2話 回復薬を巡って
ドドドドドバシャッ
ドドドドドドボンッ
え、これ、私必要ないですよね?
そう思っても仕方が無い光景が、目の前どころか四方八方に広がっています。
何かの出し物のような勢いで透明色の玉らしき物に当たり、吹き飛んでは背後にいきなり現れた大きな水の玉に着水する、沢山の兵士さん達。
いえ、別に私達が彼らを襲っている訳でも、彼らに私達が襲われている訳でもありません。
けれど、これに合格しなければ、回復薬が買えないのです。
遡る事、僅か二分程前の事なのですが……。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「模擬戦に勝てたら、特別に売ってやろうじゃねぇか」
白衣を着た筋肉隆々のおじさんに連れられて来たのは、ちょっとした広場でした。
けれどあちこちで、兵士さんらしき方々が、訓練らしき事を行っています。
みんな同じ意匠の鎧を付けているので、きっとこの国の軍の方々なのでしょう。
…それにしても、何故回復薬の話から、模擬戦になったのでしょうか。
「縛りを聞こうか」
「おう!簡単だ。時間は五分間。怪我はアリだが殺しは無し。地面に倒れ込んだヤツは全員失格。最後まで立ってたら合格だ」
「―――受けて立つ」
疑問に思っている間に、既に取引が完了していました。
こんなに段取り良く進むという事は、地上世界のお薬が、お金を出すだけでは買えないのは割と普通という事なのでしょう。
天上世界の生まれで良かったです。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「全員集合!」
白衣を着た筋肉隆々のおじさん…ちょっと表現が長いので、白衣のマッチョさんに省略しておきましょう。
彼が大きな声で号令を掛けると、何故か周囲で思い思いに訓練していた兵士さん方が集まって来ます。
兵士さんを集める事ができるという事は、白衣のマッチョさんはある程度兵士さん達に命令できる権限を持っている事になります。
回復薬を研究している方だと思ったのですが、地上世界の軍の方は、他の職業を兼任しても良い事になっているのでしょうか。
天上世界なら、天照議事堂の警備員は他の職に就く事は禁止されているので、なんだか新鮮です。
「隊長!お久しぶりです!」
「隊長、もしかして久々に指導してくださるんですか!?」
「隊長!自分、強くなりました!ぜひ手合わせを見てください!」
「ここに来るなんて珍しいですね、隊長!」
わらわらと集まって来た兵士さん達の言葉を聞く限り、白衣のマッチョさんは彼らの隊長さんだったようです。
筋肉隆々なのも、軍人として鍛えているからだったという事なのですね!
「おう!指導じゃあねぇが、模擬戦をしてもらおうと思ってな。こいつらだ。オレ様の薬が欲しいらしいが、盗賊に奪われる程度の腕前じゃあ渡すワケにはいかねぇ」
腕組みをした白衣のマッチョさんが、兵士さん方に説明をしつつ私達の方を顎で示します。
けれど、兵士さん方の反応は、あまり良い物ではありませんでした。
「ええ~、そりゃないですよ!お貴族様に負けてたら、門を制する水牛隊の名前が泣きますって!」
「そうですよ!お貴族様と若い女剣士の二人にはキツイんじゃないですか?」
「大体、お貴族様を怪我させて国際問題とか、俺イヤですからね!」
やはりシキさんはその服装からか、貴族の方だと思われているようです。
私も身分なんて聞いてはいないので、実際に貴族の方なのかもしれませんが、もし貴族なら従者の一人くらいいるのではないでしょうか。
…地上世界の常識と天上世界の常識が違うだけかもしれませんが。
「うるせぇぞお前ら!本人から許可は取ってる!っつぅワケで、負けたらゴウキに言って一から鍛え直させるからな!いいか、良く聞け。このお貴族様はかなりの魔術が使える。オレ様の薬を波動で感知したらしいから絶対だ」
ピタリ、と兵士さん方のざわめきが止まりました。
ほぼ全員が、シキさんの方へ、視線を集中させます。
けれども当のシキさんは、沢山の視線をさらりと受け流し、上着の内側から平均的な成人女性の腰ほどもある太さの短い筒(大槌のような太い柄がある形状)を引っ張り出しました。
一体どこから……ではなく、きっとあの収縮袋からですね。
武器まで仕舞っているからこそ、取られないように、落とさないように上着の内側に入れていたのでしょう。
服の外側に吊り下げた方が便利ではと思っていたのですが、それなら納得です。
ですが、軽い驚きは、次の瞬間、大きな驚きに吹き飛ばされてしまいました。
「こちらはこれを使用する。遠慮はいらん」
その言葉と同時に、ガシャガシャンッと、大きな音が響きます。
シキさんが大槌のような短い筒を一振りしたとたん、筒の中から一回り小さな筒が伸び、その中から更に一回り小さな筒が伸び…最終的にはシキさんの腰に届く程度の長さの筒が、およそ1秒程度で出来上がっていたのです。
え、何ですか、それ!?しかも、伸びた筒は内側に戻る事無く固定されてるみたいなんですけど!
…か、確認したいっ!
「ふん、最新式の魔砲筒か。お貴族様なだけあって中々の装備じゃねぇか。おもしれぇ。おい、お前ら!全員、警戒態勢で囲め!」
「…ふむ。全員が相手か」
「もちろんだ。これが盗賊相手だったら、開始の言葉すらねぇがな」
白衣のマッチョさんの号令に、兵士さん方が私達から離れた位置にこちらを取り囲んだ状態で整列しました。
距離としては、二頭仕立ての旅客馬車五台分程度でしょうか。そこそこ距離があります。
「せいぜい頑張るこった」と言葉を残し、白衣のマッチョさんは兵士さん方の輪の外側に行ってしまいます。
兵士さん方の人数は、ざっと見て四十から五十人ほど。
それに対して私達は二人。
明らかに戦力が違う気がしてシキさんを見上げたのです、が。
「最初はしゃがんでおけ。魔術砲から逃れた者の対処を頼む」
とだけ言って魔砲筒を肩に担ぎ、戦闘態勢に入ってしまいます。
仕方が無いので剣を抜き、彼から三歩ほど前に片膝を付いたのですが……よくよく考えれば私の剣では攻撃できないんじゃ…?
何故なら私の剣は、突きを基本に戦う為の、細身の刀身なのです。
命を奪う戦いがダメなら、鎧の隙間から狙える手足の関節を狙うしか無いのですが、はたしてそれだけで地に倒す事はできるのでしょうか?
神術にしても、光系の攻撃神術は一撃必殺型のものがほとんどで、殺傷能力の無い目晦ましの光しか使用できそうにありません。
…一応、目晦ましで怯ませて、後ろから蹴り倒すのを狙ってみましょう!
と心に決めた時でした。
「始め!」
という白衣のマッチョさんの合図と共に、一瞬で膨大な量の神力が背後に集まるのを感じたのです。
え?と思う間に、冒頭の状態。
どんどん吹き飛ばされる兵士さん達に、私の出る幕はありません。
いえ、一応、方位回転をしながら魔術砲を放つシキさんの、真後ろに当たる場所の兵士さんに目晦ましの光を放って近付けないようにはしているのですが、それだけです。
それにしても、吹き飛んだ瞬間に兵士さん方の後ろに現れる大きな水の塊は何なのでしょうか。
それのおかげで衝撃を吸収され、兵士さん方は大きな怪我もなく、びしょ濡れになるだけで地に倒れていきます。
まあ、吹き飛び方を見た感じ、全身打撲や全身鞭打ちになっている可能性が非常に高いのですが。
そういえば、天士として教育を受けた際、聞いた事があります。
私達天上世界の神族は天津神といい、地上世界の神族は陸津神という事を。
まさか、彼は……――!?
視界の端に入る、小さな、影。
「―――っはぁ!!」
私はそれを捉えた瞬間、反射的に腕を動かしていました。
トスッと落ちる、二つに切断された、矢。
矢尻には、河原に転がっていそうな石が付いていて、練習用のものだと察する事ができたのですが……。
「っ!!」
気付けばそれなりの数の矢が、こちらに放たれていたのです。
どう考えても、シキさんの攻撃を一時的に緩めさせる事が目的です。
シキさんは…それに目もくれず、魔術砲を迫りくる兵士さん方へ繰り出しています!
「させません!」
私は飛び上がりました。兵士さん方から驚きの声が上がりますが、こちらに迫り来る矢を叩き落とす事に精一杯で、そんな声を気にしている暇はありません。
宙を縦横無尽に駆け巡るような勢いで、シキさんに当りそうに見える矢を狙い、ひたすら叩き落とします。
一瞬チラリと目に入った、始めから私達を囲んでいた兵士さんの後ろに現れていた、弓兵さん達に少々戦慄を覚えながら。
え?何故そんなに優勢っぽいのに戦慄するのか…ですか?
だって考えてみてください。最初にいた人達を倒せば、制限時間が終了する前でも終われると思っていたのに、いつの間にか人が増えているんです。
もしかしたら一分後には、槍を持った方とか、下手したら神術や魔術を使える方とかが出てくるかもしれないじゃないですか!
シキさんはどうか判りませんが、私にはこれ以上の対処は無理です。
矢が後数本、シキさんの所へ来るようになるだけでも、おそらく駄目でしょう。
自分の処理能力は、それなりに把握しているつもりです。
ところが、私の焦りを余所に、事態は思わぬ方向に進んでいました。
「て、天使様だ…!」
「お貴族様の従者が天使様だと!?おい、一体どこの国だ!」
「お、オレは騙されないぞ!あの羽を見ろ!まるで金属みたいだ!魔族かもしれない!!」
等々、兵士さん方が私達の方の見ながら叫び出し、攻撃が止まってしまったのです。
…ってあれ?天士って言ったら私ですが、特に教えていないハズ……。
「てぇい!中断中断!全員、一度引け!!」
そんな中、兵士さん方の混乱により模擬戦が続行できないと判断したのか、白衣のマッチョさんが中断の号令を掛けます。
その声に反応して、全身の痛みに悶えて倒れている人以外、しっかり彼の元に集まった兵士さん方。
多少混乱があったとはいえ、やはり訓練を積み重ねてきた兵士、という事なのでしょう。
けれど、何故、白衣のマッチョさんは私の方を見て困った顔をするのでしょうか。
…まさか、あれだけ言っていながら実は薬は無いなんて言うことは……。
「あー、お前らが強い事は分かった。んで、なんで天使様がいるのか聞きてーんだが…」
…えっと?
「あ、あの…、何故私が天士だと判ったのでしょうか……?」
薬云々の言葉でない事に安堵しながらも、思い切って訊ねた私に返ってきたのは、白衣のマッチョさん達の憐れみが籠った目と、シキさんの無言でした。
2019/4/26 誤字修正