第14章(3)〜地下4階の非情
★グリックの施設見取図です。作品理解の参考にどうぞ
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国道沿いの雑木林の中。グリックを包囲する形で展開する警護隊は、グリック内部での大混乱を困惑しながらただ見ているだけだった。
管轄の違い、指揮命令の混乱そして軍、警察機構、グリックとの三者間に流れる反目その全てのツケがこうした行動に現われていた。但し、突然背後から攻撃されたセクター11沿いの国道に展開していた部隊だけは、国道の側溝や植え込みなどの数少ない遮蔽物の陰から得体の知れぬ敵に向って防戦中だった。
その『敵』なるものが実は、応援に駆け付けた筈の警護隊の二次待機部隊で、その指揮官や一部の隊員がグリックが『敵』の本拠地で自分達が攻撃に向った部隊である、と擦り込まれ『ゾンビ』化したことによる同士討ちだったことが判明したのは全てが終わった後始末の段階だった。
だが、グリックの北側、正門側に延びる国道は今や静かなもので、混乱し矛盾した情報や指令に右往左往する30分が過ぎると、末端の指揮を取る下士官達は自分達が動かない事が混乱を避ける唯一の方法、と悟り、警戒怠りなくグリックにも背後の森にも監視を置いて待機を続けていた。
その中でセクター2の前、この騒動の最初に中心となった地区を眺める一角を任された分隊は違っていた。この者たちは何故か森の方を警戒する事が無かった。分隊総勢13名全てが国道の向こう、グリックの方を向いており、自分達が展開する国道脇の空地、その直ぐ後ろに広がる多摩丘陵の自然林の方を振り返る者すらいない。その迷彩服姿の兵士たちは、まるで自宅か宿営の食堂にでも居るように寛いだ表情で、緊張感がまるで見られなかった。
そのすぐ後ろの森。目前に背を見せて展開する10人ほどの兵士を、地面に伏せた8つの目が見つめている。その中の一対の眼がちらっともう一対の眼を捉える。
(最後の一人、完成、っと。 これでいいですか?)
― よし、よくやったな、サリエル。じゃあ、帰ろう。ラミエル?
(了解。ウァンリェン・・・ウァンリェン・・・こちらラミエル)
(はい、聞こえてます、ラミィ。でもすこし、待ってね・・・)
(はい、待ちます)
(・・・はい、お待たせ、いいですよ?)
(アルファチーム、帰ります。切符の手配を願います)
(了解しました、直ぐに開けます。ポイントは変わりませんね?)
(変りません)
(じゃあ、直ぐ後ろに開けます。そう、一分後に、どうぞ)
(ありがとう)
(ああ、それとたった今、デルタが帰って来ました。オメガも寝ているけれど無事です。その前にベータも全員無事帰還。良かったですね)
(そうですか、ホントによかった!)
(あなたたちも気を付けて)
(はい、本当にありがとう。では、また後で。・・・隊長?)
― どうだい?
(50秒後に直ぐ裏に開きます)
― よろしい。全員、スタンバイ。
(あと、ベータ、デルタ、オメガ全て無事に『あちら』へ渡ったそうです)
― そうか、それはよかった。では、我々も気を抜かないで行こう。
(・・・ねえさん、大丈夫かな)
― シグマの心配は後だ、サリエル。今は帰る事だけ考えていろ。
(了解・・・)
林の中、見守る彼らの向こうにうっすらと棚引く霧が現われていた。
ルームAのある隔離実験棟。警報により息を潜めて各自の個室や最寄の職場に閉じ篭った研究者や事務職はいるのだが、表向き警備の者は誰も見えず、無人の施設のように見える。そこに最初に辿り着いたのは能力者の二人だった。
「そっちじゃない。階段からいくわよ」
ジブがエレベーターに向おうとするのを止め、アウリは地下へと下る階段の入口へ進む。入口の鉄扉の横にある掌紋認証装置でロックを解除し、階段を二人で駆け降りる。アウリが先に立ち、ジブはおっかなびっくりといった感じで後ろに続く。
エレベーターを使わなかったのは何かの『罠』を避けたかったためだが、階段の方も最重要区域となる地下2階以下に仕掛けられた侵入者防止のトラップを決められた手順で解除する、という急ぐ者にとっては実にイライラすることもあった。
やっと地下4階に辿り着き、最後の検問とも言える手順通りに3つある認証装置をクリアしなければ音響閃光弾が炸裂、侵入者を行動不能にするトラップが作動するドアを無事開き廊下へと出る。
アウリは実戦体験も深く、すぐ飛び出すような真似をせず、角からゆっくりと先を覗いて見る。その廊下の先、30メートルほどの所にルームAがある。その前に2名の黒服がきっちりと立ち番しているのが見えた。
その内の一人が、ジブも良く知っている何時も微笑を絶やさないジブにも愛想良くしてくれる男だったので、ジブは潜めた息を吐き出すようにすると先に立って歩き出した。すかさずアウリがその肩を押さえ、角から出る前に止める。
(どうして?)
(いいから私に任せて。油断しては駄目、直ぐ傍に居て。いい?)
そして廊下へ出ると、大きな声で、
「そこの警備の者!」
と声を掛けた。
すると二人とも彼らの方へくるりと振り向くと、ジブお気に入りの黒服が開けっ広げな笑顔で手を上げ挨拶をするような仕草をする。その直後・・・ジブにも分かった。
一瞬、ジブは込み上げる何かを感じたが、零コンマ何秒かの時間でアウリに続き元の階段の入口の切れ込みへと飛び込む。直ぐ後を、まるでミシンで縫い付けるかのような短機関銃の射線が廊下と壁を打ち抜き、壁の破片を2人に被せる。
「こんな所にまで」
言い差すジブをアウリは指一本立てて止め、じっと何かを考え込むかのような様子を見せた。すると、何かの獰猛な動物の唸り声のような恐ろしげな声が廊下の先から聞こえると、突然短機関銃の射撃音が重なり合う。
「アウリ、やめて!」
その音にジブの叫びが虚しく重なった。
耳に残響が残る中、射撃は止み、アウリはすくっと立ち上がると、今度は堂々と廊下の真ん中へ歩き出す。後から力なくジブも続き、
「なんで・・・」
と呟く。アウリは前を向いたまま、
「『ゾンビ』を解くのは時間が掛かる。オイ!しっかりしろ、ジブリール!今は何が優先すると思う?」
アウリは何時に無く激しく言い放つと、早足で廊下を進み、お互いの銃でズタズタの遺体と成り果てた黒服2名を見遣ること無く跨いだ。
そしてその遺体の前、ルームAのドアパネルにタッチする。しかし、電源が落ちたドアはピクリともしなかった。アウリが舌打ちをして辺りを探るようにするのと、カチリッと音がすると共にドアパネルが点灯するのがほぼ同時だった。アウリは肩を竦めると、徐にドアパネルをタッチ、ドアは音も無く横へと開いた。
アウリはちらっとジブを見遣るが、ジブは顔面蒼白で2人の無惨な姿を悲しげに見ていた。アウリは何も言わずに今度は慎重に部屋の中を覗き、するりと入り込む。そこには若い男が一人だけ、ベッドの端に腰掛け、空ろな目を何も無い壁に向け、聞き取れない呟きを繰り返していた。彼の腰掛けるベッドは毛布が跳ね除けられ、そこに寝ていた筈の人物は消えていた。
結果は既に部屋に入る前に予感されてはいたが、実際に目にすると失望感は大きく、普段は滅多に感情を露にしない彼女もこの時は思わず、
「Shit!」
と吐き捨て、廊下へと出た。ジブは部屋とは反対側の廊下の壁に寄り掛かり、肩で息をしていた。アウリは醒めた表情のままそれを見ていたが、やがて、
「さあ、行こうか。もう、ここで出来る事もない」
ジブの肩に手を掛けると、先へと促す。
その時、階段のドアが開き、4、5人の男が飛び出し、先頭に居た男が短機関銃であわや2人をなぎ倒す寸前だったが辛くも止めて、
「二人とも隅に寄れ!」
と叫ぶ。そして走り寄ると2人を押しのけるようにしてルームAへと入って行く。後に続く男達も急ぎ足でルームAまで来て、その内の2人が外に倒れる同僚を調べていたが、やがて中から先程の男がよろめく様に出てくると、立ち上がった。
「何があった?」
男は汗だくで青い顔をしながらアウリに尋ねた。アウリは軽く頷くと、
「私達もつい5分ほど前に来たばかり。既にプリンスは居なかった。最初、部屋の電源は落ちていたけれど、そちらで復帰しました?」
「ああ、メインコントロールで復帰したようだ」
「そう・・・中にはあの」
と黒服2人に抱えられる様にして出て来た例の若い男を顎で示して、
「男一人が居た。見ての通り暗示に掛けられ催眠状態になっている。後で私が解いて上げるから―」
「そんなことはいい!何があったんだ!」
「中に『ゲート』を開いて連れ出した。邪魔な見張りは外2人を『ゾンビ』化、中はこの有様。ここの電源を落としたのは、メインコントロールの誰か?」
「そうだ」
するとアウリは汗だくの中年の男、オカダに、
「そちらも操ったのね。私達は、引っ掛けられたの。その原因は、同時に『ゲート』が存在した事。ここと、パレスとに。次々にゲートを開いたのはリヴァイアサンが2人以上居た、ということ。アイ様だけでは出来ない。普通そんな事考え付かないものね。他の国の方が加わっていたのは確実。まさかとは思うけど、レイ様がやったのではないのよね?」
「・・・それはない、と、思う・・・解った。ありがとう、もういい・・・」
オカダは肩を落とし何か呟いたが、そのままくるりと反対側を向くと、廊下の外れのエレベーターへと向う。
「あ、の・・・この後はどうしたら・・・」
オカダに付いて来た白衣の男が声を掛けたが、オカダは全く反応しなかった。同じく同行して来た黒服の一人が白衣の腕に触れ、気を引くと首を横に振ってそれ以上言わせなかった。
オカダはエレベーターを呼ぶと一人それに乗り、ドアが閉じる瞬間、彼らの方を見て頷いたように見えた。ドアが閉じてその姿を隠す。
黒服が我に帰ると、携帯通信機に、
「急いで一班作ってこちらに廻せ。更にセクター6内を捜査、ゾンビ化した人間がいないか、部屋に閉じ篭っている人間を含めて全てチェックしろ・・・」
アウリはジブを促し、ゆっくりと廊下を階段へ向う。廊下を階段のドアの前まで来ると、ふと足を止め目を閉じたが、直ぐにジブへ、これは思考会話で、
(さ、帰ろう。もうこれ以上何も無い、と思う)
(・・・今、死んだよね・・・)
(気付いたか・・・うん・・・責任を取ったのよ。どうせ生きていたとしても直ぐに逮捕されて、更に上は全てあの人の所為にして、秘密の軍法会議かなんかで闇に葬られるだけだから。恥を雪ぐなら今しかないもの)
(・・・ボク、疲れちゃったよ。なんか、頭、イタイ・・・)
(また熱出てるよね、ジブ。早く宿舎へ行こう)
(でも、まだ残ってるよ、一人)
するとアウリは、フラフラっと身体を泳がせているジブの隣へ寄り、肩をジブの左脇へ入れて抱えるようにすると、
(それはいいのよ、ジブ。だって彼は言ってたじゃない、楽しみにしていたって。任せておけばいいよ。全く意味が無いけれどね。こんな時に個人的感情を優先するなんて・・・まあ、いいわ。もう手遅れだもの)
既に目が虚ろに成りつつあるジブを支え、優しく労わりながらアウリは長い地上への階段をゆっくりと登って行った。




