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第17章(1)〜翠の野、紺碧の海

前章までのあらすじ〜

 『エンジェル』はリヴァイアサン2人による奇抜な『ゲート』のトリックと特殊兵器『パンドラ』によりプリンスを奪還した。彼らは少年『准将』の交渉によって、『こちら』の日本国内にある某国の駐日空軍の協力を得て、無事にアイと再会を果たす。目覚めた時、サイの協力によって悪夢を払ったプリンスは、ラミエルからアイの変わらぬ気持ちを知らされ、涙するのだった。

 

 良く整備された松林だった。何百本、いや何千本はあるだろうか、なだらかな丘陵の高台から眺めると、見渡す限り一面、強い夏の午後の日差しを照り返すシロマツのみどりの葉と茶色の中に時折混ざる灰白の幹が、絶妙のコントラストで広がっている。ここから海は見えないが、吹き渡る爽やかな風には潮の匂いが微かに含まれていた。


 散歩に行こうよ、と誘ったのはサリー。遅い朝食を皆で食べた後の事だった。

「まだこの辺りぜんぜん知らないし、遠くへ行かなければその辺歩いてもいいよって、接待の人も言ってたし」

「いいんですか?」

 疑わしげに聞いたのはラミィ。するとカマエルが笑いながら答える。

「その辺りを一回り位なら構わないだろう。もし、行ってはいけない所まで踏み込めば、警備が教えてくれる。必ずその辺にいて、護衛をしているはずだからね」

「行ってこい、行ってこい」

 そう言ったのは少年准将だった。

「彼らがどこまで自由にさせてくれるのか見るのも、一考だろう。サリー、皆を連れて思いっ切り遠くまでハイキング気分で歩いてごらん」

「では、私も行きます」

 ラグが声を上げるとサリーはにんまりと笑い、

「じゃあ、アイ様とプリンスも誘おうよ、みんなでピクニックだ、お弁当持ってさ」

「プリンスはお疲れじゃないの? あとアイ様は駄目よ、午後、お客様があるから」

「じゃあ、プリンスだけでも。ねえ、ラミィ、声掛けて来てよ、いいよね?」

「いいけどさ、疲れさせちゃだめだよ?」

「別に歩いて眺めいいトコで飯喰うだけだって。お願いだよ」

「うーん」

 すると意外な所から助け舟が出される。

「まあ、プリンスだってずっと狭い所に居たんだ。リハビリを兼ねて外を歩くって言うのもいいんじゃないかな」

 『曹長』バディだった。

「行って来な。きっとプリンスも行きたいって言うと思うよ」

 そういう訳で、サリー、ラミィ、アッジとラグ、プリンスが真夏の午後、松林を散策する事になった。

緩やかに続く丘陵地帯。松葉が何層にも重なって、なめらかな絨毯のような感触を与える小道をゆっくりと辿って行く。サリーは先頭を軽やかに歩いて行く。ラミィにアッジの2人は、ナプキンをかけた籐のバスケットを手に持っている。白いナプキンの下には、サリーが厨房にお願いして作って貰ったサンドイッチとポットに入ったコーヒーが入っていた。 

 気温は高いが湿度が程よいために、松葉が作る日陰は心地よい。吹き抜ける風が松葉をカサカサと鳴らし、汗ばんだ肌を乾かす。シロマツがほとんどの松林は、ほぼ等間隔、同じ高さの松が続き、見通しは良かった。最後尾にラグ、そしてその前をプリンスがゆっくりと歩く。

 プリンスは支給されたポロシャツにジーンズ、スニーカー姿で、頭には緑色の軍用略帽を被っていた。ラグはプリンスの様子を見ながら、サリーたちが余り先に行かぬよう、時々声を掛けて歩調を緩めさせている。

 ゆっくりとしたペースで、いつまでも続くかのような松林を進む。サリーが接待係から貰った付近の地図を見ながら、道標のない踏み分けの小道をこっち、あっちと進んで行く。

「後、10分くらいだと思うよ。この先、ちょっと登ったら見晴らしがよさそうだから、そこで遅いお昼だ!」

「分かったわ。では、登りではもう少しペースを緩めて、ね?」

「ラジャ」

 サリーが松の間を登って行くと、ラグはプリンスと並んで歩き始める。

「ご気分はどうです? 大丈夫ですか?」

 ラグの問いにプリンスは、

「ええ、大丈夫です」

「無理なされないようにして下さいね?きつかったら、遠慮せずに申し付けてください」

「はい、疲れたらそう言いますよ。でも、今は気持ちがいいです」

 プリンスは略帽を直し首筋の汗をフェイスタオルで拭うと、並んだラグに、

「ラグエルさん、でしたね?随分と長い間狭い所にいたから、こんなに広い所は大歓迎ですよ」

「そうですか、それは良かった。ですが、一つお願いが」

「なんなりと、どうぞ」

「私の事はラグ、と呼び捨てで呼んで頂けましたら。みんなそうしてますし」

「ははっ、分かりました、貴女が望むならそうしましょう。ラミエル君もラミィ、と呼ばれたがってますからね」

 ひとしきり登り坂をゆっくり進みながら、プリンスは何やら嬉しそうに見えた。

「一つ、貴方に謝らなくてはなりません、プリンス」

 ラグが口調を改めて言う。プリンスが声には出さず頷いて促すと、

「一昨日、お目覚めになった時、色々と嘘を申しました。あれは貴方が混乱しない為、とは言いながら、嘘を付いたのは確かです。申し訳ありませんでした」

 するとプリンスは笑い出す。ラグは少々呆気に取られた。彼は『こちら』に戻って、初めて本気で笑っているように見える。

「ごめんごめん、思わず笑ってしまった。いや、ね?僕はいろんな人に謝られてばっかりだなあ、と思ってね。まあ、いいか。えー、ラグ?」

「はい」

「最善を尽くしている時の嘘なんて『手段』、て言うんじゃないのかな?別に大したことじゃないよ。それより、ありがとう、僕を連れ戻してくれて。ラミィが教えてくれた。実際に監禁場所から連れ出したのは貴女だって」

「あ、いや、危険はありませんでした。私はただ貴方を背負っただけ。御礼は実際に危険が無い様に工作したレリやルシェに言ってやって下さい。後で」

「そうするよ。ともかく、ありがとう」



 それはまだ一昨日のこと。

 プリンスが目覚めた後は物事全てが拙速に進められ、ラミィの訪問後プリンスとアイとの再開もわずかに5分あるかという時間、それも初見の少年がすぐ横にいて、しかもタケサキと名乗ったものだからプリンスは混乱してしまい、再開の感動も興醒めと言った感じだった。

 アイも再開の当初は涙を浮かべ、彼の方も6年のブランクの末、6歳年を取った自分と6歳『若く』なったアイの姿に、感慨深く言葉もなかった。

 だが、それから先は少年が仕切り、大急ぎで『あの国』の軍事施設から出て行く必要があるとかで、一切の説明と再開の祝賀は後回し、とにかく全ては落ち着いてから、と引き離される。アイも諦めの様子で苦笑すると、プリンスの手を軽く握り部屋を出て行ってしまった。

 その後、あの飛行機でこの国へやって来た時も、座席こそ隣だったが、積もる話をしようとした瞬間、アイが首を振り、続けてラミィがアクセス、申し訳ないが、と会話を禁じられてしまった。失望する彼の手をアイが握り、飛行中ずっとそのまま離さなかった事が、プリンスにとって唯一の慰めだった。

 朝から逃れる様に空路4時間ほど。その朝が彼らに追い付き朝日が昇る頃、VIP輸送機は目的地の飛行場に着陸する。

 ここでも慌しく輸送機から追い出されるように出ると、そこは一面の松林に囲まれた寂しい飛行場だった。管制塔は小さな2階建ての建物に申し訳程度、まるで古い時代の火の見櫓のように見える。その他にはカマボコ型の格納庫が3、4棟、石油燃料タンクがあり、滑走路沿いに数台の車が止まっている駐車場があった。

 それだけを見れば単なるローカル空港と見えたが、異質なのは滑走路と格納庫の間に3機の軍用ヘリが見え、駐機スペースには2機の真新しいカナード翼が目立つ戦闘機があり、その横では数十名の兵士が数台の軍用トラックの周りに整列していたことだった。

 降ろされた乗客とストレッチャーの病人は、管制塔のある建物からやって来た2台の幌付きトラックとジープ型の四駆に囲まれる。その時、甲高いジェット音を響かせてVIP輸送機が離陸して行く。燃料はもう空に近い筈なのに、とプリンスはとりとめの無い事を考えるが、輸送機は速やかにここを離れるため、この『国』の領空を離れた所に待っている空中給油機から給油を受けることになっていることなど、彼には思いも及ばなかった。

 無口な兵士に囲まれ、身振りでトラックを示されると、皆、続けて幌の中へ、荷台へと登る。乱暴ではないが余りにも兵士たちが無表情で機械的なため、皆、まるで虜囚となったような心持がしていた。やがてトラックの車列は、すぐさま滑走路を横切り管制塔横の通用口から飛行場を出て、長く続く松林の中の舗装道路をスピードを上げて走り去った。



 この一面どこまでも松林が広がる、ある意味現実感を喪失させる風景に、忍び寄る不安を感じるプリンスだった。あの悪魔――あれはミカエルと言うあちら側のサイだとラミィから教わったが――が彼に見せた『白い地獄』、それとなんの違いがあるのだろうか?

 この場所が彼とアイ、そしてエンジェルの安息の地になる様子だった。しかし空港での出迎えの様子と比較すれば丁寧で手厚いもてなしと言えたものの、その実軟禁と呼べなくもない、この広大な保養施設。

 プリンスは唯一人、事情を呑み込めていない疎外感と共に、軽い閉塞感を覚え始めていたのだ。


「わあー、すごい、すごいよ、皆、来てきて! 」

 先に立ったサリーが、松林が途切れ、視界が開けているらしい丘の頂点に立ち、後に続く4人を手招く。サリーが興奮した訳は、誰もが景色を一目見て納得した。

「わあー」

 感嘆の声を上げたアッジが、右に左にと持ち替えながらも大切に運んで来たバスケットを思わず手放し、ドシンと松葉のクッションの上に落としたほど。

 正に息を呑む美しさだった。果てしなく続く松林は、真っ青な海で断ち切られている。松葉の翠と樹の茶と白、海の青と筆で刷いて付けたかのような白波、そして松の波から垣間見える薄黄土の砂浜。空はどこまでも紺碧、白波に交応するかのような雲が二筋、海と平行に横切っている。

 しばらく声を出す者はいなかった。この国の高級幹部や官僚のみ存在を知る保養施設だという。実際何に使われる施設なのかは知る由も無いが、保養と言う点では最高の場所と言えるだろう。

「さあさ、お昼にしようよ、ほら、あそこにいい場所があるよ」

 なるほど、サリーが示す一段土盛で高くなった場所に、辺りの木々より倍は大きい松の古木が2本、お互いの枝を重ね合わせ、こちらから見るとまるで巨人が両手を組み合わせたかのように、翠のドームを作っている。その松の傘の下、ぽつんと朱塗りの東屋があった。

「確かによさそうだね」

 プリンスは気さくにサリーに声を掛け、サリーも嬉しそうに笑うと、さっと彼の手を取ると東屋目指して駆け出す。ラグとラミィはどきっ、としたが、当の本人が楽しそうだったのでサリーへの叱責を2人して飲み込んだ。東屋に駆け込むと、そこはひんやりと涼しい風が吹き抜け、振り返れば松林と海のパノラマが開けていた。


 びっくりするほど美味しいサンドイッチとコーヒーの昼食を終え、5人は思い思いに風景を眺めたり、歩き回ったりしていた。

「こうしていると、なんだか、全部、夢だったみたいに思うよね」

 東屋の柱に凭れながら海を眺めていたサリーが、ポツリ、と言う。東屋の真ん中に置かれた木のテーブル、そしてその周りに置かれた椅子にはプリンスとラグが腰掛けている。

「アタシは、こんなにゆっくりした事なかったから、どうしていいのか、分からなくなっちゃうな」

「そんなにのんびりさせないわよ。もう一日休んだらあさってには訓練を始めますからね」

「えー?なんだぁ、ゆっくりもしていられないのか・・・」

 残念な振りをしながらも、サリーは、ほっとしているようにも見える。

「訓練って」

 プリンスが興味深げに口を挿む。

「超能力の訓練?遠隔透視とか、その、人心操作、とか・・・」

「あー、プリンス?」

 サリーが右手の指を一本立てて、チッチッ、と左右に振る。

「そういうのはあんまりやらないのよねー。アタシら、もう充分にプロだからさ。やるのは殆ど肉体訓練。あと射撃とか、ね」

 サリーが幾分得意気に言うと、横からラグが苦笑する。

「そうね、たまには能力訓練もしますけどね。自主練といったところですね。ちなみにサリーは通常訓練が大嫌いなんですよ」

「だってぇ・・・余計なトコに筋肉ついちゃうんだもの。イヤだよ、アタシ、ラグやルシェみたいにムキムキ女になるのは」

「そんなボディビルダーの様じゃないわよ。全く、基礎錬成をしっかりやらないと、戦う以上、いつ接近戦になるか分からないから、能力に頼ってばかりいるといつか怪我するわよ」

「ハイハイ。あーあ、こんな綺麗な松林もジゴクの景色になるのか・・・はい、10キロ行くよ!とかバディがまた張り切っちゃうんだよな、直ったら。ラグぅ、手加減してよね」

「ちゃんとやればね。曹長が直るまでは確かに私が教官だから、ちゃんとついて来なさい」

「はあ。分かりましたー、っと」


 遠くから風に乗って波の音が聞こえる。絶え間なく流れて行く風は、波の微かな音と松葉のカサカサと鳴る音、そして時折軋む松の樹の音を運んで心地良く、思わず眠気を誘う。小高い丘の広場で、アッジが何かの草を摘んでは風に乗せて撒き、ラミィは膝を組んで両手で抱え、海を眺めている。

「気になる事を聞いていいかな?」

 眠気を払いたくなったプリンスが声を掛ける。

「なんでしょう?」

 ラグが首を傾げて彼を見る。

「君たち能力者が人の心を『見る』時って、どんな感じなんだろう?」

 するとラグは苦笑する。

「ああ、ちゃんと言っていませんでした。私はノーマル、非、能力者、です。隊長のカマエルや、曹長のバディたちもそうです。能力者は、このサリーやあのラミィたち、若い子たちですよ」

「そうねぇ・・・」

 サリーが言う。

「本当は、あまり気持ちのいいモンじゃないよ。ずっとね、人の心を探ってると、すっごく人間が嫌いになるから。ホントだよ。とってもいい人に見えるのにとんでもない事考えてたり、逆に、人を虫けらの様に殺すヤツが心の中では宗教の事考えてたり。うん、本当は好きじゃない、かも」

 あのアイとの再会以来、くだけた若者言葉を使うのを止めたサリーは、何か内心が変わっている最中なのかもしれない、と、ふとラグは思った。それは成長と呼べるものなのではないか? 何にしても悪い方向ではなさそうなので、正直、ラグはほっとする。サリーは柱に背中を当てながら身体を擦らせて行き、完全に地面に座り込むと、

「うん、好きとかキライとかじゃなく、ちっちゃい時から当たり前の様に人の心を覗いて来たから、ちょっとマヒしてたかもね。でも、マヒさせないと、こっちも影響があるからなぁ。悲しい記憶を持つ人にアクセスすると、ちょっとこっちもブルーだしね。うん、さっき人の心は気持ちのいいものじゃない、と言ったけど、本当は覗いちゃいけないものだから、なんだろうね」

「そうか・・・ごめん、変な事を聞いちゃったね」

 プリンスが謝ると、サリーは、

「ううん。いいよ。因みにプリンスは、とってもキレイな心をしてるよ、これほんと」

「ありがとう、お世辞もうまいね」

「はは、ホントだって。あと、覗くと怖い人も居るよ。隊長なんて覗くもんじゃないよ、あの人の心って底なしの穴みたいだもの」

「穴?」

「そう。何も見えないから、どんどん潜って行く、するとね、とんでもないもの見させられたりするんだ、グロテスクな死体、とか、ジャングルの大蛇、とか・・・うー、思い出しちゃったら鳥肌立っちゃったよ」



 作者より・・・


 長い話をお読み頂き感謝しております。ここからラストまで、アイとプリンス(後藤篤志)の葛藤を語っていきます。前半の恋愛要素が無くなった、とお嘆きの方、お待たせ致しましたw 300年生きる女と、本人の意思に関係なくプリンスとされた男の物語、佳境に向かいます。

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