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第16章(1)〜クールダウン

「ヤホー、お見舞いだよー」

 ノック無しにドアが開かれ、サリーが部屋に駆け込んで来る。

「はい、そこ、病室では静かにして」

 入口に近い壁際から声が掛かる。そこにあるベッドに半身を起し、新聞を読んでいた男が顔を上げずに言ったのだ。

 間口5メートル奥行き10メートルほどの部屋の中、向って右側にベッドが3つ等間隔で並び、男が3人横になっていた。3人とも顔や腕に大きな絆創膏や包帯を巻かれ、一見して怪我人と分かる。しかし部屋の設えは床に擦り切れた絨毯が引かれ、壁が羽目板作りで病室にしては妙な感じがしていた。壁には額に入れられた何かの賞状や集合写真、大きな輸送機の写真などが飾られている。違和感も当然で、この部屋は元々兵舎の談話室、大慌てで3人部屋の病室に仕立てたのだ。

 サリーは部屋の真ん中に立ち止まり、大げさに腰に手をやってきょろきょろすると、

「あれ?ここ病室?おっかしいぞ、ベッドの上には病人じゃなくてウルサイおっさんと、こっち睨んでるコエーおっさんと、なんか暇持て余してるくたびれたおっさんしかいないじゃん」

「こんのヤロー!」

 真ん中のベッドから声が上がる。

「一体誰のせいでこんな姿になったと思ってんだよ!人をさんざ振り回して地面に叩き付けたりバラの茂みにダイブさせたり、挙句の果ては底なし穴に飛び込ませたくせに」

 その男は両足と右腕にギブスを嵌められ、顔も半分が大きな絆創膏、頭には包帯を巻かれ身動きもままならない様子で目だけがサリーを睨んでいる。両足を単純骨折し、右腕は流れ弾により銃創と複雑骨折していたのだ。

「えー?何言ってんだか。こうして生きているのは一体誰のお陰かな?あの地獄から命取られず帰って来たんだから、もっとアリガタがらないとねえ。ホント恩知らずでヤになっちゃうなあ、オイラ」

「なんだと、オイ、この減らず口、いい加減にしろよ。ションベン臭いガキ娘にこちとら我慢して付き合って、なんとかギリギリで生還してるんだ。人を人と思わないで操縦しやがって」

「だってぇ、だからカイトっていうんでしょ?もっとゆっくりにしてたらタチマチ身体が蜂の巣になってたって。ションベン臭いガキに感謝して貰わなきゃ」

「だからなあ、良く聞けよ、このガキ―」

「ねえ、止めなよ大声で、みっともないよ」

 サリーに続いて入って来たアッジがサリーの肘を引っ張る。しかしサリーはお構い無しに真ん中のベッドの怪我人、ザッキと言い争いを続けた。

「ほっときな、アッジ。夫婦めおと漫才って言うんだよ、こういうの」

 アッジの後ろから同じく部屋に入って来たラミィが溜息混じりに言う。

「ああ、良く来たねアッジ」

 2人を無視して、入口で新聞を畳みながらマティが声を掛ける。彼は顔の絆創膏と羽織ったシャツから覗く胸を覆う包帯を除けば、他に怪我らしい怪我は見えない。

「大丈夫?肋骨折れたんでしょ?」

「あ、これか?大丈夫だよ。こんなの毎度の事だし、大して痛い訳じゃないし」

「ごめんね。ボクがもっとうまく操っていたら怪我させなかったのに」

「そんな事ないって。上手だったよ。第一、『レシーバー』をカイトにして走らせる事が出来るんだぜ?アッジは腕を上げたなぁ」

 実際レシーバーを操るのは容易ではない、と言うのが能力者の間では通説だった。

 レシーバーは『タグ』と言われる一種の生体送受信機を脳内に埋め込まれている。人造臓器の技術を応用したタグは極小の送受信機で、脳内に埋め込まれるとおよそ3ヵ月ほどで身体組織に組み込まれる。当初は付属するマイクロバッテリーから給電されるが、やがてバッテリーも溶解して身体組織に呑み込まれ、すると体内を流れる微細な電流をバッテリー代わりとして送受信するのだ。 

 このタグにより思考会話を操ることが出来るレシーバーだが、そのため、これを応用し能力者の気配やアクセスを察知することも出来るようになる。慣れた者になると複数の能力者と同時に会話も出来るし、気配の察知も鋭くなる。しかしその弊害もあり、一番大きなものは操れないことだった。利点がそのまま欠点となる類の事で、能力者の事が生理的に良く分かっているからこそ、操られる恐怖を感じてしまったり、受ける指示を深読みしてしまったり、とにかくうまくいかないことが多いという。

 そのレシーバーの中でもマティは特殊とも言え、カイトになってもうまく操られ、逆に操られたままパイロットの特徴を掴んでサポートしたりも出来る稀な特技を持っていた。それを良く知っていたからこそ、アッジは顔を赤くして、口ごもる。

「それは、その・・・マティが上手だからで・・・ボクなんか、まだまだだし・・・だから・・・」

 マティはベッドから手を伸ばしてアッジの頭を軽く叩くと、

「いいや、アッジはがんばったよ。怖くなかったから。これからもよろしくな」

 アッジはハニカミながらも大きく頷く。

「うん、がんばるよ。もっともっと上手になる」

 窓際には『曹長』バディが相方のラミエルを迎えていた。この3組の中ではペアとして一番経験があり、それは4年ほど前、まだ2人があちらにいた頃から始まっていた。今回もバディは左手薬指の脱臼と右足首の捻挫だけで切り抜けていて、この程度は通常の戦闘でも当たり前の、怪我とは呼べない程度のものだった。バディはラミィの肩をポンと叩き、ラミィは笑顔で頷く。それだけだったが、それは何時もの、また切り抜けた、と言う思いを共有し信頼を確認する大事な儀式だった。

 真ん中のベッドの言い争いは続く。ちなみにザッキとの言い争が激してくると、何故か本来の地の喋り方となるサリーである。

「いっつも俺だけが大怪我だってことが、オマエの下手糞の証明なんだよ!」

「ヘンっだ。それはアンタが図体ばっかりデカくてノータリンでドジだからだよ」

「何言ってやがる。カイトは無意識なんだよ、こっちの意識は関係ないぞ」

「そうじゃないよ。パイロットの腕がよくたって、飛行機の性能がサイテーだって言ってんのよ、アタイはね!」

「なんだと?自分のドジを人のせいにしやがって、オマエな、弘法は筆を選ばずってコトワザしってるか?どんな状況下でも冷静に扱えなきゃ二流なんだよ、ガキ!」

「そっくり返してやるよ!弘法も筆の誤りって言うからね、ちょっとくらい外したからって」

「ヘー!語るに墜ちるてえのはオマエのことだ。筆の誤りって、テメエの間違い、今認めたろ、どうだ?」

「また上げ足とって!何いってんの、筆を選ばずってアンタも自分がダメな筆だって認めたじゃん!」

「このクソがき!」

「エロジジイ!」

「いい加減やめんか馬鹿モン!」

 2人の言い争いが頂点に達した所で『曹長』が天下一品の雷を落とす。たちまち部屋は静まり、サリーはふてくされてプイっとそっぽを向き、ザッキは済まなそうにバディに目線を送ると天井を睨んだ。直後、張り詰めた緊張を解したのもバディだった。

「おい、外からワゴンの音がするぞ、アレは朝食が運ばれている音だと言う事に賭けるやつは居ないか?居ないだろうな、俺はあの音を何度も聞いている。おい、サリー、アッジ。テーブルをベッドの横に持って来てくれ。この国の軍隊の飯は、うまいぞ。うーん、もう匂って来ないか?ベーコン、フライドポテト、スクランブルドエッグやフライドエッグ、パンケーキ、ソーセージ。さあ、掛かれ!」

 アッジは左側の壁に凭せ掛けてあった折り畳みテーブルを開き、マティのベッドに寄せる。サリーも渋々、同じようにザッキのベッドにテーブルを持って行った。

 曹長には分かっている。サリーにせよザッキにせよ『クーリングダウン』をしているのだ。

 2人だけでなく、若い能力者たちはもう、殺し合いに慣れ始めてしまっている。ザッキやマティは軍人上がりなので致し方ないが、サリーら、この子たちはまだ10代なのだ。

 サリーたちは確かに兵器として『造られた』のかも知れない。軍では彼ら能力者を兵器としてのみ扱い、人間として扱っていない傾向が強く見られた。

 最初はバディも兵器に愛情が湧かないための措置か、と思っていた。が、今ではその実、軍は怖かったのではないか、とバディは思う。自分たちが造り出した生きる兵器と、まるでライオンを恐れる調教師のような関係になってしまった。調教師とライオンは互いに信頼関係で結ばれなくてはならないのに。そうした事が、今、曹長でなくバディとして彼がここにいる遠因となっている。

 ともかく、彼らも人間なのだ。それも血に飢えた精神異常者でもなく、まっとうな、ごく普通の幸せを願った人間なのだ。戦争と言う名の殺し合いが好きになるはずもなく、ただ単純に自分を押し殺し、仕方がないものとして受け入れる。そうして慣れて行くのだ、かつてのバディの様に。

 普通の人間はいくら慣れたとはいえ、人を傷付け殺した後は罪悪感で満たされる。それは恐ろしい悪夢となり精神にダメージを与える。そうならない為に意識してか無意識かは関係なく、必ず人は『浄化』する行動を取る。 

 目の前の若き優秀な能力者ラミィは、難しい哲学書を読み漁るのだと言う。アッジは寝る時、本人は気付いていないが指しゃぶりをすると言う。そしてサリーはザッキとの『ケンカ』だ。皆、なんとか精神のバランスを取ろうとしているのだ。

 悲惨な戦場を渡り歩いて来た曹長、バディはそんな彼らがとても不憫だった。

 ドアがノックされ、料理を入れたワゴンが白衣を着た兵士によって運び込まれる。食器を能力者たちが並べ、怪我人である非能力者の前に並べている。その光景に目を細めながら、バディは声を掛ける。

「おい、お前らも朝飯、まだなんだろ?うまそうだろ、ここで喰って行けよ、お代わりは一杯あるし、当然お前らの分もな」

「え?でも、悪いよ、曹長」

「遠慮するなアッジ。いや、な、みんなで喰ったほうがもっと旨くなるだろ? さあ、喰おうぜ」

「うん!分かった」



 対象集団Aことバディたち3名のカイトや、ルシェが帰還の出口として使った整備格納庫。昨夜から早朝にかけての騒ぎが嘘のように静まった整備格納庫は、再び『出口』として使われようとしていた。

 しかし、今回は迎える人間は3名だけ。ルシェと皮肉の応酬をした将軍と副官が2名、格納庫の壁に寄って立っている。昨夜はエアクッションやウレタンの山が築かれていたが、今は綺麗に片付けられ、ガランとした空間は空調が入っているとはいえ室温30度を超え、待っている3人は額に薄っすら汗を浮かべていた。

 既に待つこと15分。ようやく格納庫中央に白い霧が漂った。やがて水鏡の奥に見えた影は3つ。ちょうど大中小、右から左へ並んで近付いてくる。待ち受ける3名の内、一番若い大尉が念のため腰のホルスターのホックを外し、銃把に手を掛けた。3つの影は揺らめく膜を破ってこちらに踏み出し、その姿を確認した大尉はさり気なくホルスターのホックを掛ける。将軍は満面の笑みを浮かべて3人に歩み寄り、事情を知らない人間が見たのなら非常に奇異な事に、大中小の小に声を掛ける。

「お帰りなさい、『将軍』」

「わざわざのお出迎え、恐縮です、将軍」

 2人はしっかりと握手する。

昨夜と違い、迎えた将軍は自国語を話していた。迎えられた『将軍』、『小』は15歳位の少年、黒いTシャツにジーンズというラフな格好をしている。しかし、そのジーンズの背中に22口径が隠されていることを迎えた将軍は承知していた。

 他の2名『大』は白いシャツにボータイ、グレーのスラックス姿で、60代にしては背の高い白髪の男、そして『中』は水色の膝丈の軽いスカートとクリーム色のブラウスの17、8の女だった。

「全ては『将軍』の想定通りに推移しましたね」

「それは将軍始め貴国の援助無しでは為し遂げられませんでしたよ、感謝しております」

 2人はまだ手を握り合ったまま、話を続ける。

「お安い御用です、いつでもご協力させて頂きますよ。我が国もいつか『将軍』に助けて頂くこともあるでしょうから」

「いや、貴国と我々では雲泥の差ですからね。貴国のような世界の中心に輝くような国家が、数名の反逆者の力に頼るとも思えませんし」

「ご謙遜を。『将軍』はご自身の持つ力を軽視しておりますね。敢えて軽視しているのか否かは別として」

「ハハ、手厳しいですね、将軍。力とは、使うものがその限界を知っているのといないのとでは諸刃となるもの。それに将軍の仰る『力』なるものは、私が扱えるものでもありません」

 握手を続ける2人は、暑さばかりでない理由で、全身汗 まみれとなっていた。

「その『力』を将来、正義のためにお使い頂けるものと期待しておりますよ、『将軍』」

「正義、ですか。ご期待に背かぬよう心得こころしておきましょう。ところで・・・」

 少年は、汗に濡れる自分と将軍の手を更に握り直すと、

「その、申し訳ありませんが、私を『将軍』と呼ぶのは控えて頂けませんか?ただ、『タケサキ』と呼び捨て置いて頂ければありがたいのですが」

「ほう。どうしてか伺ってもよろしいですか?『将軍』」

「我々は国家に反し、それと争う身。将軍と違い忠誠を誓う身ではありません。将校とは属する国体に対し身を賭して盾となる兵を指揮し、やがては自らも壁となる者。私はその呼び名にふさわしい者とは言えません」

 すると将軍はいやに大声で笑いながら、

「これは面白い。いや、失礼だが、貴方の部下に同じ趣旨の事を言われたものでね」

「そうですか。『シグマ』ですか?将軍」

「そう、彼女だ。『大佐』と呼んだら叱られてしまいましたよ、『将軍』」

「それは失礼しました。アレは単独行動に慣れておりまして、少々独立独歩の気がありますので、ご気分を損ねた点は私が陳謝致します」

「いや、よい部下をお持ちだ。『大佐』の様な優れた人材が我が軍にも居れば、テロとの戦いももう少し違った展開を期待出来ると思うが」

「買い被りですよ、将軍。それにしても彼女の階級までご存知とは、流石に情報力が優れてらっしゃる」

「いや、それほどでも・・・」

 何故か将軍は顔を真っ赤にし軽く震え出している。

「我々の事は、なんなりとお調べ頂いて構いません。当然、我々の居室での会話もお聞き頂いていると思いますが、我々は気にしませんので、ご随意に。それも『盟約』の一部であると、貴国の権利と承知しておりますのでね」

 少年は凄みのある笑顔を浮かべると、続けて、

「さて、将軍。その部下たちに会いに行ってもよろしいでしょうか?」

「こ、これは失礼した。こちらのエマーソン中佐が案内しますので、何かありましたら、何なりと中佐に申し伝えて下さい」

「何から何までお気遣い頂きありがとうございます。では、これで、ブラスコビッツ中将」

「では後ほど。竹崎准将」

 ようやく2人は握手を解く。副官の中佐の案内で3人の訪問者は格納庫を後にして行く。


「随分と長いエールの交換だったが」

 小声で初老の男が少年に耳打つ。その声は笑い含みだ。

「いやなに。彼は力比べがお好きなようだったので、お付き合いしたまで。何事も社交辞令となりうると言う事さ」

 少年は額の汗を右手で拭ったが、先程まで将軍と握手を続けたその掌は赤く青く変色するほどに手の跡が付いていた。


 中佐の先導で3人が去ると将軍は大きく溜息を付き、右手を激しく振りながら顔をしかめる。

「あの野郎、力でも負けはしない、と挑んで来おった。食えないヤツだ」

 湾岸戦争ではステルス戦闘爆撃機の飛行中隊を率いた在日空軍司令官は、滅多に部下に見せない厳しい表情で、副官の大尉の前にもかかわらず感情を露にし床に唾を吐いた。


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