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1話 人間初心者

勇者様は、「4話 グレア村の夜」から登場します。

4/28表現方法を少し変更。

7/11誤字修正

 今までありませんでした。地上に降りてからずっと。

 何度話しかけてもなかったんです。


 ―――人間と目が合うなんて。


 灰色のごつごつした石材の壁に、この一カ月晴れ間が見えない曇天を跳ね返すかのごとく、色とりどりの布を架ける事で華やかになっている城下町の大通り。

 その端っこで、私は思わず叫びました。


「あああ、あのっ!この辺で怪しい人って誰か知りませんか!?」

「……常識を知らぬお前に返答をしている目の前の人物が今、怪しい人になったところだ」


 ついに、ついに私は、会話ができる人間と巡り合えたのです!!



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「本っ当にすみません!まさか、普通の人は見えも聞こえもしていなかっただなんて…」


 実は私、色んな人に声を掛けても無視され続け、ちょっと心が折れそうになっていました。

 返事をしてくれた、黒髪の彼に感謝です。

 念の為、自分の体を一時的に人間化させる神術がきちんと効いているか、大通りを歩く周囲の人々の目を見て、しっかり確認するのも忘れません。


 幼馴染がこの場にいたら、きっと「優秀そうなフリしてももう遅い」とか言うと思いますが、幸運にもこの場にはいない為誰も突っ込みません。


 私の大袈裟な大声に反応してこちらに目をやる人がちらほらいたので、今はきっと見えてます。

 見た目に関しても、うん。金属の光沢を放つ翼も天士(てんし)の輪も見えないし、鎧も人間が作るような形になってるし、ちゃんと人間に見える…ハズ。

 左右の腰に下げた細身の剣の刀身が少々邪魔ですが、戦闘になった時に何も無い空間から剣を取り出すと人間離れして見える気がしたので、我慢です。


 それなのに、私に「天士(てんし)の姿が見えるのは、ごく一部の魔力が高い人間だけだ」とぶっきらぼうな言い方とはいえ親切に教えてくれた彼は、感情の読めない漆黒の瞳で、じっとこちらを見ているのですが。


「あ、あの…?」


 そこで彼は軽く首を傾げた後、何かに納得したように軽く頷きました。


「ああ、すまない。気にするな」


 え、気になるのですが。

 私、まだ何かおかしかったりするんじゃ…?


 けれど彼は、私の微妙な目を気にする素振りもなく、黒地に金の刺繍が入った足首丈の、高そうな上着を翻して、さっさと城下町から下町へと繋がる門の方へ歩き始めてしまいました。

 まずいです。彼を逃したら、きっとまた、しばらくの間色々な人に聞いて廻らなければならないだろう事は、人間初心者な私でも簡単に予想できます。


「ちょっ、ちょっと待ってください!………えっと…」


 そこで私は、自分の名前を教えてないどころか、彼の名前を聞いていない事に気が付きました。

 私のバカ―――!!呼びかけられないじゃないですかっ!

 うっかり泣きそうになったのですが、運命はまだ、私に味方をしていました。


「シキだ。これからとある魔王の城へ殴り込みに行くのだが、気になるならば付いて来い」


 わざわざこちらを振り返って、名前どころか月の御方が探しているかもしれない情報まで教えてくれたのですから。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「ふああぁああぁっ!そ、それ、どんな仕組みなんですか!?袋の口に入る物であれば沢山入れられるって!人間の技術って捨てたもんじゃないですね!!」


 旅の為の食料を買い込むと言ったシキさんを追いかけて入った道具屋で、私は非常に感動していました。

 何せ、私より頭一つ分背が高いシキさんの体積の2倍程度の量は確実な食料と水の山を、全て一つの小袋に仕舞い込むのを目の当たりにしてしまったのですから。

 その袋の大きさといえば、人間の平均的な成人女性の太腿2つ分は入りそうな口の広さで、長さは人間の平均的な成人女性の頭程度でしょうか。


 …意外と大きいですよね。

 でもよく考えてみると、袋の仕組みはさっぱりですが、袋の口のサイズ以下でなければ中に入れる事ができないという仕様から、そこそこ大きい方が需要があるに決まってます。

 うん。こういう事まで計算されてるなんて、素晴らしいです!


「………」


 私が興奮していたのがダメだったのか、感情が読めないハズの視線から責められている気がします。

 が、袋が気になる私は完全に無視です。気にしません!


「そ、それ!ちょっと見せてくださいっ!」


 ずずいっと両手を彼の前に出す私。

 初対面なのにとか、言っちゃダメです。

 私達天士(てんし)を含め、神族は総じて新しい技術に目が無いので、これは抗えない本能なんです!


「なんだいお兄さん、彼女、収縮袋も知らないなんて、田舎から出たばかりなのかい?」

「…知らん。彼女は同志だが、先程知り合ったばかりだ」


 シキさんの隣に立った、この店の主、恰幅の良いおばさんが小指を立てて本当にコレじゃないのかいとか口にしてますが、仮にも天士(てんし)に対して、コレとは失礼です。

 …と、私の視線がおばさんの方へ移った瞬間でした。


「っ!重っっ!!」


 両手に待ち望んでいた袋が乗ったのが確かに見えたのですが、私の体は手の平にかかる重量により傾……。

 いえ、私の手首が、そんな重さに耐えられるワケがありませんでした。


 私の両手から零れ落ち、ドゴッ、と見た目からはありえない大きな音を立てる収縮袋。

 心なしか、袋周辺の土が凹んでいる気がします。


 …よ、良かったです。これが土間のお店ではなく、木や石の床のお店でしたら、弁償ものでした。

 神族が住まう天上世界ですら、人様の建物を損傷させると、すぐさま修理費の全額請求をされるのですから、地上世界だって何かしら要求されるハズです。


「「「………」」」


 けれども、その場に広がる気まずい静寂。

 きっと、いえ、多分、原因は私ですが…。

 だ、だって思わないじゃないですか!シキさんはあの袋、左手で軽々と持っていたんですよ!?

 それが男性より筋肉で劣る女とはいえ、二刀流で戦える程度には力がある私が、油断していたとはいえ落としてしまうほど重いだなんて!


「お譲様、収縮袋はね、物の大きさだけを変化させて持ち歩きやすいようにする袋だから、収納袋と違って重さはそのままなのさ。だから、自分の筋力じゃ持てない物は入れないよう気を付けるんだよ?」


 袋を落したままの格好で固まったままの私を哀れに思ってくれたのでしょうか。店主のおばさんが袋について説明してくれました。

 それにしても、何故私を指す言葉が変わったのでしょうか。

 …なんだか誤解された気がしますが、確証が持てないので、気にしない事にしましょう。


 おばさん曰く、地上世界には収縮袋と収納袋という、似ていても全く性能が違う道具袋が存在しているそうです。

 収縮袋とは、今さっき私が取り落とした、「重量はそのまま。物の大きさだけを変化させて袋へ大量に仕舞える」もので、そこそこ儲けている商人程度のお金があれば買える道具袋。

 収納袋とは、「重量も含め、物を小さく変化させ、袋へ大量に仕舞える」もので、羽振りの良い大貴族程度のお金が無ければ買えない道具袋、と詳しく教えて頂きました。


 という事は私、収納袋しか知らない、屋敷から脱走中の大貴族の娘とか思われては…。

 大丈夫ですよね?もし収納袋を知っていたら、収縮袋であんな反応をしないって気付いてますよね?

 それに服装だって、どう見てもシキさんの方が高価な見た目のものを身に着けてるのですから!


 ちなみに、シキさんは私がおばさんから説明を受けている間に、収縮袋を軽々と片手で拾い、上着の内側に仕舞っていました。

 あんなに重い袋の重量に耐えられる服って………。一体どんな構造になっているのでしょう?

 神術か魔術が作用しているとは思うのですが、私の知識では布にも付与できる術式の中に該当はありません。

 きっと人間達が頑張って研究した成果なのでしょう。


 ―――気になります!その内、布地をじっくり見せて貰えないでしょうか。


「行くぞ」


 ちょっと期待の目で見てしまったからなのか、シキさんは一言だけ口にしてさっさとお店を出てしまいました。

 残念ですが、このまま一緒に行けばその内見せて貰えるかもなので、早く追いかける事にしましょう。


「店主さん、色々教えて頂き、ありがとうございます。このお店に天の加護があらん事を」

「そうかい。お譲様は巫女様だったんだね。道中、気を付けなよ」


 巫女ではなく、天士(てんし)なのですが、相手は地上世界の人なのです。

 シキさんの言い方から考えて、きっと天士(てんし)とバレたらそれなりの騒ぎが起きそうなので、私は黙って微笑みます。


 秘儀・黙って笑顔!


 月の御方より教わった技を早くも使用する事になるなんて、地上世界は侮れません。

 口にしたら危険な言葉な気がしたら、笑うだけで口に出さずに終わらせる、だなんて高度な技を出さなければならないなんて…。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「回復魔術は使えるか?」

「できません」


 ここまでずっと口を閉じていた彼から、城下町を囲う門の前でいきなり掛けられた問いに、私は即答しました。

 だって私、天士(てんし)ですよ?一応でも神族の末席ですよ?

 神術は使えても、魔術は使えません。


 それに、魔術はどうか知りませんが、神術は六つある属性の内、全ての属性を使える者でなければ回復神術は使えないそうなのです。


 私が現在司っている象徴は、≪剣の光≫。

 剣がただ反射するだけの光の他に、残光も含むので、私は戦いの天士(てんし)に分類されます。

 使用できる属性は光のみ。火も水も、風も土も、もちろん闇も、私には使えません。

 回復神術には程遠い……。


 ちなみに、月の御方は、火以外の神術が使えます。

 亡くなった日の守護神の座にいらっしゃった日の御方は、闇以外の神術が使えたそうです。

 有名な方では、星の守護神の座にいらっしゃる星の御方が回復神術の使い手と聞いた事がありますので、彼は全種類いけるのでしょう。


 まあ、どちらにしても、私に魔術は使えません。


「そうか」


 私の脳内でのアレコレが彼に伝わるはずもなく、彼はそのまま頷いて、城下町の門の脇にあった堅牢な作りの建物に入りました。

 今度は何の…いえ、先程の会話から、きっと回復関係のお店なのでしょう。

 それにしても、このお店、何の看板もありません。

 兵士の詰め所的な建物にしか見えず、ちゃんと商品が売れているのか、非常に気になりましたが、外装の観察は早々に切り上げて、私も中へ踏み込みました。

が。


「どっから嗅ぎつけやがった!ここは紹介された商人以外、誰も知らねぇはずだぞ!!」


 何故か、白衣を着た筋肉隆々の中年男性に、シキさんが怒鳴りつけられていました。

 筋肉隆々のおじさんは、髪の無い頭に血管を浮き上がらせ、非常に怒っている事が誰にでもわかる形相です。


 誰か、まわれ右をしてお店から出たくなったのを我慢した私を褒めてください!

 今にも拳が飛び出しそうな状況ですよ?ここ。

 あの筋肉から繰り出される拳は、武器無しで対峙しようものなら、きっと良くて大怪我だと思います。

 いえ、私は第三者として見ているだけで、実際に筋肉隆々のおじさんと対面して話しているのはシキさんですが。


「すまない。上質な波動を感じてな。ここは良い回復薬を取り扱っているのではないか?」

「波動―――!?…キサマ、そうか」


 早く終わってください!と思ったところでニヤリ、とおじさんが笑う事により、何だか事態は収束しました。

 早期解決は良い事です。

 私の方も、早期解決をして、地上世界の生き物達への悪影響を最小限に止めたいところです。


「国の決定で異常現象の原因を調査している。情報を確実に持ち帰る為には、野垂れ死にしない対策が必要だ」

「それがオレ様の薬ってこったな?」


 会った時から特に表情の変化が無いシキさんの視線と、獲物を見定める猛禽類のような目をした筋肉隆々なおじさんの視線が交差します。

 別に火花は散っていませんが、個人的に言いますと、彫像のシキさんを獲物だと勘違いした鷲のおじさんが、どう攻めようか思案している図にしか見えません。

 それだけ、シキさんが無表情すぎて人間らしさが欠如しているように見えるという話です。

 天士(てんし)の私が、人間語るのもおかしいですが。


「分かった。付いて来い」


 自分の呼吸を十ほど数えた頃、おじさんは切り出しました。

 けれど、あれ?

 そっちは、先ほど私達が入って来た入り口ですよ?

 しかもシキさんまで、私をちらりと見ただけでそのまま移動して、お店の入り口に手を掛けてます。


「え、待ってください!どこ行くんですか!?」


 波動がどうとかって、このお店の中に品物があるんじゃないんですか!?




 置き去りで旅立たれない為にも、私は追いかけるという選択肢しかありませんでした。

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