表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/41

第19章(後)〜始まりと終わり


 プリンスが突然倒れたのは、彼がグリックから助け出されて2年と1ヶ月後、暑さが漸く和らぎ始めた頃だった。

「じゃあ、散歩に行ってくる」

 その日もいつもの日と変らず、彼はアイにそう言って離宮を出て行った。この頃、彼らの日課は正確に日課ルーチンと化していて、朝6時の起床から夜10時半の就寝まで毎日規則正しく行なわれていた。午後2時半から2時間行なわれる彼1人の散歩も、よほどひどい雨でも無い限り毎日続けられた。この時間、2人は1日の内数少ない別行動の時間で、これはアイからの提案だった。

「いくらお互い離れないと誓ったといってもべったりくっ付いていてばかりでは、嫌になるでしょ?」

 そういうことで、1日に2時間ほど別行動の時間が設けられ、更に2週間に1日、全く別々に過ごす日も設定されていた。とは言うものの、この2年間2人は喧嘩らしい喧嘩もせず、病気らしい病気もしなかったので、本当に離れていた時間は1日のこの2時間と2週間毎にやって来る『別居の日』だけだった。

 正直彼は、この2時間が終わるのを待ち焦がれてさえいた。彼女がどう考えていたかは、お互いそれを聞く事をタブーとしたので、彼には分からなかった。

 最初、彼はこの時間を読書や希望した映画などのDVD鑑賞 ― この施設には何故か放送受信のテレビがない ― 、談話室に用意されたパソコンで、閲覧制限が掛けられていたものの、思ったよりは自由なインターネット検索をして過ごした。

 やがてこの2時間は、午前中1時間アイと共に個人教授を受けるこの国の言葉学習の補習に当てられ、近頃は雑誌などは原語で読み、日常の会話なら難なくこなす程に上達していた。そして言葉に不自由しなくなったこの半年ほどは、付近を散歩する事に使っていた。

 相変わらず監視付ではあったが、その監視は当初から全く見かけることはなく隠密に行なわれ、彼が気にする事は無かった。散歩コースは彼自身が考えた日変わりのおよそ10パターンほど、その内6パターンにあの見晴らし台の東屋を通過するパターンが組まれた。あの砂浜を辿るコースの日など、彼は一刻も早く彼女に会いに帰りたくなったりしたものだ。そしてこの散歩は、たまに2人で行動する時間である午前中の朝食後、勉強までの2時間にも行なわれ、2人で仲良く歩く姿が松林で見られたりもした。


 こうした正確なルーチンが狂うのは、エンジェルたちが帰って来た時や、作戦の休息期間に皆でレクリエーションをする時など楽しい時だけで、この2年間は彼とアイにとっては、本当に夢と願っていた生活が現実のものとなった素晴らしい日々だった。

 つい2日ほど前には、次期作戦に向うエンジェルたちを見送り、2人はちょっぴり寂しい思いもした。暫しの別れの挨拶に、いつもの出撃の折の儀式となっていた玄関前での『壮行会』が行なわれた。


 エンジェルたちは全員、階級章を外したこの国の空挺部隊の制服を着込んでいる。 

 益々凄みを増したノーマルのエンジェルたち。


 カマエルは、更に憂いを永久に印したかのような皺を眉間に深く刻み、その横でラグが凛々しい立ち姿を見せる。薄々皆が気付いている事だが、この2人は使命感以外にも深く信頼で結ばれ出している。もっと幸せになって貰いたいものだが、この2人に限って恋愛感情を優先する事はないだろう。それがアイにとっては自分たちとの対比から少し気が引ける部分だった。


 曹長バディは相変わらず大きく豪快さを漂わせ、本当にこの手の制服を着せたら、さすがとしか言い様がない。


 ザッキは2年前の大怪我以来、あれ以上の怪我をすることはなくなった。あれほどの大掛かりな作戦を行なっていないせいもあるだろうが、サリーとのコンビが旨く働き出したのも理由だろう。


 マティは再び顔を変えた。それは物騒な世界のため、異常に整形手術が発展しているあちらの世界で行なっているので、まったく整形の雰囲気を残していない。おまけに声帯も弄っているので声も変わっており、お陰で何時も知らない人間が1人いるように見える。


 そして能力者のエンジェルたち。

 ラミィは本当に見違えるほどで、以前の憂いを含んだ影は潜んでいつでも明るく、ニコニコしている。実はそれが彼のカモフラージュ、その裏には悲しみを人一倍抱える彼の優しい性格が隠れているのだが、それを滅多に見せない精神の強さをこの2年間の『戦い』で学んだ様子だった。


 その横にはすっかり成長したアッジ。彼はラミィの良き弟分でいつも彼の隣に居る。雰囲気も以前のラミィに似て、生来の奥床しい性格と相俟って一歩下がった所で静かに佇んでいる。

 

 そしてレリ。彼女は全く変らない。サングラスに制服姿の彼女はどこか病的に見えるが、その口角は薄く吊りあがっていた。上機嫌なのだ。


 それぞれの一番端に立つのはサリーとルシェ。ルシェも変らない。返って若くなったように見える。背の伸びたサリーと遜色がなく、逆に少し小さくなった様に見えるのは錯覚だろうか?発散する凄みの様なものは変らないが、そこに女らしさの様な華やかさが見え隠れする。しかしこの2年間の働きは、中央に立つ更に少年と化しアッジよりも『若く』なった竹崎准将の話では「彼女が居なければ誰かが必ず死んでいた」と言わしめる働きだった。


 竹崎といえば、あの教授、あちらの竹崎の『鏡の姿』であったこちらの竹崎教授は1年前、心臓発作で急逝した。最後まで探究心旺盛で、時折やって来る呂や他の研究者などと歴史談義に花を咲かせていたが、結局自室で倒れてそのままだった。

 日記が発見され、そこには自分の数奇な運命が、最愛の妻を亡くした後ともすれば老いて行くだけの自分にもう一度生きる勇気を与え、エンジェルやリヴァイアサンと知り合いになれたことを歴史学者として誇りに思う、とあった。だから彼は故国を離れた異国の地に葬られても本望だったのだろう、とアイは思う。


 そしてサリー。最近いろいろな意味で逞しさを増したサリーは別れの時、小豆色のベレー帽をカッコつけてズボンのマップポケットから取り出して、少しハスに傾げて頭に乗せると、敬礼した。それを見た曹長が妙に静かな声で「それ、どうした?」と聞く。

 サリーは幾分得意気に、

「どう?いいでしょう、かっこいいよね、でもあげないよ」

「だからどうやって手に入れたんだ? 」

「えー、っと、貰った」

「誰から?」

「・・・あの、空港まで護衛してるかっこいいお兄さん」

「正直に言えよ、今のうちだ」

「う・・・ん」 

「貰った?」

「・・・」 

「貰えるように、した?」

「・・・」

「貰えるように細工した」

「あ、え・・・」

「したよな、細工」

「は、い」

 曹長はため息を付くと、

「後で直ぐに返せ。いいか、暗示にかけても構わんから見られんようにしろ、それも隠せ、ほら!」


 バディが慌てて言うので不思議だった。アイが後から聞いたところでは、あのベレーはこの国の先鋭中の先鋭、選ばれた特殊部隊の兵士だけが被る事を許されている代物で、そんなことがばれたら、只でさえ肩身が狭い彼らが益々厄介者となると恐れたそうだ。

 しかし、この話をしてくれたリンという男は笑いながら、それは取られる方が悪い、と言い、サリーを褒める事までしていたから曹長の杞憂に終わることだろう。


 騒々しい別れと出立。そしてぽっかりと空いた様な静かな一日。

 それが起きたのは、気を取り直して、再び2人だけの日々が訪れたその日のことだった。


 駆け付けたアイの前、既にプリンスは一段高くなった場所に寝かされていた。

 そこは松林の東屋あずまや。彼が最初に散策した想い出の場所で、丸太で作ったテーブルの上に仰向けに寝かされている。

 その周りには迷彩服の男たち。常に彼らを影に潜んで監視する者たちが囲んでいる。身振りで下がるように命じたのは、半年程前に離宮へやって来たリン。リンは兵が下がるとそのうちの1人に事情を聞く。手短に報告を受けた彼はプリンスの脈を録り、一人頷く。

「弱いですが、脈はありますよ」

 彼はアイに言う。アイは落ち付いて頷く。

 覚悟はしていた。1年もないだろうと思っていたが2年続いた。本当に楽しい2年間。


 アイは思う、私はこれで彼から全てを貰ったことになる。

「はい、これがリバースです。 彼をお願いします」

 アイは自分が冷静に対処するのを、どこか他人の目で見ていた。

 リンが合図すると、再び迷彩服の男たちが集まり、リンが「丁重にな」と声を掛けると、彼らは強化ビニールシートの担架に手際よくプリンスを乗せ、4人一組で持ち上げ、その周りを更に4人が交代要員として囲み、離宮へと静かに運んで行く。

 リンは無言で佇むアイに、

「行きましょう」

 と声を掛けるが、アイは、

「1分だけ、いいですか?」

 といい、海を眺める。リンは頷いてそこを離れ、邪魔をしないで待った。


 アイは海からの秋の風を顔に受けながら、暫く何も考えずに海を見ていた。

 この時が来たら動揺するだろうか、と思っていたが、大丈夫だった。それは彼女が彼との生活に充分満たされたからだった。 

―― 時間は問題でない、中身だと思う

 彼は常々そう言っていた。だから彼を支え、何があっても最期まで、2人で生きていくんだ。中身のある充実した人生だったと彼が感じるように。彼の歳が彼女を追い越し、赤ん坊になっても最期まで、彼を愛している事を彼に伝えて行こう。


「お待たせしました、行きましょう」

 彼女はリンに声を掛け、リンは黙って頷くと先に立つ。

 最後に海を振り返り、彼女は心の中、プリンスに、いや、アツシに声を掛ける。

―― あなたが起きるのを心待ちにしているわ。 そしてあなたが起きたら、私は・・・。


 物語はその時に始まる。



次回、エピローグ(最終章)となります。最後は余韻を楽しんで頂きたく、作者のご挨拶あとがきはここでさせて頂きます。


まずは、長いお話をここまでお読み頂いた読者の方に感謝致します。

本当に、このご挨拶だけで、後は何もありません。なにを加えたとしても、文字通り蛇足になりますから。

後は、余韻をお楽しみ頂けましたら・・・


なお、この、本編のスピンオフも書いております。順次、発表して行きますので、お楽しみに。では、また。


                    小田中 慎



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ