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第15章(後)〜後始末

 男女の案内係はルシェ、サリー、ラミィ、アッジの能力者4人を伴って廊下を先へ向う。カマボコ兵舎のほぼ中央部、ブリーフティングに使われると思しき会議室の向かいの部屋にプリンスは寝かされていた。そこは下士官の居室で、2人部屋、入口は憲兵の腕章を巻いたヘルメット姿の兵士2名が固めていた。男が符丁を言うと、憲兵の片割れがドアをノックする。

「プリーズ、ウェイト?」

 女性の声が答え、暫くしてドアを開けたのは、皆と同じトレーニングウェア姿のラグだった。

「お帰りなさい、ルシェ・・・お疲れ様、みんな」

 ラグは深い吐息を付くと、微笑を浮かべて皆を迎えた。

「あの、プ、じゃなかったオメガ、見てもいい?」

 サリーがおずおずと尋ねる。ラグは皆の顔を見廻すと、

「ええ、勿論よ。ただ、まだ寝ているから、静かにね」

 男女の案内係りはドアの外に残り、4人はラグに招き入れられる。

 下士官の居室は、ロッカーやデスクが取り払われ、二段ベッドも片付けられて病院用ベッドに替えられている。そのベッドにはプリンスが寝かされていて、心電計などの結線がベッドサイドモニタに繋がれ、控えめな音で電子音が安静状態を伝えている。ラグはモニタの横に立ち、ルシェ以外の3人は恐る恐るといった感じでベッドを囲む。ルシェはドア横の壁に凭れ掛かって腕を組んだ。

「・・・良く寝ているね」

 アッジが呟くように言う。

「クスリを打たれているからね」

 ラグが答えると、アッジは、

「大丈夫なの?ちゃんと起きる?」

「うん、大丈夫よ。深い眠りに誘うだけのクスリで、そうね、後3、4時間で起きると思うわ。こちらの軍医も寝かしておくだけで構わないだろう、と言ってくれたわ」

「よかった・・・」

 アッジは安心して頷くと大きな欠伸をした。

「アッジ、寝てもいいんだよ」

 ラミィが言うとアッジは頭を振って、

「プリンスが起きるまで、起きてるよ」

「でも、パンピーに見えるよねぇ。アイ様はどこにラブッたのかなぁ?」

「サリー、ちゃんと言ってよ、頭痛くなるから。それにそのコトバ、ちょっと古いよ」

 サリーが言うとラミィが突っ込む。

「悪かったね、オイラこっちのガッコ行って見たいんだもん。あんなに自由でやりたい放題、カッコもコトバも、そんなの向こうに無いもん」

 サリーが口を尖らすと、ラグは笑いながら、

「ほら、煩くしないで。プリンスは普通の男の人よ。特別なんて無いわ。だって好きになるのに理由なんて無いでしょ?」

「うーん・・・オイラ、マジ好きになったことないから分からないや」

 言葉が途切れ、暫く皆は眠るプリンスを見つめていた。

 ラグを含め能力者4人も、感情を心で感じるのを抑制する訓練を積んでいるので普段なかなか本音は思い浮かべないものだが、この時は違った。皆黙っていて思考会話も使っていなかったが無言の中、やり遂げた達成感や亡くなった者たちへの追憶、ここまでの記憶などが共通の想いとして静かに流れていた。ルシェですらその共感の波のようなものに思考を重ね、じっとプリンスを見ている。アッジは既に夢の中に入って行ったかのように、目は開いていたものの、仲間意識と幸福感に包まれ、プリンスのベッドの足元の柵に凭れて身体を前後に揺らせている。ストイックで生真面目なラミィは、彼の所為ではないものの、一度は守り切れなかったプリンスが目の前に居る現実と達成感を噛み締めていた。そしてラグは亡くなった仲間や、今までの数々の犠牲を想い、思わず涙を浮かべている自分に気付いた。 

 静かで宗教的な時間は、ものの5分程度だった。しかしサリーは、自分の存在意義をはっきり意識し出した瞬間として、後々この時の事を思い出し力を得る事になる。そして沈黙を破ったのもサリーだったが、それは今の皆の気持ちを代表するものだった。

「よかったね、これでやっと始まるんだね。アイ様、喜んでくれるよ、きっと」



 分厚い防護服を着た2名の爆発物処理班が、最後のチェック工程を終えると両手を上に挙げ、合図する。息を詰めて見守っていた廊下の人間たちは思い思いに緊張を解すと、廊下に置かれた仮設モニター画面の前から離れて部屋の中に入った。

「どうかな、何か掴めたかな?」

 昨夜はその後一睡もせず長時間車の中で座っていて、少々くたびれた感じの竹崎が、処理班の班長に聞く。

「ええ、大方のところは。詳しい事は後で中身を見て、組成検査して見ないことには解りませんがね」

「では、想像通りのものかな?」

 班長はフェイスガードを跳ね上げ、額の汗を手の甲で拭うと、

「少なくとも何かの発信装置かと。保安装置セキュリティが自爆タイプでなく、発火タイプだったので、復元は難しいと思われますがね。研究開発部の誰かがこいつと同じ研究をしているでしょうから、そいつ等に見せればもっと良く分かるでしょうね、教授」

「自爆して貰った方が良かった、と言うことかね?」

「左様で。この大きさで装置を破壊と言ってもタカが知れています。爆破というのは意外と証拠が残るので。破片は結局拾い集めれば元に戻るのですからね。爆破で再生不能となる理由の殆どが、爆発時の高温や燃焼によるのですよ。ですからコイツのように高温燃焼発火装置の方が始末に負えない。コンテナも変形するほどの高温で内部焼失してますからね、中身はすべてドロドロですよ」

「分かった。ありがとう、ご苦労様」

 処理班が装備を担ぎ、全員部屋を出て行くと、残ったのは4人の男だった。

「するとコイツが『幻』を見せていた?」

 ネクタイ姿の上に作業服を着た40代の男が後ろから竹崎に聞く。

「ええ。先月ご報告した通り、我々はこれのことを『メデューサ』と呼んでいます。こちらの実験の方も最終段階には入っています。能力者への対抗手段としては少々珍奇なものですので、すっかり我々のオリジナルだと思っておりました。まさか他でも創られていたとは想定外でして」

 竹崎は幾分媚びる様な声音で男に対する。男は冷たい一瞥を竹崎に向けると、

「報告書は一部だけでいい、直接私に貰おう」

「分かりました、所長」

 男は振り返ることなく部屋を出てエレベーターへ向った。

「さて、報告書を書かねばならなくなった。ミカエル、君がどう『見えて』いたのか、君自身の言葉で報告書を私に上げて欲しい」

 『所長』がエレベーターに乗るのを確認した後、竹崎はミカエルに声を掛ける。ミカエルは、ドアの横に落ちた状態のまま現状保全してある黒いボックスを睨んでいる。その熱で奇妙に変色し変形したボックスを睨んだまま答えない。

「ミカエル!」

 珍しく竹崎が声を荒げると、

「・・・はい、教授」

 振り向きもせず、低い声でミカエルが答える。

「君がしてやられた事に怒るのは良く分かるが、君が課せられた責任を全うせず、勝手な行動を取った結果でもある事を忘れてはいかんよ」

 竹崎はゆっくりと噛み締めるように言う。

「とりあえずお咎めは勘弁して貰ったのだから、少しは反省しないといけないよ。君は軍人なのだから、本来なら軍法会議は免れない所だったからね。君の得難い才能と秤に掛けた結果とも言えるが、いつまでも君のワガママが通用するわけでもあるまい。暫く大人しくする事だ」

 無言のミカエルを一方的に叱咤すると、竹崎は後ろに多村を従え作戦室を出て行った。

 ミカエルはじっとボックスを睨んだまま、いつまでも無言で佇んでいた。


 竹崎が多村を従え、能力者作戦室の一階へ下りると、そこには迷彩服姿の男女数人を従えたラファエルが待っていた。

「やあ、ラファエル」

 ラファエルは足元に置かれた一見模型の戦車のような物体を指差して、

「『ゴリアテ』で第一作戦室の天井を調べました。爆発物処理班の邪魔はしたく無かったですから」

 それは軍の無人偵察ロボットで、『九七式極小遠隔無人偵察車二型』との厳めしい正式名があったが、誰もそうは呼ばない。第二次大戦でドイツ軍が多用したいわゆる豆戦車に似ている事から、『ゴリアテ』の愛称で呼ばれる事が多い。しかしこちらのゴリアテは遠隔操縦爆弾の本家とは違い、純粋に偵察用で強化プラスティックとアルミ製のボディのお陰で十キロと軽く、ゴムのキャタピラでどんなに狭く起伏に富んだ場所でも行動出来た。

「それで『小さな巨人』は何を教えてくれたかね?」

 竹崎が皮肉っぽく聴くと、

「教授のご想像通りの事です」

「そうか、やはり」

 竹崎が吐息を付く。ラファエルは続けて、

「天井の配管に微かな靴跡が数ヶ所、床に埃がハゲた所も数ヶ所、そして配管が重なって死角となった所に明らかに人間が座った痕跡がありました。そこに居たに違いありません」

「君の結論を一応言ってくれたまえ」

「一つは、能力者サイがサイの気配に同化するカメレオン効果です。ご存知のように、ここの作戦室はそれ自体が精神交信の送受信機ですからね。サイが精神集中出来る様、アクティブな雑音などはフィルタ濾過され、更に体内神経交信の微弱電流を探り易いようにデフォルメ処理していますから、ここにいたあの2人にも外から探ったミカエルにも、内部に居た敵を発見することが出来なかった。いや正確には、中の2人は、敵の気配をミカエルの気配と感じ、外のミカエルは2人の気配と思った。そういうことです。更に我々の『メデューサ』と同じ機能を持つマシンによって目晦まし効果が加わる。ある意味、グリックで一番の安全地帯といえるここに居たサイは、それに乗じて構内の混乱を煽っていた」

「正に絵に描いた灯台元暗し、という訳だね。奴らは大胆にも虎穴にゲートを開きサイを一人潜ませた、それもトップクラスだ。おまけに目晦ましまで仕掛けて」

「その通りです」

「分かったよ、ありがとう」

 竹崎は普段通りを演じていたが、竹崎が思うほどその演技は成功せず、それが痛々しいほど垣間見えていた。

「それと」

 ラファエルは一つ咳払いし、迷彩服姿の男女や黒服を身振りで遠ざける。そして竹崎をエントランスロビーの隅へ誘うと、声を潜めて、

「広報が今回の報道について方針を伝えて来ました」

「ほう。で、どういう話になったのかな?」

 竹崎がラファエルに尋ねると、

「はい。内容は公開出来ない実験中に爆発事故が起き十数名が死亡、怪我人多数が出た、との発表で行くそうです」

「なるほど。そして実は、と来る訳だね?」

「仰る通りです。ネット上に不運な事故の裏に隠された反乱未遂、という噂が流される、とのことです。某国による工作の結果、との噂も同時に流れ暫く放置し抗議が来た段階で否定する。情報通信省のプロジェクトチームが当るそうですが・・・」

「ああ、人心掌握研究チームだ。それに公安の対外情報部も咬んでいるね。連中、腕試しが出来るんで、さぞや張り切っていることだろう。やれやれ、あまり派手にやって欲しくはないな。やり過ぎは嘘を浮き彫りにするからね」

「もうひとつ、厄介な事がありますが」

「なんだね?」

「ミカエルとアウリエルの行動で、軍と武装警察がクレームを付けて来ているそうです。ミカエルに対しては既に行動規範と命令逸脱についての軍法会議開催を主張して来ましたが、それ以外にアウリエル共々身内の殺害容疑が掛けられています。ガブリエルに聞きましたが、ゾンビを何人か殺害したことは確かです。どう致しますか?」

 竹崎は後ろに控える多村を振り返ると、

「多村君、戦闘行動中のアクシデントについては、君の方が詳しい。意見を伺いたいが」

 多村は冷静に、

「交戦中における自己防衛の基準は、その時下されていた命令に拠ります。この点で法務部が今回のケースをどう解釈するかで決まります。解釈次第で逮捕される可能性があります」

「では、君が法務官ならどう判断する?」

「判断材料が少ないですから。正確には証拠不十分の可能性が高いでしょう。しかし軍、武装警察共に感情論もありますので起訴に持ち込む可能性はあります」

「では、仕方ない。『機保法三十九条』を適用するよう上にお願いするしかないかな?」

「項二、特別の保護、ですか?そうですね。では、私から下話を?」

「そうして頂けるとありがたい」

 多村は表情を変えずに目配せだけで、竹崎に何かを伝える。完全に蚊帳の外に置かれたラファエルは、

「しかし、二人にはもう一度教育が必要でしょうね、教授。余りにも自己中心的で、ある意味子供染みた行動が、今回の大損害を与えた、そうではありませんか?」

 しかし、竹崎は温和な装いを脱ぎ捨て、無表情でラファエルに対し、

「彼らは自分なりに任務を果たしたのだよ、ラファエル。君はあの時一体何をしていたのかね?」

 ラファエルは忽ち赤面し、直ぐに、

「警報直後自室で待機していましたが、私の行動に何か問題があったのでしょうか?」

 竹崎は表情を緩めない。

「そうか、それはすまんな。人それぞれ自分に与えられた範囲で己の本分を尽くす。そういうことだね、ラファエル君。ありがとう、ではまた後で」

「でも教授・・・」

 ラファエルの声は去って行く竹崎を振り向かせる事はなかった。その後を多村が追うと周りに居た黒服や迷彩服姿の者達も後を追って行く。ラファエルだけが一人、肩で息をしながら立ち尽していた。


「今日を境に、」

 竹崎は真直ぐ前を見つめて歩きながら言う。

「グリックは変わる。引き続き開発と研究は断固続行する。隠蔽と保安は強化する。リバーサーは貴重な人的資源だ。超能力研究は軍のユニークな思い付きだったかもしれんが、これもリバース同様日本を強化する要素としてさらに研究を続けなくてはなるまい。エンジェルがリバーサーの拉致洗脳を本格化する前にこちらの態勢を強固にする。奴らにやりたい放題やられてはいかん。本当の敵は奴らではない。ここで後退すれば致命的だ」

 竹崎の言葉は周囲の者には、まるで何かの宣言でもあるように聞こえた。

「多村君」

 竹崎は立ち止まるとやや後ろに続いていた多村を振り返り、

「これからも・・・いや、これまで以上によろしく頼む」

 多村は無言で頷く。グリックがエンジェルに簡単にしてやられ、フェイクだったとはいえ、あろうことかレイにまで迫られたことは、今後軍や警察をも巻き込んでの責任論や、グリックの存亡に係わる大問題となるのは必至だった。このような逆風の中、竹崎の言を実行するには中央へ、ひいては内閣や軍への働き掛けをこれまで以上に強めなくてはならないだろう。

 しかし、多村はそうするつもりだった。規律と各組織の思惑を超えた国家としての意志、それを具現することが出来れば、現時点では竹崎の夢想に過ぎない戦略は国家の牙となるはずだった。それは周囲全てが敵となりうる、この奇妙で不安定な冷戦構造下の世界からこの国を守る事となる。そして彼は喜んでそれに協力するだろう。国家の意志統一に欠け、個々人の主義主張にかまけた国がテロリスト達に支配され崩壊し、大国の思惑により戦場となった例を彼は嫌というほど見て来た。ある時は兵士として、またある時は外交官として。祖国がそんな屈辱を味わうなどあってはならない。

 多村は、この不自然に捻じ曲がった不安定な世界における典型的な愛国者だった。


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