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第18章(後)〜渚にて

注意!


 この章には抑えた描写ですが性描写があります。15歳以下の方の閲覧は出来るだけ避けて下さい。

 

 彼は立ち上がりながら砂を払う。そしてアイにも立ち上がる様に促す。そして彼と同じ様に砂を払うアイの手を取った。

 砂を払う動作の最中、すっと手が伸び、彼の方へと引かれたアイは驚いた。唐突さに、ではなく、積極さに。今まで彼に手を取られた事など、数える位しかない。

 彼はそのまま手を引いて歩いて行く。彼女は黙って付いて行った。波打ち際、時折波が足を洗うぎりぎりの所を、彼は彼女を引いたまま歩いて行く。少し早足で、彼女は付いて行くのに小走りに近くなるが、何も言わなかった。彼女の心臓は高鳴り、息が荒くなるが、小走りに動いているだけがその理由ではない。何かが起きる予感が、彼女を躁状態にする。 

 やがて砂浜が少し狭くなり、松林と砂浜の間に大小の滑らかな岩が点在する所まで来ると、彼は、人の背丈ほどもある大岩の影に彼女をいざなった。 

 またも突然だった。 

 岩の影、月の光も遮られ暗い中、彼女は彼に抱き竦められる。そのまま右手で顔を上向けられると、キスをされた。彼女が再び驚いた事に、それはとても情熱的で、彼女がそれに応えると更に激しいものになった。彼女は、頭がくらくらするほど高まる自分を意識した。

 すると彼は彼女が驚愕するような事を始めたのだ。唇が離れ、息をつぐ間も無く、荒々しく後向きにされ、両手を岩に付けさせられる。夜着が捲られ下着が露になると、それもふくらはぎまで摺り下げられる。ひんやりとした風が、剥き出しの尻を撫でたと思った瞬間、彼が入って来た。

 厭だった訳でなく微かに望んでいた位だったが、彼らしくない荒々しさと積極さに驚くばかりで、彼女の最初の反応は硬かった。しかし身体は若く、気持ちも高揚した彼女は程なく声を上げ始め、彼の直向ひたむきな動きに合わせ、のめり込んで行った。

 行為が終り暫く息を整える時間、後ろから抱き締められ、背中に彼の鼓動を感じながら、彼女はかつてないほど幸せだった。しかし、彼のこの突然の情熱が、一体何をもって行動させたのか、考える余裕が生れると一転、不安が訪れる。 

 彼が逃れられない運命から目を背け、快楽や酒に溺れて我と迫り来る死を忘却しようとする、それも仕方がない事だ。また、彼がそうなる覚悟も秘かにしていたので、彼女はその考えが浮かんで来ても冷静でいられた。 

 しかし、がっかりしない訳にはいかなかった。 その場合の最後の3年間はなんと虚しく、色のない3年間だろう。だが、それは望まれないシナリオだとしても、彼女はそうなった場合、能動的に彼を受け入れるつもりだった。彼の望むまま全てを与え、身体を投げ出し・・・

「アイ」

 背後から声を掛けられ、彼女は再び心臓が高鳴った。

「ごめん」

 彼女は、ゆっくりと岩から掌に岩の凹凸が刻まれた両手を離し、下着を引き上げ、夜着を元に下ろしてから、彼の方を振り向く。すると・・・

 笑顔の彼がいた。岩影から傾いた月光が彼の顔半分を照らし、その陰影深い顔は、彼女がかつて見たことがない、穏やかで曇りのない彼の笑顔だった。

「よかった?」

 そんなことを聞く彼も初めてだった。

「・・・ええ、とっても」

 そして彼女も彼の高揚した気持ちに応えようと、ちょっぴり行動的になって、彼を抱き寄せ唇を重ねた。彼はそれに応えた後、両手で彼女の両肩を持つと、腕の距離分身体を離し、繁々と彼女の顔を見つめる。

「いやぁね、なあに?どうしたの?」

 すると彼は、

「よおーく見ておくんだ、また消えないように」

 彼女は、ふと真面目な表情を浮かべ、

「ううん。もう、消えない。約束する。これからは必ず傍にいる。もうアツシをがっかりさせない」

「うん、ありがとう」

 彼女は様々な想いが込み上げて来るのを感じた。感情に押し流されようとしていた。

「私ね、おばあちゃんよ。人の4倍生きているから。それでも、いいの?」

「歳は関係ないよ。今、こうしていることが僕には大事なんだ」

「好きな人もいたわ。タイミングさえ合えば、あなたの替わりにプリンスとなったかも知れない人もいた」

「僕には関係ない」

「その人のために死のうとまでしたのよ?」

「関係ないね」

「ごめん、ごめんね、アツシ」

「もし僕が最初のリバース辺りで出会っていたら。そう考えたら、怖くなった」

 そう言いながらも、彼は笑顔のままだ。

「だから、今がいい」

「ん」

 暫くはそのまま、2人でお互いを見つめ合っていた。 

 そこに哀れみや同情はないのか?本当にこの人は自分を愛してくれるのか?2人とも全く同じ疑い、それは2人にとっての、最後の関門だった。 

 そこに陰りはない。 そう結論付けた彼女は、彼が一番聞きたかった言葉、決定的な言葉を口にする。

「でも、ね。私は過去、現在、誓ってあなた以上に愛した人はいません」

 彼女は彼を真直ぐ見つめて言う。視線は揺るぎなく、まるで吸い込まれるような感じを彼に与えた。

「あなたと過ごしたのはたった半年」

 彼女の声は微かに震える。

「でも、とても幸せだった。私があんなに幸せだったことはこの300年ありません」

「本当に僕なんかでよかったの?」

 笑顔が消えた彼の声も震えた。

「僕には何もなかった。君が惹かれたところが、地位や名誉でなく外見でないとしても、内面の強さや勇気、信念もない。それに・・・」

 彼は言い淀んでごくりと唾を飲んだ。

「それに、ね、あそこに監禁された時、君を、アイをね、信じる気持ちも捨ててしまったんだよ・・・」

 彼の言葉は擦れ自然に小さくなって行く。彼女は滑るように彼の腕の中に入ると、背中に両手を廻し、優しく彼の背を撫でた。彼はその許しの仕草を受けて話し出す。

「僕にはもう何も残っていない。僕には確かに君しかいないけれど、君は僕より長く生きることが出来る。貴重な最後の時間、なのに僕でいいの?」

「貴方でなければならないの」

 彼女は、あの底に秘めた強い意志を感じさせて言い切る。

「同情でも哀れみでもないわ。リヴァイアサンの本能とか悠久の昔からの仕来しきたり、そんなものなんて関係ない。アツシ、あなたがいいの」

 そして、彼の首に右腕を回し、ゆっくりと彼にキスをした。彼の胸に、彼女の張り詰めた乳房の感触と高鳴る鼓動が伝う。柔らかくしっとりとした頬が彼の不精髭が生えた頬に張り付く。彼も彼女も、声を上げずに泣いた。もう憚るものは何も無かった。


 彼らがいる岩から一キロほど離れた小高い丘の上、一際目立つ松の古木の下に、黒い軽ワゴン車とボックスカーが2台、並んで止まっていた。

 軽ワゴン車には作業服姿の2人の男が乗っていて、運転席の男は、車窓から松林越しに見える砂浜を双眼鏡で眺め、もう1人は後部座席で仮眠を取っていた。

 もう1台、ワンボックスの後部荷台は改造されていて、そこでは2人、ヘッドフォンを被り、目の前にぎっしり並んだ音響通信機器とモニターを睨んでいる。運転席にも2人、マイク付きのヘッドフォンをして月を眺めていた。

 諜報に属するこの4人の男は、一切黙して語らない。上層部のねやすら数えきれないほど盗撮・盗聴して来た彼らだが、この時ばかりは、対象の清廉さと自分たちの行為しごととの対比に少々、うんざりした。運転席の主任は助手席の男に目配せすると、ダッシュボードに設けられたリンクPCのキーボードを叩く。モニターに出て来た文字を見ると助手席の男は頷き、後を振り返ると、荷台との仕切りガラス越しに手を振って、男の気を引く。モニターを眺めていた男の片割れが気付き、小窓の方を向いて、何か?と首を傾げる。すると助手席の男は手話を始め、モニター席の男も手話で返した。この車も録音装置が仕掛けられている。やがてモニター席の男が了解、とばかりに片手を上げると、彼らの相談は終了した。

 外の浜風は、松の間を駆け抜ける際に出す雑音や潮騒の音を運ぶ。松林の間から超望遠で狙った録画は残るだろうが、彼らの録音は雑音レベルが高く、フィルタリングしても感情の起伏を計ったり、嘘やはったりを見抜く材料には使えなくなるだろう。

 ベッドルームの会話は別班が録音している。それだけで十分だろう。無論叱責されるだろうが、ハイテクを駆使した国家公認の出歯亀たちは、それでも構わない、と思った。



 彼らにとってほぼ2ヶ月振りの日本は、正確には自分たちの故郷とは呼べないものの、帰って来た、という感慨が浮かぶ位には馴染んだ国だった。出て行った時は暑い盛りだったが、季節は、山々がそろそろ色付き始めようか、という時期になっていた。入り組んだ海岸線が多く、過去、拉致という事件が起きたにも係らず、海に対して無頓着な人々が住むこの島国は、侵入しようとする者には易しく簡単な目標だ。

 しかし密入国した後は、近年能力低下が嘆かれるものの、依然諸外国よりは高い警察力に注意が必要、舐めてかかると痛い目に遭う。

 今回、まだほとぼりが冷め切っていないと見たリーダーたちの判断でまずは2人、斥候として侵入に長けた彼らがやって来た。入国は問題なく、誰にも気付かれずに海から上陸し、監視カメラが常時働いている鉄道や高速道路、都会を避け、用意された中古の乗用車で北を目指した。ゲートを使わずに『あちら』へ渡ろうと言うのだ。

 それは『あちら』の軍・警察関係者からは『エントランス』と呼ばれていた。

 『あちら』と『こちら』を繋ぐということにおいては、『ゲート』と変わりがない。実際両方をそれぞれ潜り抜けた者によれば、中の様子に変わりはない、と言う。何もない薄暗い空間、広いがただ真直ぐに一方通行にしか進めない、およそ3、40メーター先に出口がある・・・しかし違いはその出現方法と出入口の形状だった。


 深い森の中、麓の土地の人間も知らない者がほとんどの淋しい登山口から、歩くこと2時間。獣道並の登山道が何度目かの二股に岐れ、右側に入って10分ほど、それはあった。もう何10年と訪れる者も絶え、荒れ放題の小さな堂。

 屋根はとうに落ち、四方の壁のうち、辛うじて壁として残るのはただ一方。4本の柱だけが虚しく天を指す。その高さも人の背丈ほど、元より低い建物で、ささくれ、反り返った床に転がる、錆びて崩れ去る寸前の大鈴に因って、ここが不動か稲荷か、何かを祭っていた神所だと分かる。が、祭壇も消えており、ここは既に役割を終え、誰に見取られる事無く消えて行く運命と見える。

 だがそれは完全な隠蔽、隠された役割はその裏手にある。

 荒れた堂の裏は唐突な急斜面となって、杉の木立が下った沢まで鬱蒼と茂っていた。2人の男は堂を回り込み、斜面を調べてから、堂に残った床に腰掛け、汗を拭った。1時間は余裕を見たので、まだ50分はある。

 1人がタバコを吹かし、1人は慎重に床を調べると、比較的しっかりしている所を見付け、そこに寝転がって新書を読み出した。時間はゆっくり過ぎて行き、中天にあった日が少しだけ西に向かった頃、タバコをくわえた男が立ち上がり、背負った雑嚢から虫除けスプレーを出して丹念に自分に吹き付ける。それを、起き上がって本を雑嚢へと収めた男に渡す。 受け取った方は微かに笑うと、それでも全身に掛け、タバコの男に返した。その男は最後の一服を大きく吸い込むと、名残惜しげに携帯灰皿に落し込む。あちらでは一切吸えないのだ。

 それぞれの準備が終わると、タバコの男がモバイルツールのような装置を取り出し、暫らくそれを眺める。と、何かに満足した彼は装置を雑嚢にしまい、ぽん、と相棒の肩を叩くと、先程監視や罠がないか、辺りを一周しながら拾って来た杉の一枝を、思い切り斜面に向かって放り投げる。

 枝は中空に回転しながら落ちて行き、途中で一本の杉に当たって下に落ちて行ったが、そこで見えなくなる。落ちた際にカタリとも音がしない。男はもう一本、今度は先程とは斜め60度ほどずれた方向へと投げる。枝は同じような軌跡を描きガサリ、と音を立て下草に着地した。男はちら、と振りかえって、廃墟の堂の中心線の延長に立っていることを確認すると、最後の一本を正確に真直ぐ下に向かって投げた。枝は回転し落ちたが、斜面に付く一瞬前、ふっと見えなくなる。

 結果に満足した彼は、軽くスクワットを2回、首を1回転させると相棒に笑い掛け、お先に、と言い、直後ほとんど絶壁に近い斜面へとダイブした。

 彼の身体が一本の杉にぶつかる、と思えた瞬間、姿がふっと掻き消える。

 見守った若い男は周囲に人の気配を探り、彼ただ1人きりであることを確認すると、先に消えた男を追って飛び降りた。


 もう何百年も前から、わずか数名の者たちに伝承されて来た特別な場所。それがいつからあるのか、また何故に存在するのか誰も知らない。更に秘密とされ、ある時は民話の中に、また別の時代には童歌や短歌に秘めて託され、伝えられて来た、その入り口が開く周期。エントランスの秘密を先代のエンジェルから受け継ぎ、現在のエンジェルたちはあちらへと渡って行ったのだった。

 リヴァイアサン以外に、世界を行き来出来る手段が存在する事が気に入らず、また危険と見た歴代の政府は、それらを使用する者たちを弾圧し、エントランスを潰すために相当な努力をした。それは一時期成功したかに見えたが、結局、竹崎『准将』らにより再興され、今に至る。

 何箇所かあるエントランスの内、彼らが利用したこの場所の事を、彼らは『つぐみ』と呼んでいる。


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