどことなく威厳が感じられる雰囲気のせいでしょうか。
「ただ、もう少し状況を考え、誤っているかもしれない情報を教える必要性があるのかも、熟考すべきだな。あの時点で、短くとも魔王の城までは仲間として行動する事は決まっていた。お前達に魔物に関する偽りの情報を与えた場合、一体こちらにどんな利益があるのか考えてみると良い」
ようは、昨日教えてもらった話が嘘だった場合、シキさんにどんな利益があるか答えてみよ、ってやつですね。
…うーん。どうしても一人旅がしたいって場合であれば、誤った対処をして魔物に襲われた私達を置いて逃走する…という事と、魔物から採取できる素材の確保でしょうか。
素材の確保の場合、誤った情報による行動で魔物に襲われたからと、倒し、素材を手に入れて換金、とすれば路銀にできます。
…ですがシキさんはそんなにお金に困っているようには見えませんし、わざわざ襲われるような事をせずとも、魔物は倒せます。わざわざ危険度を引き上げる必要はありません。
ちゃんとみんなと行動するつもりだった場合、無駄に魔物が襲ってきたら対処が大変です。
私だったら、そんな危険な事は増やしたくないです。
「……本当にあたし達と行動する予定なら、魔物に関しては嘘の情報を与えると面倒な事態になるわね」
「そうだ。それにお前達から離れようと思えば、魔物に足止めをさせずとも方法は色々ある」
アイさんは悔しそうにシキさんを睨みました。
まあ、見た目からもわかるように、年数による経験の差だと思うのでしょうがないと思いますよ?
けれどアイさんは負けず嫌いなのか、もう一度シキさんに言葉を投げつけました。
「寝ずの番の時とか?」
………。
………。
今、シキさん以外、軽く三人の時が止まりましたよ?
いえ、アイさんの言葉が時を止めたわけではありません。
ふっ、て一瞬だけですが、確かに軽く笑ったんです。
シキさんが!
ずっと無表情…いえ、僅かに眉は動いてましたが、喜怒哀楽が全く顔に出なかったシキさんが!
精工に作られた人形を誰かが操っているのではと、少~しだけ疑わない事もなかった彼ですが、ちゃんと人間だったようです。
ごめんなさい。ちょっと表現が失礼ですね。
けれど、彼は美青年だったのか、と初めて認識した気がします。
何でですかね?人形的な見た目から、人間的な見た目に一瞬だけ変化したからでしょうか。
「今の情勢ではその必要も無い、とだけ言っておこうか。それで岩狼の足跡なのだが…」
え、シキさん、そこは否定しておきましょうよ!
何かあったら置いていくって宣言してますよ!?
あ、でも私、昨日はちゃっかり置いて行かれたんでした。