表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/41

第17章(5)〜Fate


 彼の夢描いた通りの再会ではなかったものの、実際のアイは、彼にとってやはり美しく、気高く、優しかった。見掛けこそ十代後半、その声や身体全体から秘めた力と瑞々しさを発散する若さが溢れていたが、ともすると仕草や言葉、顔付きなどに現れる一種老獪な雰囲気が彼の憶えていたアイそのものだった。

 2人とも全く言葉を発することはなかった。発する必要がなかったからだ。ただ『アイ』という名前だけが彼の頭のなかで繰り返し唱えられていた。最初はわずか1分程で終わった。

「ごめん」

 彼が乱れた呼吸を整えながら上から彼女を見下ろすと、

「ううん」

 彼女も最低限の言葉で返した。その目は潤んでナイトランプに輝いている。 

 彼は彼女の首の後ろに手を廻し、彼女の顔を抱き寄せると、

「もう会えないと思ってた」

「私もよ」

 彼は彼女の横顔に唇を当てて、その柔らかな頬に自分の頬を重ねる。すると彼女が囁く。

「愛しています」

 彼の目から涙が溢れ、彼女の頬を濡らす。しかし、彼女の方も涙を零しており、2人の涙はお互いの顔を流れた。ゆっくり、確かめるように、想い出す様に2回目が始められた。

 我を失ったかのような時間、互いの隅々まで思い出すための熱に浮かされるかのような行為ときが一段落した夜半過ぎ、2人はそれぞれ俯せに横になり相手側の手を握り合っていた。

 二人とも全身汗に塗れ、息が荒かったが心は澄んで相手の顔を見つめながら相手が何を感じているか、読めるような気がしていた。

 まるで能力者のような精神感応は、お互いを知りたいと願い求め合う2人に特有の思い込みだったのかも知れない。では、2人が同時に同じ言葉を話出したのはどういう奇跡だったのだろうか。

「あの時―」

 二人は同時にそう言うと、お互い吹き出し、笑う。アイが握った手をそっと握り返し、あなたから、と言うと、彼は、

「いや、アイからでいいよ。僕の方は大したことじゃない」

 そこでアイから話始める。

「あの時って同じかしら?私の『あの時』は、あなたから去った時だけど」

「そう、同じだよ」

「ひどいことしてごめん」

「うん、今は分かったから」

「辛かった?」

「辛かったね。その後一年は探したよ」

「知っているわ。報告、受けていたから」

「そうか・・・どんな気持ちで聞いてたの?」

「自分の気持ちを偽っていたわ。自分は国の物、個人の感情は許されない、って・・・」

「そう・・・僕の方、聞いていい?」

「ん」

「どうして『足跡』残したの?」

「あしあと?」

「そう、足跡。あのマンション。そして、屋敷の焼け跡。死んだ資産家の孫娘の記憶・・・今だから言うけど、全部無かったことにすればよかったじゃない?サイやクスリで僕や君を知る人たちの記憶を消すことだって出来たでしょ?」

 アイは溜息を付き、手を解いて起き上がる。そして裸体のままベッドヘッドにもたれて膝を抱えた。彼も半身を起こし、あぐらをかいて彼女に正対する。

「確かにアツシの記憶を消すのは、そんなに難しい事ではなかったわ。ただ定期的にアツシに対して、工作し続けなくてはならなくなったでしょうね。実は私も上辺しか知らないけど、サイの記憶操作は、たとえルシェクラスの人が行なっても、長くて3ヶ月しか続かないそうよ。でもあなたは気付かなかったろうけれど、あなた、時々監視されていたのよ?だから追加で工作を続ける事は、面倒とは言え可能だった訳だから、記憶を消してもよかったのだけれど。正直に言うと、あなたの記憶を消そうという動きもあったのよ。あなたが私のこと、探し始めて、それが随分と熱心だったみたいだから、保安関係が心配してね。私を探す過程で『あちら』の秘密が暴かれ、『こちら』で変な動きをして目立たれても困るから。それでもあなたの記憶を消させなかったのは、私の我儘なの。後継が生まれあなたが迎えられる時、あなたの中に私が確かに居て欲しかった。もし、あなたの中から私が消えるのなら、あなた自身が自分の意志で消し去って貰たかった。誰か他の人を好きになるとか私を恨むとか。でもそうなったとしても、あなたは連れ去られたけれど。」

「なぜ?」

 彼女は一瞬ためらった。しかし、直ぐに膝を崩し横座りになると、背筋を伸ばして彼の目を直視する。

「あなたはもう、帰れない」

「それはもう覚悟した」

「私と運命を共にしなくてはならない」

「その覚悟もした」

 しかし、と彼女は首を振る。

「比喩ではないわ。そのままの意味、よ」

「だから分かっているから―」

「違う!」

 鋭く言い放ったアイの声に、彼は言葉を失う。

「・・・ごめん。黙って聞いて頂戴」

「うん」

「あなたは・・・まもなくリバースする」

「・・・えっ」

「あなたはリバーサーとなるの、アツシ」

「それは?」

「リヴァイアサンとまぐわった別世界の男は、必ずそうなるの。その男とリヴァイアサンとの子が必ずリヴァイアサンとなるように」

「僕が、リバースする・・・」

 アイは彼の方へ手を伸ばし、まるで火傷を恐れるかのように恐る恐る彼の手を握る。彼はアイの震える手にもう一方の手を重ね、軽く撫でて、

「分かったよ、僕は君と愛し合ったためにリバースする。素敵だね、君を追い掛けて若くなれるんだ、じいさんにならなくて済む」

 だがアイは辛そうに首を振り、

「あなたはまだ分かっていない。リヴァイアサンと契った異界の男はリヴァイアサンに従い、一緒に時を刻む。古来そう言われているけれど、ほとんどがリバースした直後、昏睡している最中に殺されたから、その言葉が真に意味するところを知ることは無かったわ」

「じゃあ僕も殺される?」

「向こうに居たら、確実にそうなっていたでしょうね。でもその恐れが無くなった今、あなたは私に殉じる運命なの」

 彼は彼女の真剣な眼差しに、口にしようとした軽口を飲み込む。一体何を先程から勿体振っているのだろう?

 確かにリバースするとは驚いた。自分の人生があと30年足らず、というのも残念と言えば残念かも知れない。でもそれだけだ。そんなプリンスの戸惑ったような表情を見て、アイは大きく息を吸うと、言わねばならないことをやっと言った。

「あなたは、遅くとも後1年くらいでリバースする。でもね、そのリバースは普通のものではないわ。プリンスがなるリバースは、早回しのように年が若くなる。あなたは今、26よね。普通は来年リバースすれば、残り27から30年は生きる。でもあなたの場合、3年あるかどうか、なの。ものすごい勢いで低年齢化が進むわ。日に日に若くなって行き、その勢いで、あなたはちょっとした記憶欠如となるはずよ。昨日覚えていた事が今日は覚えていない、そんなことが度重なる」

 アイはひと息付くと、彼の目を見つめたまま押し出すように最後の言葉を搾り出す。

「そしてあなたは・・・そのあと3年もすれば眠るように息を引き取るわ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ