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9話 下り坂の施設

7/2誤字修正

 ぽちゃんっ


 またどこかで滴が落ちる音がしました。

 空気があると思わしき空間とはいえ、水中と繋がっている箇所があるからか水滴がそこかしこに溜まりやすいのでしょうか。


 そうです。あの通路の先、ほとんど進まない箇所に上への梯子が設置されていて、登ってみると水から出る事ができたのです!

 私は空気での呼吸は不要の為、この空気が人間にとって害の無いものかまではわかりません。


 登った先の何かの施設は、あの泉の壁と違い、薄水色をしていました。

 何故そんなに細かい色までわかるのかというと、梯子を上った先の床に、何か白い塗料をこぼしたかのような水たまりがあったからです。

 白との色の比較で、今自分を取り囲んでいる天井、壁。床が全て薄水色である事に気付けたのです。そこから数歩分ほど白い塗料と透明な水とで床が濡れていますが、その先の床はどこも塗れておらず、綺麗でした。

 水から上がってすぐの床の状態から考えても、ここに何かが上がった事は確かなのですが…。


 何故水たまりがここまでしか無いのでしょう。


 この施設は壁と天井の接触箇所全てに、自分の指程度の細さの光源が導線の様に敷かれていました。その光源は天上世界の公共施設にある、避難誘導用の非常灯を白くしただけの様な形状です。

 …まさか、天上世界で指名手配中の犯罪者の隠れ家だとかは言わないですよね…?


 地上世界では目にした事が無い光源に不安を覚えた私は、いつでも戦えるよう剣を鞘から抜き、両手に持って歩く事にしました。

 とりあえず、何かが出てきたら光で目晦ましをして攻撃です。


 先程私が施設と言ったこの建物は、あの水中への入り口がある袋小路から、地上にある泉の幅程度の距離を進んだ所から勾配が急な下り坂になっています。ただ真っ直ぐな下り坂ではなく、所々左右向かい合わせの箇所に片開きの扉が設置されていて、その扉周辺だけ勾配の無い水平な床になっているようです。

 あの“命の泉”を管理する施設かと思ったのですが、この下り坂は方向的にどんどん泉から離れていきます。

 泉があった場所が山であれば、山の麓にでも繋がっているのかと思えたのですが、実際にあったのはあまり勾配の無い森の中。

 ほんの少しだけ高い小さな丘程度の高さの位置です。

 こんなに地下へ潜って、これを設計した人は一体何をするつもりだったのでしょうか。


 ……本当に天上世界で指名手配中の犯罪者の隠れ家とは言わないですよね?…よね?


 自分から滴る水で足を滑らせないよう、慎重に進み、一番近場にあった、左側の扉に手を掛けます。

 え?勝手に開けていいのか…ですか?

 駄目だと思いますよ?

 何か侵入者用の仕掛けがあるかもしれませんし、凶悪犯が隠れているかもしれません。

 でも、大声を出してシキさん達が居ないか探す事で、居るかもしれない魔物を呼び寄せるのも怖いのです。

 結局静かに全部屋を確認するしかありません。


 それにしても、剣を持ったままノブを捻るのって、結構大変ですね。

 柄の部分がノブに当たってカチャカチャ鳴ってます。


 魔物か凶悪犯がいた時の為に、扉の隙間から見える位置へ『照明(ミラ)』の玉を飛ばして囮にしておいた方が良いかもしれません。

 ≪剣の光≫を司っていて良かったです『照明(ミラ)』なら下級神術なので詠唱はいりませんからね!


 廊下側へ開く扉のようなので、私は『照明(ミラ)』の玉を設置し、そっと開きます。

 …玉は無事ですし、中から何かが動く気配もありません。

 そっと中を覗き込むと……。


 地上にある“命の泉”の大きさよりも狭い部屋の天井と床に、大きなマホージンと思われる図形がありました。

 まるで何かの鼓動の様に、黄色くぼんやりと明滅していて不気味です。

 もちろん、私はそっと扉を閉じました。


 …私では意味が解らないものを眺めていても仕方ありません。次に行きましょう!



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「はぁ…。ここにはシキさん達居ないのでしょうか…。やはりアイさんの言っていた通り、あの蛇頭の魔物の横穴に…?」


 八番目の扉を閉めたあたりから、だんだん緊張感も無くなり、十一番目の扉あたりでとうとう愚痴が口に出てしまいました。

 魔物や凶悪犯などが居れば危険かもしれませんが、先程から確認してきた扉の中の部屋は、全て最初に見た部屋と同じだったのです。


 でも私は、あの横穴に二人が入ったとは思えません。

 あの蛇頭の魔物を倒してからでないと、穴の幅的に無理です。

 魔物の同体と横穴との間の隙間は、人間が這いずって進まないと無理な幅しかありませんでした。


 残る扉は後九つ。突き当りは壁になっています。


「…って、あれ?」


 突き当りの壁の前に、何か……薄桃色の薄っぺらい何かが落ちています。

 床も、落ちている物も、白っぽかったので近付くまで気付かなかったんですね。

 その色に見覚えがある気がして、私は未確認の扉を無視し、“それ”に近付きました。


 …大きな花びらです。

 手の平程度の、薄桃色をした大きな花びらが一枚、落ちていました。

 これは、確かに見覚えがあります。

 泉の水の中で、虹色に光を反射する欠片と一緒に水中を舞っていました!


 ハヤテさんもシキさんも水中を必ず通っているので、もしかしたら花びらが付いてそのままここに来たという可能性があります。

 花も生きているので、花びらだけで放置した場合、そう何日もこんな瑞々しく綺麗な状態でいられるはずがありません。

 この突き当りの左右にある扉のどちらかに居る可能性が高そうです。


 やりましたよ!アイさん!

 …まだ出口が発見できていないので、このままだと私も“戻って来ない人”に含まれてしまいますが。


「……シキさー…ん?」


 私は、そっと扉を開きました。




 結果。

 ―――どちらにも居ません!


 え、何故ですか!?

 ここまで誰か居そうな感じなのに、おかしいですよね!?

 はっ、もしかして、花びらのあった地点の天井ですか!?

 もし床の方だとしたら、花びらは残らない可能性だってありますし、上へ行ったなら残りそうです!


「えいっ!」


 べしっ


 ……翼を出して上へ飛ぼうとしましたが、羽先が壁に擦って上手く羽ばたけません…。

 施設を作った方、これ含めて防犯対策していたとかでしたら、もう称賛ものです。負けました…。


「もう…本当に―――ひゃっ!?」


 がっくりと右肩から突き当りの影にもたれかかった瞬間でした。

 壁が私の肩に押されて後ろにスルリと動き、壁のあった場所の床に、ポッカリと大きな穴が開いたのです。

 もちろん壁の予想外の動きで体勢が崩れていた私はそのまま…。


 穴に落ちました。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 ドバシャンッ!!


 み、水っ!?

 それとも対侵入者用の毒物系の液体ですか!?

 とにかく上がらない……と?


 おかしいです。

 壁の下にあった穴から落ちて、何かの液体に突っ込んだ感触がしましたが、今は私が座り込んだ足元辺りが塗れているように感じるだけで、後は空気らしき気体のある部屋にいる気がします。

 何故こんな予想系なのかというと、ここ、真っ暗なんです。そこそこ離れた奥の方に、今まで見てきた謎の部屋のようなマホージンが一つだけ、床にぼんやり光っている程度です。


 明るくしないと足元が怖くて進めませんね。

 マホージンのある場所から考えても、広範囲を照らす方向でいきましょう。


明光(ミュール)


 これで見えま…


「シキさん!ハヤテさん!?」


 何と!ぼんやり光るマホージンの手前辺りに、シキさんとハヤテさんの後ろ姿があったのです。

 ようやく合流できました。

 後は地上への出口を探すだけです。

 安心して二人に近付こうとしたのです、が。


「進むな!!」

「え?」


 シキさんの鬼気迫る声と気迫に、足が止まります。


「ゼーレ、床をよく見ろ。あの魔法陣に気を取られては我等の二の舞だ」

「二の舞……?」

「そーなんだよ。真っ暗だったから取りあえず光る魔法陣の方に行こうとしたらこれだぜ?ゼーレまで引っかかったらマジ脱出できなくなる」


 改めて良く見ると、立っているシキさんと、片膝と杖のように持った聖剣を床に着けているハヤテさんの床と接している部分辺りから、シキさんの足首程度の高さまで、真っ黒なドロリとした何かが、光を反射する事無く絡まっています。

 瓶のヒビや、カビの増殖の様な絡まり方で、思わず気持ち悪さに鳥肌が立ちました。

 そして二人の立っている床なのですが…。ぼんやり光るマホージンに半分近く重なるように描かれた真っ黒な別のマホージンがあったのです。


 これに入らなければきっと大丈夫ですよ、ね?

 あと五歩ほど行けば、入るところでした。シキさん、ありがとうございます!


「シキさん、このマホージンは一体…?」

「体感から察すると、拘束と魔力吸収の複合型だな。…ハヤテは何か感じるか?」

「んー、動けない以外は何も…。ヤ、何か見た目コレなのに聖剣が増えた感じ?」


 シキさんはともかく、ハヤテさんは意味不明です。この闇属性っぽいマホージンと聖剣が同種とかはないと思います。

 どうにかしたいのですが、私、マホージンの消し方知らないですよ?


「シキさん、シキさん。マホージンの性質だけ教えられても困ります。マホージンの消し方知りませんか?」

「対魔術と同じだ。魔法陣に込められている魔力より強い魔力で逆の性質の魔術を使い、魔法陣にぶつければ良い。今回の場合は解放と魔力譲渡だな」

「シキさんはできないんですか?」


 そうです。シキさん、色々できそうなので、このマホージンからも簡単に抜け出せそうなのですが…。

 あれ?もしかして、さっき言っていた「魔力吸収」でごっそりと魔力を取られて発動できないのでしょうか。


「魔力譲渡の魔術は可能だが、水属性と土属性には解放の魔術は無い。まあ、三日程度かければ、この魔法陣を乗っ取り消し去る事はできたのだが…。ゼーレが来たのならばそこまで時間を掛ける必要は無いだろう」


 三日!……確かに光属性の神術には解放も神力譲渡もありますけど。


 シキさんが普通に立っていたのは、一応抜け出せるという余裕があったからなんですね。

 食料も水もしっかりたっぷり持っているので、大丈夫そうです。

 …ただ、ハヤテさんは厳しいですよね?

 食料は全部アイさん持ちですし、シキさんからハヤテさんの位置は軽く投げないと届かないので、真っ暗な状態のままでしたら栄養の前に水分が不足して倒れそうです。


 でもちょっと待ってください。

 マホージンって、ボロボロだったあの冒険者さん達曰く、「超一流」の魔術師だけが出せるものでしたよね?

 そんなに難易度が高そうなもの、私に対処できるんですか?


「マホージンって超一流の魔術師が出すものなんですよね?私の力で足りるんですか?」

「……ハヤテ、この天士(てんし)に超一流の魔術師の定義を教えてやれ」

「ほーい!一つ、補助道具や補助魔術無しで無詠唱どころか術名無しで発動できる魔術がある」


 あの、私、魔術は使えないのですが…。


「二つ。一日の間に上級魔術を六回以上発動できる」


 神術で良いなら可能ですが、魔術なら下級でも無理ですね。


「三つ。同じ魔術を使う場合、意識的に術の強弱を調節できる」

「ふむ。流石勇者。全て知っていたようだな」

「え、何?もしかしてオレ、試されてたの!?」

「ゼーレ、どうだ?」

「ちょ、シキ様無視!?」


 えっと…。どうだと聞かれましても困ります。


「あの、シキさん、私、神術は使えても、魔術は使えないのですが…」


 そこで今までずっと背をこちらに向けていたシキさんが、上体を捻り、私の顔をまじまじと見つめてきました。

 無表情で見られると、何だか品定めされているようで居心地が悪いのですが…そう思うのは私だけでしょうか。


「ゼーレ、お前は未だに気付いていなかったと言うのか……?」


 無表情なのに、愕然とした響きが言葉に乗っています。

 え、気付いていないって何がですか?

 まさか私に魔術の才能があるとかいう話じゃないですよね。


 多分、私の顔に、思いっきり言いたい事が書かれていたのでしょう。


「お前の言う神術と、地上世界の魔術は同一の術だという事だ」


 シキさんは、私の心の中の質問に答えてくれました。

 答えてはくれたのですが。


「どう…いつ…?」

「そうだ。さらに言うならば、お前の体は地上世界の生き物から見ると魔力の塊だ。お前の言う神力らしき魔力ではない別の力は全く感じられない」


 つまり、回復薬の模擬戦でシキさんが神力を大量に集めたように感じていたあれは、シキさんからすると魔力を大量に集めたという事で。

 私が使う神術は、シキさんからは魔術に見えていた、という事…です、か?


「え、それなら何故名称が違って……」

「そこまでは知らん。方言の様なものだろう。とにかく、神術と魔術が同一のものであるならば、お前は超一流の定義に当てはまるという事で相違無いな?」

「なあ、シキ様、オレにはゼーレがそんなスゴイヤツには見えねーんだけど、大丈夫なワケ?」

「問題無い」




 ちょっとシキさん!そこは私に確認してから答えましょうよ!ほら、ハヤテさんが疑いの眼差しをこちらに向けてきたじゃないですか!


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