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3話 次の村へ

7/2誤字修正

「人化の神術の効力がある内に天士(てんし)の羽が出たら、人間の皆さんにも見えるなんて驚きですね!」


 古くから沢山の人々に踏み固められた道以外は雑草に覆われ、所々に木が立つ平原を歩く私達。

 少し前に出た、メディス王国の王都ディレアは、まだ背後で存在感を放っています。

 けれど人間の大声では、もう聞こえない距離になっていました。


 そうです。少し前にあった回復薬を巡る模擬戦の話をしても、シキさん以外に聞かれる心配は無いのです!

 そもそも、街や村などの人間が多く澄む場所から離れれば離れるほど魔物や盗賊の出現率が上がるようで、街道を徒歩で進むのは、腕に覚えのある冒険者しかいません。

 他に通るといえば、護衛を付けた商隊か、旅客馬車くらいです。


 ふっふっふ。

 シキさんと出会うまで、沢山の人々に無視され続けながらも、私、メディス王国を含めて三ヵ国程度は移動しましたからね!それくらいの分析はできるのです!


「……周囲を混乱させないよう、人に翼を見せる行為は控えて貰いたいのだが…」


 ん?

 シキさん、なんだか声から疲れがにじみ出ているような…。

 相変わらず、表情と姿勢には全く表れてませんが。


 実は少し前に行われた模擬戦の最後、必死に矢を叩き落としていた私は、自分の翼が顕現していた事に気付かず、そのまま飛行していたみたいなのです。

 どうりでいつも通り、全く違和感無く動けたわけです。

 人化していたら、対空攻撃力は著しく低下しているハズな事をしっかり頭の片隅に留め置くべきでした。


 でも大丈夫です。

 次からはちゃんと気をつけますよ!

 さっきみたいに兵士さん達から詰め寄られて質問攻めにされるのは、私だって疲れます。


 と思っていると、私の半歩前を歩いていたシキさんが、ピタリと立ち止まり、口を開きました。


「ゼーレ、天士(てんし)に戻れるか?」

「え?」


 いきなり過ぎて、普通、驚きますよね?

 だって人に姿を認識してもらう為に、人化の神術を使って今の姿になってるんですよ?

 それに、天上世界では何かの式の時以外は飛んでいる事の方が多かったので、こうやって歩くのも楽しいのですが。


「そろそろ盗賊と魔物の領域だ。それに歩いていては確実に野営となる」

「はい?そう、です、ね?」


 シキさんは一体何が言いたいのでしょうか。

 王都ディレアの兵士さん曰く、私達が目指す村は歩くと丸三日はかかるそうなので、そろそろ正午な今からでは、どう頑張っても野営だと思います。

 大きさは無くとも重たい荷物もありますし、体力的に無理だと思いますが、次の村まで駆け足で行けたとしても、明日の昼過ぎになるのではないでしょうか。


「……お前、飛んだ方が速いのではないか?」


 ―――!?

 まさかそこまで気付いているなんて思いもしませんでした。

 確かに光の補助神術を使って飛べば、次の村に九時間程度で到着する自信はあります。

 けれど、それをするとシキさんを置いていく事になりかねません。

 光の補助神術をシキさんに掛けたところで、速度は二倍になっても体力が増えるわけではないので、頑張っても明日の明け方になるのではないでしょうか。


「で、戻れるのか」

「…戻れますけど…」


 何だかシキさんが少々強引です。

 今まで全く表情が変わらなかったのに、珍しくもその眉間に皺が寄っています。

 少々不貞腐れながらも、私は神術を解きました。

 人化から天士(てんし)の体に戻った事で、服装も大きく変わり、少々胸を圧迫していた胸宛が消えます。

 胸が詰まっていた事に気付き、ちょっと深呼吸すると、シキさんが水の入った水嚢と、パンの入った紙袋を渡してきました。


 え、私達神族は、ご飯食べなくても生きていけるのですが…。


「悪いが次の村まで休憩は無しだ。空腹になった場合は飛びながら摂取を頼む」

「え、休憩無しって、シキさんこそ、大丈夫、なん、です…か?」


 それに飛びながらって行儀が悪い…という言葉は、私の口から出る事はありませんでした。

 私の「休憩」という言葉を聞いたとたん、感情の読めなかった漆黒の瞳に冷たい光が宿り、背を向けられてしまったのです。


 ガチャガチャンッ


 彼の左肩に担がれる、魔砲筒。

 そして。


「このまま太陽が出なければ、作物は育たず、我が国の民も死に逝く事になる。…それに少々気になる事象を発見した。のんびりしている暇は無い。無理ならば、他を当たると良い」


 そう言い置いて、シキさんは両手を魔砲筒に固定したまま走り出しました。


 慌てて私も飛んで追いかけますが、どう考えてもこの速度は全力疾走です。

 両手で魔砲筒を持っていたり、懐にかなりの重量の収縮袋を入れているせいか、軽装で手ぶらの成人男性よりは少々遅いかもしれませんが、それでも歩いて丸三日かかる道のりを進む速さではありません。


 何か補助神術か、補助魔術を使っているのかとも思いましたが、シキさんから発動中の術を纏っている気配は感じませんでした。


 …ってちょっと待ってください。

 シキさんの全力疾走に、私の全力飛行が追いつかないのですが!

 それどころか、僅かずつとはいえ、離されていっている気がします。


 こうなったら仕方がありません。


与賜(トマヤ・)光速(ミラ・ハーシェ)!』


 速度を二倍にする補助神術を自分に掛けて追いかけます。

 …ふう。これで全力でなくとも追いつけました。


 実は私、目晦ましの光のような下級神術は無詠唱で使えても、それ以外は詠唱が必要だったりします。

 一応、地上世界に降りてから数人だけ見かけた神術師さん達と違い、光の神力を集めるのは一瞬でできるので、その分発動は早いのですが。

 ≪剣の光≫が私の今の象徴なだけはあります。


 ちなみに速度を上げる補助神術は風の神術にも同じ効果のものがあり、与賜(トマヤ・)風速(ヒュル・ハーシェ)というものが存在します。


 え?補助神術って下級じゃないのか…ですか?

 全然違いますよ!

 補助神術は、被術者の基礎能力の一部を二倍にするという術なんです。

 二倍ですよ?

 これが戦場の場合、全く同じ技量の戦士達が東の国に二万、西の国に三万いて東が劣勢だったとしても、東の国の戦士全員に補助神術を掛けると戦況がひっくり返ってしまうんです。


 …という観点から見て凄い術だと判る補助神術は、中級神術なのです。

 いえ、特定の範囲内全員が被術者となる種類の補助神術は上級に分類される為、本当に中級なのかも怪しいところですが。


 とか思っている間に、かなり進んでいました。

 王都ディレアは、既に影も形も見えません。

 代わりに。


「邪魔だな…」


 シキさんが呟きます。

 何故か、目指している村の方角から、遠目に見てもガラの悪い集団が馬に乗ってこちらに向かって来ていたのです。

 私達は村の方向に進んでいるので、距離はぐんぐん縮まっていきます。

 見た目だけで判断するなら、完全に盗賊さんです。非常にまずいです。


「シキさん!速度の上がる補助神術を掛けます!『与賜(トマヤ・)光速(ミラ・ハーシェ)!』」


 走る速度が一気に上がると同時に、シキさんの魔砲筒へ神力が大量に集まっていきます。

 シキさんの速さに合わせる為、全力飛行を再び開始した私は念の為に剣を両手に召喚します。


「ゼーレ!ひとまずは通り抜ける!相手に攻撃をするのは、攻撃された場合のみだ!」

「わかりました!気を付けてくださいね!!」


 私は高く飛べば弓矢で狙われない限り問題ありませんが、シキさんは道を逸れる素振りも無く走る為、どう考えても危険です。

 ちなみに、シキさんが怒鳴っているのを初めて聞いた気がしますが、怒鳴らなければ風圧で聞こえないと 思うので、聞いた数に入れないつもりです。


 そこでようやく盗賊さんらしき集団がこちらに気付いたのか、動きが止まりました。


 え?何故私達は盗賊さんらしき人達が気付く前に相手に気付けたのか…ですか?

 そんなの決まっています。私は空を飛んでいるので、盗賊さん達よりも遠くが見渡せるのです!

 さらに言えば、神族は、人間と比べて視力と聴力が少々高めなのです。

 シキさんは………。


 あれ?何故なのでしょう。


 まあ、良質な回復薬を波動?で察知するくらいなので、人の接近も波動?で察知していたのかもしれません。

 白衣のマッチョさんから、かなり魔術が使える、と言われていたわりに、膨大な神力を扱ってみせた事からも、タダ者ではないことは確かです。

 ありえます。


 それにしても、波動って何なんでしょうか。

 私は購入できた薬を見ても、何も感じませんでしたが。


 けれど、私がシキさんについて考察している間に、事態は進んでいました。


「「「止まれ!!」」」


 一度は通り抜けると言ったシキさんが、土煙を上げて急停止します。

 土煙が引いた頃には、盗賊さんらしき人達七人が、二頭仕立ての旅客馬車二台分程度の距離に姿を現します。


 …それにしてもこの人達、一度誰かを襲った後なのでしょうか。

 装備の革の防具や金属の胸宛がボロボロで、怪我もしているみたいです。

 全員が乗っている馬もそれぞれ軽傷を負っているらしく、見ていて馬に同情したくなります。


 と、一番体格が良く毛むくじゃらな強面の男性が、ドスをきかせた声を発しました。


「お貴族様がたった一人で、一体ドコに行く気だ?言っとくが、こっから先には行かせねーぞ?」


 …あれ?天士(てんし)である私は人数に入らないのでしょうか。


「そうか。ならば突破するまで」


 あ、結局通り抜けるんですね。

 シキさんが腰を落とし、地面を蹴った…のですが。


「ままままま!待て!今お貴族様が行くと、国際問題になる!!その髪の色、東部のヤツだろ!」


 毛むくじゃらな強面さんが体格に見合わない素早さで馬を下り、両手を広げてシキさんの進路に立ち塞がったのです。

 シキさんは律義にも、もう一度立ち止まります。

 それにしても何故、盗賊さんが国際問題を気にしているんでしょう?


「…国際問題とはどういう事だ」


 シキさんは焦っているのか、今まで聞いた言葉と比べて、どことなく早口です。


 あ、言っておきますが、言葉使いが不敬罪とかは、このメディス王国内に関して言えば国際問題の原因にはなりませんからね?

 どうもこの国メディス王国は、「貴族は貴族専門の店で買い物すべき」、から始まって「自ら庶民の店で買い物をした場合、一般の客同様に扱われても不敬罪としてはならない」等々、他の国と比べて貴族の権限に対する制限が厳しいみたいなのです。

 もちろん、他国から来た貴族にもそれは当てはめられ、他国の領事館内などの例外以外の場所ではこのメディス王国の法に従わなければなりません。


 毛むくじゃらな強面さんが、取り巻きのような周囲の男性方に視線を飛ばします。

 そして、胸元に貴金属を大量に付けた、ずる賢そうな男と頷き合い、ようやくシキさんの方へ視線を戻しました。


「この先はグレア村ってーのがあるんだが、三日前、突然狼型の魔物に襲撃されてな」

「……狼…」

「え、それって…!シキさん!」


 襲撃って、早く助けないとじゃないですか!

 私の呼びかけにシキさんはチラリとこちらに視線を向けましたが、すぐに目の前の集団に戻されます。

 …何故でしょう?


「入り口を塞いじまえば、元々ある柵と堀で村の中に入れさせねーコトはできるもんだから、それで凌ごうとしたんだが…」


 彼らの話によると、普通なら一日もすれば諦める魔物達が、なんと二日目もまだ居座っていたそうです。

 しかも、グレア村の村長さんからの話で、そまま籠っても十日程度で備蓄が底をついてしまう事が判明してしまったとか。


「で、偶々別件で襲撃前日から村の依頼を受けてて居合わせた、冒険者様であるオレ達が、脱出してディレアの常駐兵に救援連絡をっ「難しいだろうな」――はぁ?」


 言葉の途中でシキさんに口を挟まれた毛むくじゃらの強面さんが、理解できないという顔をします。まあ、普通そうですよね。

 通常であれば、救援に応えてもらえる事態ですし。


 村を救う為に、狼型の魔物の群れの間をたった七人で脱出したという言葉がもし本当でしたら、確かにすぐにでも救援が必要でしょう。

 けれど、今は白衣のマッチョさんと私達のせいで、かなり厳しいと思います。


「それがですね、今朝と申しますか、つい先ほど、とある事情で模擬戦となり、私達…いえ、シキさんが叩き潰してしまったと言いますか……」

「オイ!難しいってどーゆーコトだ!」


 え、この人達、人の話を聞かない系ですか?

 だから、模擬戦で戦闘不能者を続出させてしまったからですよ!

 回復薬や回復神術、回復魔術を使っていれば回復しているかもしれませんが、人数的に厳しいと思います。


「………」


 あ、あれ?今、一瞬向けられたシキさんの視線が、何だか痛かったような…。


「とある理由で王都ディレアの常駐兵と模擬戦を行った。結果、参加者の極一部と訓練場にいなかった者以外、治療中だ」

「…参加してねーヤツはどんくらいだ?」

「知らん。王都の警備の為に治療中の人数は明かさないがな」


 何故かシキさんの言葉に、毛むくじゃらの強面さん達の顔色が、心なしか悪くなりました。

 …もしかして盗賊さんではなく、本当に冒険者さんなのでしょうか。

 私の言葉を無視するあたり、男尊女卑な冒険者さん達です。


「くそ!ここまで来たってのに…!!」


 毛むくじゃらの強面さんが、悔しそうに地面を殴りました。

 うーん。でも多分、私とシキさんが行けば、戦力的には王都ディレアの常駐兵さん達程度になる気がします。


「シキさん、これはさっさと話を終了させて、早くグレア村に向かった方が良いんじゃないでしょうか」

「……。ちょうど我等はグレア村に向かっている。こちらで救援の力になろう」

「オイオイ…、ディレアのヤツ達と模擬戦で勝ったっつっても、たった一人で行って何になるっつーんだよ…」


 え、シキさんにまた微妙な視線を向けられただけで無視された上に、また一人って……。

 え、あれ?


 ―――って、あぁあっっ!!!


「わ…………く………う…を………も………へ…の………り……ん」


 人化の神術を解いていた事をようやく思い出し、神術を使おうとした時です。

 シキさんが何かを呟いたと思ったら、彼の足元にシキさんが両手を広げた程度の広さの円形の何かが光り始めました。

 風の神術の光より深い…まるで鬱蒼と生い茂る森のような、暗い色で淡い光です。


「ま、魔法陣…!?」


 胸元に貴金属を大量に付けた、ずる賢そうな男…じゃらじゃらキツネ顔男さんが驚きもあらわに叫びました。

 あの円形の中に色々何かが書かれている図形、マホージンって言うんですね。


「お、おい、貴族の旦那!魔法陣まで使える強さの魔術師だったのか!?」

「んん?ゲン、このお貴族様、強いのか?」

「兄貴、強いってもんじゃねーですよ!世界に数人だけと言われる超一流魔術師ですぜ!」


 超一流!それでシキさん、あんなに強かったんですね!

 でも、あの模擬戦では魔術も神術も使ってなかったような…。


「…先にグレア村へ行く。―――リュトゥ・シス・フトゥ!」

「え?」

「「「は?」」」


 シキさんが、術名と思われる言葉を口にした途端、彼一人、マホージンと同じ光に包まれたかと思ったら地面に吸い込まれるように消えてしまいました。


「って、え!?シキさん!?」


 まだ人化の術を掛けていない為、冒険者さん達は私の声に反応しません。

 というよりも、そんな場合じゃありません。


 置いて行かれました!!


 じゃらじゃらキツネ顔男さんが、転移魔術は風と光の混合究極魔術とか他の属性にしか見えなかったとか何とか言っていますが、分析は後です。

 シキさん一人に、狼型の魔物退治を任せきりにはできません。


 私は、補助神術を何度掛け直しになっても、始終全速力で飛ぶ事を決意しました。




 大丈夫です。

 グレア村への道は、ちゃんと王都ディレアで確認してますよ?

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