第14章(2)〜発覚
★グリックの施設見取図です。作品理解の参考にどうぞ
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ミカエルはもう笑っては居なかった。 愛車をグリック包囲の警護隊の列の前、相変わらずのスピードで駆ける。 そして国道から十字に交わった都道へ急ハンドルを切って入り込み、前方に煌々と照らされたゲートが見えて来ると、その付近にも二重に取り巻いていた警護隊の列へ横付ける。 ミカエルは、銃を構えながら飛び出した、迷彩服姿の兵士達に向かって早口で、
「あのさ、今夜は悪党が多いから、悪いけど盗まれない様に見ていて貰えない?」
呆れる隊員たちを尻目にミカエルは走り出す。 グリックの裏口ともいえる搬出入ゲートに飛び込むと血気立ったゲートの保安部員にIDを渡す。 最初は銃を押し付けんばかりにしていた保安部員も、ID表示を見るなり慌てて敬礼する。
ミカエルはその男からIDをひったくると、そのまま構内へと駆け込んだ。 この地区はセクター1。 食料品や事務用品、リネン類から燃料まで、グリック維持のための消耗品類の倉庫や貯蔵施設が並んでいる。 殆ど全速力で構内を駆け抜けるミカエルが目指していたのは作戦室やパレス地区ではなく、隔離実験棟でもなかった。
― やってくれるよな、全く。
ミカエルはつい数分前にルシェを見つけたのだった。 勿論彼は、パレス地区での騒ぎには気付いている。 それ以上に、ルームAに何故か『ゲート』が開かれたらしい事にも気付いていた。 だが、ミカエルを慌てさせたのはそのことではなく、ルシェがいつの間にかグリック構内で活動していた事だった。
― なぜだ? 『ゲート』から入って来たのなら『見えた』はずなのに。
彼は走りながら悔しさを滲ませる。
― バルーンメーカーか? いや、自分も能力を発揮出来ない・・・工作を続けながら気配を完全に消し去る事は、いくらアイツでも出来る訳がない。
考えれば考えるほど不意を突かれた焦りが増してくる。
― しかし奴ら実験棟とパレス、2箇所同時にゲートを開きやがった。 一体誰だ? 隣人のおせっかいか?
セクター1を、ものの3分で横断し、セクター2に入る手前、ミカエルは丁度目の前を腰を低くして小走りに抜けようとした、迷彩服姿の保安部員を捕まえる。
「悪いが、その銃を貸してくれないか?」
敵意が無い事を示すため、はっきりした口調で意志を示し、両手を軽く挙げ、その手に顔写真付き旧タイプのIDをひらひらと示した後、ミカエルは右手を差し出した。
だが、その腕が伸び切る一瞬前、彼の頭にフラッシュバックの様に『映像』が浮かぶ。 目の前の男が彼に対し発砲し、彼自身が銃弾の連続発射で踊らされ、ズタズタに裁断されてしまう様子が。
咄嗟にミカエルは男に向って突進する。 男は一切無表情のまま自動小銃をミカエルへ向け、フルオートで発砲した。
ミカエルは何分の一秒かという際どい差で射線をかわし、その5.56mm弾が頭を掠め、短く刈り詰めた頭髪を焦がす中、左肩から男の腹部に体当たりをする。
男はそのまま1メートル程も弾き飛ばされ、尻餅を付いた。 同時に腹を抱える。 だが、鳩尾を狙って激しくぶつかったミカエルのタックルでも男の表情に苦悶の色は伺えない。 ミカエルも体制を崩していたがすぐに立ち上がり、男が落ちた銃に腕を伸ばす前にわき腹を狙って蹴りを入れる。 二度三度繰り返すと、さすがに男は泡を吹き、気絶した。
― くそっ、甘く見たな、俺も。 ルシェの奴、『ゾンビ』だらけにしやがって。
男が取り落としたアサルトライフルを拾い上げ、男の腰から下がるパウチを外し弾倉を1個取り出し、リリースボタンを押して空になっていた弾倉を外し新たな弾倉を叩き込む。 その一連の動作を素早くこなすと、ミカエルは再び走り出す。
― 後手に回ったが、今度は逃がさない。
ミカエルの顔に再び冷笑が浮かぶ。
― 中佐、プリンスはくれてやる。 しかしルシフェルは貰ったからな!
*
中央監視センターは先程とは一転、水を打ったように静まり返っていた。 無論、未だ全域警報は鳴り続け、パレス地区封鎖の警報も重なるように鳴り響いてはいる。 しかし、オペレーターも主任技術者たちも、軍属や保安、武装警察関係者も全てが固唾を呑んでモニターを見つめていた。
オカダも立ち上がってデスクに両手をつけたままモニターを睨んでいる。 そのモニターには今もパレスの様子が、特に寝室が右半分に大写しにされている。 但し10分前と違うのは、パレスの廊下に降りていた防弾シャッターが半分まで上げられ、寝室の防弾ドアも外側からプラスチック爆薬により蝶番を破壊され、廊下側に放り出されていることだ。
そして寝室の中は十数人の迷彩服に黒服姿が混ざる保安部員で一杯だった。 その者達は全員がアサルトライフルを構え、その銃口は全てベッドの向かい側の壁に向けられていた。 そこには白い霧が渦巻いている。 そしてその霧が次第に透明感を増しているところだった。
「再び、開きました。」
沈黙を破って主任オペレーターが言わずもがなの事を言う。 オカダは包囲する保安部員に声を掛ける。
「確認する。 そこから出て来るものは即射殺を許可する。 いいか、ぐずぐずしていると先程の様に逃げ回られるか、サイキッカーが混じっていたら精神攻撃を喰らうぞ。 しかし、慌てて発砲するなよ、出て来るところを確実に倒せ。 どうせ一度入ったらこちらに抜けるしかないんだ。」
そして、主任オペレーターに、
「『プリンセス』の現在地は?」
「緊急通路をこちらに向っています。 現在セクター9−2付近。 約10分で到着。」
「念を押すが人員は充分に配置してあるな?」
「はい、支配下に置かれていないことをメンタルチェックした10名とレシーバーが2名、レシーバーは『ゾンビ』化されませんから。」
「よし、ミナミへ伝えろ、ここへ急ぐ必要もない、不規則に動いた方が安全だ。 パレスにゲートが開かれている限り何処にもゲートは開けない。 『ゾンビ』には注意、逃げ回れ、とな。」
「了解しました。」
一回目はフェイクだったのか、それともこちらからあちらへと渡ったあの『対象集団A』が間に合わなかったのか・・・ミナミ大尉が死を覚悟した敵は現われず、最初のゲートは霧散した。
とにかく、お陰でプリンスの元からパレスへと送った警護班や即応班が間に合った。 つい3分前にドアが破壊され、ミナミは『プリンセス』を連れて脱出、今、ここへ向かっている。 すると、増援の到着を待っていたかのように再びゲートの前兆霧が現われ、中央監視センターは一気に緊張した。
緊迫した時間が一分・・・更に一分・・・霧は水鏡となり透明な膜となる。 しかし、誰も出て来ない。
「・・・出現後六分経過・・・もう来られない・・・一体本当に来る気があるのか?」
主任オペレーターが呟く。 その瞬間・・・オカダに疑念が湧く。
― 何故来ない・・・そもそも一回目で来ていれば、完全に俺たちを出し抜けたのに・・・
ゲートは再び渦巻く滝となる。 これで完全に抜けて来る事は無くなった。 では何故2回もフェイントをする?
そしてオカダは背筋が凍る結論に至る。
「セクター6−6!隔離実験棟、ルームAだ、現在のライブ映像を見せろ!」
オカダは叫んだが映像は切り替わらない。
「どうした、もたもたするな!」
痺れを切らしたオカダは自分で操作し、自分の個人用モニターにルームAの映像を呼び出す。 メインモニターより早く、オカダはルームAの様子を見た。
2台のカメラから撮ったプリンスの寝姿。 ベッドにきちんと寝かされ、その横に3名の黒服。 オカダは無意識に額の脂汗を右手の甲で拭う。 と、その手がハタ、と止まる。 3人?それに・・・
「おい、今ルームAの警護はどうだ。」
打って変った静かな声でオカダは主任オペレーターに尋ねる。
「えー、殆ど全てがパレスへ向いましたので・・・今は実験棟の要員2名と即応の若いのが1名、留守をしている筈です。」
「全員、部屋の中か?」
「さあ。 でも通常は外2名中1名でしょうね・・・」
その時ようやくメインモニターにもルームAの様子が映し出される。
「廊下だ!ルームAの外も映せ、それとルームAの警護を呼び出せ。」
「おい、しっかりしろ!何やっている。」
主任がセクター6のモニタリングを担当している女のオペレーターを怒鳴りつけている。 女の動作は小馬鹿にしたかのように鈍く、主任の一喝にも表情が変わらない。 オカダがその女を見ると、何かおかしな感じだった。
オカダは席を立つと女の所にスタスタと歩み寄る。 そしていきなり女の胸倉を掴むと席から引き釣り挙げた。 さすがに慌てた主任が駆け寄ったが、オカダは構わず平手で2発、女の両頬を叩く。 女の頭からヘッドセットが外れて後ろ側に滑り落ちる。 オカダは目を剥いた。
女は手加減無しに叩かれたにも拘らず、無表情のまま、否、微かに笑ってはいないか? そしてオカダは先程から気になっていたおかしな点が何であったのかに気が付いた。 女の瞳孔が半開きのまま固定され、開きっ放しになっている。 その目は正に死人の目だった。
オカダは女を放り出すように離す。 女はそのまま椅子に崩れ落ちる。
「映像を調べてみろ、ああいや、そんなことはいい、直ぐにルームAへ、誰でもいい武器を持って急行しろ!」
「え?」
「早くしろ! ああいい、俺が行く、誰か一緒に来い!」
オカダは自身のヘッドセットを携帯通信機へ繋ぐと、司令席の真後ろ、強化ガラスの嵌ったロッカーを開け、中から短機関銃を取り出し弾倉を2つ鷲掴みにすると、入口へと走り出した。
*
明かりが全て落ちた部屋の壁、裏側から照らし出されたかのような水鏡から人影が飛び出す。 全身黒で固めた女は、直ぐにドアへ向うとロックがしっかり掛かっているのを確認し、それからざっと部屋を検分する。 ベッドの端で放心したように座り込んでいる男には一瞥をくれただけで、壁の直ぐ前、ベッドの上に横たわる男性をじっと眺めた。
その間、壁の水鏡はぼやけて霧となって行く。 女はベッドに膝を付くと横たわる男性の両脇から両手を差し入れ、背中で両手を組み合わせるようにすると、男性を難なく持ち上げ、そのまま肩に担う。 そして、待った。 壁の霧は既に煙が棚引く程度となり、直ぐに消え去る。
すると一瞬の間を置いて、再びぼんやりと煙が流れ出す。 女は70キロほどの男性を背負ったまま微動だにしなかった。 やがて煙から霧へと変わった渦は水鏡となり、光が透けて輝く壁の『穴』へと変る。
女は動き出すと躊躇する事無く穴に入って消えた。 女が部屋にいた時間はおよそ5分。 その間銃撃も無く格闘もない。 部屋に居た唯一の敵も全く無害のまま、女の方を見ることすら無く、背を向けて夢を貪り続けていた。
こうして『エンジェル』のプリンス奪取作戦最大の山場は、実にあっけなく終わった。