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第17章(3)〜恋愛故事(ラブストーリー)

 

 アイと麗夜は、少し離れて続くルシェと通訳のため2人の直後を歩く光蓮をお供に松林を散策する。とは言ってもサリーやプリンスたちのように遠出は無理だった。 

 施設の周りは、姿を見せる黒服と姿を見せない迷彩服とが散らばり、本館の建物から200メートルも離れると小道の先に、これはキチッとした警察の制服を着た4人が外と内両方に目を光らせている。そこが限界、と知らせているわけだ。 それに、2、30メートル離れて謝とカマエルが並んで付いて来ている。

「ああ、全く息がつまりそう」

 麗夜がぼやく。

「それはねえ、アイも私も慣れてはいるけれど、さすがにこれはねぇ」

 過剰な警備と盗聴のことを言っているのだ。

「まあ、それも仕方がないと思うわ。こういうこと全ての原因は、結局私が我儘をやったせいなのよね」

 アイは衆目がなくなったのと、一歩踏み出す度サッサと鳴る松の落ち葉や梢を鳴らす風のため、盗聴も困難であるので為口となっている。

「そんなこと言っていたら、あなたのために命賭けている皆に失礼よ、アイ」

 と麗夜は何の表情も浮かべずに5メートルほど離れて続くルシェをちらっと見る。

「そうよね、ごめん」

「本当にあなた方謝ってばっかり」

「ごめん」 

「アハハハ」

 一仕切り笑い合った後、麗夜は、

「プリンスは、どう?」 

「どうっ、て?」

「あんなことがあったんですもの、あなたへの気持ちは変わらなくて?」

「それはまだ、はっきりしない」

「じゃあそこにいるお姉さんに『見て』貰えばいいじゃない。貴女さえよろしければ、この光蓮を使ってもいいわよ」

「いいえ」

 きっぱりとアイはいう。 

「どうして?」

「それは私と彼の問題だもの。これ以上皆を巻き込みたくないし、それに」 

 と、アイは立ち止まると、

「私はもう逃げるのは嫌なの」

「そうか」

 麗夜の顔が優しく穏やかになる。

「あなた、彼を本当に愛しているのね」

  するとアイは立ち止まって一本の松に歩み寄り、樹に寄りかかる。 

「ええ。あちらで彼に決めた時は、正直もう誰でもいい、と思っていたから、余り深く考えなかった。それにプリンスとなった人たちの末路を知っていたから。あちらでは隠しているつもりだったのでしょうけれど、麗夜、知ってる?」

「残念ながら知ってるわ」

「そう。知らなきゃよかったと思うけれど、知らない訳にはいかないわよね。自分の旦那さんのことだもの。その先子供が生まれてプリンスとなって、それからどうなるか。過去例くらい調べる。たとえ隠してあっても、私たち時間だけはあるもの、ね。我慢して根気よくしていれば、どんな秘密だっていずれは見えてくる」

「そうよね」

「だから本当言うと、情を持ちたくなかった。恥ずかしい話、過去に何回かあったけど、ただするだけの関係で済ませるつもりで、行き当たりばったり、うちのグリックが用意した身寄りが薄く健康でそれなりのルックスの候補リストから適当に選ぼうとしたの。考えてみるとあんなもの、どうやって用意したんだろう。ともかく、そのリストの初めの方に彼がいたのよ。最初は気付かなかった。でも、何かが引っ掛かったのよね。で、実際試しと言う事で近付いたら・・・」 

 アイは果てしなく続く松を見やって、その実、過去を見ていた。

「私は彼を知っていた。彼も私を覚えていた。勿論彼は小さかったし記憶もあいまいだけれども、私と会った事は忘れていなかった。この出会いは偶然か、それても仕組まれたものかどうか、あちらのタケサキ兄に聞いたけどタケサキも解らなかった。少なくとも『仕掛け』はない、と彼は断言したわ。それに嘘はない、と思う。嘘付く意味も、仕掛ける意味もないもの」

 アイはそこで一息付くと、初めて光蓮が麗夜に通訳しているのに気が付いたのか、暫く押し黙る。そして、もはや友人と言っていい『通訳』がそれまでの話を訳し終え、アイの方を向いて小首を傾げ彼女の頭に、もうおしまい?と聞いて来ると、返事の代わりに話を再開した。

「赤い糸と日本では言うけれど、そういうことを信じるには私、長生きし過ぎているから、最初は素直に振る舞えなかった。けれど彼は恋愛経験もなく遅手と言うより無関心だったから、結局こちらから動かないと何一つ動かなかった。だから、タケサキが本当に彼でいいのか?と聞いてきた時、私は、構わない、と答え、それでは、と彼が『プリンスに足る人物かどうかチェックする』と言った時、お願い、と言ってしまった。今思えば、あんなものに立ち会わなければよかったし、彼でよかったのならあいつらにテストと称して弄られる前に、彼と寝てしまえばよかったのよね。でも、後知恵ね、それは。あの頃、私は自分を国家の一部、人ではないし、自ら個人的な問題を優先してはならない、と考えていたから。ずっと、250年もそうして来たんだもの、我ながらカチコチだったのね。でも、いざとなると、単なる繁殖のため彼と交わるという考え方が、すごく厭らしく見え始めたのよね。で、彼を一時的に拘束するため、意識を失わせて監禁し、周囲の人間に、そこのルシェが『工作』をして、インフルエンザのお芝居を刷り込ませたの。多分、今も彼はインフルエンザに罹った、と思っている。で、そうやって2日ほどタケサキと医療担当のサイが彼を様々な方面からチェックして、そうね、言うなれば立派な種馬かどうかを調べたのよね。そして、合格だ、さあ、どうぞ、ですもの。あいつら、ほっとけば私と彼の行為すら臨床実験の一部だと称して、見ていたかも知れない。 最終的には2人きりにして貰えたけど、精神を弛緩させ、記憶を曖昧にするクスリを打たれた人間相手に、さあ、やってください、だもの。出来なかった、当然でしょ?なんだか情けなくて、泣いたわ。子供を得るという、私にとっては250年も待ちに待った行為が、あんなだもの」

 長広舌とそれを忙しく通訳する光蓮と。麗夜は辛抱強く聞き取った後、深い嘆息を吐きながら、

「うん、それは良く分かるわ、で?」 

「ちゃんと、相手の意思も確認して、愛し合いたい、と言ったのよ。そうしたら、さすがのやつらも私の言う事を聞いてくれた。ちゃんと準備もして、そして私は彼と結ばれたのよ」

 麗夜は羨望を込めた声で、

「素敵な恋愛故事ラブストーリーじゃない」

「でもね、」

 とアイ。

「素敵な『恋愛小説』は、なかなかハッピーエンドとはならないの。せっかくの初夜の直後にあいつら、思考会話で『いかがでした?ちゃんと出来ましたか?』」

 アイは思い出すのも嫌だ、と言う風に自分の身体を両手で抱き締める仕草をする。

「あら、まあ」

「今でも覗いていたんじゃないか、って考える。ルシェ、ああ、後ろの彼女は、あの時も護衛役だったけれど、あの頃の事は教えてくれないの、知らない方がいいんだって。だからきっとあいつらは、最低な事していたんだと思うわ」

 アイはそういいながら松の古木から離れ、ゆっくりと歩き出す。麗夜や光蓮も後に続くと、

「まあ、それも仕方がないでしょう?所詮私たち籠の鳥だもの。籠の鳥は交尾も丸見え、よ」

「いやだ、もう、麗夜ったら」

「だって事実でしょ? 四六時中監視され、自由はない。あなたの国にも、ほら、有ったわよね?オオオク、とか言って?」

「ええ、200年前はそこに居たわ」

「皇帝の後宮、ね。私も100年ばかり前までは、そこに居た。あなたの所もそうだったろうけれど、監視、盗み聞き、告げ口、そんな事に血道をあげる女たちばかり。人の足を引っ張って這い上がる。田舎から献上された純粋無垢な美姫おとめが、半年もすれば巧みな妓女ばいたよ。そんな中に居たんだもの、私たちだって・・・」

「でも、彼女たちはいいわよ、運と頭があれば最後には自由に国まで操れるもの。古い話だから、本当言うとよくは憶えてないけど、居たわよね、お互いに凄い女が」

 麗夜は溜息する。

「凄すぎて思い出すのもおぞましいわ。私は忘れないわよ、清朝のあのババア」

 光蓮が笑いを堪えてそのまま訳すので、アイも釣られて笑う。

 そう、後宮にも居た。あそこまで割り切って権を求めた彼女たちの心境はどうだったのだろう。あの時代は、女にとって最悪だった。女は産む道具としてのみ価値があり、存在を誇示出来なかったからだろう、その代わり寵を受け、世継を得れば権が手に入ったのだ。

 単純明快、だからこそ彼女たちは必死だった。あの遊戯ゲームは、規則ルールが誰でも理解可能で、数え14の小娘でも参加出来たのだ。賭け金は自分の身体。

 だから彼女たちと自分たちはちがう、そう麗夜は思った。道具からそれを使う主への出世遊戯。私たちは違う。国の飾り、ただひとつの国の道具。そして、世継を産めば忘れられ、後は消えるのを待つばかり。 最後まで籠の中で。

 この目の前に居る同属の者はそのルールを破った。『これ』が今も生きて居られるのは偶々(たまたま)世界が荒れているからだ。隣人も信じられず、まるで後宮で繰り広げられた遊戯のように、相手の弱点を探り、揺さ振って・・・。

 私はどうするだろう?目の前の同属の長命には及ばないとしても、遅くとも100年もすれば彼女にも『その時』が訪れる。後継を得る儀式が。 

 ああ、まだいい。それまでに時間は十分にあるし、それに、百年もすれば世界が滅びているかも知れないではないか?

 そう思うと、麗夜は本当に世界が滅ぶことを、自分が最期のリヴァイアサンとなることを節に願った。


 かなり長い間、思考していたようだ。アイが、自分の顔を穴が開く程見つめている麗夜を顔を赤らめ見つめ返している。

「麗夜?」

 アイが問う。

「どうかしました?」

 光蓮が麗夜の耳元で幾分大きめな声で促す。が、2人が問うのは何度目かといった感じだ。

「あ、ごめん。考え事しちゃった」

「私の話、気分悪いよね、だってあなたもいつか・・・」

 アイはその先を言えず口籠もる。麗夜は力なく首を振り、ぽつん、と、

「リヴァイアサンが男だったらよかったのに。そうね、男性だったら・・・」

「でもそれはそれで大変かも」

「・・・そう・・・うん、結局同じかな。却って『プリンセス』となると。リヴァイアサンの母、か、後宮みたいになっていたかも」

「そうね・・・」

 風がいつのまにか熱気を帯びなくなっていた。陽はまだまだ高いが、松の古木に覆われた丘陵は確実に夕辺に向っている。

「アイ?」

「ん?」

「プリンスと幸せに成れるといいね」

「ありがとう。そうね、私もいよいよ最期が近いし、彼には本当申し訳ないけど、彼も元の生活には戻れないし」

「あのことは言うの?彼に」

「うん。もう残りの人生は正直に行くと決めたから」

「受け入れられると思う?彼」

「受け入れられる、と信じる」

「頑張って、もう私はあなた方を応援出来ないけれど、うまく行くように祈っている」

「ん。ありがとう」

 いつのまにか、散策出来る範囲の限界まで来ていた。警備の警官2名が小道の中央に立ち、儀礼の敬礼を彼女たちに送っている。

「さあさ、帰りましょう。あなたの素敵な旦那さまを拝見しに、ね」


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